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瑠璃色の玉2

蒼が月の宮へと慌てて帰って来ると、十六夜が碧黎と共にパッと現われた。まだ到着口で、蒼は急いで飛んで行こうとしたところだったので、いきなり前を二人に塞がれてびっくりして後ろへつんのめった。

「ぶ!」

後ろへ尻餅を付いてひっくり返った蒼に、十六夜はイライラと歩み寄って顔を覗き込んだ。

「何でぇ蒼!寝てねぇでどうだったが教えてくれ!」

碧黎も、同じように蒼を覗き込んだ。

「寝るにしても結果を知らせてからにせよ!我ら対策を練れぬではないか!」

蒼は、二人を押しのけてがばっと起き上がった。

「あのな!オレは急いで戻ろうとしてたんだよ!二人していきなり出て来るからひっくり返ったんじゃないか!」

十六夜は、それでも言った。

「とにかく、寝るのは後にしてどうだった?!玉はどこにあった。というか、玉はあるのか。」

蒼は、憮然として恨めしげに十六夜を見た。

「あるよ。維心様、その玉の話をした時ちらと奥の間の方を見た。だから、きっと奥の間にあるんだ。」

十六夜は、ぱあっと明るい顔をした。

「そうか!」と、碧黎を見た。「親父、ってことは、親父が維心の方はどうにか出来るってことだな。」

碧黎は、頷いた。

「後は主が、それを中継して維月を頼む。さすれば、恐らく上手く行く。」

蒼は、二人を代わる代わる見た。

「え、なに?二人を隣りの世に送るのか?」

碧黎と十六夜は、蒼を振り返った。

「いいや。親父が、昔のあいつらの状況の隣りの世ってのがあるかその玉を通じて探してくれるんだ。それで、それをうまく見せようかってことになってさ。」

碧黎が、頷いた。

「それを見ても変わらぬようだったら、しばらく放って置くことにした。あやつらだって、新しい生を好きなように生きる権利があろう。こうやって見ておっても、前世の記憶がまだ鮮明な始めこそ維心も維月も上手くやっておったが、生きるにつれて明らかに維心も維月も変わって来ておる。お互いに気持ちもないのに、共に居る必要などないからの。」

蒼は、驚いて碧黎を見た。

「え、放って置くんですか?」

十六夜が頷いた。

「いいじゃねぇか、親父も言ってたが、維心と維月が前世出逢ったのは、維心が1700歳の時だったしな。今生は早すぎたんじゃねぇかって。」

蒼は、確かにそうなのは分かっていたが、放って置いてあの頑固な二人がまた戻るなんて思えない、と眉を寄せた。

「でも、時間を置けば置くほど無理なんじゃないか?あの二人って、頑固だから。それでも、放って置くって?」

すると、碧黎が頷いた。

「戻らぬのは、あやつらがそれを選ばぬからであろう?主は、案ずるでない。」

そう言うと、碧黎はまた、ぱっと消えた。十六夜も、蒼を見ると、自分も構えて言った。

「じゃあな。ありがとうよ、蒼。お前は、安心して見てな。」

そして、出て来た時と同じように、ぱっと消えた。

蒼は、相変らず迷惑な月と地に、宮の中ではパッと出るのは禁止しようと心に決めていた。


瑠維は、明輪に伴われて、覚えのある造りの新しい対を見て回っていた。

明輪から聞かされていた通り、そこは瑠維の居間にそっくりで、そして部屋も、同じような造りになっていた。違うのは明輪の部屋と自分の部屋が隣り同士で、明輪の部屋から自分の部屋にも抜けられるように戸がついてあったことぐらいだった。

明輪の部屋は大きく、寝台もとても大きなものがあった。恐らく父の寝台もこんなものなのだろうと、見たことはなかったが瑠維は推測した。自分の部屋の寝台は、自分が今使っている寝台とそっくり同じで幅も短いのだ。

維明は、居間の方で召使から茶を入れられて飲んでいたので、明輪と二人でそちらの部屋へと足を踏み入れて、うろうろと歩き回りながら、瑠維はそんなことを思っていた。

すると、明輪が言った。

「今は、完成したので我もここで休んでおるのだ。」瑠維は、庭の方を見ていたが、振り返った。明輪が続けた。「主が来るのを、楽しみにしておる。」

瑠維は、その意味を悟って少し赤くなると、すっかり放り出してしまっていた扇が手元にないので、袖口で口元を隠して頷いた。

明輪は、自分に高貴なイメージがあって、それでこそ迎えたいと思ったのではないかと瑠維も最初こそ気を遣ってそのイメージを壊さないようにと振舞っていたが、そうなると明輪がまさに奉るような感じに接するので、このままではいけない、と、正直に明輪に話した。

自分は、本当はとても母に似ていること。本当なら気ままに母のようにいろいろな所を見ていろいろなことを知りたいと思っていること。きっと、本来は龍王の皇女とは気高いのだろうけれど、自分は決してそんな感じではないことを。

すると、最初こそ明輪も驚いたような顔をしていたが、そのうちに微笑んで、こう言ってくれた…我は、本当の瑠維を知り、生涯を共にしたいと思っている、と。

こんな自分でも、側に置きたいと思ってくれる明輪に、瑠維は安心して自由に振舞って、実は父の前よりも、明輪の前に居る方がホッとするのだった。

「父は、いつなりと主の良い時に参れば良いとおっしゃってくれておるのですが…明輪様には、まだこちらの対を建設中とのことでしたので。あの…我は、明輪様の良いようにと思うておりまする。」

明輪は、驚いた顔をした。瑠維は、案外とはっきり物を言う女神だったが、まさかこちらのいいように嫁いでくれると言ってくれるとは思わなかった。

「瑠維…それは、もしも今夜でも、ということか?」

瑠維は、本当に真っ赤になって下を向きながら、頷いた。

「はい…でも、そんなに急であったなら、父上が許されぬと思いまするけれど。」

明輪は、赤くなった瑠維の手を引くと、抱き寄せた。

「例えで申しただけよ。だが、主がそのように思うてくれておるのなら…可能な限り早くと、我は王に願い出る。瑠維、それでも良いか。」

瑠維は、頷いて、口元をまだ隠しながらも、ふふと笑って明輪を見上げた。

「明輪様と共に居ると、我はホッと致しまするの。きっと、父よりも。父には、叱られると思うので、とても緊張してしまいまするから。」

明輪は、笑った。

「おお、主はそのようなことを申して。父であるのに。しかし、確かに王は大変に威厳を備えられておるからの。分からぬでもない…だが、我がそう言うておったと王に申すでないぞ?」

瑠維は、微笑んで頷いた。

「はい。」と、明輪の胸に寄り添った。「とても楽しみでございますこと…。」

「我もぞ。」

明輪は、瑠維に唇を寄せた。

瑠維は、驚いて身を震わせたが、黙ってその唇を受けた。

そして、胸の奥が熱くなるのに、驚いていた。


維明は、明輪の新しい居間で、庭を見ながら一人立っていた。明輪の召使達は、極度に緊張した状態で控えていたので落ち着かず、さっきここはもう良いと言って、帰してしまっていた。なので、本当に一人だった。

瑠維が、明輪に好意を寄せているのは、その気を読んで知っていた。明輪は元より瑠維のことばかり見ているので、維明にも明輪の気持ちは分かった。なので、二人にしてやろうと思ったのだ。

維明は、今生の記憶と前世の記憶がきれいに混ざり合った状態で、今生、父や母に愛され、祖父にも恵まれ、妹や弟、そして友にも恵まれて生きて来た幸福を、ひしひしと感じていた。前世の記憶が戻らなければ、これほどにこの環境に感謝しはしなかっただろう。与えられた恵まれた環境を、当然のものと思っていた自分が恥ずかしかった。しかし、神も人も、前世の記憶などなく与えられた環境の中で、その生だけで成長して行くのだ。その中で深く悟りを開く者が、どれほどに優れておるのかと、維明は思った。

じっと佇んでいる維明に、背後からためらいがちに声がした。

「お兄様?お待たせしてしまいました。」

維明は、薄っすらと微笑んで振り返った。

「瑠維。」と、明輪と共にそこに立つ瑠維を見た。「気は済んだか?あちこちとうろうろしておったようではないか。まるで、母上のようぞ。やはり、血は争えぬの。」

しかし、実際は神や人の言う血の繋がりが、月の母相手に無いのは維明は知っていた。瑠維は、頬を赤くしながら頷いた。

「はい。とても美しい対でありました。お兄様には、もうご覧になりましたか?」

維明は、頷いた。

「見た。我はもう良いし、そろそろ政務の時間であるから戻らねばならぬが、主はどうする。」

瑠維は、驚いたように維明を見た。

「え、我はここへ一人残ってはならぬのでしょう?」

維明は、笑った。

「いや、残りたいと申すのではないかと思うたからぞ。では、今日は帰るか。」

明輪が、生真面目な顔をして維明に頭を下げた。

「あの、王に願い出て一刻も早くという気持ちではございまするが、王に許しもなく勝手にこちらへ留めるようなことは、我は…。」

維明は、手を振った。

「ああ、良い。冗談ぞ。主がそのようなことが出来ぬのは、我も知っておる。では、我は去ぬ。瑠維、参れ。」

差し出す維明の手に、瑠維は頷いて明輪を振り返った。

「それでは、明輪様。またお迎えに来てくださるのを、お待ちしておりまする。」

明輪は、せつなげに瑠維を見た。

「また、非番の時に参る。待っておれ。」

瑠維は、また美しく微笑んだ。

「はい。」

そうして、維明に抱き上げられて、瑠維は明輪の屋敷を後にした。

明輪は、それを見送りながら、どうあっても一刻も早くと、王に願い出ようと決心していた。

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