見間違うほどにそっくりな
前回のあらすじ
ダンジョン二十四層にて、多数の聖歌公国軍の兵と遭遇する。どうやらダンジョンで新兵を鍛えようとしているらしい。撤退するか、合流するかの選択を迫られた。
ダンジョン内で遭遇した聖歌公国軍の兵士たち。まだ経験の浅い彼らを鍛えるために、聖歌公国はこの空間を活用しているようだ。
だから『申し訳ないが日を改めてくれ』との主張は、分からなくもない。軍によって道を切り開いた後に、赤の他人に楽々進まれるのは不愉快だろう。しかし、巻き込まれた探索者側からすれば『何を勝手に』と反論もしたくなる。間合いを開いたまま、ルノミは『合流』について質問した。
「合流というのは? 僕も軍に所属しろと……?」
「あー……いえ、そういう訳ではありません。傭兵扱いが近いでしょうか?」
「チェチェ、多分不適切な表現だぞ。こっちは金を出さないし、特に装備や物資を融通する訳でもない。一時的な協力関係って所だろう」
「その割には、相手側に制約多くありません?」
「……あくまで軍としての都合を優先するって話だろ。それに探索者側だって、単独で挑むより楽に違いない」
いまいち要領を得ない解答である。それにデメリットも示している。判断しかねてうしろを振り向くルノミに、晴嵐も頭を掻きつつ喋った。
「堂々と立体旗を掲げて『自分たちは聖歌公国の兵士だ』と宣言しておる。多少こっちに不利だとしても、悪質なマネはせんだろう。それを差っ引いても、わしらの取り分が減るのは承知せんといかんようじゃな」
「……僕たちにとっては、あまりデメリットではないと思います。むしろここで一日待つ方がもったいない」
「同感だ」
二十一階層のチュートリアルの後に『主目的はダンジョンで手に入る資産ではない』『ルノミには時間制限が考えられるから効率よく進みたい』との方針は決めている。その観点からすると……多少の面倒や制約を負っても、ここで押し切ってしまった方が良い。概ねの同意できるけれど、用心深い晴嵐はこの場での決断を避けた。
「合流を前向きに考えている。が、お主らのトップ……この場を預かる責任者と言えばいいのか? ともかく権限を持っている奴と話させてくれ。それで決めたい」
「なるほど……少々お待ちを」
ドワーフの兵士がこの場を預かり、獣人新兵が奥へと引いていく。あっさり要求が通ったのを見るに、よくある事なのだろう。心なしか新兵二人が胸を撫で下ろしているのは気のせいか? ルノミも(=゜ω゜)と、どこか微笑ましいものを見る様な顔文字を作っていた。
「お待たせしました。ついてきて下さい」
許可が下りたので、素直に二人が続く。ドワーフ兵は見張りを継続するらしい。ダンジョン内部の土壁を通り過ぎて、奥へ進んだ。
ちょっとした広い一室に、聖歌公国軍の新兵たちが休息をとっている。軽食や水分補給を挟んだり、新兵同士で雑談に興じている。通路はすべて新兵が見張り、ローテーションで警備に当たっているようだ。
観察しつつ連れられていけば、大柄の騎士鎧を着こんだオークの姿がある。一目で要職を持つ人物と判断出来た。今は片刃剣を二本取り出し、布で丁寧に拭いている。得物の手入れ中の上官へ、獣人兵が声を張った。
「面談希望の探索者を連れてまいりました。応対願います」
「うむ。ご苦労。周辺警戒に戻ってくれ」
白を基調とし、緑色の刺繍をあしらった銃鎧の騎士がゆっくりと振り向く。澄んだ眼光の戦士の姿に、動揺を見せるのは晴嵐だった。
「スーディア……!?」
男の知人のオークの名が、反射的に飛び出した。
しかしあり得ない。恰好は違う。装備も違う。そもそもアイツは今、原因不明の昏睡状態。こんなところにいるわけない。だが頭で分かっていても、つい声に出してしまうほど……この一群を率いるオークは、スーディア・イクスに似すぎていた。
完全に固まる晴嵐に対して、ジト目を液晶に表示させてルノミが咎めた。
「晴嵐さん。スーディアって人は知らないですけど……この人は違う方ですよね?」
初対面相手にとんでもない失礼。もっともな指摘に言い返せない。しかも、責任者であろう人物に対しては大いにマズい。遅まきに焦る彼へ、オークの騎士は軽く笑った。
「気にしないでくれ。オークにはある事だ」
「そうなんですか?」
「時々オークは『他人に思えないほど同じ人間』が生まれるらしい。兄弟を双子と見間違う事もしょっちゅうだよ。君の間違えた……スーディアだったかな? その人物はきっと、俺と近縁のオークなのだろう。先ほども新兵と、教官補佐で呼んだ旗持に間違えられたよ。『スーディア』と言うオークに」
晴嵐も知らなかった新事実に硬直する。もちろんルノミだって知らない。二人同時に豆鉄砲で射抜かれたような顔に、またしてもオークの騎士は笑って……一つ咳払いして空気を変えた。
「失礼。では改めて……聖歌公国軍所属、ヴェイン家三男の『タイラー・ヴェイン』だ。君たちは?」
促され、晴嵐とルノミも軽い自己紹介を。晴嵐は元傭兵所属な事を話し、ルノミはゴーレム工房・タチバナのテスターな事を告げた。
「なるほど。しかし失礼かもしれないが、あまりゴーレムらしくないな? それもゴーレム工房の新商品かい?」
「えぇと僕は……デュラハン型のプロトタイプです」
これは一日休んでいる間に、ルノミと工房の二人で決めた事だが……外部の人間に説明する際はこの説明をする事にした。ルノミ個人も元は生身だし、感性豊かなデュラハン型とも類似点は多い。例外的な憑依型について、長々説明しても仕方ないだろう。ひとしきり頷いた後、騎士姿のオークが一つのライフストーンを取り出す。
「我々と行動を共にするなら、こちらの規定に従ってもらう。とはいえ、厳守してもらうような事は少ないがね」
受け取った晴嵐が石ころを受け取り、舐め回すように文字列を眼球がなぞる。真剣さに引くルノミをむしして。一通り見たが、特に不当な内容は見当たらない。彼が頷けば、ルノミはオークの騎士に同意を示した。
「よし、では君達は……そうだな。先ほど応対した兵の7班に加わってもらおう」
「承知した」
「よろしくお願いします!」
予定外の合流だが、これはこれで悪くない。実入りは減るが、効率よく進めるダンジョン内を進めるだろう。対人関係の経験も積めるし悪くない。かくして集団に所属した晴嵐とルノミは、軍全体が進むまで待機した。
用語解説
タイラー・ヴェイン
ダンジョン内部で遭遇した、聖歌公国軍の新兵を率いる代表者。その背格好は晴嵐の知人、スーディア・イクスに見間違えるほどそっくりである。
オーク(種族特性)
他人と見間違えるほど、そっくりな人物が生まれる事があるらしい。兄弟と双子の区別がつかないなど、しょっちゅうとの事。




