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勝者

慎也は、休んでも疲れているような動きに見えた。明輪は、結局早々に慎也を下し、そうしてそのまま、帝羽と立ち合うことになった。

義心は、明輪を見た。

「慎也との立ち合いは短かったゆえ、このまま休み無く次へ進んで良いか?慎也の勝利は、もう二敗したので無うなった。後は主と帝羽、全勝の二人が立ち合って、勝者がこの立ち合いの頂点となる。休憩を挟みたければ、ここで少し休んでも良い。」

しかし、明輪は良い感じに体が動いているので、今このまま立ち合いたかった。なので、首を振った。

「いえ、我は大丈夫でございます。このまま、帝羽殿との立ち合いを。」

それを聞いた、帝羽が険しい顔で立ち上がった。これで勝敗が決まるのだから、自然と緊張感もあるだろう。しかし、明輪は全く緊張していなかった。この前に立ち合った慎也が、自分の友でいつも立ち合っている者だったせいか、そのままの気持ちで楽に立ち合えそうな気がしていた。帝羽…今日は、何やら動きが単調なような。

明輪はそう思いながらも、目の前に立った帝羽に頭を下げた。帝羽も、頭を下げる。義心は、そんな二人を見ながら思っていた。

帝羽は、今日は帝羽の強みである、実戦に近い立ち合いが出来なくなっている。必ず勝とうと意識して型にこだわるあまり、本来の動きが出来ず、予測しやすい単調な動きになっているのだ。それを、明輪が読んでいるとしたら、かなり不利だろう。今日の明輪は、とても落ち着いていて、動きが早いのだ。

それは、ここまで黙って見ていた維明も思っていた事だった。維明と立ち合うのは良かったが、維明の動きは美しい型を描く。なので、自然それを倣ってしまい、帝羽の良さが出ていないのだ。

「…まずいの。」

維明は、小さく呟いた。このままでは、帝羽は明輪に勝てない。明輪の動きは、やはり嘉韻にも似た鳥の動きも加わった素早い動きだからだ。

皆が固唾を飲む中、二人の立ち合いは始まった。


帝羽は、最初から積極的に明輪に斬り込んだ。明輪は、しかしそれを冷静に受け流して行く。型に添うようで、そうではない。読みにくい動きたった。

明輪は、帝羽の動きをじっと見ていた。やはりいつもと違う…試しているのか?

明輪は、試しに型通りの突きを入れてみた。いつもの帝羽なら、型破りな返しをするはず。

しかし、帝羽は模範的な動きでそれを受けた。それも、考えるより先に体が反応しているような状態で、それなのに型通りなのだ。

まるで、士官学校に入りたての軍神のような。

明輪はいぶかしんだ。そんなはずはないのだ。いつもの帝羽は、こんな立ち合いはしない。

明輪は、スッと太刀を返して一気に攻めに転じた。素早い太刀の動きは、帝羽から余裕を奪う。空中では、鳥の動きは絶妙だった…嘉韻から教わったことだ。

「…左!」

明輪が叫んだ。帝羽は、ハッとして右へ構えた刀はそのままに慌てて左腕を上げた。途端に衝撃が走り、腕の甲冑が明輪の太刀を受けたのを知った。

「どうされた!」明輪は、すぐに刀を退いてまた斬りかかった。「らしくない、型通りぞ、帝羽殿!」

帝羽は、それを聞いてハッとした。型通り…なぜに我が型通りの動きなど。

今まで役に立って来たのは、桐から学んだ実戦の動きだった。型通りの自分など、自分ではないのに。

途端に、帝羽の動きが素早くなった。明輪は、口元を少し緩めた。これでこそ、帝羽殿よ。

その様子は、維明も義心も見ていた。帝羽の動きに堅さが無くなった。

「…遅くなければ良いが。」

維明が、言った。義心が、同じく見上げながら言った。

「遅いかもしれませぬ。」

帝羽と明輪が、激しくぶつかり合っている。しかし、明輪の方が僅かに速い。

「…決する。」

維明が言った時、明輪の胸の甲冑がずるりと落ちた。帝羽に一本入れようと、まさに太刀を振り上げた時だ。

「!!」

一瞬、明輪は、それに気を取られてバランスを崩した。すぐに帝羽は体を回転させて身を反らし、今度は明輪に斬りかかった。

明輪の甲冑は、その間に音を立てて地上に落下した。そして、帝羽の太刀を防ごうと腕を上げたが、その腕の甲冑も、繋いでいた紐が千切れ飛び、外れた。

「ならぬ!」

義心が、立ち上がった。あのままでは、まともに太刀を食らう。止めようと気を発しようとした時、明輪は肩の甲冑を向けて帝羽の太刀を受けたのが見えた。そして、すぐにくるりと体勢を変えると、その無理な体勢のまま、帝羽に刀を突き付けた。

「一本!」義心が、叫んだ。「明輪の勝利!」

明輪は、ぜいぜいと肩で息をしながら、地上に降り立った。帝羽は、茫然としながら、同じように地上に降り立った…負けた。負けたのか。

明輪が、頭を下げたのを見て、帝羽も自動的に頭を下げた。明輪は、甲冑を見た。なぜにあちらもこちらもこの様な事に。

義心が、黙って進み出ると、明輪の甲冑に触れた。そうして、あちらこちらをとっくりと見ると、言った。

「…新しい物であるが、あちこちの繋ぎの紐に、軽く刃物を当てた後がある…内側から。」

明輪は、目を丸くした。内側から?立ち合いで傷付くなら、外側では…。

維明も、寄って来て見た。

「確かにの。これは、作為的に行われた事であろう。元の造りがしっかりしておったゆえ、ここまでもったがもう限界だったのだろうの。もしも主が負けておったなら、誰がこの様な事を策したのか吟味せねばならぬところであるが、主は勝った。それに…この様な事が出来るのは、身内だけであろう。」

明輪は、ハッとした。身内…昨日、甲冑はどうであったか。この様な事をする、理由のある者は…。

明輪は、1つの答えが頭に浮かんだが、何も言わずに頭を下げた。

「我の不徳が致しますところ。もう良いのです。」

義心は、悟っていたが何も言わなかった。そうして、観覧席に向かって大声で宣言した。

「勝者、明輪を、克輝様との対決に出るものとして王にお知らせする!瑠維様を頂く権利を得るは、明輪に決まった!」

皆が、ざわざわとして、そして誰かが手を叩いたのをきっかけに、皆同じように明輪を祝福して手を叩いた。明輪は、勝ったのだとやっと実感した…次は、克輝様だ。

慎也が祝福に笑いながら寄って来る。

そんな空気の中、帝羽はソッと訓練場を後にした。


「明輪だ。」月の宮では、十六夜が言った。「トラブルはあったが、明輪が勝った。瑠維は、明輪に嫁ぐんだろう、克輝にゃ明輪を下せるとは思えねぇ。」

維月は、側で花に水をやっていたが、言った。

「そう…。」

嘉韻が、明輪の指南をしていたのは知っていた。明輪は大変に真面目で、そして明人に似てキリリとした美しい神だった。明人の妻が、皇女のすずだったので、大変に礼儀にも通じて維月も好感を持っていた軍神の一人。なので、自分には異存はないが、瑠維はどうなのだろう。

「あの子の事は、私もよく知っているから、良いとは思うわ。でも、結奈が嫁いでおるでしょう。そこへ入って、上手くやっていけるのかしら。」

十六夜が、顔をしかめた。

「どうだろうな。あいつはあっちで治癒の対に仕えてるんだろう?治癒の力を持つ神って、皆穏やかで良い心を持っていると、前に維心が言ってたぞ。」

維月は、頷いた。

「ええ。そうでないと、神を癒す気を発する事が出来ないから。わかってはおるけど、心配なの。女心って難しいわ。」

十六夜も、そう言われて渋々頷いた。女心が複雑で難解なのは、嫌というほど知っている。

「まあ、もうあいつらもいい歳なんだし、きっと落ち着いてるさ。お前はあの子なんて言ってるが、明輪だってもう400歳ぐらいになるだろう?」

維月は頷いたが、心配だった。その歳になるまで、明輪は他に妻を娶らなかったのに、今回はすぐに名乗りを上げたのだと聞いている。落ち着いていたら、そんなことをするだろうか。でも、もう決まってしまったことなのだし…。

維月は、また黙って花に水をやり始めた。維心様…。それが、本当に瑠維の幸せだと思っていらっしゃいまするか…?

維月は、まだ龍の宮に帰る気になれなかった。

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