第11話 月曜日
ヒビナの国王陛下は大会の鑑賞をしておらず、ブレンダンからローレンの優勝取り消しを聞いて烈火のごとく怒ったらしかった。誰よりもヒビナを愛し、ヒビナ国民を想う王は国民に対する侮辱を看過しないと豪語したようだ。
そのため当初はベンのみの優勝であったところを、事実どおりに修正し、記録にもローレンの名が記されるところとなった。出場国名は申請したままのゴクラク。補足として、現ヒビナと記す。
さらに文句を言った選手と、優勝取り消しを決めた役員に過料を命じるなどなかなか厳しめの措置を取ったようだ。
「よかった。隊員達もな、ローレンの実力を目の当たりにして気まずそうだった。謝ってもいた。軍人らしく指揮に従うと言っていたよ。改めて、これからよろしく頼む」
「そうですか」
「ああ。作戦をもっと詰めたら、実地に向かおう」
「わかりました」
そんな会話をした朝食を終え、自分の部屋に戻る。
ごっそりと購入してきた変装道具を並べて、必要なものを紙袋に入れ直して部屋を出た。
「では、フタサに行ってきます」
同じく軍服に着替えたブレンダンが向かいの部屋から出てきた。どちらともなく階段へ向かう。
「送る」
「いえ、大丈夫です。変装しますので」
「じゃあ、その変装するところまで送る。どうせ出勤ついでだし、最近、治安がよくないんだ、この辺も。空き巣や引ったくりが多くてな」
「……はあ」
なら、無理に断る必要もない。
ふたりは徒歩で家をあとにした。
買い物に出掛けたときに既に着替えるのに使えそうな隠れ場所を見つけておいた。小さな公園の隅にある災害物資用倉庫の裏だ。ちょうど死角になっていて、誰にも見られない。
ブレンダンを見張りにして、素早く着替える。
着替えを終えて、背を向けているブレンダンに声を掛けた。
「では、今度こそ行ってきます。帰りはひとりで平気ですので」
「そうか? でも迎えに──」
振り返るブレンダン。
しかしローレンを見て、ぴしりと固まった。
目をぱちくり。ぱちくり。ぱちくり。
「なにか変です?」
ローレンは女の服を着ていた。
長いカツラをカチューシャで留め、襟付きの清楚な長袖ワンピースとヒール靴。そしてほんの少しの化粧をすれば、これでもう森で育った男勝りのローレンとは思いますまい。
「お、お、お、」
ブレンダンは口をパクパク。
ローレンの頭から足の先まで何度も視線を上下させて、頬を赤らめて目を背けた。
「ほ、本当に女なんだな……」
「まあ。では」
「いや、待て。やっぱり送る」
「いやいや、フタサに行くのにあなたと関わっていたらまずいからと変装してるのに、あなたが送迎したらおかしいでしょ」
「駄目だ。違う意味で危ない」
「なに言ってんですか」
「変な虫がつく」
「森にだってうじゃうじゃいました」
「その虫じゃない」
なに言ってんだ、この人は。大枚叩いて買った変装一式が無駄になるではないか。
なんとか説得をして、ひとりでフタサの国境に向かう。いわく、知らない人には付いていくな、だそうだ。園児か。
◇◆◇◆◇◆
「……本当に女性だったんだな」
「なんで皆同じこと言うんです?」
フタサの国境に、ベンは既に馬車を横付けして待っていた。もちろん国境を越えるのは許可がなければならず、ローレンは管理局の人間に足留めを食った。しかし事前にベンからローレンが来るというのは知らされていたのか名前を告げると通してくれた。
その本人であるベンに手を挙げる。
しかし、無視をされた。
なので歩み寄って話し掛けると、ぎょっとされた。どうやら気付いていなかったらしい。
ブレンダンと同じく目をぱちくりとして、ローレンの体を観察した。
「変装ってそういう……。確かに、騙された」
「はい。皆、私を男と間違えているので好都合でした」
「すごいな。見違えたぞ。普通に令嬢に見える」
「普通ってなんですか」
そんなやり取りをしながら、先に馬車の客台に乗ったベン。さすが王子というか、そういう先入観が助けるのか、馬車に乗る白の軍服姿のベンはなかなか様になっている。
客台の戸を開けたところで、ベンが振り返ってきた。
「とにかく、乗ってくれ。なんだか、落ち着かない」
「はいはい」
よっ、と客台に足を掛けようとするより先に、ベンの手が伸びてくる。ヒールを履いているから、実に助かった。特に深く考えずに、その手を取った。
熱い。
また、左手の小指の青の糸が熱を持った。
──が、一瞬だった。すぐに冷めて、また変哲のない糸に戻る。
触れると熱くなるのだろうか。あれこれ考えているうちにベンの手に手を握られ、ぐいっ、と引き上げられる。
予想外に客台は柔らかかった。もっと木の椅子で固いのかと思っていたけれど、ソファのように柔らかくて沈む。ベロア調の生地が高級そうだ。
ふたりは向かい合わせに座った。
フタサは確かに自然も残っていた。道こそ舗装されているけれど、木造りの家があったり、公園には土と木があったり、少し先には小さな山々も見えた。ヒビナが東京だとしたら、フタサは、どこだろう。東京以外に住んだことがなかったので、思い付かなかった。
それも寂しいものだと思った。
街並みを例える街を知らない。
もしかしたら、自分は狭い世界で呻いていたのかもしれない。
もしかしたら、東京を出ていたら違う生き方が出来ていたのかもしれない。
ふと、そんなことを考える。
小窓からフタサ国を眺めるローレンに対し、ベンはちらちらとローレンに視線を寄越した。
「……落ち着かない」
ベンが険しい顔で腕を組んだ。
なんだかおかしかった。




