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夢の続き10

遂に維心は一言も発しないまま、その日は日も傾き、二人は帰る時間になった。神は、日が暮れると眠るので、そこまで長居はしない。これ以上居たら、泊まらねばならなくなるのだ。しかし、初めからそこまで長居するのは礼に反していた。

なので、炎嘉は名残惜しげに庭の方を見た。

「なんと…もうこのような時間に。そろそろ帰らねばならぬ。」

維月は、ハッとしたように維心を見た。

「維心様…満足におもてなしも出来ておりませぬわ。」

維心が答えようとすると、炎嘉が首を振った。

「良いのだ。こやつは女などに興味はなくて、もっぱら政務ばかりのために生きておる。こうして何もせずにいる時間こそ、良い休息になったことだろうて。」

維心は、言い返そうと口を開いたが、また閉じた。何を言っても、炎嘉には敵わない…炎嘉は、女の扱いに長けている。何を好むのかも知っていて、どう反応するのかまで考えて話しをする。何も知らない、自分などとは大違いだ…。

それでも、維月は気遣わしげに維心を見ていた。炎嘉は、それが面白くなくて、立ち上がった。

「さあ、帰ろうぞ、維心。」

そう言うと、先に立って維月の手を引いて歩いて行く。

維心は、それに続こうとして、蒼に呼び止められた。

「維心様…あの、もしも母をと思って下さるのなら、もう少しお話になった方が良いかと思います。人は、相手をよく知って良いと思ったら相手を選ぶので。何もおっしゃらないと、判断の材料がないので候補に上りません。」

維心は、それを聞いて蒼を見た。

「蒼よ…良い歳をしてと笑うが良い。我は…何を話して良いのか全く分からぬのだ。炎嘉のように、女と関わって生きて来たのではないからの。」

蒼は、唖然とした。何をって…天気とかなんでもいいのに。炎嘉様の話に無理に割り込んだり。

だが、維心は生真面目過ぎてそれが出来なかったのだ。

そうしている間にも、炎嘉は歩きながら維月と笑いあって歩いて行く。

蒼は、どうにかして維心にも機会を作らなければと、他人事ながら焦った。


一方、その頃維心は、どうにもならない夢の中の自分に憤っていた。

維月は、話し掛ければ後は勝手に話してくれる。なぜにそれが分からないのか…。このままでは、炎嘉に持って行かれてしまうのに。

維心は、ただ夢の中の自分の内側で、どうにもならない自分に歯ぎしりしていた。今までのこの夢の中の自分の対応では、維月は恐らくこちらの気持ちに気付いていない。だからといって簡単に炎嘉を選ぶとは思えないが、それでも炎嘉の様子を見ていても、本気で維月を娶ろうと考えているはず。炎嘉のあの饒舌で人当たりの良い様では、維月が心を許すのも時間の問題だろう。

維心の焦りを余所に、夢の中の維心はただどうすることも出来ずに、どうしたらいいのかも分からずに去って行く二人を眺めている。維心は、必死に念じた。維月に話し掛けるのだ。己の気持ちを正直に話し、自分も決して無理強いはしないゆえ、ただこうして語らいたいと告げるのだ。

維心が必死にそう、繰り返し念じていると、蒼の後ろから力無く歩いて行っていたその自分が、ふと何かに気付いたように顔を上げた。そして、心の中に言った。

《何の声ぞ…主は誰か?》

維心は、ハッとした。もしかして、聴こえたのか。

…我は、主。もう一人の主ぞ。聴こえるのなら、よく聞け。主は、維月に告げねばならぬ。維月は、話し掛ければ答えてくれる。正直に己のことを話せば理解してくれる。このままでは炎嘉に持って行かれてしまおうぞ。人は、言わねば分からぬ。維月も、言わねば主の気持ちに気付かぬのだ。ここを去る前に、維月に申せ。自分も、維月を望んでいるのだと。

その維心は、ためらうような素振りをした。

《維月は、王には嫁げぬと言うた。厭われるのではないのか。》

それに、維心は答えた。

…それでも、主は言わねばならぬのだ。維月が主を想うてくれたら、維月は覚悟を決めて妃となってくれる。あれは、強い女ぞ。全ては維月の心を己に向けることからだ。

夢の中の維心は、迷った。遠く、前を行く炎嘉と維月は、楽しげに話している。このままでは盗られてしまう。自分の長い生でこれだけはと望んだ女を、目の前で掠め取られてしまう…。

《わかった。》維心は、自分の心の声に頷いた。《我は、必ず維月を宮へ迎える。》

夢の中の維心は、意を決して足早に維月と炎嘉に追いついて行く。

蒼が、それを見て突然のことに驚いた顔をしたが、維心はもはや、維月のことしか見ていなかった。


なんと、口を出したか。

碧黎は、興味深げにそう思った。すると、遠く月の宮から、十六夜の心の声も言った。

《親父、こんなことが出来るのか?あっちに干渉するなんて。》

碧黎は、そうか、あれも見ているのだった、と気付き、答えた。

《維心ほどの力になれば、空間を越えてこれぐらいの事は出来るだろうの。ただ、本人に自覚はない。夢だと思うておるから。強く願えば、こやつは大概の事はやりおる。此度も目の前で何も出来ずにおる己に、我慢ならなかったのだろう。》

十六夜は、感心したように言った。

《あいつらしいな。オレも維月が炎嘉に対して少し好感を持ち始めてるのに心配してたんだ。ただ、あいつはまだ維心の気持ちには気付いてなくて、身分違いだと心を閉じている。どうなるのかな。パラレルワールドのこいつらとはいえ、気になるよ。》

碧黎は、微笑んだようだった。

《それこそ主らしい。こちらのこやつらの関係は、あちらのこやつらがどうなろうと変わらぬのに。》

しかし、十六夜は真剣な声で言った。

《何を言ってるんだよ、親父。二人に初心を思い出させようとわざわざこれを見せてるんじゃねぇか。あっちがバッドエンドになっちまったら、こっちの二人の心に影響がある可能性もある。オレは、あくまであいつらには一緒に居て欲しいんだ。維月のことは間違いなく愛してるが、維心だって親友だと思ってるし、出来れば一緒に生きてきたいと思ってるんだ。》

碧黎は、それには驚いた。維心のことが、面倒だと思っていないのか。

《主は、ほんに人が良いと申すか、分からぬの。維月を独り占めに出来るとか思わぬか。》

十六夜は、少し怒ったように言った。

《そんなの、前世までのことだ。これだけ一緒に来たのに、今更だぞ親父。》

碧黎は、それを聞いてまだ十六夜に感心しながらも、あちらの世の維心の方へと意識を戻した。


維心は、先を行く二人に追いついて、言った。

「炎嘉。」炎嘉が、面倒そうに振り返る。維心は、それでも言った。「我は維月に用がある。蒼も同席しておるし、飛び立つ前に少し話そうと思う。主は先に帰れ。」

炎嘉は、それまでの穏やかな表情を一変させて、維心を睨みつけた。

「何を言うておるのだ。主が居るなら、我も居るわ。なぜに主だけが維月に話す権利がある。不公平ではないか。」

すると、後ろから追いついて来た蒼が言った。

「ですが炎嘉様、先に参っておった維心様が、炎嘉様が来られたので全く私とも母とも話しておらぬのです。ここでの立ち話だけというのなら、それに比べれば僅かな時間でありましょう。不公平と言われるのなら、滞在中の時間がそのままそうではありませんか。」

蒼に言われて、炎嘉は気まずげに視線を反らした。確かに、一言たりとも維心には発言させぬと、維月が己ばかりしか見れぬように途切れることなく話し掛けていたのは自分だ。それでも炎嘉は言った。

「しかし…もう日が暮れるというに。このままでは泊まりになろう。そんなことが許されると思うのか。」

すると、意外なことに維月が割り込んだ。

「確かに、維心様にはせっかくにお越し頂いたのに、少しもお話しが出来なくて、私も心残りでありますの。蒼も、今日を待っておったのに。」と、炎嘉を見た。「炎嘉様には充分にお話をさせて頂きましたし、楽しい時を過ごさせて頂きました。維心様にも、御用をお聞きしてからお見送りしたいと思いまするわ。炎嘉様には、どうぞ先にお帰りあそばして。まだ、日暮れまでは時間もありまする。日が落ちるまで、維心様とお話を。」

炎嘉は、険しい顔をしていたが、維月にそう言われて仕方なく頷いた。これ以上強く出ては、せっかく打ち解けて来た維月が、また離れてしまうのではないかと恐れたのだ。

「では…我は先に去ぬ。維心、長居するでないぞ。」

炎嘉は、そう言い置くと、こちらを振り返りながら連れて来た軍神と共に飛び立って行った。維心は幾分ホッとしたが、維月が自分の方を向いたので、また緊張した面持ちになった。蒼が、二人に言った。

「では、この玄関脇の応接間で。先ほどからたくさんの品をお二人に頂いてここに置いておるので、少し手狭でございますが。」

維心は、蒼に頷き掛けてそこへと入った。維月も、後ろから付いて入って来る。本当に何もない座敷の端には、維心と炎嘉が持って来た山のような厨子が積まれてあった。維月が、維心を追い越して先に奥へと進むと、側の襖を開いて、そこから座布団を三つ出して来た。そして、向かい合うようにそれを並べると、維心に勧めた。

「どうぞ、お座りくださいませ。それで、何か私にお話が?」

蒼も、維月の横へと座るのを見てから、維心は維月の前へと座った。そして、言った。

「我は…。」

維心は、言葉を止めた。まだ戸惑っていたのだ。あの、もう一人の自分とかいう声に、従ってしまって良いのだろうか。しかし、早くしなければ日が落ちてしまう。維心が迷っていると、心の中の声が言った。

…いきなりでは驚くゆえ、まずは自分の立場や生きて来た道を話してみよ。

維心は、驚いた。何か、別の意思を感じる。これは、ただの幻聴でも自分の心の声でもない。確かな意思のもとに、話しているのだ。

維心は、決然と顔を上げた。そして、言った。

「…まずは、主に話しておかねばならぬ。我は、龍族を治めて1500年、今では1700歳にもなる。王座に就いた時神世は戦国で、我は世を平定しようと戦に明け暮れた。世を平らかにすること以外、何も興味もなくて、気が付けばこうして長く生き、今に至っている。」

維月は、それを聞いて頷いた。

「はい。蒼から聞いておりまする。維心様には、よう蒼にお教え頂いており、龍の宮から持ち帰って来る書物も、残らず私も目を通しておりますわ。」

維心は、それを聞いていくらか安堵した。では、維月はある程度のことは今はもう知っているのだ。

維心は、慎重に続けた。

「なので、他の神との付き合いなども、ただ面倒で今までして来なかった。炎嘉だけは、長い付き合いになるゆえにあの押しの強さに押されてよう話すようになって、今でもああして話すのだ。しかし、あれ以外は我に対して無理強いなど出来る立場でないので、我は話す必要もなかったし、話そうと思わなかった。つまりは、我は対等の立場の神に話すなど、経験がないのだ。臣下達にも軍神達にも、一方的に命じるのみであるしな。」

それを聞いた維月は、驚いて口を押さえた。蒼から何となく聞いてはいたけど、本当にそうなのね。確かに、そんな風に生きて来たのなら、婚姻だってしなかったのは道理かも。他の神と話すのが面倒な神様なんだもの。

「まあ…それで、他の宮にもお出掛けにならないでおられたのですわね。蒼から聞いておりましたけれど。」

維心は頷いて、じっと維月を見た。

「我ら龍は、謹厳で何より礼儀を重んじる。主が大変に我ら王を厭うてしもうたと見ていて知っていたので、我はわざと主には興味がないように接しておったのだ。嫌がる者に無理に踏み込んで行くのは、礼に反しておるゆえ。だが、炎嘉を見ていて、これではならぬと思うた。」

維心は、必死だった。維月にもそれが伝わって、どうしたのだろうと戸惑いがちに維心を見返している。維心は思い切って、維月の手を取った。炎嘉が、こうして話していたのを見ていたからだ。

「維月。我とて炎嘉と同じ。このような経験はないゆえ、あのように慣れたようには主に接することが出来ぬが、主が面倒に思わぬ程度でも良い。こうして話して過ごすことを許してはくれまいか。」

維月は、ただ驚いて維心を呆けたように見上げていたが、その意味を悟って、まるで爆発でもするのではないかというほど一気に真っ赤になった。え…え…このかたが?私を?

「あの…あの…それは、維心様は、私を…」

維月が口ごもると、維心は両手で維月の手を握り締めて、頷いた。

「望んでおる。だが、無理にとは言わぬ。面倒な時は申せばここへ訪ねて来ることもせぬ。ただ、主が良いと申すのを、待っておるから。」

維月は、頭の中がパニックだった。維心様が。この、威厳があって育ちの良さそうな王のこのかたが。今まで、人付き合いもして来なかった、このかたが…。

「み、身分が違い過ぎるのではありませんか?あの、蒼を見てお分かりになっておるでしょうけれど、本当に何も知らないのですわ。王の妃となるなら、こんな女では無理でありましょう。それに、維心様はそれほどにご立派なのに、私はこんな感じで。とても吊り合いませぬのに。」

そう、隣りに並ぶのを考えることすらおこがましいのに。

維月は、そう思うと落ち込んだ。それは私も、維心様のようなかたならと思う。でも、自分は歩を弁えている…高望み過ぎるんだもの。

維心は、思いもかけず、維月が嫌がるような感じではないので、俄かに希望を持った。維月は話せば分かってくれる…あの声が言ったままだ。ならば、維月が自分を想うようにさえ、なってくれたなら!

「全て、我が教えようぞ。維月、誰も文句は言わぬ。主が人から月になったことなど、我が宮の者達は皆知っておるし、今まで誰であっても首を縦に振らなかった我が、主なら妃に迎えても良いと相談した折には、あれらは大変に喜んだのだ。今でも、主を迎えられればと皆心を砕いておる。」維月が、まだ信じられないような顔をしたので、維心は側に積まれた厨子を指した。「それらは、我が臣下達の心。あれらが、主のためにと必死に考えた品々ぞ。主は、何も案じることはないのだ。」

維月は、山積みになっている厨子を振り返った。中身はまだ見ていないが、この厨子の塗りを見ても大変に高級な物だと見てとれた。何より、維心は嘘など言わない神だろう。炎嘉は、あまりに愛想よくこちらが息つく暇もないほど次々と話題を出して来て、最初こそ楽しく話していたが、あまりに慣れた様子に逆に警戒心を持ってしまっていた。このまま、自分が思わぬ方向へといいように流されてしまうのではないか、と、最後には案じて早く帰してホッとしたいと思ったほどだった。何しろ、妃が21人も居る王なのだ…とてもではないが、いくら炎嘉を好ましく思ったとしても、嫁ごうとは思えなかった。今はああ言っていても、すぐに自分に飽きてまた23人目の妃に夢中になるのだろうな、と維月は思っていた…つまりは、炎嘉のことは信用していなかったのだ。

だが、維心は違った。必死な様子は、その握られている手からも充分に伝わって来ていた。慣れない様子なのは、炎嘉と話している間でも、気になって見ていたのだ。維心も、こちらの話を聞いていて、どうにかして自分も話題に入りたい、といった雰囲気も感じ取っていたからだった。

維月は、何かを決意したような表情に変わった。維心は、驚いたが握った手は離さなかった。すると、維月が握られているのとは別の方の手も、維心の手に重ねて言った。

「維心様、まだ何もお約束出来ませぬの。私が、果たして王の妃に相応しいような女になれるか、疑問だからです。ですが維心様は、私をこれが初めてと望んでくださる。もしも、更にこれを最後にと本当に思って頂けるようになり、私も維心様に嫁ごうと慕わしく思いましたなら、維心様にお仕え致しまするわ。ですが、今は何もお約束出来ません。でも前向きに、お互いに知り合って参りましょう。私も、出来る限り努力致しまするから。」

維心は、維月が前向きにと言ってくれたのだと、嬉しくてぱあっと微笑んだ。維月は初めて見る維心の笑顔に、また赤くなった。なんて、なんて美しいかた…。

黙って聞いていた蒼も、維心の笑顔など見たこともなかったので、驚いてただ唖然としていた。維心は、そんな二人に気付かず、そのまま嬉しげに頷いた。

「我も、時を作る。共に、知り合って参ろう。主がそのように申してくれて、我は嬉しく思う。」

もう、日は暮れて月が出ていた。

維心は、義心を連れて名残惜しげに月の宮を後にしたのだった。

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