1話 報せ
「グラシエ橋で崩落事故が起き⸻ご両親の死亡が確認されました」
声は、はっきりと聞こえた。
それなのに、意味だけが頭に入ってこなかった。
手の震えを抑えようと拳を握る。冷えきった指先が手のひらに食い込むほど力を込めても、震えは止まるどころか、全身へと広がっていった。
降り止まない秋雨が窓を静かに叩く。使者の口はまだ何かを告げていたはずだが、ジェルミはその続きを覚えていない。応接室の灯りが時折かすかに揺らぎながら、使者の差し出した報告書を照らしていた。
「……被害に、遭われた方は……他にも?」
声が、出しづらい。椅子に深く腰掛け直しながら、ジェルミは一度だけ深呼吸した。
後ろから、執事の息を呑む音がした。使者の返答に、侍女たちの嘆く声が重なる。
「どうして旦那様と奥様だけ……」
「ああ何てこと……」
雨で濡れた窓ガラス越しに、外灯の光が滲んで見える。世界の輪郭がどんどん崩れていく感覚に陥りながら、ジェルミは瞳を閉じた。
「留守は任せたよ」
「もう10歳だもの。平気よね、ジェルミ?」
そう言いながら、ジェルミの母は眉尻を下げて微笑んだ。温かな手のひらがジェルミの亜麻色の髪を優しく撫でる。切り揃えられた前髪が瞼にかかり、ジェルミはくすぐったそうに瞳を細めた。
「……また、フィナンシェを買ってきてくれる?」
「ええ。明日の夜、一緒に食べましょうね」
母の手が名残惜しそうに離れる。開いた扉からは、早朝の冷えた空気が通り抜けていった。傘が開く音に続いて、父の穏やかな声が聞こえる。
「いってくるよ、ジェルミ」
「とうさまもかあさまも、お気をつけて」
それは、いつもの別れ際だった。何度も繰り返してきた、ありふれた朝。
出立の翌日には帰ってくると、信じて疑いもしなかった。
再び雨音が重なり、ジェルミはゆっくりと瞼を開いた。
机に置かれた報告書の文字が目に入る。
『侯爵 リュシアン卿・同夫人 両名の死亡を確認』
幼いジェルミの温かな日常は──この日、終わりを告げた。




