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当日

それぞれは負けられないという思いを胸に、朝を迎えた。

結局帝羽は眠ることが出来ず、明輪はいつもと同じように目覚め、侍女達に手伝われて甲冑を身につけた。侍従長が進み出て、言った。

「明輪様、甲冑はいかがでございましょうか。」

明輪は、頷いた。

「良い。では、行って参る。」

皆は、一斉に頭を下げた。明輪は、結奈を見た。

「ではの。夕刻には戻る。」

いつもなら、戻るかどうかなど先に言うこともないし、最近では戻って来ることも少なく、戻っても結奈に話しかけて来ることも少なかった明輪が、そうやって自分に話しかけて来ることに、結奈どころか召使達も驚いた顔をした。結奈は、頭を下げた。

「はい。お気をつけていっていらっしゃいませ。」

明輪は頷いて、飛び立って行った。

結奈は、明輪が何も知らずに飛び立って行くのを、ただ見送っていた。明輪の詫びる気持ちも、今の結奈には通じなかった。結奈は、ただ明輪を勝たせたくない一心で、その心の中は暗く、ひとの気持ちを考えて受け入れる余裕など全くなかったのだった。


訓練場では、名乗りを上げた軍神達が、時間前だというのに緊張気味に揃っていた。義心は、皆の緊張にため息をついた。そんなに構えては、己の実力の半分も出せぬのに。

観覧席では、他の軍神達が観戦に来ていた。やはり有力な候補は帝羽、慎也、明輪だったが、まだ明輪が来ていない。どうしたのかと皆が見回していると、時間の少し前に明輪は訓練場に降り立った。自分以外の全員がもう揃っているのを見た明輪は、驚いた顔をした…そんなに早く来たら、集中が切れてしまうのではないのか。

明輪が戸惑いがちに列に並ぶ。遅れた訳ではないので、謝る事はしなかった。しかし義心は、明輪を一目見て思った。今日は、もしかして明輪か。

義心は、たくさんの戦と任務、そして立ち合いをこなして来た猛者だった。なので、その日の勝者は顔を見ただけでもだいたい予想は出来た。技術が拮抗している場合、何よりその精神状態が強く勝敗に関わって来るのを、誰よりも知っていた。今日は慎也も何やら落ち着かないし、帝羽は精神が逆立ってるように見える。万全の状態なのは、三人の中で明輪だけだったのだ。

義心は、皆が揃ったので、進み出て口を開いた。

「では、これより総当りの立ち合いを行なう。そうして、勝敗の数で勝者を決める。同数首位の者が居た場合、その者達でまた立ち合う。この立ち合いには、気弾の使用は禁止されている。場所は、この訓練場の中限定。観覧席へ足を踏み入れた場合には、踏み入れた者の負けとなる。以上、何か質問はあるか?」

皆は、動かない。義心は、頷いた。

「では、説明は終え、早速に試合を…、」

義心が言いかけた時、後ろから声がした。

「待て。」

皆が、一斉に緊張した顔になり一斉に膝を付いた。観覧席の方でも皆が慌てて膝を付いて頭を下げているのが見える。義心も、振り返って慌てて頭を下げた。

「王!本日はお越しにならぬと聞いておりました。」

維心は、面倒そうに手を振って進み出た。

「気が変わった。」と、後ろを見た。「これらが誰ゆえに戦うのかと考えての。」

すると、ためらいがちに瑠維が訓練場へと入って来た。そうして、差し出された維心の手を、すっと取ると皆に会釈した。皆が呆然と水を打ったように静かになっている。維心は、言った。

「主らが、我が娘をと名乗り出た軍神達であるの。誰に決まっても我に異存はない。精々技を駆使して、是非にこれを世話するにたる男として克輝と対峙してもらいたい。」

そこに並ぶ10人は、一斉に頭を下げ直した。

「はは!」

維心は、瑠維を見た。

「では、瑠維。」

瑠維は、すっぽり被った薄いベールの中で、ちらと帝羽を見た。帝羽は、険しい顔をしている。やはり、皆とても優秀な軍神だと父から聞いていた通り、厳しい戦いになるのかもしれない…。

瑠維は、とても心配になった。だが、ここで決まった軍神が、自分の夫になると父が決めたのだ。自分は、それに従わねばならない。皇女に生まれたからには、皆に大切にされ、多くの権利があるのと同時に義務もあることを、瑠維はもう知っていたのだ。

瑠維は、顔を上げて10人の軍神達にすっと一渡り視線を向けてから、言った。

「我のためにこのように大勢の軍神達が名乗り出てくれたことに、大変光栄に思うておりまする。どうか、怪我などせぬように。」

瑠維が、こうして間近に来て、話すのを聞くのも初めてだった数人は、身を震わせた。これまで、声を掛けてもらったことは愚か、姿を見ることすら遠めにしかなかったものを。

なので、皆頭を下げ直すのが精一杯で、せっかくに側に居る瑠維を、見ることも出来ずに居た。維心は、瑠維に頷き掛けた。

「では、参ろう。我らは、あとで義心から結果を聞くことになろうから。」

そうして、維心と瑠維はそこを出て行った。


義心は審判として全ての試合を見ていたが、皆の動きはやはり硬かった。瑠維を間近で見た事で更に勝たねばという気持ちばかりが先走り、体の動きがついて来ていないのだと思った。だが、明輪と慎也、それに帝羽はいつもの動きをしていた。特に明輪は、最初に義心が思った通り更に切れのある動きをして、次々に相手を下し、危なげなく戦っていた。

他の7人は、お互いに同じような力で潰しあう形になってしまい、残ったのは皆の予想通り帝羽、慎也、明輪の三人だった。というのも、これらは他の7人に一度も負けることがなく、全勝のまま対決の時を向かえたからだった。ここまで全勝なのは、この三人だけだった。

明輪は、帝羽と慎也が戦うのを見た。なぜか、今日は帝羽の動きがよく見える。慎也の動きも、今日は硬いようだった。明輪は、二人がいつもの調子ではないように見えた…どうしたのだろう。

明輪にしてみれば、自分が調子がいいなどと、思いもしなかったのだ。だが、実際は明輪のコンディションがすこぶる良いので、皆が調子が悪いように見えるのだ。

そうしている間に、慎也は帝羽に一本取られた。それも、明輪はいつもの慎也らしくないと思った。

「少し休憩を挟む。次は、明輪と慎也の立ち合いぞ。」

明輪は、頷いて少し体を動かしておこうと場を離れて刀を振った。すると、大振りに刀を振った時に、何やら腕と背辺りにぴしっという音が聞こえたような気がした…何だろう?

どうも、甲冑から聴こえた音らしかった。しかし、新しい甲冑なので、よく分からない。何かが擦れて、音がするのだろうか、と今度は背を反らして後ろから前にと刀を振った。すると、今度は前の胸辺りに同じような音がした。

仮に、甲冑の何かが悪かったとしても、これほどあちらもこちらも一度に悪くなることはない。なので、やはりこれは新しい甲冑の常なのだろうと思い、気にしなかった。

「そろそろであるぞ、明輪。」

義心の声が聴こえ、明輪は慌てて訓練場へと出て行った。


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