第12話.雪に沈むランプ
父の病院にはそのままラーセが残ることになりました。ラーセの通うジュニアハイスクールも病院からも比較的近く、環境的に一番適任でもありましたから。もちろん、ラーセ本人の意思もあります。
「じゃあ、ラーセ。お願いね。……明日、着替えとか持ってくるから」
「大丈夫。お願いしまふ」
ラーセは既に眠そうに答えます。ミウはそれを見て逆に安心しました。いつも通りのラーセだったからです。
トジは終始無言でした。
昨日の夜中、ノリおじさんを乗せてソリを出発させた時と同じぐらいの時間に、ミウとトジはそれぞれランプを一つずつ借りて病院を後にしました。
雪は止んでいました。しかし、病院に居る間にまた雪が降ったらしく、病院の入り口のランプに照らされている範囲の道には、足跡は見当たりませんでした。そのなにもない、ただ平坦な真っ白な道がずっと続いて、そして暗闇に消えていっているように見えました。
帰路は昨日までの二人とは思えないぐらい、無口で静かなものになりました。
「……」
「……」
父が大ケガしてしまったのですから、そうはしゃぐ人はいません。しかし、それ以上の別の理由がこの空間にはありました。
それは、帰る前に父がトジに言った言葉……。
『トジ。済まないな。……だけど、お前が判断してくれて構わない』
そうベッドの中で静かに言ったのです。そのまま父は眠ってしまいました。トジはそれから不機嫌そうな顔のままです。
ミウは病院へ向かった記憶がありません。玄関先でトジを見かけてそのまま気を失っていたのですから。おそらく、トジが背負って連れて来てくれた……ミウはそう理解していますが、そのお礼を言える雰囲気ではありません。
雪に足を踏み入れると、膝下ぐらい沈み込みます。誰かが歩いた後があれば、そこを歩くのですが、今はありません。
トジが前を歩き、多少引きずるように溝を作りながら進みます。雪に埋もれても道として平坦に均されているところがわかるように、ところどころに、黄色く塗られたポールが立っています。それを目印に歩き、雪の上に溝を作っていきます。
しかし、ミウはそのトジの真後ろを歩きませんでした。少しずらし、ミウもまた溝を作りながら進んでいました。そのため、何もなかった真っ白な道には2つの溝が作られていきました。
溝を作る速度はやっぱりトジのほうが速いですが、時折、後ろを振り返り、ミウを気にしながら時々ペースを落としたり、立ち止まったりしています。
この二人以外、動くものはありません。風も吹いていません。おおよそ半分になっている月の明かりの下、真っ白な雪の中を動く黒い二つの影だけがありました。
「あ」
ジュッ
久々に足音以外の音が2つしました。
ミウが雪に足を取られ転んだのです。ランプは雪の上に放り投げてしまいました。ランプは熱で溶けてどんどん深く埋まっていきます。
そしてミウはというと、見事に顔から雪に突っ込んでいました。月の明かりだけでもその姿は確認できました。
「……ミウ、大丈夫か」
トジが自分の作った道を少し戻り、倒れているミウに近寄りました。肩が動いているのがわかりますが、自分から起きる気配はありません。
「ミウ……」
トジはミウの肩をつかみ、体を仰向けにしてから、座るように起こしました。そしてミウの顔にへばりついた雪を払いました。雪の中から現れたそのミウの顔はトジの初めて見る表情でした。
「うう」
ミウが小さい頃、走っていて思いっきり転んでベソをかいていた時の顔、一瞬そうも感じましたが違います。それよりも深い、怒りにも似た表情にも見えます。
「な、なんだよ。転んでどこか打ったのか?」
トジの口から出た言葉はこれでした。
「ちがう。ちがうよ」
ミウは起こしてくれたトジの手を払い除けました。
「な、なんだよ。俺がなにしたんだよ」
「なにもしていない……」
「あ?」
「なにもしていない、なにもしないから!!」
目を思い切り閉じ、言い捨てるように、そう叫びました。
ミウは泣きながら怒っていました。ミウの硬く閉じている目からは涙が次から次へ出て来ています。そしてそれは頬を伝い、途中からはぽろぽろと頬から落ち、凍っていきます。
トジは動揺しながらも、自分の考え自体を曲げるつもりはありません。
「な、なんだよ、俺がやらなきゃいけない理由があるのかよ」
その言葉にミウはカクッとうつ向きました。そしてしばらくの沈黙、そしてゆっくりミウが話し始めました。
「お兄ちゃん。お母さん……、お母さんが生きていた頃は、手伝っていたよね。楽しそうに、プレゼントを包んだり……。あれはお父さんの仕事を理解して手伝っていたわけじゃ無かったの?」
その問にゆっくり間を空けて、ゆっくりトジが答えます。
「……あの時は、単に父さんと母さんの手伝いが楽しかったんだ。それ以上はなにもなかった。なにも……」
「……じゃあ、お母さんが死んでからは手伝いを辞めたのは……」
ミウは全く微動だせずにすぐにそう続けました。言葉は棒読みのようでした。
「母さんが死ぬ時、俺が後を継がないといけないことを知ったんだ。それまではそんなこと考えたこともなかった。父さんは父さん、俺は俺……だろ? ……わかんねえよ」
ミウはトジを押しのけ、ゆっくり立ち上がりました。そして「そう」と凄く淋しそうに言うと、ランプも持たず、雪の明かりだけで何もない白い道に足跡と残しながら歩き始めました。
トジはしばらくその場に座り込んでいました。その両手は硬く握られ、あごには力が入っていました。
そしてミウが見えなくなるかという時、大きな独り言のようにそのミウに向かって叫びました。
「俺が出来るわけないだろ!」
その大きな声でミウの足が一瞬止まったようにも見えましたが、実際止まったかどうかはトジには分かりませんでした。
叫んで少し気の抜けたトジは、ミウの落としていったランプを雪の中から探しだし、ゆっくり帰途に付きました。ミウの歩いた溝のすぐ横に新しい溝を作りながら……。
「俺が……出来るわけ、ねえ、俺がやる必要、ねえ……」
その間、ずっとこの言葉が頭を巡っていました。




