表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/28

第1話 サービス終了の、その先で

書き直し消去予定


 世界が終わるまで、あと三分。


 画面の右上に表示された数字が、無慈悲に減っていく。


 23:57:12。


 23:57:11。


 23:57:10。


 玉座の間には、五十人を超える臣下が並んでいた。


 白銀の鎧を身につけた近衛騎士。


 深緑の長衣をまとった文官。


 頭に角を生やした魔族の将軍。


 小柄な獣人の侍女。


 壁際には、俺が何年もかけて集めた装備や、国を守り抜いた証である旗が並んでいる。


 オンライン国家運営RPGエルグランド・サーガ


 十五年前に始まり、今夜、サービスを終了するゲームだ。


 俺はその中にある小国、アステリアの領主だった。


 領主といっても、最初から立派な国を与えられていたわけじゃない。


 初めは住民が二十人しかいない、崩れかけた砦だった。


 畑を作り、道を引き、魔物を追い払い、隣国と交渉し、時には敵対プレイヤーから領地を守った。


 気づけば住民は十万人を超え、砦は城になり、小国は大陸でも名の知られた国になっていた。


 全盛期には仲間もいた。


 毎晩のように集まり、馬鹿な作戦を立てては失敗して、それでも笑っていた。


 けれど、一人減り、二人減り、最後に残ったのは俺だけだった。


 過疎化したサーバーで、俺は何年も国を維持し続けた。


 理由を聞かれても、うまく説明できない。


 ただ、放っておけなかった。


 画面の中で待っている彼らを見捨てるのが、どうしても嫌だった。


「陛下」


 玉座の前に立つ銀髪の女騎士が、静かに俺を呼んだ。


 リゼル・アルフェリア。


 アステリア近衛騎士団長にして、俺が最初に仲間へ加えたNPCだ。


 十五年前、崩れた砦の前で魔物に囲まれていた彼女を助けた。


 まだ装備も満足に揃っていなかった俺は、何度も死にかけながら戦った。


 あの頃のリゼルは、名もない見習い騎士だった。


 それが今では、国で最も強い騎士になっている。


 リゼルは玉座の前で片膝をついた。


「最後に、ご命令を」


 サービス終了に合わせて追加された特別イベントなのだろう。


 普段よりも、声がわずかに震えているように聞こえた。


 よくできた演出だ。


 そう思おうとした。


 けれど、並んでいる臣下たちの顔を見ていると、胸の奥が妙に苦しくなった。


 宰相セレフィナは、いつものように背筋を伸ばしている。


 魔導技師のノアは、俯いたまま拳を握っていた。


 獣人侍女のミーナは、何度も目元を拭っている。


 ただのプログラムだ。


 決められた条件に従って、用意された動作をしているだけ。


 そんなことは分かっている。


 それでも、十五年という時間は長すぎた。


 俺にとって彼らは、ただのデータではなくなっていた。


 23:58:41。


 残り一分十九秒。


 俺は玉座から立ち上がった。


「今まで、よく国を守ってくれた」


 声が少し掠れた。


「俺がここまで続けられたのは、お前たちがいたからだ」


 臣下たちは誰一人動かなかった。


 全員が、俺の次の言葉を待っている。


 23:59:02。


 最後の命令。


 何を言うべきか、ずっと考えていた。


 国を守れ。


 民を導け。


 アステリアを永遠に残せ。


 領主らしい言葉はいくらでも思いつく。


 けれど、最後まで命令で縛るのは違う気がした。


 俺は玉座の階段を下り、リゼルの前に立った。


「これが、俺からの最後の命令だ」


 リゼルが姿勢を正す。


 臣下たちが一斉に頭を下げた。


「もう、俺の命令を待たなくていい。これからは、自分たちのために生きろ」


 玉座の間が静まり返った。


 リゼルが顔を上げる。


 信じられないものを聞いたような顔だった。


「争わなくてもいい。国を大きくしなくてもいい。アステリアという名前を残す必要だってない。ここにいる全員で話し合って、好きに決めてくれ」


 23:59:38。


 リゼルの唇が震えた。


 それでも彼女は、何年かかろうとも俺を待つと言った。


 待たなくていいと伝えても、その意志は変わらなかった。


「何百年かかろうとも、必ずあなた様を――」


 23:59:51。


 そこで音声が途切れた。


 画面中央に、白い文字が表示される。


《サービス終了まで、十秒》


 十。


 九。


 八。


 俺はリゼルへ手を伸ばした。


 もちろん、画面の中には届かない。


 七。


 六。


 五。


 リゼルも、こちらへ手を伸ばしていた。


 四。


 三。


 二。


 一。


《長い間、エルグランド・サーガをご愛顧いただき、誠にありがとうございました》


 画面が暗くなった。


 何度ログインし直しても、接続できなかった。


 アステリアも。


 リゼルも。


 十五年かけて作ったすべてが、その夜、消えた。


 それから七年が経った。


     ◇


 午前一時十三分。


 俺はコンビニの弁当を電子レンジへ放り込み、ネクタイを緩めた。


 名前は如月蓮。


 三十二歳、独身。


 恋人はいない。


 両親は健在だが、実家は新幹線で三時間ほどかかる場所にある。


 会社から徒歩十五分のこの部屋で、気づけば五年も一人暮らしを続けていた。


 今夜、帰宅が遅くなったのは残業のせいではない。


 仕事帰りに会社の後輩へ捕まり、居酒屋で愚痴を聞いていただけだ。


 昔から、なぜか人の相談を受けることが多い。


 断るのが苦手な性格だと、自分でも分かっている。


「明日も仕事なんだけどな」


 誰もいない部屋で呟く。


 返事はない。


 当然だ。


 電子レンジの中で弁当が回る。


 ぼんやり眺めていると、棚の端に置かれた小さな箱が目に入った。


 サービス終了記念として運営から送られてきた、金属製の指輪。


 アステリアの国章が刻まれている。


 七年前に届いてから、一度も指にはめていない。


 捨てることもできず、引っ越しのたびに持ってきた。


「……懐かしいな」


 昔は、毎日のようにログインしていた。


 仕事で疲れていても、国の様子を見るためにパソコンを起動した。


 作物の収穫量を確認して、予算を組み、装備を作り、兵士を配置する。


 ゲームなのに、現実の仕事より真面目に働いていた気がする。


 電子レンジが音を立てた。


 その直後。


 部屋のインターホンが鳴った。


「……誰だよ、こんな時間に」


 午前一時を過ぎている。


 宅配便が来る時間ではない。


 会社の後輩が忘れ物でも届けに来たのかと思ったが、住所を教えた覚えはなかった。


 もう一度、インターホンが鳴る。


 壁のモニターを確認した。


 映像には誰も映っていない。


 故障かと思った瞬間、画面の端を銀色の何かが横切った。


 少し迷ってから、玄関へ向かう。


 チェーンをかけたまま、扉をわずかに開いた。


「どちら様ですか」


 返事はなかった。


 代わりに、金属が擦れるような音が聞こえた。


 扉の隙間から外を確認する。


 最初に見えたのは、銀色の髪だった。


 腰まで伸びた銀髪が、廊下の照明を反射している。


 女性が一人、玄関の前で膝をついていた。


 年齢は二十歳前後に見える。


 白銀の鎧を身につけ、腰には長剣を下げている。


 撮影用の衣装にしては作りが細かすぎた。


 鎧の表面には無数の傷があり、一部には黒く焼け焦げた跡まで残っている。


「何かの撮影ですか」


 女性は答えない。


 深く俯いたまま、肩を震わせている。


 具合が悪いなら救急車を呼ぶ。


 そう声をかけようとしたところで、女性が小さく息を漏らした。


「お声が……」


 俺の手が止まる。


「ようやく、お声を聞くことができました」


 聞き覚えのある声だった。


 いや、そんなはずはない。


 七年前に失われたはずの声だ。


 女性が顔を上げる。


 青みがかった銀色の瞳。


 凛々しい眉。


 左の頬には、髪で隠れるほど小さな傷がある。


 その傷は、俺がまだ駆け出しだった頃、彼女を魔物から守り切れなかったことで付いたものだ。


「リゼル……?」


 女性の瞳から、涙が溢れた。


 彼女は胸へ右手を当てる。


 ゲームの中で何千回も見た、アステリア騎士の礼だった。


「アステリア近衛騎士団長、リゼル・アルフェリア。我が主、レグナ陛下をお迎えに参りました」


 何も言えなかった。


 目の前にいる女性は、どこから見てもリゼルだった。


 顔も、声も、立ち振る舞いも同じ。


 けれど、そんなことがあるはずはない。


 リゼルはゲームのキャラクターだ。


 サーバーと一緒に消えたデータにすぎない。


「誰に頼まれた。俺のことを、どこで調べた」


 リゼルは涙を拭わないまま、ゆっくり首を横へ振った。


 誰かに頼まれたわけでも、俺のことを調べたわけでもないらしい。


 彼女は俺の傍らで百四十七年を過ごし、俺が姿を消したあとも百五十三年、帰還を待ち続けたのだという。


「合計、三百年……?」


 理解できない数字だった。


 俺は扉を閉めかけた。


 怖くなったわけではない。


 ただ、頭が追いつかなかった。


「待ってくれ。ゲームは七年前に終わったんだ。リゼルが実在するはずがない」


 だが、彼女はゲームという言葉の意味さえ理解していなかった。


 彼女たちの世界は、俺が姿を消したあとも存在し続けた。


 季節は巡り、子供たちは育ち、老いた者は死んだ。


 国境では争いが起こり、疫病も飢饉もあった。


 それでも彼らは、俺が最後に残した命令を守り続けたという。


 もう命令を待たなくていい。


 自分たちのために生きろ。


 七年前、サービス終了の瞬間に告げた言葉。


 運営以外に知る者はいない。


 動画にも残していない。


「アステリアは、残っているのか」


 リゼルは迷うことなく頷いた。


「俺は、残さなくてもいいと言ったはずだ」


「存じております」


 では、なぜ。


 そう尋ねると、リゼルはほんの少しだけ笑った。


「我々が、残したいと願ったからです」


 俺が知っている彼女は、滅多に笑わなかった。


 感情表現の少ない、冷静な騎士として設定されていた。


 だが、今目の前にいるリゼルの笑顔には、NPCの決められた表情ではない、三百年分の感情が宿っていた。


 彼女が腰の小袋へ手を入れる。


 一瞬身構えたが、取り出されたものを見て言葉を失った。


 古びた金属製の指輪。


 表面には、アステリアの国章が刻まれている。


 俺の部屋に置いてある記念品と同じ形だった。


 ただし、リゼルが持つ指輪には、国章の下に小さな傷がある。


「これを、覚えておられますか」


 忘れるはずがない。


 ゲームを始めて三日目。


 仲間になったばかりのリゼルへ、俺が初めて渡した装備だ。


 《主従の銀環》。


 能力値は低い。


 特別な効果もない。


 序盤の依頼で手に入る、ありふれた指輪。


 強い装備を手に入れたあとも、なぜかリゼルはそれを外さなかった。


「まだ持っていたのか」


「陛下より初めて賜った品です。三百年間、一日たりとも手放したことはございません」


 リゼルは指輪を胸元へ抱いた。


 俺は玄関のチェーンを外した。


 自分でも、なぜそうしたのか分からない。


 ただ、これ以上、扉越しに話すことができなかった。


 扉を開ける。


 リゼルの全身が見えた。


 ゲームの中よりも少し痩せている。


 鎧は傷だらけで、銀髪の一部は焦げていた。


 よく見れば、右腕には血の滲んだ包帯が巻かれている。


「怪我をしてるじゃないか」


「問題ございません」


「どう見ても問題あるだろ」


 俺が手を伸ばすと、リゼルが息を呑んだ。


 触れていいのか迷った末、肩へ手を置く。


 硬い鎧の感触。


 その下から伝わる、わずかな体温。


 幻ではない。


 画面の向こう側でもない。


 リゼルは、ここにいる。


「本当に……リゼルなんだな」


 彼女は涙を流したまま頷いた。


 三百年間、自分の帰りを待っていたのかと確かめても、その答えは変わらなかった。


 リゼルは再び俺の前で頭を下げた。


「お久しゅうございます、我が主。三百年ぶりに、あなた様のもとへ帰ってまいりました」


 胸の奥で、何かが崩れた。


 七年前。


 俺は一方的に別れを告げた。


 彼らの世界が終わるのだと思っていた。


 俺がログアウトすれば、すべて消えると思っていた。


 だから、最後に自由を与えたつもりだった。


 しかし、彼らは消えていなかった。


 俺がいなくなったあとも生き続けた。


 泣いて、笑って、争って。


 三百年という時間を積み重ねてきた。


「立ってくれ」


 俺はリゼルの腕を掴んだ。


「ここはアステリアじゃない。俺は王でも領主でもない。ただの会社員だ」


 それでもリゼルにとって、俺が主であることは変わらないらしい。


 訂正しようとした、その時だった。


 廊下の奥から低い音が響いた。


 空気が揺れる。


 天井の照明が点滅し、壁に掛けられた避難経路の案内板が震えた。


 リゼルが立ち上がり、廊下の奥へ視線を向ける。


 次の瞬間。


 何もなかった空間に、一本の光が走った。


 光は縦に伸び、左右へ広がる。


 空間そのものが裂け、扉の形を作っていく。


 光の向こう側に、巨大な広間が見える。


 白い石造りの柱。


 赤い絨毯。


 天井から吊り下げられた、アステリアの国旗。


 七年前に消えた、王城の転移広間だった。


 そして。


 広間には、数え切れないほどの人々が跪いていた。


 エルフ。


 獣人。


 魔族。


 鎧を着た騎士や、杖を持つ魔法使い。


 先頭には、俺がよく知る者たちがいる。


 宰相セレフィナ。


 魔導技師ノア。


 侍女長ミーナ。


 七年前、玉座の間で別れた元部下たち。


 姿の変わった者もいる。


 それでも、見間違えるはずがなかった。


 光の門の向こうで、彼らが一斉に顔を上げる。


『レグナ陛下』


 重なった声が、狭いマンションの廊下へ響き渡った。


 俺は呆然と立ち尽くした。


「リゼル。君一人じゃなかったのか」


 リゼルは、ほんの少しだけ困ったように笑った。


「申し上げるのが遅くなり、失礼いたしました」


 彼女は門の向こうへ手を向ける。


 そこには、アステリアの民一万二千人が集まっているという。


「一万二千人……?」


「はい。まずは先遣隊として、帰還の準備を整えております」


 その言葉に、嫌な予感がした。


「先遣隊ってことは、まさか」


 リゼルの笑顔が、先ほどまでよりも明るくなる。


「我々は全員、あなた様のもとへ帰るつもりでございます」


 サービス終了したはずのゲーム世界は、終わっていなかった。


 そして三百年間待ち続けた元部下たちが、今。


 現実世界へ帰ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ