14話 朝陽
朝、薄明かりに気づいてジェルミは目を覚ました。
クリーム色の天井と装飾の施された周り縁が、朝陽に淡く照らされている。見慣れない景色だった。
ぼんやりと天井を眺めた後、ようやくジェルミはベッドを抜け出した。とろみのある毛布を肩にかけたまま、吸い寄せられるように窓辺へ向かう。毛布から指先を少し出してカーテンを引くと、朝陽が一気に差し込んできた。眩しさに、思わず目を細める。
再び目を開くと、視界の先には王都の街並みが広がっていた。朝霞のなかで石造りの家屋が美しく整列し、そこに沿うように冬枯れした街路樹が植わっている。
「……きれい……」
窓をわずかに開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。生まれ育ったヴェルノーのように肌を刺す寒さではなかった。澄んでいて、どこか柔らかい冷気がジェルミの頬を撫でていく。
「本当に、来たんだ……」
実感が、言葉になってこぼれ落ちる。
ジェルミは冷気を胸いっぱいに吸い込んでから、静かに窓を閉めた。毛布をベッドに戻し、寝室を出て隣の居室へ向かう。
身支度を済ませると、ジェルミは本棚から古い背表紙の一冊を抜き出した。本を開くと、執事から受け取った栞が姿を見せる。
その時、扉の向こうから控えめなノックの音が響いた。侍女が遠慮がちに、ジェルミの名を呼んでいる。
本に挟まった栞の、少し色褪せた花弁部分を撫でながら、ジェルミは呟いた。
「……とうさま、かあさま。いってきます」
侍女に案内され、食堂に辿り着く。
文官や侍従、側近らしき者たちの声が入り混じり、パンやスープの香りが広間に広がっていた。
想像していた以上の人の多さにジェルミはたじろぎながら、空いている席を探して視線を彷徨わせた。
ふと、壁際に並ぶ料理台が目に留まり、ジェルミは一瞬だけ瞬きをした。ここでは配膳を待つのではなく、自分で食事を取りに行くのだと遅れて理解する。
「おはようございます、ジェルミ様」
立ち止まったままのジェルミの背に、穏やかな声がかかった。驚いて振り向くと、ルーカスが柔らかな表情で佇んでいた。
「おはよう、ございます……」
「これからお食事ですか?ご一緒しても?」
一瞬だけ迷ってから、ジェルミは小さく頷いた。
「……はい。お願いします」
そう答えながら、視線はもう一度だけ料理台へと向かう。ここではどう振る舞えば正解なのか、ジェルミは推し量れずにいた。並ぶ皿の数も、立ちのぼる香りも、ジェルミの不安を煽っていく。
「では、お先に」
ルーカスはそう言って、半歩前をゆっくりと歩き出す。ジェルミの歩調に自然と合わせながら、料理台の前で足を止めた。
「サラダはお好きですか?どれも新鮮でおいしいですよ」
「は、はい。ぜひ、いただきます」
「お好きなものをどうぞ。もし届かなければ、代わりにやりますので」
白い大皿を片手に携えながら、サラダや主菜、副菜を順に取っていく。ルーカスの勧めるというより教えるに近い声音に、ジェルミはほっと息を吐く。
「……ありがとうございます」
ぎこちない手つきのジェルミを、ルーカスは急かすことも手を出すこともせずに見守っていた。パンを選ぶ間も、席へ向かう時も、その距離は変わらない。
「ジェルミ様、こちらへどうぞ」
壁際の席を示され、ジェルミは再び小さく頷いた。椅子に腰を下ろしてから、ようやく肩の力が少し抜ける。
屋敷と同じように振る舞おうとしても、王宮では何もかも勝手が違う。緊張と戸惑いで、体が思うようについてこなかった。こんな姿ばかり見せてしまっていることが、少しだけ恥ずかしい。
これから共に働くというのに、自分の有り様をどう思われているのだろう。ジェルミは向かいに座ったルーカスの方を、そっと見上げた。
窓から、初冬の陽光が静かに降り注ぐ。
その光の中で、彼は何も言わずに、柔らかな表情でこちらを見守っていた。あたたかな視線に、胸の奥がむず痒くなる。
ジェルミは一度視線を落としてから、意を決したように顔を上げて、口を開いた。
「あ、あの……昨日から言いそびれていたんですが……ジェルミで、いいです」
ルーカスが一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。その様子に、ジェルミは膝の上で指を擦るように握り締める。答えを待つ間が、ひどく長く思えた。
「……承知しました。では、ジェルミ」
ルーカスが微笑みながら、ナイフとフォークを手に取る。
「改めて、よろしくお願いします。……さあ、温かいうちに食べましょう」




