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【過去編】第27話「消えた村」

 昼前、村の門の外が騒がしくなった。


 見張り役の若者が、慌てた様子で駆け込んでくる。


「……人が来る!」


 村人たちが顔を上げる。

 交易の一団かと思われたが、現れたのは、荷もろくに持たない数人の人影だった。


 服は泥に汚れ、息は荒く、目だけが異様に落ち着かない。


「……助けてくれ」


 先頭の男が、掠れた声で言った。


「隣村が……なくなった」


 その一言で、場の空気が凍りつく。


「……なくなった、とは?」


 村の長が問い返す。

 男は、首を振りながら、言葉を探すように口を開く。


「……燃えたわけじゃない。崩れたわけでもない。朝、目を覚ましたら……“そこにあるはずの村”が、なかった」


 人々の間に、ざわめきが広がる。


「……どういう意味だ」


「……何かの見間違いだろう」


 男は、震える手で、自分の胸を押さえた。


「……道も、畑も、家も……“そこにあったはずのもの”が、まとめて消えていた」


 誰かが、息を呑む音がした。

 

 避難してきた者たちは、村の集会所で休ませることになった。


 水を与え、パンを分け与える。

 だが、彼らの表情は、安堵よりも、恐怖に縛られている。


「……夢だと思った」


 一人が、呟く。


「……でも、どれだけ歩いても、戻れなかった」


 ノアは、その言葉を聞きながら、胸の奥が、ひどく冷えていくのを感じていた。


(……帰る場所が、消える)


 それは、“家を失う”よりも、もっと根本的な喪失だった。

 

 午後。


 確かめるため、数人の若者が、隣村の方向へ向かった。


 ノアは、老人の許しを得て、後を追う。


 だが――


 しばらく歩いた先で、景色は、突然“途切れた”。


 家々が並んでいたはずの場所は、不自然なほど平坦な地面になっている。


 焼け跡もない。

 瓦礫もない。

 まるで、最初から“何もなかった”かのように。


「……嘘だろ」


 誰かが、膝をついた。


「……ここに、確かに村があった」


 ノアは、足元の土を掴む。

 土の感触は、確かにある。


 だが、そこに“村があった痕跡”は、何一つ残っていない。


(……消えた、んだ)


 頭では理解できないのに、身体の奥でだけ、それが“現実”だと分かってしまう。

 

 帰り道、誰も言葉を発しなかった。

 足音だけが、乾いた地面に響く。

 

 村へ戻ると、避難民の一人が、門の前で泣き崩れていた。


「……家に、戻りたい……」


 誰も、“戻れる”とは言えなかった。

 

 夜。


 集会所では、重苦しい沈黙の中で話し合いが続いた。


「……他の村も、同じ目に遭っているかもしれない」


「……次は、うちか」


 誰かが、ぽつりと呟く。


 その言葉は、火種のように広がっていった。


 恐怖は、形を持たず、だが確実に、村の中へ染み込んでいく。

 

 家に戻った後、老人は、珍しく酒を煽っていた。


「……じいちゃん」


 ノアが声をかけると、老人は、しばらく黙り込み、やがて低く言った。


「……“世界が、消している”」


「……何を?」


「……変わらないものを、だ」


 ノアは、その意味を掴めない。


 だが、“変わらない風景”が、そのまま“消える対象”になっているのだとしたら――


(……ここも、いつか……)


 その考えが浮かんだ瞬間、ノアは、息を詰めた。

 

 夜は、深い。

 外は静かだ。


 だが、静かなまま“消えていく世界”が、すぐそこまで迫っている気がした。

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