episode7・練習試合(1)
初練習から数日後、柏木が全員を集めて唐突に報告する。
「え~、祥村高校から練習試合の申し込みがきたので承諾した。今週の日曜にこちらのグラウンドに来るそうだ。各自、調整しておくように」
「祥村か…」
「勉強で負けても野球じゃ負けねーぞ!」
「東大にでもいってろ!」
部員たちの会話を聞いてもわかるように、祥村高校は進学校であった。すると、柏木は若菜と早瀬を部室に呼び出す。
「今度の試合、先発は早瀬だ。氷室に登板させる予定はないから完投しろ。早瀬、うちのエースはお前だ。しっかり頑張ってくれよ」
柏木に励まされて、早瀬は気分よく練習に戻っていく、シスコンということで薄々わかっていたが、早瀬はおだてられると弱いタイプであると若菜は断定した。
「氷室、お前にはまだ用件がある」
若菜が部屋を出ようとすると、柏木に呼び止められる。
「早瀬に完投を指示したとき、不満そうな顔をしてたから、その意図を伝えておこうと思ってな」
若菜が聞き返すより前に監督が続ける。
「氷室、お前は予選まで対外試合で投げさせない。なぜなら…」
若菜に対して小声でアドバイスをする柏木、その答えを聞いて若菜は納得したように練習へと戻っていった。
そして日曜日、練習試合の日を迎えた。
「今日はよろしくな柏木」
「こっちのせりふだよ河内」
両者が握手をする。話の流れから河内という名前は相手校の監督で、二人は友人なのだろう。
「しかし、2人揃って高校の監督になるとはな、プロを目指しあった大学時代を思い出すよ」
河内が懐かしむように言うと、柏木も懐かしむように言う。
「プロにはなれなかったが指導者として野球に関われてよかったよ」
そして、二人の思い出話に花が咲き始める。
「あの~そろそろ始めてもよろしいでしょうか……」
二人の思い出話がようやく一段落したところで、審判の男性が2人に声をかける。
「おお、そうだったな。そろそろ始めないと」
河内がそういうと、相手側のベンチへと帰っていく。
「お兄ちゃん、頑張って~」
「おう!」
ビシュ!ズバァァン!
投球練習を見る限り早瀬は好調なようだ。妹からの声援が影響しているのだろう。
試合は舞の声援でやる気になっている早瀬と相手投手の好投で投手戦となったが均衡が崩れたのは、6回の裏だった。
カキン!、ゴッ!
「いたた…」
鈍い音ともに舞が足を押さえている、さっきのファールが当たったようだ。これに動揺した早瀬は四球を連発し、ストライクを入れようとして球威を落としたボールを打たれる最悪のパターンに陥り、この回7失点を喫してしまう。
現在のスコアは7-0、次の攻撃で点を取らなければコールドになってしまう。
相手投手は日本では珍しいツーシームの使い手で、これにカーブを混ぜて緩急をつけるスタイルであった。ラムタラはこの緩急と手元での微妙な変化を同時に捌く打撃技術を持つ打者はこのチームにはおらず、今井がキャプテンの意地を見せる2安打した以外は四球2つのみが出塁歴だった。
この回の先頭打者は6番のケン。
「赤石、それオレのバットだぞ」
今井は自分のバットを使おうとしているケンに声をかける。
「いやあ、きょう2安打してる先輩の縁起を担ごうかと…」
ケンがおどけながら答えてバッターボックスに入ると、その初球を捉える。
カキィィィン!
小気味よい金属音とともに打球はセンター前に落ちた。ラムタラベンチにおいて、ノーアウトでのランナー出塁はこの試合では初であった。
続く打者もケンのようにキャプテンのバットを使ってヒットを打ちノーアウト1.2塁となる。
「じゃあ、キャプテンうちも使わせてもらいますね」
代打コールされた真弓がそういってキャプテンのバットを持って打席に入ると、3球目のツーシームをとらえてセカンドの頭上を抜きツーベース。
ケンが還って7-1、反撃開始だ。
「ケン、どうしてキャプテンのバットを使ったの?」
若菜が生還してベンチに帰ってきたケンに尋ねてみると、ケンはどや顔でその理由を話す。
「ツーシームのような手元で小さく変化するボールなら先輩のタイ・ガップ型のような芯の広いバットで対応した方がいいと思ったからね」
これこそ今井キャプテンが2安打した理由だった。バットにもいろんな形状があり、長距離打者向けのは先っぽがより重くなるように作られるかわりに、芯が狭くなる。対照的にアベレージヒッター向けのタイ・ガップ型は太くて芯が広いけど、飛距離が出にくいという特徴がある。
カキィィィン!
カキィィィン!
芯の広いバットを使いツーシームに絞ってつるべ打ちした打線は7-5までこの回追い上げた。
「羽生、大丈夫かな…」
ベンチ内で囁かれ始める。そのとき、祥村高校の保健室で手当を受けていた舞が帰ってきた、軽い打撲で骨には異常なしとのことだった。
「お兄ちゃん、がんばって!」
舞が一声掛けると早瀬はうれしそうにマウンドへと上がった。