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決まったこと

「そうか。」維心が、居間で横の椅子に座っている瑠維と共に、その報告を聞いた。「明輪にの。あやつは明蓮から続く由緒ある軍神家系。我に異存はない。それに、大変に真面目でよう役に立っておると聞くしの。」

義心は、維心の前に膝を付いていたが、顔を上げた。

「は。確かに明輪の最近の技術の向上には驚くものがございます。序列の移動も、また起こって参るやもしれませぬな。」

維心は、満足げに頷いて、瑠維を見た。

「瑠維。では嫁ぐ時期は後で決めるとして、克輝との試合が終わったら正式に婚約となるので、主もあれと共になら奥宮を出ることを許す。この際であるから、外宮やあれの屋敷なども見ておくが良い。これから、父に代わって主の世話をする男であるからな。」

瑠維は、扇で口元を押さえながら、頭を下げた。

「はい、お父様。」

維心は、それを見て頷いて、言った。

「では、主は下がるが良い。」

瑠維は、また頭を下げて、立ち上がった。そうして、義心にも軽く会釈した後、そこを出て行った。

維心は、それを見送ってから義心を見た。

「して、あれの甲冑の糸に細工したのは?」

義心は、維心を見上げて言いにくそうにした。

「は…まだ、調べることが出来ておりませぬ。しかし、明輪の様子から見て、内輪のことのようで、こちらから入り込んで申すのもと。」

維心は、首を振った。

「ならぬ。内輪のこととて、此度は瑠維が掛かっておるのだ。次の克輝との立ち合いでも何かして参ったら何とする。詳しく調べよ。我が命じる。」

義心は、どうしたらいいのかと思ったが、顔を上げた。

「王…恐らく、明輪の様子から推察されるのは、細君ではないかと。」

維心は、ますます眉を寄せた。

「あやつの妻?あれは、治癒の対に仕えておるのではなかったか。」

義心は、頷いた。

「はい。なので我は、密かに治癒の対の様子を見て参りました。しかし、妻の結奈殿が居らぬので、治癒の長に聞いたところ、体調が優れないのか気の様子が変わって、治癒の施術が出来ぬので屋敷へ下がらせたのだとか。」

維心は、それを聞いて息をつくと、首を振った。

「間違いないの。困ったものよな。とにかくは明輪に、屋敷には戻らず克輝との対戦までは宿舎で過ごすように伝えよ。それから結奈といったか?それは治癒の長に申して、しばらくの休暇を与えるように申せ。宮へ入れるでない。とにかくは無事に克輝との試合が終わらねば、我も案じられるわ。あれに瑠維をやるつもりは、毛頭ないゆえな。」

義心は、頭を下げた。

「は!仰せの通りに。」

そうして、義心は出て行った。維心は、その背を見送りながら思っていた。女心とは、なぜにこうも複雑なのだ。特に、月の宮に住んでいた女神は一様に神の女とは違う反応を示す。理解出来ぬ…。

維心は、維月を想った。まだ、戻って来る様子はない。月から話すこともない。愛している気持ちは間違いないが、しかしこうして別れて住んでいるのが、お互いに傷つかず良いのかもしれぬ…。

維心はそう考え始めていた。


瑠維は、帝羽が負けたのだと知って、落胆した。だが、これはもう決まったこと。何を言っても、動かすことが出来ることではなかった。

それに、明輪は必死に精進して今日の日に備えたのだと聞いた。途中、甲冑が外れるという事故があったのに、それでも帝羽相手に勝利したのだという。そこまで自分を想ってくれる明輪ならば、きっと大切にしてくれるだろう。

瑠維は、そう前向きに考えて、自分の部屋でほっと息を付いていた。

すると、そこに侍女が入って来た。

「瑠維様。兄君がお越しであられまする。」

瑠維は、慌てて立ち上がった。お兄様が?滅多にご自分から来られないのに。

「まあ。では、居間へ出ます。そちらへお通しして。」

侍女は、頭を下げて出て行く。瑠維は、急いで髪を整えると、自分に与えられている居間へと出て行った。

すると、そこには維明が座っていた。着物姿で、今は自由時間なのだと分かる。瑠維は、維明に頭を下げた。

「お兄様。急なお越しに、驚きましてございます。」

維明は、頷いた。

「此度、主の相手になるだろう軍神が決まったゆえな。母上もお留守であるし、主の様子を見に参った。」

瑠維は、頭を下げた。

「明輪様は、大変に優秀なかただと聞いておりまする。父上も、異論はないとおっしゃっておられました。」

維明は、じっと瑠維を見つめた。大きなショックを受けているというようでもない。確かに、父上がこうと決めてしまった以上、それに従うよりないのだから、いちいち傷心していては、身がもたないだろう。維明は、言った。

「主は、それでよかったのか。我は…てっきり、帝羽を望んでおるのかと思うておったのだ。」

瑠維は、首を振った。

「確かに、帝羽殿を慕わしく思うておりました。帝羽殿も、立ち合いに出てくださった。それだけで、我は良いのでございまする。元々、選ぶことなど出来ぬ生まれでありまするし、それゆえこうやって全てに恵まれておることも、我には分かっておりまする。むしろ、嫁いでまだお父様の結界内を許されるなど、我は幸せ者でございまするわ。」

案外とあっさり言う瑠維に、維明は少し拍子抜けした。だが、確かに生まれながらの皇女の瑠維が、そう考える方が自然だった。だが、帝羽は…。この立ち合いが終わった後から、部屋を訪ねても少し一人にしてほしいと、出て来る様子もない。自分の力が及ばなかったというよりも、瑠維の掛かった大一番に緊張して、いつもの実力が出せなかった自分に、腹が立っているのだろうと維明は思っていた。

維明は、言った。

「確かに、帝羽とばかりしか接した事のない主であるので知らぬやもしれぬが、明輪も良い神ぞ。長くここに仕えておるので、他の軍神達の信頼も厚い。血筋も申し分ない。父上が良いと申されるぐらいであるから、分かるであろうが。」

瑠維は、頷いた。

「はい。我は、父上のおっしゃる事に間違いはないと思うておりまする。」

維明は、瑠維が生まれた時から父は絶対だと教えられて生きて来たことを、それで改めて知った。自分も同じだった。王である父は絶対で、間違えることなどない。そう信じて生きて来たし、今まで間違ったこともなかった。父は、本当に絶対の王だった。世の尽くが従うのも、その力と知識ゆえだと、偉大な父に畏怖の感情さえ感じながら育った。しかし、自分が父を継ぐ身だからこそ思うのかもしれないが、今、悟った。

父も、同じ神。自分がそうであるように、きっと間違いも犯すはずだ。その回数は絶対的に少ないだろうが、それでも間違うこともあるはずなのだ。龍王が、絶対だと皆が信じて疑わないので、そうあるようにと努力して、そのように振舞う…きっと、父はそうなのではないか。そして、皆はそれに盲目的に従う。その方が楽だからだ。

王は孤独だと、父が言っていた理由を、維明は改めて知った。自分は、その位置にいつか座らなければならないのだ。

父を信じて、自分の幸せを信じて疑わない瑠維を見て、維明は己が背負うものの大きさを、改めて感じていた。父は、こうして他の大勢の神達の物思いを、一手に引き受けて導いている王なのだ。

母と、話して来なければならぬ。

維明は、そう思っていた。


帝羽は、自分が失ってしまったものの大きさを、自室に篭って一人感じていた。

明輪は、確かに侮れない神だった。しかし、僅かな間にそれほどに己の能力を伸ばし、あの大一番をあれほどに落ち着いて立ち合えるとは。

明輪は、自分をそのまま負かすことも出来たのに、途中でわざわざ帝羽の目を覚ませるようなことを言った。あれで、自分の至らない所に気がついて体が動くようになったもは確かだった。それなのに、勝つことが出来なかった…完敗だった。

明輪の甲冑が外れ始めた時には、手を控えようとは考えず、これで勝てる機が出来たと攻め込んだ。それでも、明輪には勝てなかった…明輪は、正々堂々と立ち合っていたのに、自分は甲冑の不備をチャンスを見たのだ。

帝羽は、そんな自分が嫌だった。もしも、あれで勝っていたとしても、恐らく一生悔いていただろう。あのように卑怯なことを考えた、自分が情けなかった。これで、良かったのだ…所詮、こんな自分では瑠維を娶ることなど出来なかった。

帝羽は、前を向こうと決心した。自分はまだ、成人していない。成人まであと数年、それまでには、立派に精神的にも成長し、龍の宮次席軍神として陥落しないように、しっかりと精進しなけれはならぬ。そうして、いつか望む相手が現われた時、その時こそ己の力で勝ち取ることが出来るように。

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