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いつかの夢

維月は、そんな瑠維の様子を、月から見ていてほっと胸を撫で下ろしていた。

最初は、無理をしているのかと思っていた。しかし、瑠維は神の皇女として育っただけあって、決められた結婚にも気落ちする様子もなく、前向きに明輪に向かっていた。明輪も、大変に良い神なので、誠実に瑠維に接してくれている。瑠維は、なので明輪をほんのりと想うようになっているようだった。

神世は、それで上手く行っているのかも…。

維月は、自分の娘であっても、違う育ちかたをした違う神なのだと、つくづく思っていた。

空を見上げる維月の前に、十六夜が降りて来た。もう夜なので、寝るために戻って来たようだ。十六夜はいつもそうなので、維月は言った。

「おかえりなさい、十六夜。今日は、どこかに出掛けていたの?」

十六夜は頷いた。

「放って置いてすまねぇな。親父とうろうろしてたんでぇ。いろいろ見て回っといた方がいいだろう?また闇が現れてもいけねぇし。」

維月は、頷いた。

「いいのよ、私も好きにさせてもらってるから。もう、寝るの?早くない?」

十六夜は、首を振った。

「明日も早いからな。さ、お前ももう寝た方がいい。明日は、早く帰って一緒に出掛けようや。いい隠れ里を見付けたんだ。温泉があったぞ?連れてってやろう。」

維月は、胸の前で手を合わせて笑った。

「まあ!ここのところこもりきりだったから、嬉しいわ。じゃあ、寝る準備をするわね。待ってて。」

維月は、上機嫌で部屋を出て行く。十六夜は、呟くように言った。

「…親父、そっちは大丈夫か?オレは準備オッケーだぞ。」

すると、碧黎の声が言った。

《いつなり申せ。しかし久しぶりに本体に戻ると、陽蘭が寝ておるし気を遣うわ。こやつ、外で人型でおってくれたら良いのに。》

十六夜は、呆れたように言った。

「仕方がねぇだろうよ、おふくろだってそれが本体なんだからよ。じゃ、頼んだぞ。」

碧黎は、盛大にため息を付いた。

《簡単に言うてくれるの。いつなり我に何とかしてくれと無理を申す癖に。言っておくが、前世のあの二人の状態に近いだけであって、同じでは絶対にない。なぜなら、違うからこその隣の世であるからの。どうなるかは、我にも分からぬのだ。もしかして、別の選択をしよるかもしれぬぞ?それを見て、あやつらがどんな反応をするのか、我にも分からぬしの。》

十六夜は、イライラと言った。

「わかってる。どうせこのままでもどうにもならないんだ。何でもやって見るだけだよ。」

十六夜は、碧黎から送られて来る映像を維月にきちんと転送できるように、もう一度やり方を心の中でおさらいしたのだった。


維心は、瑠維も機嫌よく戻り、維明からも良い屋敷だったと報告を受け、ほっと一息ついて、寝る支度をして一人、居間で座っていた。思えば、前世はいつもこうだった。毎日の責務に追われながら、それを終えて次の日のことを考えながら、眠るだけ。そうしてまた次の日が来て、自分を頼るもの達の某かの面倒事を解決し、導いて一日が終わる。前世碧黎が言った通り、思えば自分はそうやって、地が平らかになるためだけに存在していた。

己の幸福など、求める権利は与えられておらぬやもしれぬ…。

維心は、そう思った。なのに、維月と共に居ると、自分はその本来ないはずの幸福さえも、忘れてしまって当然のものと思ってしまう。そうして、前世を忘れて他の王と同じように、妃に命じるのだ。維月は、決してそんなことは望んでいないにも関わらず。

維心には、前世を見せられるまでもなく、それが分かっていたのだ。それでも、今生に生きて来た記憶が邪魔をして、どうしても他の王と同じように維月を扱ってしまうのだ。

維心は、前世いったいどうやってああいう心持ちになっていたのか、思い出せずにいた。

それでも、今日も何事もなく終わってしまった。維心は、一人奥の間へと入り、寝台へと横になって目を閉じた。


維月も、維心との前世のことは、段々に遠くなって来ていた。

心の中では、間違いなく維心を愛していたが、それでも、前世は許せていたことが、今生ではどうにも我慢がならなくなったり、自分でもためらうことが多かった。それは、確かに自分が居て当然といった対応で、段々に命じることが多くなった維心に対する憤りもあったが、それだけでなく、維月自身も、維心の愛情に胡坐をかいていたからだった。維月には、それが分かっていた。維心が、何があっても自分を愛してくれるという根拠のない自信があって、それゆえに、わがままになっていたのだと思っていた。維月にも、どうして上手く行かなくなったのか、しっかり分かっていたのだ。

維月は、前世のように維心が自分を愛してくれている幸福というものを、思い出せずにいた。当然のものなどないのに、愛してくれて当然だと思ってしまうのだ。

維月は、前世なぜああいう心持ちでいられたのか、それを思い出せなかった。

維月が、寝間着に着替えて寝室へ入って来るのを見て、それまで珍しく真面目な顔をしていた十六夜がぱっと表情を変えた。維月は、不思議そうに十六夜を見た。

「十六夜?どうしたの、珍しく真剣な顔をしていたわよ。何かあった?」

十六夜は、慌てて首を振った。

「いいや。オレだって真面目な顔をする時だってあるよ。さ、寝よう。オレ、明日早いって言っただろ?お前を連れてかなきゃならないから早く帰って来たいし。」

維月は、笑って寝台へ飛び込んだ。

「楽しみ!待ってるから、早く帰ってね。温泉入りたい!」

十六夜が知っている、今生共に育って来た維月だ。子供っぽくて、目が離せない妹だった。やっぱり、今生の記憶が勝って来ちまうんだな…。

十六夜は、自分も維月の横へと滑り込むと、いつものように維月を抱き寄せて目を閉じた。維月も、その隣りで同じように目を閉じて、すぐにすーすーと寝息を立て始めた。十六夜はそれを見て、そっと碧黎に念を送ったのだった。

碧黎は、地の底でそれを感じ取って、そっと龍の宮へと意識を飛ばした。維心も、上手い具合に眠りについている。だが、維心の眠りはとても浅いので、維心の横で玉が術を放っていたら起きる可能性の方が高い。なので、碧黎はそっと玉を自分の力の波動で包んで玉を発動させた。そして、十六夜に念を飛ばした。

《…十六夜。維心は玉の力であちらの世界へ意識を送っておるぞ。》

十六夜が、遠く月の宮で碧黎から送られた力を受け取って、維月に術を掛けているのが見える。

碧黎は、上手く行けば幸運だが、というぐらいの気持ちで、それを見守っていた。



維心は、宮の居間で座っていた。庭の方へ目をやる…殺風景で、何かが足りない。何が足りないのだろうと考えていると、維月が来てから植えていた、花が全くないのだ。そう、これは、以前自分が花を植えることを許していなかった頃の庭だ。

維心は、それを見て自分は夢を見ているのだと思った。これは、恐らく前世の記憶の夢だろう。

すると、戸がすっと開いて臣下が一人入って来た。自分の前に膝を付く。維心は、その顔に見覚えがあって、懐かしさに頬が緩んだ。

「洪。」

すると、洪が顔を上げた。

「王。」と、維心が穏やかな表情なので、少し戸惑った顔をした。「本日は、ご機嫌もよろしいご様子。誠に喜ばしいことでございます。ところで、炎嘉様から宮での茶会のご招待の書状が参りまして、王におかれましては、此度こそ、あちらで良いご縁を見つけて来られたらと、お勧めに参った次第でございまする。」

維心は一瞬、何を言われたのか分からなかった。そんな話が出ることは、今生ではついぞ無かったからだ。しかし、夢の中の自分はスッと眉を寄せると、答えた。

「またそのようなことを。我は興味はない。炎嘉も主もしつこいぞ。」

洪は、立ち上がる維心に、慌てて追いすがった。

「王、しかしながら王におかれましてはもう1700歳になられまする。このままでは、万が一老いが来られてはと、我ら臣下気が気ではありませぬ。どうか、妃をたったお一人で良いのです。お迎え頂いて、お世継ぎの皇子を。」

しかし、維心がふんと横を向いた。

「我に構うでない。これ以上何をせよと申す。気ままに暮らしたいと申しておるであろうが!」

維心は、奥の間へと入ってしまった。

息が詰まるわ。

維心は、この自分がそう思っているのを知った。確かにそうだった…。

維心は、懐かしいようなこの夢に、何の疑問もなく身を委ねていた。

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