第13話.父の仕事
その次の日から家の中は変わりました。
父が居ない、ラーセもたまにしか居ない、ミウは居る、トジも居る。しかしそんなことは休みでない日は当たり前の状態でした。
一番変わったのは『会話』でした。
「お兄ちゃん、ごはん」
「ん」
淡々とした二人の静かな食事風景。まだ学校が休みではない時は、朝はバタバタで、相変わらず、トジはギリギリに起きて来て食べて出かけるという感じです。夕食は昼間にラーセが帰ってきて晩を用意して置いてくれることもありますが、食べる時は二人っきりです。
「ラーセから連絡あった?」
「いんや、特に今日はない」
会話はラーセのことぐらい。父のことを話すのはお互い少し敬遠していました。父の話=トジが代わりにやらないといけない、となってしまうからです。
長い冬休みに入るとミウにも十分家事をする時間がありました。そのため、ラーセが帰って来る間隔も長くなりました。トジは日によってはバイトで朝出掛け、夕方暗くなってから帰ってくるという生活をしていました。もちろん二人とも、時々父の病院へ見舞いに行っていることは言うまでもありませんが、一緒に行く姿はほとんど見られませんでした。
その父もすぐそこに迫るクリスマスのことは口にしませんでした。今年は諦めてもらうしかない、そう思っているのでしょう。
しかし、納得のいかない人もいます。
ミウは、もう一週間でクリスマスイブというその日も、一人で病院を訪れました。トジは段々病院に顔を出さなくなっていました。顔を合わせるのが辛い、それがトジの気持ち。父はそれが痛いほどわかっていました。
しかし、分かっていない人もいます。
ラーセも時々家に帰り父の着替え、自分の着替えを洗濯したりしています。その日、ミウが病室に顔を出すとちょうどラーセが一度帰るところでした。
「あ、お姉ちゃん」
「ラーセ、家、行くの?」
「はい」
「急ぎじゃなかったら、私が持って帰って、明日、持ってくるよ」
「……洗濯物を置いておくので、洗うのをお願いしてもいい? 夕食作っておくから」
ラーセは少し考えた後、そう淡々と話しました。
「うん、わかった」
ミウはそう言いながらラーセの頭を軽く撫でました。ラーセはちょっとうれしそうにちょこっとお辞儀し、そのままパタパタと小走りで病室を出て、家に向かいました。
今、病室は父とミウだけです。ラーセとのやり取りに気が付いて目を覚ましたようです。
「ああ、ミウ。いつもありがとう」
そう言いながら、体を起こそうとします。ミウは慌ててそれを制します。まだ間接の部分を中心に、相変わらず白くない包帯が巻かれたままなのです。
「お父さん、まだ動かない方がいいんじゃないの?」
「ん? いや、大丈夫だよ。多少動かさないと、寝たきりになってしまうよ。ははは」
父なりの冗談でしたが、ミウは笑えませんでした。
「……大丈夫。暖かくしていると傷みがないんだ」
「そっか……」
そう言うと、ミウはベッドの近くのイスに腰掛け、視線を下げ、持ってきた本を読む体勢になりました。休みの日にはいつもこんな感じで父の近くで過ごしていました。
でも、今日は本に視線が行っていません。父にもすぐそれがわかりました。
「ミウ、思っていることを言いなさい。今日はそれを言いにきたんでしょう?」
「え、……うん……」
「イブのこと、だね」
「……うん……」
ミウは開いていただけの本を『パタン』と閉じ、体の向きをベッドのほうに向け、こう続けました。
「このままでいいの?」
ベッドに横たわったままですが、なんとか寝返りだけが出来るようになってきた父です。ゆっくりとベッドの近くに座っているミウの方を見るような向きに変えました。
「トジのこと、か?! 無理もないと思う。母さんが死んだ時、突然これが遊びじゃないことを、楽しいだけじゃないことを知ったと思う」
「だからって……」
「辛かったとと思う。今まで手伝っていただけのことを自分でやることになるということを急に知った時。……トジが自分で理解してくれる、時間が教えてくれるだろうと考えていたのは間違いだったのかも知れない。まだ、教えるには早い、と私が勝手に思っていたところもあった。まだ教えていないんだ……」
「……」
「突然の出番。しかもいきなり主役なんだ、トジは。責任が、大きすぎるんだよ。大きくのしかかってしまっているんだよ」
「……」
「私が父……ミウからみたら祖父だな……祖父から継いだのは、母さんと結婚してからだよ」
「でも……」
体を少しミウに向けていた父はゆっくり仰向けに戻しました。
「今年はしかたないだろう。他国の仲間に連絡もしてみたが、やっぱり難しいようだしな……。私が……ケガしたのが悪い」
そういうと目を閉じました。
「でも……」
ミウがなにか言いかけた時、先に父が言いました。
「ミウ、クリスマスは来年もある」
「……お父さん、それ、違うよ……」
「ん?」
「今年のイブは、今年だけだよ。今年のイブを楽しみにしているんだよ。一年間待ったんだよ」
ミウの言葉は段々大きくなりました。そして、立ち上がってもう一言言おうと思った時、父の顔を見て言葉を失いました。涙です。
「その通りなんだよ、ミウ……」
父もわかっているのです。でも、なにも出来ない。トジに無理強いさせるわけにもいかない……。
「ミウ、スマン」
「……ううん。ごめんなさい」
そう言ってミウは包帯のない父の頭に抱きつきました。しばらくきつく。きっとその間、ジルは息がしばらく出来なかったことでしょう。
「……ね、お父さん」
ミウは、屈託のない笑顔で元気な口調で言いました。
「私がやっていい? サンタクロース!」




