『彼女』もいるのか
前回のあらすじ
無事に罠を潜り抜けた聖歌公国新兵。だが鬼教官は容赦しない。すぐに周辺警戒と損害報告を求め、休む間もなく行軍せよと厳しい命令を下した……
「あのクソ教官、いつか絶対ブン殴ってやる……!」
現在位置はダンジョンの29階層。完全踏破まであと少し、腰を下ろしての休憩には早いのだが、探索は9割型完了と言っていい。最低限の警戒をしつつ、同じ班の者で愚痴る程度の隙間はあった。
「ひぃ……ひぃ……! しんどい……!」
反応が対照的な二人だけど、濃いめの疲労が顔に出ている。怒りで誤魔化すのはドワーフ旗持、素直にくたびれているのが鉄球使いの新兵だ。モーニングスターが揺れて危ないので、ちゃんと握って欲しい。くったくたな身体を引きずっている彼らに、獣人兵士が尋ねた。
「……何か厳しい事でも言われた?」
「あぁ、そっか。チェチェは24階層の時、こっちにいなかったもんな……」
ドワーフ旗持と獣人兵士、晴嵐とルノミに応対した二人は馴染みの仲らしく、二人の会話はよく弾んでいる。あの時の戦闘を思い出すが、彼女は戦列にいなかった。
「えぇ。後ろの毒ガスにやられた人たちの治療をしてたから」
あの後探索を進めて判明したのだが、このチェチェは後方支援担当のようだ。傷を癒したり、体内に侵入した毒素を取り除いたりして支援する。7班に合流したルノミは、ドヤ顔で晴嵐に解説したものだ。
「いわゆる『回復職』ですね! ダンジョン物はもちろんの事、異世界転移物・追放系からまでなんでもござれ! 戦闘する作品なら必須な職ですよ!」
その効果は実感できたので、今の晴嵐に文句はない。最初こそは『便利な万能薬のポーションがあるのだから、そちらで良いではないか』と感じたが……兵が前線に出たまま、戦闘に集中しながら、身体の傷が治せる事の反則っぷりはよく理解できた。
そのルノミだが、少々怯えた様子を見せて行軍に参加している。げんなりしながら、彼も兵士の愚痴に加わった。
「僕もクッソ詰められましたからね……」
「そうだったわ。私は治療に専念してたから……でも音圧凄かったなぁ……」
「救援行ったのに!? 流石に理不尽じゃ……なんで?」
「主に二点ほど……勝手に持ち場を離れた事と、躊躇なくガスに飛び込んだ事を」
遠巻きに聞いても、タイラー卿の圧はぴりぴり来る。一対一で圧迫されれば恐怖しかないだろう。晴嵐でさえ、遠慮したいと思える圧だ。まだ甘い所の多いルノミには堪えるだろう。液晶を(T_T)と表示して、恐怖と悲しみを表現していた。
「まず、隊列を指示もなく離れた事。こっちはまぁ、そこまで深刻には怒られませんでした。僕は合流組ですし、ここについては大目に見ると」
「兵として参入してたら拳骨ものじゃったな」
「そんな発言もあったわね……」
兵を統率する者としては正しい。組織に属している者が、勝手に持ち場を離れては成り立たない。けれど急遽参戦した探索者組に、それを求めてもしょうがない。外部の人間を教育する義理もないから、軽い注意で済んだのだろう。
「でも……躊躇なしに毒ガスに飛び込んだ判断を、エグいくらい問い詰められました……」
「えぇ⁉ だって、早めに行ったから全員助かったんじゃ?」
「ガスが金属腐食性かどうかを確かめたか? と。味方の救援に気を取られて、自分の身の安全に留意したかとも……」
「『ミイラ取りがミイラになる』危険性を考えたか? とタイラー卿に言われたわけだ」
「……はい」
心配だからと飛び出して、自分まで罠に掛かってはマヌケの極み。生身を害するガスなのが確かでも、ゴーレムに無毒とも限らない。錆びさせたり、朽ちさせる成分が含まれていれば、ゴーレムの身体だとしても悪影響が出るだろう。断言できる。ルノミは絶対、考え無しに突撃した。そりゃあ指揮官からしたら激怒ものだろう。
「ま、軍を指揮する者の言い分としては正しい。お主を真似して、自分の身を顧みず英雄的に動かれても困る」
「もっと辛辣な言い方でした。なんでも『蛮勇を結果論で英雄扱いする馬鹿が増える』と」
「正論だ。いい薬になる」
ちくちく小言で刺すけれど、彼の『お人よし』はこの程度で直らないだろう。渋い顔をするルノミを横目に、オークのヤスケがしみじみ言った。
「ルノミの旦那を見てると……シエラ兵士長を思い出しますね」
「あぁ……お人よしな上に、妙な幸運で守られている兵士長殿な」
ホラーソン村で……いや『この世界』で晴嵐が初遭遇した人物、シエラ・ベンジャミン。彼女もなかなかのお人よしで、きっとルノミとは馬が合うだろう。ふと何か思い至った晴嵐が、ヤスケにこんな事を尋ねた。
「なぁヤスケ。シエラ兵士長もこのシゴキを受けとるよな?」
「あー……どうでしょう? 任期や担当が違う可能性も……」
「にしたって、新兵を叩き上げる訓練は必要と思うが」
「……兵士長の幸運で、何故か回避したに千の迷宮ポイントを賭けます」
「ははは、賭けにならん」
「逆に旗持の……テティ・アルキエラお嬢は適応早かったでしょうね」
「違いない」
ホラーソン村の話が弾む。晴嵐もそうだが、ヤスケもヤスケで懐かしいのだろう。感情を汲んでか、晴嵐へこんな提案を寄越した。
「あっしも久々に話せて楽しかったですし……29階層で休憩する時、話して来たらどうですかね?」
「ん? 誰と?」
「テティお嬢と。今回の訓練に参加してますぜ」
「あやつは新兵ではないが……」
「教官役として招集されたみたいで。確か、2班の旗持だったかと」
まさかの事実。ホラーソン村で関わりを持った女性、テティ・アルキエラがこの場にいるらしい。ライフストーンのメールでやり取りできるが、久々に顔を見るのもいいだろう。それに彼女は特殊な背景を持っており、晴嵐も素性を明かしている相手だ。ルノミに紹介してもいいだろう……




