第32話 三百年間「建国王の極秘暗号」とされていた紙、ただの買い物メモだった
「陛下も野菜を残していたなら、子供に注意しづらい」
「そこは今は食べていると追記してほしい」
「俺の食生活を教育問題にするな!」
建国初期史の再検証。
始めた目的は。
俺一人の偉業として残っているものを。
実際に働いたリゼル。
セレフィナ。
ノア。
ミーナ。
その他大勢へ。
きちんと返すことだった。
なのに。
調べれば調べるほど。
《建国王、野菜を最後まで残す》
《建国王、訓練用木剣を三回振って飽きる》
《建国王、植樹開始十分で穴掘りを近衛騎士へ交代》
《建国王、執務机で寝落ち》
どうでもいい記録ばかり増えている。
「歴史再検証を始めたこと」
俺は言った。
「少し後悔してきた」
《正確な歴史は重要です》
セレフィナ。
「俺の昼寝も?」
《王宮勤務日誌としては》
「公開しなくていいからね」
《閲覧区分を設定しております》
「本当に?」
《陛下の睡眠姿勢まで一般公開する予定はございません》
「姿勢まで記録あるの!?」
《ございます》
「見せなくていい!」
王立記録院。
三百年。
恐ろしい。
◇
そんな中。
一件。
少し違う報告が届いた。
《旧王城・建国王私室》
《封印保管区画の開封許可について》
「封印?」
俺は。
王権端末を見る。
「俺の部屋に、そんな場所あった?」
ミーナが答える。
《ございます》
「どこ」
《執務机右側、最下段の引き出しでございます》
「引き出し?」
《はい》
「それが三百年封印?」
《はい》
「何で」
《陛下が》
一度。
当時の記録。
《ここ勝手に開けるな》
「俺が言った?」
《はい》
「理由は?」
《お尋ねしましたが》
続き。
《ミーナ》
《重要な物が入っているのでしょうか》
《レグナ》
《たぶん》
「たぶん!?」
《ミーナ》
《たぶん?》
《レグナ》
《忘れた》
「完全に俺だ!」
重要な物かもしれない。
でも。
何を入れたか忘れた。
「それで三百年開けなかった?」
《陛下御本人から、開けるなとの御指示でしたので》
「命令扱い?」
セレフィナ。
《当時は》
「今なら?」
《私物の保護意思と解釈します》
「じゃあ」
《所有者本人が帰還されましたので》
「俺が決められる?」
《はい》
別に。
開けてもいい。
問題は。
「何が入ってると思う?」
リゼル。
「機密文書では」
セレフィナ。
《王国の将来に関する御構想》
ノア。
「危険な王権装置かも」
ミーナ。
《陛下が他人へ見られたくない私物かと》
「最後が一番現実的」
三百年前。
いや。
地球では七年前。
ゲームの中。
俺が。
わざわざ。
開けるなと言った引き出し。
「黒歴史だったら」
高城さんが言う。
「開けない選択肢もありますよ」
「逆に気になる」
「では」
「開けます」
◇
今回は。
物を地球へ持ち込まない。
第二門を通り。
俺自身が。
旧王城へ行く。
同行。
ミーナ。
リゼル。
政府側から。
記録担当一人。
「大げさじゃない?」
「歴史資料の可能性があります」
「ただの引き出しだよ」
「三百年間未開封の建国王私物です」
「言い方が重い」
旧王城。
俺の執務室。
前にも来た。
机。
椅子。
棚。
配置は。
ほとんど。
三百年前のまま。
「これ?」
《はい》
机。
右側。
最下段。
鍵穴。
「鍵は?」
ミーナ。
《陛下がお持ちでした》
「持ってないよ」
《存じております》
「じゃあ」
《王権認証で開封できます》
「最初から鍵いらないのでは」
《当時は陛下御自身が鍵を》
「どこへやった?」
《不明です》
「俺……」
三百年前から。
物をなくしている。
「開けます?」
リゼル。
「うん」
手。
引き出し。
王権認証。
小さな光。
《所有者――レグナ》
《封印解除》
かちり。
三百年。
閉じたままだった引き出しが。
開いた。
◇
「……少ない」
中。
金貨。
なし。
王冠。
なし。
機密文書。
なし。
王権装置。
なし。
入っていたもの。
木片。
小石三つ。
折れた羽根ペン。
紙。
数枚。
「ゴミ?」
ノアが。
遠隔通信で言う。
「言うな」
「でも」
「俺も思った」
リゼル。
小石を見る。
「こちらは」
「知ってる?」
「訓練場で陛下が拾われたものかと」
「何で保管」
「形が犬に見えると」
「見えない」
「陛下は見えると」
「七年前の俺、疲れてたのかな」
木片。
ミーナ。
《王宮浴場の修理時に出た廃材かと》
「何で」
《陛下が》
記録。
《なんか剣みたい》
「子供か!」
折れた羽根ペン。
「これは?」
セレフィナ。
《私の執務室から》
「俺が折った?」
《陛下が持ち帰られた後、折れて返ってきませんでした》
「ごめん」
《三百年以上前です》
「でもごめん」
そして。
紙。
問題は。
それだった。
◇
「読めない」
リゼルが言う。
紙に。
文字。
アステリア文字ではない。
「これ」
俺は。
固まる。
「日本語だ」
横。
高城さん。
遠隔映像。
『日本語ですね』
「何で?」
アステリアでは。
言葉は。
王権接続や魔法的翻訳で。
相互理解されていた。
書類も。
俺のゲーム画面上では。
日本語として見えていた。
だが。
世界側の実物は。
アステリア文字。
「俺が」
一枚目。
読む。
《洗剤》
《乾電池》
《ゴミ袋》
《コーヒー》
「……」
全員。
黙る。
「買い物メモだ」
リゼル。
「極秘文書では?」
「洗剤」
セレフィナ。
《暗号の可能性は》
「乾電池」
ノア。
「王権装置の部品?」
「ゴミ袋!」
俺は。
紙を掲げた。
「ただの地球の買い物メモ!」
三百年間。
誰にも読めなかった。
建国王の。
謎の文字列。
「記録院では」
政府担当者が。
資料を確認する。
「この紙の存在自体は、外部から形状だけ確認されたことがあるようです」
「開けてないのに?」
「引き出しへ収納される前の記録です」
「何て?」
《建国王独自文字による機密覚書》
「やめて!」
《内容は王国中枢に関わる可能性があるため、解読を禁ず》
「ただの買い物!」
更に。
《後世研究》
《建国王が異世界帰還を予測し、必要物資を暗号化して記した可能性》
「洗剤だよ!」
《乾電池――王権エネルギーに関する暗喩説》
「単三か単四だよ!」
《ゴミ袋――不要なものを捨て新時代へ進む思想を示す説》
「ゴミ出しだよ!」
高城さん。
通信の向こうで。
完全に笑っている。
「笑ってる!」
『すみません』
「三百年だぞ!」
『だから余計に』
◇
「なぜ」
高城さんが。
笑いを収め。
真面目に言う。
『アステリア側で、日本語を書いているんでしょう』
「ログアウト中?」
「紙の作成年代を」
ミーナ。
《建国暦十年》
「地球側ログは?」
高城さん。
照合。
『如月さんは、その時期』
「はい」
『非ログイン期間です』
「また」
ログアウト中レグナ。
「俺の地球側予定が」
「向こうへ漏れた?」
ノア。
「可能性高い」
「でも」
買い物メモ。
「どうして紙に書く」
「陛下の頭に」
ノアが言う。
「忘れたくない短期記憶があった」
「買わなきゃ、って?」
「それが」
一度。
「向こうの身体にも出た」
俺の魂。
一つ。
地球側。
アステリア側。
接続。
低帯域。
「ログアウト中」
高城さん。
『地球側で強く意識している未処理の情報』
「はい」
『それが、向こう側のレグナへ断片的に反映されていた』
「ありそう」
洗剤。
電池。
ゴミ袋。
コーヒー。
王国の未来より。
よほど。
現実的。
◇
二枚目。
「まだある」
日本語。
《月曜》
《朝会》
《資料》
《充電》
「完全に地球」
リゼル。
「朝会とは」
「会社」
「会社?」
「地球側の」
「この時から」
リゼル。
少し。
不思議そう。
「陛下は、もう一つの世界で働いておられた」
「うん」
「私たちは」
一度。
「何も知らなかった」
ゲーム。
ログアウト。
俺がいない。
それだけだと思っていた。
実際は。
俺は。
地球で。
仕事へ行き。
買い物し。
充電を忘れないように。
普通に暮らしていた。
「リゼルたちも」
「はい」
「俺の知らないところで暮らしてた」
「はい」
「同じだったんだな」
少し。
変な感じ。
◇
三枚目。
日本語。
ただ。
少し違う。
《セレフィナ》
《書類減らす》
《リゼル》
《休ませる》
《ノア》
《危ない物さわるな》
《ミーナ》
《夜食ごめん》
「……」
俺。
読む。
全員。
聞いている。
「これ」
恥ずかしい。
「俺が書いた?」
高城さん。
『筆跡鑑定は難しいですが』
「はい」
『他の二枚と同じ書き手に見えます』
ノア。
「内容も陛下」
「ノアだけ雑じゃない?」
「危ない物触ってたから」
「そうだけど」
セレフィナ。
《書類を減らす》
少し。
笑っている。
「実行した?」
《翌週》
「うん」
《陛下から、直接管理業務を減らすよう言われました》
「減った?」
《一時的に》
「一時的」
《私が増やしました》
「自分で!?」
《必要だと思い》
「昔からか」
リゼル。
「休ませる」
「休んだ?」
「陛下に訓練場から追い出されました」
「俺が?」
「はい」
「何て」
「今日は帰れ、と」
「良い俺」
「ですが」
「何」
「私は別の訓練場へ」
「休んでない!」
ミーナ。
《夜食の件》
「覚えてる?」
《はい》
「何した?」
《厨房閉鎖後》
「うん」
《陛下が》
一度。
《肉が食べたい、と》
「迷惑」
《作りました》
「ごめん」
《翌朝、陛下から》
「何て」
《昨日ごめん、と》
メモ。
地球側の俺が。
覚えていない。
でも。
向こうでは。
ちゃんと。
少しずつ。
実行している。
◇
「最後」
四枚目。
少し。
折れている。
文字。
日本語。
《次にちゃんと起きてる時》
「起きてる?」
一度。
《みんなに》
その下。
何度か。
書き直した跡。
《ありがとうって言う》
それだけ。
「……」
部屋。
静か。
「これ」
リゼルが。
小さく言う。
「陛下」
「うん」
「この後」
当時の記録。
建国暦十年。
数日後。
地球側。
俺。
ログイン。
「何した?」
「覚えておられませんか」
「七年前だから」
リゼル。
当時の。
日誌。
《建国王、朝食後》
《近衛騎士》
《宰相》
《魔導研究官》
《侍女》
《四名を執務室へ呼ぶ》
「俺が?」
「はい」
「何て」
リゼル。
少し。
笑う。
「急に」
「うん」
「いつもありがとな、と」
俺。
止まる。
「言った?」
「はい」
「その後?」
「恥ずかしくなられたのか」
「うん」
「すぐ」
一度。
《じゃあ仕事戻って》
「最悪!」
セレフィナも。
《覚えております》
「忘れて!」
《三百年以上覚えておりますので》
「もう無理か」
◇
つまり。
仮説。
ログアウト中。
アステリア側に残ったレグナ。
完全な別人格。
ではない。
地球側の俺。
その日。
その時。
強く考えていた。
短期的なこと。
買い物。
仕事。
そして。
ゲームの中のみんな。
「双方向だった?」
俺が尋ねる。
ノア。
「可能性ある」
「地球の俺の考えが」
「アステリアへ」
「アステリアの俺の経験が」
「地球へ」
「夢とか既視感で?」
「たぶん」
高城さん。
『七年前の如月さんに』
「はい」
『変な夢を見た記憶は?』
「三百年前の木を」
「ではなく」
「うーん」
俺。
考える。
「ゲームやってた頃」
「はい」
「たまに」
一度。
「ログインしてないのに、リゼルたちと話した気がする日」
全員。
反応。
「夢だと思ってた」
セレフィナ。
《どのような?》
「分からない」
七年前。
細かく。
覚えていない。
「朝起きて」
「はい」
「昨日ゲームしたっけ、って」
一瞬。
思う。
「でも接続履歴はない」
高城さん。
『それも記録しておきましょう』
「断定なしで」
『もちろんです』
◇
問題。
この四枚。
王立記録院。
「公開は?」
「買い物メモは」
俺。
即答。
「しなくていい」
《歴史的価値が》
「ゴミ袋だぞ!」
《ログアウト中レグナ現象を裏付ける重要資料です》
「内容全部じゃなく」
高城さん。
「概要公開という方法があります」
「概要?」
《地球語で書かれた日常的な備忘録が発見された》
《内容には地球側生活用品および勤務予定が含まれる》
「それ」
《全文は本人の私生活に関わるため非公開》
「完璧」
「四枚目は?」
リゼル。
珍しく。
先に聞いた。
《次にちゃんと起きてる時》
《みんなにありがとうって言う》
「それも」
一度。
俺は。
三人を見る。
ノアは通信。
セレフィナも。
「みんなは?」
「陛下の私物です」
リゼル。
「如月さんが御決めください」
「じゃあ」
少し。
考える。
「非公開」
「はい」
「でも」
一度。
「記録院には保存」
セレフィナ。
《承知いたしました》
誰に見せるためでもない。
歴史上の偉業でもない。
俺が。
ありがとうと言おうとした。
それだけ。
残っていれば。
十分。
◇
「それと」
俺は。
引き出しの中を見る。
「これ全部」
小石。
木片。
折れた羽根ペン。
「どうする?」
ミーナ。
《陛下の所有物でございます》
「捨てても?」
三人。
固まった。
「そんな顔する?」
リゼル。
「三百年」
「うん」
「保管して参りましたので」
「じゃあ」
「はい」
「このままで」
三人。
ほっとする。
「ただし」
「はい」
「博物館に展示しない」
「……」
「今、間があった」
セレフィナ。
《王立記録院より、既に展示要請が》
「断って!」
《本人の私物につき非公開、と》
「お願いします」
◇
地球へ戻る。
その夜。
王権端末。
《個人通信》
ノア。
「何」
《買い物メモの乾電池》
「うん」
《地球で買った?》
「三百年前のことだろ」
《七年前》
「覚えてない」
《残念》
「何で」
《本当に買えてたら、低帯域接続が予定行動まで正確に保持してた証拠》
「今更確認無理だよ」
《そう》
「でも」
一度。
俺は。
今の買い物予定を見る。
スマホ。
《洗剤》
《ゴミ袋》
《コーヒー》
「……」
《何》
「今日」
《うん》
「また同じ物買う予定」
ノア。
数秒。
《陛下》
「何」
《三百年経っても生活変わってない》
「そこは地球で七年!」
《七年でも》
「洗剤とゴミ袋は誰でも買う!」
◇
翌日。
王立記録院。
《建国王極秘暗号文書》
正式名称。
変更。
《建国王地球語私的備忘録》
「良し」
旧研究説。
《王権エネルギー暗喩説》
棄却。
《新時代思想説》
棄却。
《世界終末予言説》
「そんなのもあったの!?」
《「ゴミ袋」という未解読語を、旧世界を包み捨てる象徴と解釈した学説》
「研究した人に申し訳ない!」
セレフィナ。
《本人確認によって》
「何」
《地球で家庭廃棄物を入れる袋であると》
「はい」
《訂正されました》
三百年。
研究された。
建国王の極秘暗号。
その正体。
洗剤。
乾電池。
ゴミ袋。
コーヒー。
そして。
みんなへ。
ありがとうと言う。
ただの。
忘れないためのメモだった。
でも。
俺には。
三百年前に残した。
どんな立派な王命より。
その四枚の方が。
ずっと。
自分が本当に。
あの世界で生きていた証拠に思えた。




