番外編:エンディングの向こう
ヒロイン視点
――――最高のエンディングを迎えたのに、なぜ?
トラックに轢かれて死んだと思ったら、生前ハマっていた乙女ゲームの世界に転生した。しかもイケメンたちから愛されるヒロインに。
容姿も名前も年齢も、ゲームの中のヒロインそのままだったから、この世界が乙女ゲームの世界なんだと疑う余地はなかった。
私は喜び浮かれた。だってそうでしょう? たくさんのイケメンに愛されるなんてシチュエーション、女だったら当然憧れるものだもん。生前だって特に逆ハーレムものの小説ばっかり読んでたし。
これからどうしよう、なんて迷うことすらしなかった。逆ハーレムルートに入って、生前できなかったイケメンたちとの恋愛を満喫するんだ。どんな女でも憧れること。それができる私はなんて幸運だろう。
攻略対象者は全部で5人。
ティアナの付き人である、フレッド=オクスタード。
ティアナが幼いころ助けた侯爵家の令息、ジル=マーキル。
宰相の息子で学園の生徒会長である、ルドルフ=ノートン。
寡黙で真面目な生徒会副会長、ルーク=アルベガス。
そしてメイン攻略対象の王子、マーヴィン=アルステッド。
それぞれ性格が結構特徴的だったんだけど、ヒロインは誰からも愛される存在だから、みんな何かしらの理由で惹かれていくの。私は記憶にある限りのヒロインのセリフをなぞらえているだけでよかったわ。
一番最初はワンコ属性のフレッドだった。まぁ彼はゲームの中でも初心者用として知られていたから当然かも。
次は爽やか美青年のジルが愛をささやいてきた。フレッドとジルが逆ハールートの中で一番早くに告白してくるっていうのはシナリオ通りなんだけどね。だってこの二人、婚約者がいないんだもん。
フレッドは私の従者だから当然として、ジルは幼い頃誘拐された現場を助けてくれたティアナを忘れられずに婚約を断ってきたみたい。障害が少ないからそりゃあ簡単よね。
本腰を入れたのはルドルフ、ルーク、マーヴィンの三人だ。彼らには悪役令嬢なんて呼ばれる婚約者がすでにいる。その婚約者たちを捨てさせないと、逆ハーレムには加わってくれないってわけ。
全年齢向け乙女ゲームのくせに略奪愛とかってどうなの?とゲームを買った時には思ってたけど、やったら普通に面白かった。むしろ序盤の二人より達成感があったかも。
ルドルフはお色気担当だけど、本当は愛に飢えている孤独な青年。その過去を慰めることで彼に近づくことができた。もともと彼の婚約者ともうまくいっていなかったようで、私に嫌がらせしてきた婚約者を容赦なく退学処分にした。
マーヴィンはさすがメイン攻略対象、イベントの量が他の攻略対象よりも多かった。それだけハートを掴むチャンスも多い。それにテンプレ通りマーヴィンルートの悪役令嬢が怒り狂って嫌がらせをたくさんしてくれたおかげで比護欲を買うこともできた。結果、彼は婚約を破棄し自由の身になったのだ。
意外に時間がかかったのはルークだ。
設定としては自分よりも権威のある婚約者に玩具のように扱われて本当の自分を抑制した寡黙な青年……だったはずなんだけど。
口数は確かに少なかった。だけどこうイマイチ、ひねくれてるって感じはしなかったのよね。ゲーム内では女王様って感じの悪役令嬢とも対等に会話してるし。
ああ、そうエリザベス。あの女。あいつ、何だったのかしら。
他の悪役令嬢と違って全然私をいじめてこないし。やることと言えば、子供くさい扇子で口元を隠しながら睨みつけるってだけ。
徐々に原作と違う流れになってきている。本当だったらエリザベスはマーヴィンルートの悪役令嬢と同時に、断罪される存在なんだ。二人とも嫉妬に狂ってティアナに嫌がらせした罪で、国外追放。そういうシナリオのはずなのに。
(勝手にシナリオから外れて……どういうつもり)
ルークがエリザベスとの婚約を破棄して私を選ばないと、逆ハールートにはならない。あの女を破滅に追い込まない限り私は最高のエンディングなんて迎えられないんだ。
――――悪役令嬢はきちんと“悪役”として裁かれる。それが筋でしょう?
* * *
「どうしてティアナにそんな酷いことができるんだ」
シナリオ通りのルークの台詞に私は怯えた瞳をエリザベスに向けながらも内心ほっとしていた。
悪役令嬢が決められた役目を演じない。そう気づいた私にできることは、何とか頑張ってシナリオに沿ったイベントを起こすことだけだった。
嫌がらせの自作自演は簡単だったけど、階段から落ちるのは肝が冷えた。下手すれば首の骨を折ってゲームオーバーだ。それを自分でやるのって結構勇気がいる。
でもその甲斐あってルークの好感度は順調に上がったし、最後の断罪イベントも起こったみたいだ。
正直ルークは推しキャラでもなんでもなかったけど、ここまで頑張って落としたキャラだからか不思議と愛着がわいてきた。
逆ハールートって一人は夫、その他は夫公認の彼氏っていう倫理観もくそもないエンドなんだけど、ルークを夫にしてもいいかも。うーん、でもやっぱり会話を飽きさせないルドルフのほうがいいかな。ルークって真面目というか純情というか……なんというか、奥手でつまらないところがあるのよね。
「う、嘘です! そのような証人、なんの意味があるというのです! 脅して言わせているという可能性も、」
未来の夫を誰にするか悩んでいるうちに、シナリオはずいぶん進んでいたらしい。
真っ青な顔で自身の罪を否定するエリザベスに「身に覚えがないでしょうよ」と心の中で唾を吐く。証人も何もかも、私が用意したものだ。ちゃんと自分の仕事をしてくれないから、私があれこれ手を回すしかなかった。
ルークに頬を叩かれて呆然とする彼女を見ても可哀想とかそういう気持ちは全く持たなかった。正直ゲームでやった時のほうが多少同情したくらいだ。
私にとって彼女は、役目を放棄しためんどくさい女。役に立たないキャラだったからこの人にこの後どんな結末が待ってたって正直どうでもいい。
「君たちがエリザベスを泣かせたの?」
――――ああ、だけど。
この時、初めて私は恋に落ちる感覚を味わったのだ。
* * *
「はああぁぁ……エドワードさん……」
ドキドキと大きく鼓動をならせ続ける胸に手を当てて恋しい人の名前を呼ぶ。今日、再びあの美しい人に会えるのかと思うと震えが止まらなかった。
あの断罪イベントからエドワード・デイヴィッド公爵について調べに調べた。18の若さで公爵家を継いだ彼は、エリザベスの実の兄だった。とはいえ彼には悪い噂一つなく、恋する乙女の贔屓目もあるかもしれないが完璧そのものの男性だった。武芸にも勉学にも長け、お金も地位もあり、あのエリザベスにも優しく接する心根の優しい青年。
正直彼に出会ってから逆ハールートとかどうでもよくなってきてしまった。一番のお気に入りだったルドルフだって彼の大人の色気に比べたら鼻で笑っちゃうような浅い色気しかもってないし。
やはり実の精神年齢が20前半だからか、学生だけしかいないゲームの中だったらそこそこ気に入っていたキャラたちも、すてきな大人の男性と比べるとどうしても子供っぽく見える。
だから最近は落とした攻略キャラそっちのけで、夜会三昧だ。侯爵令嬢である私と公爵である彼とのつながりなんてそれぐらいしかないから。
それでもあれから一回も会えなかったけど、情報によれば今日はエドワードさんが来ることが確約されているのだとか。
再会したらどう話題を切り出そう。覚えてるかな、私のこと。覚えてるよね。だってゲームだったら死罪だった妹を、追放処分だけでいいんじゃないかって恩情をかけて救ってあげたもんね。
会場に足を踏み入れると、すぐに首を回して彼の姿を探す。彼の周りには女性が集まっておりすぐに見つけることができた。
「まぁ、今日は妹さんは一緒ではないのですね」
「ええ。エリザベスは少し体調を崩しておりまして。彼女は皆さんに会いたがっていたんですが、大事をとって今日は屋敷で静養させているんです」
「まぁまぁ、それはデイヴィット公爵も心配ですわね」
「あら、では本日のファーストダンスは私でもいいかしら」
「あら、会話に割り込んでくるなんてはしたないお嬢さんだこと。公爵様、だめですよ、踊るならわたくしと」
エドワードさんに気があるとしか思えない女たちが次々に手袋をはめた手を差し出して、「自分を選んで」状態。妹がいなくてチャンスと思っているのか、どことなく目がぎらついている。
あまりの気迫に中々エドワードさんに話しかけられずにいると、彼と目が合った。彼は嬉しそうに微笑んだ後、取り囲んでくる女性の輪から抜け、私の手を取った。
「では、お目当ての女性を見つけてしまったので、彼女と失礼いたします。私と踊っていただけますか? ティアナ=ハーキース嬢」
「えっ、あっ、は、はい、喜んで!」
想像を上回る僥倖に思わず声が上擦ってしまった。まさか、私のことを覚えてくれているばかりか、ダンスに誘ってもらえるなんて! どこで好感度上がってたんだろ、やっぱりエリザベスへの恩情かな。それとも名前呼び? 不思議な子ってほめてたし、きっとそれだよね!
舞い上がっている私を、取り巻きの女性たちは射殺しそうな目で睨みつけてくるけれど、それすらも優越感の材料にしかならない。モブ(あんたたち)がヒロインに敵うわけないんだって!
「あ、の……覚えててくれたんですね」
「それはもちろん。君のような子、忘れたくても忘れられないよ」
「えへへっ、あの、エドワードさん、突然こんな質問するのもへ、変なんですけど、す、好きな人とかいるんですかっ?」
「私の好きな人? どうしてそんなこと知りたいのかな」
単純に排除対象がいるかいないかの確認をしたかっただけだが、エドワードさんはくすくすと笑って聞き返してきた。
「そ、それは……お、応援しようと思って! ほら、エドワードさんは友達だから!」
咄嗟に嘘をつく。本当は名前を聞き出して近づいて、エリザベスにしたように悪役にしたててエドワードとの仲を引き裂いてやろうと思ったのだ。だって、モブがこんな素敵な男性の隣にいるなんてシナリオ的にあり得ないから。
「そうなんだ。じゃあよければ、外に出て恋の相談に乗ってくれる?」
「えっ、でもダンスは……」
「二人でこっそり抜け出したいんだ」
耳元で熱っぽく囁かれてしまえば、始まった夜会の音楽も耳に入らなくなる。私は夢見心地でエドワードさんにエスコートされながら会場の中庭に出た。
「ここの会場なかなか面白くてね、外の林と直結してるんだよ。亭主が自然に囲まれた中庭を作りたい、とかで作らせたわけだけど、そこまでしたら中庭ではなくなるよね」
「そうなんですね……じゃあ本当に抜け出せますね!」
「そうだね。それに――人攫いには絶好の場所なんだ」
え、と問い返す前に、頭に強い衝撃を感じた。それが何か気づく前に、目の前が暗くなっていき身体が前に倒れる。
最後に見たのはどこまでも穏やかな、彼の笑顔だった。
* * *
……? あれ、私、どうしたんだっけ?
エドワードさんと話してて、それで眠ってしまったの?
いつの間に家に帰ってきたの。
「*****! ***!」
なーに、お父さん、お顔真っ赤。なんでそんなに怒ってるの?
あは、あはは、おっかし。なんだか、すごくいい気分。
* * *
おそと、おそと。
なんでなかにいれてくれないの。
かえってきたよー、いれてよー。
あ、このあいだのおにいさん。なぁにー、またちゅうしゃ?
あー、あはは、おにいさんへんなかお、むらさきいろだぁ!
* * *
「――――それじゃ、あとはよろしく。いつも悪いね」
「いえいえ、D様はお得意様ですから。でもいいんですかい? どっかの偉い貴族さんの娘さんなんでしょう?」
「3日前まではね。ちゃんと家に迷惑が掛からないように、この女の罪をあげつらって絶縁させたよ。私も、妹を害してもいない人間を処分するのは心が痛むんだ」
「ははは、ご冗談を。年端もいかない女子を薬の実験体にしているくせにですかい?」
「どうせ処分するんだったら薬を投与したいといったのは私の友人のほうだよ。まぁ、私も興味があったけどね。でもこの薬はだめだね、脳みそを溶かすみたいだ」
えぇどわぁどさぁん、こっちみてー。
「はぁ。ちなみに誰に使う予定だったんで?」
「……エリザベスが、最近危ない真似ばっかするから」
「さ、さいですか……」
「うん、もうちょっと試さないとね。幸い実験体ならいっぱいいるから」
「くわばらくわばら……」
えぇどわぁどさぁーん。
あ、こっちみた。
「そういえば君、私の恋を応援してくれるんだよね?」
そうだっけ?
あはは、わっかんなーい。
「私の何よりも大切な人が君のせいで泣いてしまったんだ。君が無残に死んでくれることが、私にとって何よりの応援だよ」
えどわぁどさんのえがお、きれい、
まるで、てんし、
あくま
お久しぶりです、ルイです。
5年以上前に書いた小説ですが、番外編が途中まで仕上がっていたので倉庫から引っ張ってきて続きを書きました。
最初期のものですが、個人的に気に入ってます。番外編でより不穏な発言をするお兄様。
さて、番外編についてですが。
ヒロイン視点ということで拷問シーンを期待されていた方もいるかもしれませんが、ちょっと久々に文章打ってたので気力続かず……。実に久しぶりにゲーム脳ヒロインを書きました。やっぱり個人的に嫌いになれないタイプです(毎回悲惨な目に合わせてるけれど)。
この後は本編でもあったように馬に繋がれて街中引きずられます。読んでて痛い小説は好きだけど書ける気がしませんね、どうやったら書けるんでしょうね。
5年経ちましたが相変わらずヤンデレ大好きです。
最近ヤンデレサイコクズというなんとも魅力的な語感のワードを見つけた。私が求めてるのはそれです。
ヤンデレ小説をいっぱい読みたいからいっぱい書きます。遅筆だけども。
さて、次はルークさん視点です。こっちの方が実はウキウキしてました。
ルークさん視点は本編後の話も書きますので、本編だけで完結させたい方はスキップ推奨です。