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暁と宵の星空 ~One star in the Blue Moment~(群青色の空の星)  作者: フニカ


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10/10

2章-5

長くなりました、でも前半の一番の盛り上がりと自分で思って居るところです。

文章作るのって難しいと今更ながらですが、より違う部分で感じました。

とは言え、まだまだ続きを書いて行ければと思っています。


 このホテルは、かなり大きな規模の国際交流会議が開催出来るハイクラスの都心のホテルである。

ホテルとしては過去、この経済会議の開催数は少ないが、他の国際会議を何度か経験はしている。

 今回この会議を請け負う事となり、不定期開催とはいえ、会を重ねる毎に増える参加者数の予想を見越し、人の流れを考えた結果、ビジネス交流用フロアと専門家会議フロアの距離を少々離して設営した。

 初日の会議フロアの方は本日の午前10時に、文部科学省の責任者に国内外の参加大学関係者、経済通の名士等を招待して、開催宣言をし順次スケジュールをスタートさせた。

 この三日間、経済発展に即したテーマを提示した会議や小規模の講演会、発表会などが、会議フロアの方で多数開催される予定だ。

 同じ日、午後4時を過ぎて交流フロアのメインフロアで会議全体の派手なopeningセレモニーが始まった。

会議フロアの方はイベントに興味のない専門家たちの、開催数は少ないがこの時間も粛々と講演や会議は行われている。

 明日以降、今セレモニーが行われているメインフロアも、基調講演会や今日のセレモニーで日本経済に多大な貢献をしたと表彰された受賞者等の講演会場となり、一般からの聴講希望者も入場するフロアへと変わる。

 今、瑠璃達がいるフロアは、メインフロアに入り切れ無かった人達の予備フロア兼ビジネス目的などの交流用フロアとして使われているが、ここも二日目以降にはいくつもの椅子やテーブルが置かれ、商談や会議後の感想や世間話に雑談までもが出来る場所に設定される予定だ。

 だが、それを利用しようと会議フロアからここまで来るには、今回は少々遠くしてしまったホテル側の配慮は、どんな影響を及ぼすかになるかと言ったところである。

 初日だけ煌びやかなセレモニーに参加する有名人を見たいだけと来る人も多いが、仕事の為に会議参加と商談等に重点を置いている多くの参加者達、それをフォローする人やホテルスタッフ達に取っては、今回のホテルの設営は、この距離感を許容範囲とできるかが参加者全員に配られる回収必須のアンケート結果の反応を見る事になる。

 初日のセレモニー目的に一気に押し寄せて来た来客を捌くには、専用受付からの交流フロアと会議フロアを離した事による動線は混雑緩和に上手く機能しているように見える。

 ただ、会議フロアからの戻る形でセレモニーに参加しようとする来客達は、流れに乗れず待たされているように見えなくもない。その度にホテルスタッフ達の手間がかかるような事となっているようだ。

 このホテルで、今回の会議に初めて参加した相良は、Mr.レノックスの日本滞在中の世話係として野々宮達と落ち合う場所まで案内しようとした寸前に、Mr.レノックスを見失い、探し回る羽目となった。

 会議関係フロアを探し回ったあげく、交流関係のフロアにいると連絡を受けて向かったフロアでも探し出せずに、策なく水無瀬の所に辿り付く頃には、ひどく消耗して息が上がっていたのも仕方がないだろう。

 

 今からメインフロアでセレモニーが始まる30分くらい前のこと。

 専門家会議用のフロアに聴講者50人くらいが入る位のそれほど大きくはないフロアで、日本の大学が医療分野と経済をテーマにした発表会を行っていた。内容は過去に発表した研究が実用化されて、現在どう利用されているかの報告発表のようなものだったが。

 この経済会議全体を通して、飛び抜けて新しい情報や驚きの研究結果を発表をする事はあまり無く、どの会も研究報告のようなゆるーい講演や発表の場となっている。しかし、これはこれで産官学を経済活動へと誘って行くのに十分な効果となっている会だと、まことしやかに言われている。

 また、この会のどんな形の催事であろうが、スケジュール通りの時間厳守だけは厳格で質問・疑問・意見は、この会の専用webに入力して別途解答や返信などを受け取る事になっている。だからどんな会議でディスカッションがどれだけ白熱しても時間内で強制終了されるので、それ以上にエキサイトする事は滅多にない。

 そんなぬるーい会でも、並べられている椅子にはほとんど人が埋まっていた。

 そして、この中に瑠璃の叔父である皆藤 瑛がいた。

 医療従事者として皆藤 瑛が参加していた今の会議が45分程度で終わり、散会となった途端、参加していた関係者同士が立ち話を始めたり、次の別の会を目的に部屋を出ようとする人が入り乱れていた。

 ほぼスケジュール通りに運営されていて、会議がタイトに組まれている時間帯でも次の会との間に15分ほど時間が取られ、ホテルのフロア担当者が清掃ロボットを引き連れ、次の会議開催までの簡単な清掃に入る。参加者達も慣れたもので清掃の邪魔にならないように順次部屋を出て行くが、会場を捌くホテリエ達も優秀で、会議の余韻で会話に白熱している参加者がいてもあっという間に廊下に誘導されていく。

 そんな人の声や清掃などでの雑音が絡む中、

「Mr.ミナフジ」と呼びかける声がした。

 質問やアンケートを入力し終えたタブレットをカバンに入れて、席を立ちかけた瑛に、声をかけてきたのは、Mr.レノックスことリチャードだった。

 声がした方に振り向いた瑛は、顔を見て知ってる顔だと認識しつつ、

「リチャード、来てたのか、なんだ来るなら前もって・・・」と言う瑛の言葉を遮って。

「今回時間が無くて、本当は連絡してゆっくり東京に滞在出来たらって思ってたんだけど、ここで会えるとは」と嬉しそうな顔をするリチャード。

 その斜め前で男女数人が話しているうちの女性一人が、このリチャードの笑顔に気が付くと、うっとりとした視線をリチャードに向け始める。その様子が瑛に話しかけているリチャードの視界に入ってくると、途端に眉間に皺を寄せ、見るな、話かけるなオーラを纏うリチャード。

 その女性がリチャードの負のオーラにすぐ気が付いたとしても、元に戻るのには時間がかかる様だ。

 他にもリチャードの美麗な容姿に気が付き始める女性が増えつつあり、その女性達の視線の先を追って男性達の視線もチラチラとリチャードに向け始めている。

 男性から見ても、リチャードの容姿は美しいと魅入られるが、瑛は10歳近く年下のリチャードを小さい頃からよく知っているので、綺麗なのも慣れてくるよなっと頭の片隅で思っている。

 そんな状況になりつつも、瑛にだけはにこやかな表情を向けるリチャード。

「ああ、そうか、瑛もこの会議に参加するって知ってれば・・・」とリチャードの独り言のような声。

「何だ、忙しそうだな」と言った瑛はリチャードの事を、相変わらず大変そうだなという笑みを浮かべている。

「でも、まさか瑠璃はここにはいないよね」とリチャードは残念そうな顔をした。

 瑛は真顔に戻してから改めてニヤリとした。

「瑠璃ならこの会場のどこかに居るぞ」と言うと、一旦は沈んだリチャードの顔が浮上して、一段と嬉しそうな表情を瑛に向けた。

 その嬉しそうなリチャードの顔を見ながら瑛が、

「さっき、このホテルに着いたって連絡が入ってたから、どこに居るかは判らんが、もうすぐセレモニーが始まるだろう、有名人を見たいとは言ってたからその辺かな」。

「瑛は瑠璃と?」とリチャードが聞く。

「今からもう一件参加する会議があるから、その後に落ち合って夕食をって事になってるが、一緒には?」と誘いかける瑛。

「うわ、残念、これから、はずせない仕事があって、それに明日午前中には飛行機の時間で、だから連絡しないでいたんだ、え~瑠璃に会いたいなぁ」とさっきの嬉しそうな笑顔からまたしても一転落ち込み顔のリチャード。

「連絡すればいいじゃないか?でもあっちのフロアはうるさいから、気が付かなければ・・・」と瑛が言い終わらないうちに。

「判った、行ってみる、また連絡する」と言いながら瑛に手を振って、リチャードは急いでこの会議室の出口に向かった。

 そんなリチャードを見送った瑛は改めて、小さい頃から見てきたがあっという間に身長を抜かれ、今は自分が見上げる様になったんだと感慨深げな笑みを浮かべたが、すぐ真顔に戻って、

「ん、頑張れ。あ、言うのを忘れた、瑠璃の体調治りかけだけど、ま、大丈夫かな」と独り言のように言った。

 急いで会議室から出たリチャードは、廊下の先に待たせていた今回の日本出張のお世話係の相良に英語で手短に話かけ、すぐに廊下の人混みに消えていった。

 ちなみに、瑛とリチャードの会話はall日本語でした。


 ここから時間を一気に、交流フロアでの瑠璃がリチャードからやっと野々宮に解放されたところまでに進めると。 

野々宮の伸ばした手がMr.レノックスの腕を払いのけ、瑠璃を一気にリチャードから引き離し自分の胸で抱き留めていた。

 野々宮は抱き留めた瑠璃の肩を一段と引き寄せ、身長差がある瑠璃の顔をのぞき込むようにして、

「御室、本当に体調は大丈夫なのか?」と野々宮が聞いた。

 この時間帯だけはメインフロアで行われているセレモニーを映したディスプレイがよく見えるように照明を調整したようで、人の顔色の判断は付きにくいが、それでも野々宮には瑠璃の調子が落ちてきていると、今日最初に会った時の元気が今は失われていると感じたらしい。

 瑠璃は瑠璃で、リチャードの身体的圧力が一気に抜けた時に、自分の身体の血液循環が戻ってきたような感覚を感じた。気持ちは、やっと解放されたと思いながらも、リチャードから受けていた圧力が解けてたと思ったら、即、野々宮に引っ張られたことで、自分の自律神経が吉と出るか凶かと考える自分がいた。

「そうですね、こんな事になるとは思ってもいませんでしたが、大丈夫です」と野々宮に返事をした瑠璃は笑顔を向けた。

 あっという間に野々宮によって瑠璃を引き剥がされたリチャードは、不意を突かれ驚いた表情をしたがすぐに笑みを浮かべながらも、野々宮と瑠璃の会話している様子にはしっかり視線を向けていた。

 この4人の様子を周りから見ていた人達は、その中でも野々宮の動向に注目していたギャラリーは、一瞬にして麗しい男性に囲われていた女性を奪い返したその様子に、つい拍手をしようとしたが慌てて手を引っ込めた。引っ込めた流れでか?一人になったMr.レノックスの方に関心を寄せた。

 周りの視線を感じたリチャードは、それに答えるようにいたずらっぽい笑顔を浮かべて、両手のひらを上に向けると、仕方が無いと言うように肩を大げさに上げた。その表現にホウッ眼福とばかり満足気な表情をする女性達の多いこと。

 瑠璃の言葉を聞いた野々宮は、周りの雰囲気とMr.レノックスの反応を感じつつ、抱き留めていた瑠璃をゆっくり自分の身体から離しかけた。

 その一連の野々宮の様子を動じる事無く見ていたように?見える水無瀬は、手汗を握りしめながら、ようやく物事が進んで行く~と、顔には出さずとも安堵の気持ちを広げていた。

 同じくそこでずっと何を言えば良かったのかで悩んでいた相良は、リチャードに「るりぃ」と呼ばれたこの女性は、同じ会社の社員だったのかと判った所だった。そして自分も社員の一人で、仕事は通訳なんだと、自分の職務に励まなくてはと、先ほど野々宮がMr.レノックスに言い放った言葉を今から行うであろう商談に差し障りのない様に英訳しようと、Mr.レノックスに近づき話しかけていた。

 相良が野々宮の言葉を英訳したのを日本語にすると「その女性は我が社の社員です、彼(野々宮)は彼女の上司にです。仕事の指示をしなければならないので、彼女を自由にしてください」と、実際の野々宮の言葉とはちがう部分は、Mr.レノックスの機嫌を損ねない様に考えてだと思うが、かなり事なかれ主義のような方へ持って行こうとしている感じがしないわけでもない。

 この通訳は野々宮と水無瀬には聞こえてはいないようで、通訳されたMr.レノックスはチラリと相良に視線を向けると片方の口角を上げただけで、

「Mr.相良、アリガト」と相良に日本語で言った。

それを聞いた相良はMr.レノックスの言葉に嬉しそうな顔し眼鏡越しの瞳をキラキラさせたが、リチャードはすぐに瑠璃の方を向き、

「るりぃはノノミヤの会社の?」と野々宮側に移った瑠璃に日本語で投げかけた。

が、瑠璃は違う事に気を取られていて

「そうよ」とだけ答えた。

 野々宮は、Mr.レノックスとこれから仕事で込み入った話をする事を忘れているわけでは無く、これ以上、気分を害してもらうわけにも行かないという思うところもあって、一旦は瑠璃を引っ張った反動で自分の胸で抱き留めたが、瑠璃の大丈夫という声を聞いたあと、水無瀬と自分の間に立たせ、二人と接触する部分が無い様にしようとした。

 そうすると、この立ち位置が三人でリチャード一人に相対する事になった。

 相良はリチャード寄りに立って話していたが、三人が並んだのに気付いて、何処に立つのが良いのか考えるあまり、少々挙動不審気味になりつつも、水無瀬の横に立つ事にした。

 水無瀬は野々宮がMr.レノックスから御室を取り戻した様子を見て、ホッとした感覚を持ちながらも、この後はどうしたらいいのかと考えていた。それに、相良がMr.レノックスに何か話しかけている様だったが、何を言ったのかが気になってもいた。

 瑠璃はリチャードの圧から急激な解放にふらつきそうだったが、野々宮がエスコートするようにゆっくり丁寧に水無瀬との間に立たせてくれたので、呼吸を整えながら、貧血を起こすこともなく身体の落ち着きを取り戻して行くように自立が出来た。

 それもあって、リチャードの問いかけには一言で済ましてしまったのが、冷たい返事のようになってしまったかと今気が付いた。

 瑠璃はリチャードに返した言葉にそれほどの意味は込めてなかったつもりだったが、一旦5人の立ち位置が決まったところで、この5人の所だけに沈黙の様相が出来てしまった。

 そんな雰囲気を感じた瑠璃は、リチャードに何か言ったほうが良いのか、リチャードもなにかきっかけを待っているのかと考えるあまり唐突に、

 「リチャード、いつも言ってるけど小さいイは要らない」と大きくはないが、はっきりと声に出していた。

 その言葉を聞いた周りはここで何それ?とばかりポカンとしたり、ガクッと力が抜けたポーズをとる人も周りを囲んでいる人の中にはいた。

 野次馬さん達はこの展開に何を期待していたのだろうかと・・・。

未だメインフロアでのセレモニーは続いている。

 リチャードに抱き付かれていた時間は15分くらいだと思うが、瑠璃にはその間が異様に長かったと感じていた。そしてその間、考えていた事は、(う~ん、どうしてくれようかリチャード!)と。

 そして、深呼吸をして出た言葉がこれだった。

 野々宮も水無瀬も相良も何の話?と言う顔をしている。

 瑠璃にそんな投げかけをされたリチャードだが、少し前から顔には一層柔らかい表情を浮かべてはいるが、先ほどの野々宮の瑠璃に対するエスコートの様子も見逃していなかった。だから、自分が投げかけた言葉に瑠璃の返事が気のない返事になったのも理解はしていた。

 その上でリチャードは今度は小さく両手のひらを広げ、

「オオ、るり、そうでした」と言って笑顔を浮かべると、またやってしまったというような顔をみせつつ肩を少し上げた。

 これは、瑠璃とリチャードにしか判らない事でもあったが、少々の反省の弁のようで、周りに取り囲んでいるこの場限りの人達に麗しい笑顔で愛想を振りまく形になっていた。

 リチャードの笑顔を見た野次馬ギャラリーの女性達はまたしても、頬を蒸気させ、うっとりするような表情を浮かべている。

 瑠璃がリチャードに捕まっていた時よりも、野々宮、瑠璃、水無瀬、相良と今向き合っているリチャードとの距離は近くなっているが、野々宮と水無瀬と挟まれて立っているおかげで、もうさっきみたいに捕まえられないだろうと、念のため瑠璃一人だけが半歩後ろに下がった。

 いまだ迷える子羊?の相良はこの状況をつかめずにいて、それにしても瑠璃の放った的外れな言葉の流れで出来た雰囲気を変えなくてはと思っていた。

 すると、今まで一連の様子を見ているしか無かった水無瀬が、相良に今からのスケジュールをリチャードに伝えるんだと指示を耳打ちした。それを聞いた相良は腕時計で時間を確認すると、Mr.レノックスに少し近寄って再び英語で話しかけた。

 本来は、この今居るフロアに案内して、野々宮と水無瀬と合流し、別途打ち合わせ場所に案内予定だったからである。

 一通り相良の案内を聞いたリチャードはすぐ、自分の日本語が拙いことを前もって断わってから、

「ミスタ-水無瀬、思いダシまシタ、何年か前?ニューヨークでミスターかざは?そういえば名前がチガウ?」と、英語なまりな変なイントネーションで日本語を話しだした。

 それを聞いた瑠璃は思わず両手で自分の口を押さえ視線を下げた。今のリチャードの話しぶりに、吹き出しそうになったのを必死に押さえようとしているからだ。リチャードは相変わらず変なイントネーションの日本語で挨拶の言葉を述べている。

 それを、野々宮も水無瀬も真面目な顔で聞こうとしているので、余計に笑っってしまいそうで、何か違う事を考えて気をそらさないと、ヤバいと。

 ふと、リチャードから引き剥がしてくれた時の野々宮の言葉が頭に浮かんだ。退職間近な自分を社員だと言い切ってくれたのが、嬉しいと一瞬感じた事を思い返した。

 でも、もう退職だしねと考えると、何かしらの複雑な感情もわ湧き上がってきて、そのおかげか、リチャードが変な日本語を話し終わると同時くらいに、瑠璃だけの笑いも治まっていた。

 (危なかった、吹き出さ無くて良かった)と瑠璃は自分の口から手を下ろして、ホッとしていた。

 リチャードは結局面倒臭くなったのか、野々宮達に英語で話しだしていた。

 瑠璃はその英語を相良が野々宮達に声のトーンを落として通訳しているのを聞いて、なんか変な違和感を覚えた。相良が通訳している声は瑠璃にも届いているが、野々宮部長も水無瀬部代もビジネス英会話に不自由は無いのになと。

 だが、通訳をしている当の相良は必死だった。

 一時、行方が判らなくなったMr.レノックスを、このフロアに自分が案内出来なかった事と、ヘタな謝りを述べてMr.レノックスの機嫌を悪くさせたようなことが自分の失態だと考えているからだった。

 どうにか挽回しなくてはという気持ちが、焦りとなっている様で、いつもの自分の滑らかな通訳から比べると、言い直す事が増えてきているようだった。

 相良は昨日、初めてこの見目麗しいアメリカ人?のMr.レノックスに会って握手を受けた時、その麗しさと笑顔の表情に心を奪われたとは自覚していた。

 そこから来日の世話係として付き添っていると、この会議関係フロアでちょこちょこMr.レノックスに話しかけてくる高名な人物達、その会話や返しに頭の良さと回転の速さ、会話の軽妙さ、相手を立てて優しいジョークを言って気を遣うところなどに感動と敬服を覚えるばかりになっていた。

 ただ、今日の会議が終わった後の無駄な各フロアを探し回る事になったのはなんだったのか、腑に落ちない感じもするが、きっと何か考えがあったのだと思える位、Mr.レノックスに心酔しているかのような相良でもあった。

 だから相良からすると、瑠璃は全く知らない女性であり、この状況で初めて同僚だったらしいと知っただけという事になる。大企業就業者になるとそういうことは多々あって、同じ会社の社員でも仕事に関わる事が無ければ、もし、会社内ですれ違うことはあったとしても、何かの強い印象事でも無ければ、ほぼ記憶には残らない。

 眼鏡がトレードマークの明るく真面目な入社4年目の26歳である。

 入社してから先輩について指導を受け、少しづつ場数を踏んで来たが、今回新規事業の重要案件になる仕事に抜擢され、下準備から野々宮達との打ち合わせに何度も加わって来たのに、ここに来て自分の能力が上手く引き出せていない上に、続けざまの失敗と思っているようだ。

 野々宮部長と特に水無瀬部代に幻滅されてしまったと思い込んでいる伏しがあって、本人も想像以上に落ち込んでいると自覚はしているが、挽回しなくてはという焦りが徐々に大きくなっているようだ。

 今日の15時くらいまでMr.レノックスのアテンドは順調でMr.レノックスの美しい笑顔を独り占めしている気になっていた。それなのに、今の今まで社内で会った事も無い「るりぃ」と言う名前の小さい「ぃ」に固執する変な女のせいで、Mr.レノックスの笑顔が今日の午後以降一回しか自分に向けられていないと、変な自己評価を作ってしまっている。

 今の相良の感情からすると、少し前の状況のなぜ社員の瑠璃がMr.レノックスに捕まっていて、野々宮がMr.レノックスから引気剥がした経緯も全くわからない。

 しかし、相良は、見目麗しい外見を持ち、高いレベルの能力を持ち併せたMr.レノックスという人を知って、男が惚れる男という認識ができあがって来たところに、美人の部類には入らないし、スタイルが良いわけでも無い社員の女性に、Mr.レノックスが優しい顔つきを見せたり言葉尻を捉えて謝せられたりするのはおかしいと思えていた。

 相良の自覚の無い瑠璃への嫉妬と、英語圏のMr.レノックス対して、自分の名前の小さな言い間違いのような事で謝らせる事にも憤りが湧くのを覚え、今通訳している言葉に違う熱が籠もって来ていた。

 そんな中、相良の訳を聞きながらも、リチャードの英語での会話に注目している野々宮を横目にして、水無瀬は小声で瑠璃に

「どういう知り合いなんだ?」と聞いてきた。

「水無瀬部長すみませんプライベートなことなので」と瑠璃が言い終わらないうちにがリチャードが日本語で返事をする。

「良い質問ですね、瑠璃は私の婚約者です」と少々ボリュームを上げて言った。

 水無瀬は自分の小声がリチャードに聞えてた事にも驚いたが、野々宮も相良も驚いて瑠璃を見た。

 すると即座に瑠璃が野々宮と水無瀬に向かって

「違います!元!元です!今は違います!」と言いながら、怒りなのか恥ずかしさなのか一気に顔が赤くなっていった。

 その瑠璃を見てリチャードはいたずらっぽく笑うと、

「日本語難しいですね、元婚約者です」とニッコリしながら言い直した。

 ギャラリーもざわめいている。

「リチャード!仕事で来てるんでしょ、だから何も言わないようにって思ってたのに!」と瑠璃は思いあまったように大きな声を上げてしまった。

 すると、リチャードは今日一の笑顔を4人に向けていて

「るりぃ、そんな事気にしなくても良かったのに」と言った。

 野々宮と水無瀬、相良も何も言えないで固まっている。瑠璃は上気した顔のまま、(私は気にするわ!)と思いながらリチャードを睨みつける。そして、もう我慢の限界という気持ちが勝ってきて、

「野々宮部長 水無瀬部長 リチャードは日本語ペラペラですから通訳は必要ありません」と断言した。

 瑠璃の言ったことがよく理解出来ないとばかりに野々宮、水無瀬、相良まで唖然とする表情を浮かべている。

 その様子を見ていたリチャードは笑顔というよりは笑い出してしまい、一応は片手で口を覆って笑っている。

 この5人の周りを取り囲んでいるギャラリーはセレモニーフロアの様子を映すディスプレイより、この場で起きている出来事の方が面白そうと、だんだん人が増えてきているようだった。

 我慢の限界に来た瑠璃はとうとう押さえていた物が溢れてきたようで、

「リチャード、そう、よくわかったわ相変わらず周りの人を小馬鹿にしてる態度よね!今の事全部伝えるわ!」と言った瞬間、瑠璃の言った伝える先をよく解っているようで、笑っていたリチャードの表情が少し変わった。

「るりぃ!sorry ひさしぶりに会えて嬉しくてね、るりを笑わせたかっただけだよ」とスラスラとイントネーションもちゃんとした日本語を話し、右手を自分の胸に当てて懇願する仕草をした。

 そして、胸に片手を置いたまま少々悪かったと言うような表情をして、向き合っている瑠璃に一歩踏み出すと下向き加減で

「それに、僕を見てって言ったのに見てくれないじゃないか」と恨めしそうに瑠璃に言った。

「今は見てるでしょ、さっきは危険回避行動なんだから仕方無いじゃない、それは日頃のリチャードの行いのせいよ!」と我慢の決壊が切れた瑠璃が言った。

「なぜ?挨拶じゃないか、僕がここに来るまで、この会場だってそういう挨拶してる人を沢山見かけたよ」と言って、向かい合っている瑠璃にもう一歩リチャードが踏み出して来た。

 するとすぐに、瑠璃は止めるように手のひらを広げ両手をまっすぐ前に突き出してリチャードを制止しようとした。

「リチャード、日本人はそんなの滅多にしないし、それにいつもやり過ぎる!」とそこまでは勢いよく話した瑠璃だった。

 と、リチャードはこのタイミングだとばかりに、一瞬にして瑠璃の伸ばした右手の甲をつかんで引き寄せると、口元に持って行き口づけた。

 瑠璃も急に身長の高いリチャードに引っ張られたので、並んで立っていた野々宮と水無瀬は真横から、リチャードが瑠璃にハンドキスをしたのをしっかり見る事となった。

 その関係者3人はまたしても驚き固まっているが、その瞬間、周りの集まって来ていたギャラリーはおおぅと驚きの声を上げた。

 瑠璃はやられたとばかりに脱力感を覚えつつも、まだ手で良かったかもと思いながら捕まれていたリチャードの手を思い切り振り払った。

「もういいわ、リチャード覚悟しておいてね」と睨み続けるが、内心感情の起伏が自律神経に影響し始めているような感覚がし始めていた。

 するとリチャードは瑠璃に向いてウインクすると、自分の唇に人差し指を押し当てて、

「今日は、このくらいでね、ここはるりぃだけだよ」と言った。

 それを見た瑠璃は一層真っ赤な顔になり、怒っているのか恥ずかしいのか、わからなくなったとばかり、なにかもっとリチャードには言ってやりたいとは思いつつも、周りの人の目だけは気になっていて、

「それからリチャード、るりぃじゃないの、るり よ 何度も言ってるでしょ」と再度大きな声で言った。

 リチャードは変わらず瑠璃には優しい瞳を向けて、にこやかな表情をして立っている。

(瑛に言われて、瑠璃を探しにセレモニーフロアに行く途中、君を見かけてこのフロアに追いかけて入ったら、君は嬉しそうな、そう、それは可愛い笑顔を男性二人に向けて話していたんだよ、そのうちの男姓一人が急に君を引っ張って行くもんだから、一時見失いかけて、だから、ついあんな行動を取ってしまったんだ。でもそのせいでその男達が、今からのビジネス相手だと気が付くのに少し時間がかかってしまったかな。でも明日の飛行機の時間が午前中でね、何かしら瑠璃に印象づけたかったってのもあって、ちょっとやり過ぎた感もあるけど、この埋め合わせは必ずするよ。それにしてもMr.相良をふりまわし過ぎたかなぁ?)とリチャードの心の声。

 瑠璃とリチャード以外の関係者3人はようやく固まっていた思考と身体が動きだしたようで、顔つきも真顔に戻っていた。

 しかし、昨日からリチャードに付き添っていた相良だけは一歩後ろに下がって青ざめた顔をしている。

 そして、小さい声で

「僕の立場とは・・・」と言ったのを水無瀬には届いたようで、瑠璃とリチャードの関係に驚きつつも相良の背中をポンポンと軽くたたいた。

 すると、リチャードが相良の様子に気が付いたようで、

「おーMr.相良、あなたの通訳は完璧でしたよ、んんー」といって何かありそうな含みのある言い方をした。

「リチャード!」とにたしなめるように、ここは精一杯、瑠璃は声を上げた。


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