ロッカー・オ・クロック
https://www.pixiv.net/artworks/142866063
にイラスト置いときます。
表紙はこっち
https://www.alphapolis.co.jp/novel/568634872/693043988
勇者の召喚魔法により異世界に招待され、現代人なら書類仕事が得意だからと戦闘ではなく事務作業で貢献しようと頑張っていたが給料はほぼなく、勇者としての活動を正当化するためも込みで貴族と契約してダンジョンを相続したところ、それは不良債権で、さらに魔王の討伐と現世への帰還を目指して頑張っても魔王軍は外注で全く削れておらず、戦争で前線だった影響と魔王軍の停滞による価格上昇によって相続税に加えて差額が贈与税として請求される状態になり、結果として勇者でありながら貴族の趣味でメイドとして働かなければいけない状態になった。
ああ、ここだけ見れば笑い話だとも。
始まりはあそこか。
死んでいた。死んだ日だ。覚えてもいない。
そう判断した時には、前後の記憶が抜け落ちていた。何があったのか思い出そうとしても、輪郭が濁ったように何も掴めない。ただ、楽しい人生ではなかったはずだという感触だけが妙に残っている。体の芯に沈んだまま離れない種類の確信だった。なら、こうなった理由も大体見当がつく。どうせ親にでも殺されたのだろう。別に驚きはしなかった。そうであってもおかしくない側の人生だったし、違ったところで大差もない。思い出せない以上、確かめようもない。
やり直しの機会があると告げられた。
意味は分からなかったが、断る理由もなかった。元の場所へ戻されるよりはましだとだけ思って、差し出された手を取った。
勇者になっていた。
王座の間らしい場所に立たされてから、説明だけはすぐに頭へ入ってきた。勇者は死後の人間から選ばれる。昔は希少だったが、今は違う。数が多いのは現代の人間で、そこから選ばれる割合も自然と増えた。現代人は文字が読める。数字を扱える。書類の形式に従える。命令の系統も理解しやすい。王国が欲しかったのは、そういう部分だった。
勇者には力がある。だが、それをそのまま外へ出す理由はない。魔王軍がいる状況で不確定要素を前線へ流すのは普通に危険だったし、実権を持たせれば後が面倒になる。強く、異世界由来で、使い道があり、こちらの枠には収まり切らない。そういうものを好きに歩かせるより、手元に置いて使った方がいい。書類を回し、数字を処理し、足りない穴を埋め、軍事費用の流れを少しでも整える方が、戦場へ放るより有利だと王国は判断した。
だから勇者は英雄ではなかった。
少なくともこの国ではそうだった。勇者という概念は表から薄められ、強く語られず、勝手な期待も持たれないよう抑え込まれていた。言葉が広がれば、人も寄る。人が寄れば、余計な意味が生まれる。王国はそれを嫌った。勇者は救国の旗印ではなく、制度の内側に押し込めて処理される存在にされた。給料はほぼない。雇っているというより使っているに近い。必要だから置くが、価値は認めすぎない。そんな扱いだった。
王国の情勢は悪い。
魔王軍はいる。討伐の報告も上がる。だが情勢は動かない。前線は前線のまま残り、消耗だけが積み重なっていた。倒しても減っている実感がない。成果は数字として並ぶのに、現実の方は薄くも軽くもならない。そのせいで人も物も足りず、王国の中では英雄譚より帳簿の方が重くなっている。戦争が続いているのに勝ちの形が見えない以上、必要なのは伝説ではなく維持だった。補給、契約、収支、徴発、報告、管理。そういうものの方が、今の王国ではずっと切実だった。
異世界から来た勇者も、その中へ並べられる。
特別だから優先されるのではなく、便利だから使われる。強いから任されるのではなく、強い上に文字が読めて処理もできるから、なおさら管理下から出されない。王国は疲弊していて、余裕がない。余裕がない国は、夢のあるものから先に削る。勇者もその一つだった。最初から、王国にとって大事なのは勇者が何者かではなく、どこへ置けば一番都合がいいかだけだった。
結果だけを言えば、魔王軍は半壊した。
それでも戦争は終わらなかった。終わらないどころか、前より悪くなった。最初は意味が分からなかった。城に戻るたび討伐報告は積み上がり、戦果として記録され、地図の上でも敵影は確かに薄くなっていたのに、現場の仕事は減らない。補給の帳簿は厚くなり、申請書は増え、交渉の記録は途切れず、物資の流れはむしろ前より複雑になった。人が死ななくなったわけでもない。ただ死体の数より先に、処理しなければならない紙の数の方が増えた。
調べていけば理由は単純だった。魔王軍は軍ではなかった。少なくとも、こちらが壊した部分はそうだった。表に出ていた戦力は砕けても、本体は外に委ねられていた。魔族は人間の中に入り込み、交渉を回し、面倒な業務を肩代わりし、足りない場所へ手を出した。人間が嫌がる仕事ほど丁寧に引き受け、こちらの人手を食い潰し、見返りに金を得る。その金でさらに人間を買う。戦場で削ったはずの損害が、別の場所では仕事の増加として戻ってくる。人類側は疲弊し、魔王軍だけが儲かっていく。敵を減らしたはずなのに、敵の基盤が太る。そんなふざけた話が現実に起きていた。
しかも潜り込んだ魔族は目立たない。見分けがつかないだけでは済まない。顔を覚え、名前を呼び、世話になり、世話をし、情まで湧く。殺せば一匹減る代わりに、その一帯の信頼が死ぬ。仕事も止まる。生活も止まる。魔王はそこまで見越していたのだと思う。潜入させた魔族で人間社会に実質的な支配を作りたかったのだろう。ただ、向こうも完全ではなかった。経済の仕組みにまでは適応し切れず、支配は半端なところで止まり、こちらも切り離せず、向こうも握り切れない。その中途半端な形がそのまま膠着になった。
勇者はその過程でほとんど死んだ。
同じ時期に呼ばれ、同じように使われ、同じように前へ押し出された者たちの大半は帰らなかった。生き残った者も、元の顔のままではいなかった。魔王側に流れた勇者もいたし、途中で諦めた勇者もいた。私はただ一人諦めなかった一人だ。いや、おそらく他にも居たかもしれない。しかし、勇者は軍事的行動は認められず、裏でコソコソと、戦う為の費用から何から何まで自らの手で進めなければいけない。勇者という肩書きが戦況を変えないことを理解しただけだった。半壊まで持っていっても終わらないものを、勇者のまま信じ続ける気にはなれなかった。
それでも、実績だけは残った。
私はギスカール公に認められた。王位継承者である大公に次ぐ貴族の一角で、最前線を抱え続ける家だ。あの家は、守るべきものを守るためなら他人の死後まで預かる。そういう種類の貴族だった。私はそこに拾われ、そこで働き、そこで戦い、そこで霊廟を奪還した。山々に囲まれた特殊な土地で、魔族にとって最適な住処だった。あそこを奪えば確かに前線は軽くなる。だから奪った。守り続けた。勇者として見れば、それは十分すぎる成果だった。
だが霊廟は、領地として見れば最悪だった。
まず発掘費用がかかる。手を入れなければ使い物にならない。入れたところで、ダンジョンとしての収益性は低い。戦略上の価値と市場価値が噛み合っていない。不良債権だった。そこへ公爵家の後継としての扱いが重なった。相続税が発生した。それだけでも十分だったのに、さらに条件が悪い。私が相続した時期は、戦争の影響で一時的に価値が沈んでいた。平時ならもっと高いはずのものを安い時に受け取った形になる。だから本来は相続税逃れを防ぐための規則に引っかかった。贈与税まで乗った。しかも併合分と追徴分までついた。
書類を開いた時、最初は桁を見間違えたと思った。
だが計算は合っていた。どこにも誤記はなかった。数字は正しく、正しいまま、返済不能だった。一般人が三千億年働いてやっと返せる額だと聞かされた時も、笑えなかった。途方もないというより、制度の方が先に正気を捨てている金額だった。勇者として戦って、前線を守って、魔族の住処を奪い返して、最後に渡されたのがその請求書だった。
だから、今さら何かを誤解する気もない。
私は勇者だった。成果も出した。半壊まで持っていった。高位貴族にも認められた。その結果として、魔王軍は外注のまま残り、戦争は膠着し、霊廟は不良債権になり、私は返済不能の借金だけを継ぐことになった。そういう順番だった。そういう世界だった。
今や、私は愛した女に顔向けできない姿になった。勇者として一人諦めなかった。その事の顛末だ。半壊まで持ち込んでも終わらない魔王軍を相手に、軍事的行動すら認められず、裏で費用をかき集め、人を動かし、道具を揃え、使えるものを一つずつ積み上げてきた。その先に待っていたのがこれだったと思うと、笑う気にもなれない。私は別の貴族に買われた、それどころか借金の補償をされ、追徴分や利息は減った。数字だけ見れば救われたように見える。だが、そんなものは値札の付け直しに過ぎない。ギスカール公という名前は奪われ、勇者としての道具は当然、心もやがて廃れていった。手に馴染んでいたものから先に消えていく。裁可の席で書類をはねた指も、前線の地図に触れていた爪も、霊廟の境界線を引き直した夜の感覚も、今では他人の記憶のように薄くなった。
その貴族の変な趣味として、メイドとして働く。勿論、逃げれば勇者の逃亡として処刑される。ギスカール公として裁判に参加出来た今までとは違う。あの頃は、少なくとも名で人が動いた。席に着けば発言は記録され、判決の行方に指をかけることもできた。今は違う。今の私は記録される側ですらない。名前を剥がされ、肩書を剥がされ、残った身体に別の役目だけを縫いつけられた。命じられた時間に起き、命じられた服を着て、命じられた部屋へ行く。その全てが、借金を減らした恩義の形として押しつけられている。返済不能の額を肩代わりされ、追徴と利息を削られた代償が、こうして輪の付いた生活だと誰が思う。助けられたのではない。処分の形が整えられただけだ。
その貴族はコムネノス公、随一の資金と人格で優れた男だが、愛妻家としても有名で、親バカでもある。昔、公の子を可愛がったこともあった。まだ小さかった頃は素直に笑う子で、こちらの袖を引き、持っていた菓子を半分押しつけてきて、疲れた顔をしていると膝に乗ってくるようなことすらあった。あの家の中で、あれだけは妙に人懐こかった。だから油断したのかもしれない。いや、油断していなくても結果は同じだったのだろう。私が名前を失い、道具を失い、借金ごと買われた時点で、あちらはもう私を昔のまま見てはいなかった。
その子供とやらに私の首は締めあげられ、輪を繋がれ、飼われている。悪魔の様な糞餓鬼に育ったのだ。最初にそれを見た時、冗談かと思った。細工だけは無駄に凝っていて、金具は喉に食い込まず、それでいて外しにくい。見た目ばかり品良く整えられた首輪だった。首に指をかけられ、試すように締められた時、向こうは笑っていた。昔と同じ顔で、昔よりずっと上手に人を弄ぶ顔で、これで逃げないでしょう、とでも言いたげに輪を鳴らした。子供の残酷さでは済まない。誰が上で、何が下かを覚えた上で楽しんでいる目だった。私はその場で抵抗しなかった。抵抗できなかった、ではない。抵抗しても意味がないと分かっていた。逃げれば処刑される。暴れれば勇者の逸脱として処理される。ギスカール公の名も、霊廟を守った実績も、半壊まで持っていった戦果も、その輪ひとつの前では何の効力も持たない。そういう場所まで落ちたのだと、首にかかった重みの方が先に教えてきた。
愛した女に顔向けできないのは、その輪のせいだけではない。買われ、減額され、名前を剥がされ、道具を失い、その上でまだ生きていること、その生き方がこれであること、その全部がもう恥だった。勇者として一人諦めなかった。その先にあったものが、貴族の趣味で飼われるメイドの姿だ。顛末としてはよく出来ている。出来過ぎていて、胸の奥が冷える。私はまだ死んでいない。だが、顔向けできる何かはもう大方死んだ。残ったものまで廃れていく音だけが、今の私にはよく聞こえる。
ただ、まだ、私は魔王を殺さなければいけないという憎悪を抱え続けていた。
ここに来て半年、頭を抱える日々が続いた。愛した女は今も生きているだろうか。
今は会わせる顔もないが、私はいつでもその敵のそっ首に剣を落とす覚悟は出来ている。
その剣は暗器の様に魔族を穿つ、背後から惨殺され、首都に殺人鬼の恐慌が起きる。魔族は次々に殺される。メイドとしての技術は、今や暗殺のものとなった。
いつでも飼い主を殴り殺せる、その暴力性が全て魔族に向かう。
石畳を叩く靴音は、正確な四拍子を刻んでいる。 メイド服の裾が揺れる。汚れ一つない白のフリル。その内側、太腿のホルダーに潜ませた細身の剣は、もはや英雄の武器ではない。ただ、効率よく、静かに、確実に「処理」を遂行するための、事務的な暗器だ。
標的は、路地裏の闇に溶け込んだ魔族。 かつては勇者として正面から切り伏せた敵だ。だが、今の私は違う。背後から音もなく近寄り、喉を、心臓を、あるいは延髄を——。 「一人、また一人」 手首を一閃。 抵抗の暇など与えない。絶叫すら、舞い散る血飛沫の中に閉じ込める。 崩れ落ちる死体。 「また一人、消えていく」 魔族が地面に沈む音は、どこか間の抜けた打楽器のようだ。首都を震撼させる「見えない殺人鬼」の正体が、借金に首を絞められた公爵家の残党だと誰が思う。
メイドとしての技術は、今や殺害の精度に転化していた。 返り血を浴びない角度。 証拠を残さない清掃。 騒がせないための、指先一つに至るまでの優雅な所作。 すべては、あの地獄のような書類仕事と、返済不能の数字に追い詰められた結果として手に入れた「効率」だ。
喉を絞める首輪が鳴る。 いつでも、その気になれば、あの糞餓鬼の首をへし折ることはできる。指の腹は、肉を裂く感触を、骨を砕く重みを、すでに完璧に記憶している。 だが、その膨れ上がった暴力性のすべてを、私は魔族へと叩きつける。 まだだ。 まだ、その時ではない。
今夜もまた、王都の闇で誰かが死ぬ。 私が指先を鳴らすたび、魔族の基盤が一つずつ剥がれ落ちていく。 あいつらからすれば、これは戦争ではない。ただの、予測不能な災害だ。 「もう一人、また一人」 また一人、塵に還る。 リズムは止まらない。 私はまだ、死んでいない。
石畳を叩く四拍子のステップ。 また一人、魔族が闇に沈む。 だが、次に背後から伸びてきた影は、殺意ではなかった。
「また一人、現れた」
一人は、フロックコートに身を包み、すべてを見透かす「眼」の紋章を懐に忍ばせた男。 ピンカートン探偵社。リンカーンの背後で死の気配を嗅ぎ取り、秘密結社モリー・マグワイアズを内側から食い破った、冷徹な秩序の番人だ。 彼は、魔族が人間社会に作り上げた「信頼」という名のネットワークを、一本の糸から解きほぐしていく。 『恐怖の谷』で描かれたあの絶望を、今度は魔族に味わわせるために。
「さらにもう一人、闇から這い出す」
次は、ホルマリンと腐臭を纏った男だ。 ジョン・ハンターの猟犬。医学を瀉血と水銀の迷信から引きずり出し、死体を解剖することでしか真理に辿り着けないと知る「死体収集家」の末端。 彼にとって、魔族は殺すべき仇ではない。収集し、切り開き、瓶の中に詰めるべき「優れた標本」に過ぎない。 首都の各所に上がる身元不明の死体。その山が積み上がるたび、魔族の生態は裸にされ、神秘の皮を剥がれていく。
かつて敗北し、事務作業の塵に埋もれた勇者たちが、一人、また一人と「道具」を手に取り直す。 もはや我々は、王国の規範に縛られる英雄ではない。 法を無視し、倫理を嘲笑い、効率と結果だけで敵を駆逐する「プロフェッショナル」の集団だ。
メイドの指先が、喉元の首輪を弄ぶ。 この輪さえも、今や暴力の蓄積器だ。 溜まり続けた憎悪は、魔族を穿つ暗器の刃をより鋭く、より深く研ぎ澄ませる。
元の世界に戻る? そんな感傷は、三千億年の負債と共に帳簿の裏に捨てた。 我々が求めているのは、安っぽい帰還ではない。 踏みにじられ、数字で管理された「未来」を、自らの手で奪い返すことだ。
さぁ、非道を尽くそう。 魔王軍が人間社会の隙間に寄生したというのなら、その隙間ごと焼き尽くせばいい。 リズムは加速する。 一人、また一人。 魔族の基盤が、血と泥の中で音を立てて崩れていく。
主人公の死因は特に伏線の予定はありません、原因だけ言うと栄養失調による衰弱死なので記憶する力が抜け落ちてたからというだけです。
伏線なんて張っても苦しむだけだぞ。




