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蒔島家の事情  作者: JUN
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カノン

 ゆったりとした曲調で嫋々と奏でられていたメロディーが、一転して、力強く早いものに変わる。

 弦を押さえる左手は職人の指、弓を持つ右手は芸術家の手とよく言われるが、その通りだ。その2つの手を冷静に扱いながら、音を生み出し、つなげていく。

 それにほかの音が重なり、より複雑に、厚みを増す。

 複数の色々な別の音が、同じ終着地点を目指し、そして、ゴールする。

 一拍置いて、余韻を持って弓を外す。

「はあ。こんなもんかな」

「クラシックを編曲するのも楽しいね」

 弦楽部の練習が休みの日には、俺たち室内楽同好会が練習をしていた。

 弦楽部の4人で組むのが「Tーレゾナント」で、一谷たちのバンドが「ミックス」。ミックスは軽音部の所属だが、お互いにゲストが必要なときには手伝い合う約束だ。

 弦楽四重奏の予定ではあったが、まあこの方が編曲の幅も広がり、面白い。

 夏休み中にある市民盆踊りではまた舞台で発表できるようになっているので、俺たちも全員でエントリーしようとしているのだ。

 弦楽四重奏のものもあるし、ギターを入れた曲もあるし、一谷が歌うものもある。

 常識にとらわれることなくいろいろと試し、観客を楽しませ、自分たちも楽しむつもりだ。

 それは、人の人生の上でも同じ事なのだと思う。今時おかしなしきたりだと思ったが、先輩に教えられて共に成長していくシステムとしては、よくできている。

 俺の地味さは変わらないはずなのに、最近は知人、友人、顔見知りも増え、俺の事を知る人が増えた。

 これは、何かしでかしたらすぐにばれるという事でもあるので注意が必要だ。

 勇実も弓道の、前川も剣道の選手に選ばれ、この夏は張り切りがいのある夏になりそうだ。

「おい。転調してからのリピートのところをもう一度だ。もっとフォルテにしていいだろう。

 それから、一谷。何で2度目は音を外す。2度目は高音も出てるんだから1度目も出る。それまでの音程に引きずられるな」

 受験勉強のはずの友田部長も、この夏の盆踊りのステージには参加すると表明していた。

「何だ、ぼうっとして」

「え、いえ、何も」

「よし、10分休憩。各自水分補給を怠らないように」

 テキパキと指示を出し、皆、楽器を置いて休憩に入る。

 俺はトイレに行くことにして教室を出た。

 開け放った廊下の窓から、運動部のかけ声や、吹奏楽部の練習する音が聞こえる。

 それに、友田部長の声もした。

「大丈夫か。頭痛いとかないか」

 俺は振り返って、笑いながら言った。

「大丈夫です。いい風だと思って」

「そうか。熱中症には気をつけろよ」

 友田部長はそう言って隣に並び、一緒に眼下の野球部の練習を眺めた。今年も地区予選を突破できなかったらしい。

「柊弥」

 春弥と区別するために、俺たちの周囲の者は皆、俺たちを名前で呼ぶ。

「はい」

「一応俺たちは、念弟という言い方にはなる。当面は否定も肯定もせず、ただ自分たちだけは『右腕』と言うようにしておこう」

「友田部長、悪知恵も働くんですね」

「フッ」

 友田部長はそれに短く笑った。

「そろそろ休憩も終わるぞ」

「はい」

 教室へ戻ると、各々雑談したり楽譜を睨み付けたり、各自で練習したりしていた。

 俺と友田部長はどちらともなく楽器を構えると、目で合図を送り、それを奏で始めた。

 共犯のカノン。









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