墓標
墓地の外れ、雑木林に寄った低地から掘り始めた。地表から見ればただの湿った斜面で、夜番が灯りを向ける価値もない場所だ。だが二尺も下げれば土はまだ柔らかく、石も少ない。私は短く切った板を脇へ並べ、掘った分だけ天井と側壁へ差し込んでいった。元部下は後ろで土を均し、崩れそうな所へ追加の支えを入れる。掘る、支える、前へ出る。その順番だけは崩さない。崩せば死ぬし、死ななくても音が出る。音は小さい方がいい。墓地で何か鳴っても、見に行きたい人間は多くない。まして深夜だ。警備が聞くのは石の擦れる鈍い音と、時々だけ混じる土の沈む気配くらいで、それが本当に墓地から来ているのか、夜気で耳がずれたのか、いちいち確かめる気にはならない。
一本目の棺へ当たったのは、入ってからほどなくしてだった。薄い木だ。貴族ではない。私は側板にだけ小さく穴を開け、元部下へ場所を譲った。あいつは片手を差し込み、傷口の向きと深さだけを確かめると、首を振った。「違う」 そこで終わりだ。私は穴を土嚢代わりの湿土で押さえ、通路を半身分だけ横へずらした。二本目、三本目、四本目。どれも短い。どれも違う。斬創の入り方が浅い、刺突が直線すぎる、肋の抜け方が別だ、死後処理の傷だ。理由は毎回短かった。私は「次」しか言わない。掘る速度が上がっているのは自分でも分かっていた。こんな場所で死体の腹を当たり外れで開けているのに、気分は悪くなかった。むしろ逆だ。魔王がこれで斬られ、単純な強さに支えられた肉体の根から軋み、もがいて耐える姿を想像すると、手が止まりにくい。オークチョップは上品じゃない。理屈で崩すための刃ではなく、硬さそのものへ食い込んで、力でねじ伏せるための斧だ。その単純さが好きだった。
五本目で元部下が私の手首を一度だけ掴んだ。こちらが側板を割る角度を急ぎすぎたせいだ。
「雑にやると見逃す」
低い声だった。私は舌打ちだけして板を持ち直した。苛立ちはあったが、間違ってはいない。体内へ沈んだオークチョップは、外から見える傷が綺麗すぎる時ほど厄介だ。入った後に埋もれ、抜かれたように見える。だから死因だけ見れば、ただの深い斬撃か刺突で終わることがある。六本目、七本目、八本目。棺の中の臭いが通路へ滞る。浅埋めだから腐り切ってはいない。肉の残り方が中途半端で、一番見たくない時期の死体ばかりだ。元部下は顔色も変えずに腹を押し、胸骨の割れ方と刃の入り方を確かめ、「違う」「これも違う」と短く落とす。私はそのたび横へ掘る。地上で一度だけ、警備の足が真上で止まった。土を通した靴音で分かる。耳を澄ませたのだろう。だが、それだけだった。しばらくして靴底が離れ、また巡回の歩幅へ戻る。見たいものではない。暗い墓地で、地面の下から何か鳴った気がした。そう思った時点で、人は大抵、気のせいにしたくなる。
九本目は惜しかった。左脇腹から深く入った傷で、肋の一本が内側へ割れていた。元部下も最初の一拍だけ長く見た。だが指を入れたあと、首を横へ振る。
「でかすぎる。槍だ」
私は穴を閉じかけて、少し笑った。惜しいという感覚が出た時点で、かなり深く潜っている。手も袖も土と腐汁で汚れていたし、通路の板は泥で滑る。十分すぎるほど手間は踏んだ。なら次で終わらせるべきだと、自分でも思った。十本目の棺へ当たるまでの土は、前の九つより少し締まっていた。埋められた時期が違うのか、あるいは上を踏まれた回数が多いのかもしれない。私は側板へ刃を入れ、木を最小限だけ外した。中は男だった。若くはないが老いてもいない。戦場を長く渡った顔だ。装備は既に剥がされ、服も簡素な埋葬用へ替わっている。だが胸から腹にかけて、肉の落ち方に不自然な偏りがあった。右から左へ斜めに入った傷のはずなのに、内部の落ち込みが一点で深い。
元部下が無言になった。いつもの「違う」が出ない。それだけで十分だったが、私は待たなかった。
「開けるぞ」
棺の側板をもう一枚外し、身体を半分だけ引き寄せる。土中の狭い通路で死体を扱うには、それ以上の広さはいらない。元部下が腹へ刃を入れた。検死でも解体でもない、必要な所だけを開くための線だ。腐りかけた肉が裂け、肋の下から黒く固まった組織が覗く。そいつが指を差し込み、次の瞬間、初めて息を変えた。
「これだ」
その声は低いままだったが、硬かった。私は手を入れた。骨の縁、硬い塊、腐肉の下に埋もれた異物。柄はない。刃の頭だけが横向きにめり込み、肋と筋の間へ妙に綺麗に収まっている。軽く、鋭く、深く入って、そのまま沈んだのだと触っただけで分かった。私は指先で周囲を剥がし、元部下が骨の邪魔な所だけを外す。引き抜くというより、絡んだ肉からほどく作業だった。土の匂いと腐臭の中で、ようやく刃の全体が顔を出す。斧というには無駄がない。厚みより先に、喰い込み方を優先した形だ。柄は失われていたが、頭だけで十分だった。
私はそれを掌へ載せた。重くない。なのに硬い。オークの単純な強さが、そのまま鉄へ移ったような手応えだった。これで斬れば、魔王は嫌でも耐える側へ回る。アンデッドのように流して終わりにはできない。竜みたいに維持で誤魔化すにしても、最初の一撃は受ける。そう思った瞬間、喉の奥で笑いそうになった。こんな土の下で、他人の腹から抜いた斧を握っているのに、気分は悪くならない。むしろようやく届いたという感じだけがあった。元部下が短く言う。
「戻すぞ」
私は頷き、刃を布へ包んで懐へ入れた。棺の穴を塞ぎ、外した板を戻し、死体を押し返す。十体目まで来て、ようやく見つけ切った。確信ではなく現物だ。これ以上は要らない。通路の支えを後ろから順に外しながら、私たちは来た分だけ土を落として戻った。地上では警備がまだ歩いている。墓地の上は何も変わらない顔をしていた。だが私の懐の中では、ようやく一つ、魔王を本気で苦しめるための形が増えていた。
そして、あと、もう一つの目的をここで達成した。
魔族とは関係ない、魔族はギリギリ生命であり、これとは違う。アンデッドという生物の中で備わった特殊な仕組み。別の種族として存在し、今はその残骸の血縁が魔族に少し混ざっているだけ。
グレイブロード・ヤマ、十王が一人閻魔大王をモチーフにしたアンデッドの王。
メイド服と聖なる力の抜け落ちた聖剣、片や墓荒らし、片や借金地獄、とても有料とは言えない二人の後始末である。




