【#8】寡黙な少女が望む物
次の日の朝、俺の状況は一変した。
結局、昨夜は紫銀さん一人を馬車に残して施設内の部屋を使う気になれず、馬車の中で一晩過ごしたのだが、朝になってジェラルドさんに連れられた御者達がそんな俺達の元にやって来たのである。
これまで素性の分からない俺には積極的に関わろうとしなかった彼らが、一体どういう風の吹き回しなんだと思ったのだが、どうやら「奴隷の分を含めて費用は負担するから、街に滞在している間の食事を作って貰いたい」と希望しているらしい。
昨日の夕食が気に入ったのは勿論だが、比較的安い食材で作られている事が目に留まったようだ。
確かに、買ってきた生肉は加工されている干し肉よりもずっと安かったし、付け合わせの野菜も別に高い物は使っていない。
ラーメンは手持ちから提供したので考慮しなかったとしても、隊商の用意した食事よりも昨日の夕食の方が遥かにコストパフォーマンスに優れているだろう。
出費が増える事が無く、且つ自分達の代わりに食事を作ってくれる存在が現れたのなら、当然こういう流れになる。
こうして御者達は、昨日の分を含めた滞在中の食費に、自分達の懐から手間賃を捻出して俺に渡してきたのだった。
「――反応が良かったのは嬉しいけど、手間賃まで出して貰えるなんて……それほどの物を作ったつもりは無いんだけどなぁ」
余分に金を手渡された事に戸惑っていると、彼らの通訳をしてくれていた紫銀さんがそれに反応する。
「あれほど手間を掛けた御料理となると、一般的な飲食店での提供は珍しいでしょうし、この金額では安いくらいだと思いますが」
「それなりに手間は掛けたけど、家庭料理レベルの代物だし……。一応、俺は遭難している所を拾われて面倒見て貰ってる身なんだから、費用だけ負担して貰えれば十分というか」
「その事を考慮した上で、それでも手間賃を捻出するに値する御料理だったと、皆様判断されたのでしょう。遠慮なく御受け取りになれば宜しいかと」
彼女からそう言われて、ようやく俺は素直にお金を受け取る事にした。
少し気が引けるが、正直、今後の為に少しでも資金が増えるのは有難い。
その分、期待に答えられる料理を作れる様に尽力しようと心に決め、貰ったお金を鞄に仕舞い込んだ。
そんなやり取りの後、早速俺は昨日作ったミンチの残りを利用した挽き肉入りのオムレツをメインに朝食を用意し、皆に振舞う。
『いやぁ、朝食も美味かった! やっぱりアンタに頼んで正解だったよ!』
『私達まで、こんな豪華な食事を……本当に、有難う御座います』
昨日と同じく反応は上々で、皆、通じないとは分かりながらも御礼と思われる言葉を笑顔で投げかけてくれた。
相変わらず狼の獣人とエルフの女性は反応が薄かったが、しっかりと完食している様なので一安心である。
朝食と後片付けを終えた後は、少し休憩してから再びジェラルドさんと共に市場に向かう。
宿泊施設に居てもやる事も無いし、紫銀さんも昨日の夕食以降、翻訳魔道具作りの下準備を進めてくれている。
作業しながらでも話くらいは出来る様だが、あまり邪魔にはなりたくないし、今の内に明日の朝食までの分の食材を買い出しに行く事にしたのである。
市場に着いた俺は、昨日は時間が足りずに立ち寄る事を断念した店を中心に色々物色していく。
そういう所には、魚や茸等の乾き物を扱う店や、パスタと共に小麦粉を扱う店等があった。
「(魚は干した物しか見当たらないし、海からはかなりの距離があるんだろうな。希少性と輸送代の所為か、肉と比べると値段も高い。茸類の方も……流石に預かった資金で買うのはちょっと厳しいか)」
店に並んでいる中には椎茸等もあり、保存性の高さと出汁を取れるという点で欲しい所だったが、ここは諦める事にする。
日本でも椎茸の人工栽培の方法が確立されたのは20世紀に入ってからだと聞いた事があるし、恐らく此処には自生している物か半栽培された物しか無い為、値段が高くなっているのだろう。
「(冷蔵庫があるなら冷凍魚くらいあるかと思ったけど、そうでもないんだな。隊商が馬車で移動する世界だし、輸送技術の問題か? 何にせよ、街によって手に入る物に偏りがありそうだ)」
結局、新たに見つけた物の中では小麦粉や牛乳、バター等が比較的安価だった為、とりあえず購入しておいた。
後はこれまでに消費した肉や野菜等を買い足して午前中の買い物を終え、街の中央にある噴水広場で買い忘れが無いか確認をする。
問題が無い事を確認した後、荷物をジェラルドさんに預け、そのまま宿泊所に戻ろうとしたのだが――。
『あ~、ちょっと待ってくれ。えーっと、ついでに支部に立ち寄りたいんだが……分かるか?』
彼は何かを話しながら自分を指差し、続いてどこか別の方向を指差す。
指をさした先には、昨日も赴いた請負人協会の支部があった。
「あぁ、もしかして用事があるから行きたいって事かな? オッケーオッケー、分かる、問題無いよ」
支部は、この広場から出て少し進んだ所に位置している。
多分、仕事の用事か何かをついでに済ませてしまいたいのだろう。
ハンドサインで問題無い事を伝えた俺は、彼に付き合うつもりで歩き出そうとした。
『いや、今回は俺の用事だけだから、此処で待って貰って構わないぞ。んー……分かるか? 此処で、待っててくれ』
歩き出そうとした俺を手で制止し、俺を指差してから地面を指差すジェラルドさん。
「……此処で待ってろって? うん、分かった。じゃあ、そこの噴水で座って待ってるよ」
今度はこちらが噴水を指差して、それで良いか確認する。
それを見た彼は、数回頷いてサムズアップして問題無いと伝えてきた。
「(なんだかんだで、ハンドサインでのやり取りも慣れて来たもんだな)」
こうして徐々にスムーズに意思疎通が出来る様になってくると、達成感を得た気持ちになる。
俺は街の人達がしているのと同じ様に噴水の縁に座ると、ジェラルドさんが近くの露店で何かを買い、こちらに戻ってくる。
『それじゃ、すぐ済むと思うが、これでも食って大人しく待っててくれ』
「貰って良いのか? なら、有難く頂くよ」
彼は、両手に持っていた串焼きの肉を一つ俺に手渡してくる。
俺がそれを受け取り笑いながらサムズアップして答えると、彼も軽く笑いながら大きく頷き、肩をポンポンと叩く。
そして、残った肉に噛り付きながらこちらに軽く手を上げて挨拶し終えると、協会の支部へと歩き出して行った。
「――さて、それじゃあ街の様子でも眺めながら待つとしますか」
その場に残された俺は、広場から周囲の風景や道行く人達を見ながら時間を潰していく。
思えば、昨日は買い物に集中していたからか、ゆっくりと街の様子を見る時間は無かった。
こうして落ち着いて周囲を見渡すと、異国情緒というか、改めて遠く離れた世界に来てしまったのだという事を実感させられる。
「(普通の人間に、耳の長いエルフ、完全に獣の姿をした獣人に、ハーフなのか分からないけど耳だけ獣の人達……少し背の低いあの人達はドワーフだったりするのかね? 色んな種族が当たり前の様に過ごしてるんだなぁ。俺には、未だに違和感があって落ち着かない光景だけど……)」
隣国との交易の要所として栄えたというこの街だが、その話の通り、この広場や此処から見える大通りには朝から多くの人が行き交っていた。
全く異なる種族が入り混じりながらも、彼らはそれが普通だと言わんばかりに会話を交わし、何事も無く過ごしている。
元居た世界では、決して有り得ないその光景に、俺は圧倒されていた。
「(違和感といえば、この街自体も、だな。ジェラルドさんの持っていた鞄や、冷蔵庫の様な魔法を使った便利な道具があるかと思えば、建物は古い様式の物ばかりだし、移動には主に馬車を使う。技術力が高いのか低いのかよく分からん)」
便利な道具があれば、それに比例して様々な物の品質が上がる筈である。
しかし、この世界ではどうにもその辺りがちぐはぐで、便利な道具が少なからず存在するのに文明レベルがそれ相応の高さになっていない様に思う。
「……まぁ、俺の常識と照らし合わせて、この世界の事をとやかく言うのは間違ってるか。俺の居た世界とは違って、これがこの世界の普通の光景なんだから」
俺はそう呟くと、ジェラルドさんから貰った串焼肉に噛り付いた。
暫くの間、肉を食べながらボーっと街を眺めて過ごし、食べ終わって手持無沙汰になった俺は視線を空へと向ける。
知らない世界に流れ着いても、空の青さは元の世界と変わらない。
こうして空を眺めていると、元の世界の事が思い浮かんでくる。
「鈴姉、翔真、透……皆、心配してるかなぁ。というか、あの地震って街に被害はあったのか? 俺の周囲でしか起きてない事だと思いたいけど……」
あの地震が、俺の異世界への転移によるものだったとしたら、多分、自宅のマンション周辺くらいしか地震の影響は出ていないと思う。
だが、それはあくまで創作の物語の中で、主人公が異世界へ転移する際に描かれる描写を参考にして俺がそう考えているだけで、実際にはあの地震は地域一帯に被害を与えている可能性もある。
そうなると、むしろ家族や友人の安否の方が心配になってきた。
「……いやいや、他の心配をする前に自分の心配をしろってな。さて、これからどうしたもんかねぇ……」
天を仰ぎ、暫くそのままの状態で過ごす。
気が付けば、ジェラルドさんが支部に向かってからそこそこの時間が経過していた。
「(そろそろジェラルドさん、戻ってくるかな)」
俺はぼんやりとそう考えながら、空に向けた視線を下げた。
『……………』
「…………おや?」
下げた視線の先、俺の正面には黒いローブの様な物を着て、フードを被った小柄な少女がジーッとこちらを見つめていた。
見た目は12、3歳くらいのその少女は、俺……というよりも、俺の全身の色々な部分を食い入る様に見つめている。
「あ、あの……何か用かな?」
俺は突然訪れた奇妙な展開で言葉が通じない事を忘れ、少女に話し掛けた。
『………………』
しかし、彼女は聞こえていないかの素振りで、無表情のまま全く気付いた様子を見せない。
「(迷子か何かか? 参ったなぁ……こんなのは想定外だぞ。どうしよう……)」
暫くしたら居なくなるかとも思ったが、少女は一向に俺の近くから離れようとする気配は無かった。
そうこうしている内に、気付けば広場を歩く人達がチラチラとこちらに目線を向けてくるではないか。
「(うわっ!? マズい……よく考えれば、俺の服装って周りの人からは変わった格好に見えてるだろうし、そこに幼い女の子が加われば怪しさ満点じゃないか! し、しょうがない……この子には悪いけど、一旦この場を離れよう)」
これ以上注目を集め続けたら、幼子を連れた不審者として通報されかねない。
そう思った俺は立ち上がり、噴水広場を離れて請負人協会の方へと足を向けた。
支部に向かったジェラルドさんが居るなら合流し、居なさそうなら少し時間を空けてから広場に戻るか、最悪、先に宿泊所に戻れば良いだろう。
勝手に広場を離れた事に関しては、紫銀さんを通じて後でジェラルドさんに謝罪をするしかない。
とはいえ、話の分かる人だし、理由を伝えればきっと許して貰える筈だ。
そうして俺は、その場を足早に立ち去るのだった。
………………
…………
……
『――ちゃんと戻ってこれたならそれで良い。だが……この状況は、どう受け止めれば良いんだ?』
「そうですね、私も気になります。お買い物をしていただけでこの様な事になるとは……」
宿泊所に停められている馬車の中。
戻ってきたジェラルドさんと紫銀さんの前で正座する俺。
『……………』
そして、その隣には噴水広場で近付いてきた少女が、相も変わらず俺を観察していたのである。
「いや、その……自分でも何が何だか……」
あの後、俺は請負人協会の支部に向かい、中に入ってジェラルドさんの姿を探した。
しかし、どうやらすぐに別の場所に赴いていたらしく、そこで彼と合流する事は叶わなかった。
紫銀さんを通じて後から聞いた事だが、支部で仕事の話をした後、丁度ジェラルドさんが持っていた物を欲しがる依頼主が居たらしい。
入れ違いになった俺は仕方なく支部を後にしたのだが、外に出るとこの少女が出待ちをしていたのである。
「まさかずっと付いてくるわけはない。適当に歩いてたら諦めて何処かに行くだろう」と思い、結構長い時間市場をブラついてみたのだが、それでも少女は付いてくる事を辞めず――。
途方に暮れた俺は、紫銀さんに助けを求めて宿泊所に戻ってきたのだった。
そしてどうやら、市場を回っている間にジェラルドさんの用事は終わっていたらしく、宿泊所には彼が先に戻ってきていた。
噴水広場にも宿泊所にも俺の姿が無い事を確認した彼は、流石に慌てたらしく、馬車までやって来て紫銀さんと相談をし始めていたようである。
俺は二人に心配を掛けてしまった事を謝罪しつつ、これまでの経緯を説明した。
「――なるほど。いたいけな幼子を無理矢理拐ってきたわけではなかったのですね」
「断じて違うっ!? 俺って、そういう事をしそうな奴に見えるの……?」
「いえ、色々な意味で、そんな事が出来る方ではないと思っていますよ」
『……そういう犯罪が出来る様な度胸は無さそうだからな』
色々な意味という部分や、ジェラルドさんがボソッと呟いた言葉の内容が気になるが、とりあえずは誤解は解けたらしい。
「含みがあるのが気になるけど、まぁ、それは良いや。それで、この子なんだけど……何が理由で此処まで付いてきたのかサッパリ分からなくて。何とか出来ないかな……?」
「そうですね。とりあえず、御話を伺ってみましょう」
そう言って俺達が件の少女の方を見てみると、少女は俺の観察を一旦止めて、紫銀さんに視線を向けている。
そして、紫銀さんが少女に声を掛けようとした矢先――。
『貴方は、この変わった格好の人と会話が出来るの?』
少女の方から、紫銀さんに向けて話し掛けてきたのであった。
「……えぇ、私には翻訳魔法がありますので、相手に他言語を使われていても会話が可能です」
『ん。それは都合が良い。見た感じ、その魔法は貴方が作ったみたいけど』
「よく御分りになりますね。確かにこの魔法は私が創作したものになります」
『その魔法、どういう風に作ったか教えて貰って良い?』
「それは構いませんが……」
どうやら、紫銀さんが俺と会話出来ている事に気付いて、質問してきたようだ。
そのまま少しの間、少女は翻訳魔法について色々尋ねているらしい事が、紫銀さんの言葉から伝わってくる。
『――ん、概要は理解した。ちょっと、真似させて貰う』
「え? 真似、とは……」
『――アルス・アナリジス――』
次の瞬間、少女を中心に大きな魔法陣と、それに付随した様々な大きさの魔法陣が複数足元に現れ、光りだす。
少女が手を紫銀さんに向けると彼女の身体が光り出す。
「(これは、魔法で何かしてるのか? 紫銀さんが“真似”って言ってたけど、彼女から何かを読み取っている……?)」
少女は少しの間、紫銀さんの方へ手を向けたままの姿勢で居たが、暫くした後手を下ろす。
同時に、周囲に展開されていた魔法陣や紫銀さんの身体の光が収縮して消えていき、馬車の中は元の様子に戻る。
「紫銀さん、今のは……」
「えぇ、恐らくですが――」
俺は少女の魔法について、紫銀さんに聞こうと思い声を掛けた。
「……ん。術式、解析。少し、理解」
だが、紫銀さんが答える前に、少女が先に俺の質問に答えてきた。
それも、カタコトではあるが、日本語で。
「!! え、ちょ、どうして急に日本語を……!?」
「やはり、解析魔法でしたか。それもかなり高度な。通常であれば、これほど短時間で術式の解析を終える事は有り得ませんが」
「解析って……紫銀さんの魔法を調べて、使える様にしたって事?」
俺の問いかけに、彼女は頷いて肯定する。
「えぇ。ですが、この翻訳魔法……解析勿論の事ですが、そう簡単に実用出来る様には出来ておりません。以前ユーゴ様にも御話した通り、あくまで個人利用目的で創ったものですから」
「俺には、その辺りの事はサッパリだけど……」
「世間に広く知れ渡っている汎用的な魔法は、誰でも扱い易くする為に改良されています。ですが、そうでない魔法は創った本人だけが使う事さえ出来れば問題ありませんので……」
「あ、わざわざそんな改良をする必要が無いのか。だから、個人用として創ったままの翻訳魔法を他人が扱うのは難しい、と」
「そう。且つ難解、不完全。(そう。その上、元々の構成が難解過ぎるから、まだ不完全な状態で無理矢理使ってる)」
俺達のやり取りの合間を縫う様に、少女がそう話す。
彼女が「不完全」と言った通り、俺に聴こえるその言葉は紫銀さんと違い、かなり抽象的な単語を並べた程度ではあるが、言いたい事は十分伝わってくる。
細かいやり取りは出来ないかもしれないが、少なくともジェスチャーよりは意志疎通の難易度が低そうである。
「同等の会話、不可。時間要す。(貴方の様に、ちゃんと会話出来る様にするのは難しそう。時間を掛ければ何とかなるだろうけど)」
「それでも十分すぎる程に高い技術を御持ちだと思います。貴方は、一体……」
確かに、こうなってくるとこの少女が一体何者なのかが気になってくる。
他人が扱う事が難しいとされている魔法を、不完全とはいえ、いとも簡単に使って見せたその手腕は、只者のそれではない。
紫銀さんの疑問の言葉と共に、俺達の視線が少女の方を向く。
「シャイラ=ミィゴ。――錬金術師」
彼女は静かにそれに答えると同時に、被っていたフードを脱いで見せる。
中から現れたのは、ショートウェーブヘアの幼い少女の顔。
だが、その側頭部――亜麻色の髪の合間からは、小さい巻き角らしき物が生えており、耳の形状も紫銀さんよりもやや長く尖った形状をしていた。
『おいおい、嬢ちゃん……その姿はまさか……』
「――魔族の方でしたか。なるほど、通りで……」
シャイラと名乗った少女の姿を見た紫銀さん達は驚いていた。
俺からすれば、この少女も普通の人間ではないものの、この世界では一般的な種族の一人だと思っていたのだが、二人の反応からするとどうやら違うらしい。
「(魔族……? この子が? 創作の中の魔族って、あまり良いイメージの種族じゃないよな……。でも、この子からはそんな悪い印象は感じられないし……)」
紫銀さんは彼女の事を「魔族」と呼称したが、どうにも思っていた魔族とは印象が異なる。
幼い女の子だからというのもあるかもしれないが、この少女が人を害する様には到底思えない。
紫銀さんやジェラルドさんも驚いてはいるが、だからといって少女を嫌悪する様子も見られないし、やはり悪人というわけではないのだろう。
「その、魔族っていうと?」
「レドリア大陸の外から稀にやってくる異種族の方達です。そうですね……簡単に言うと、私達とは異なる少し特殊な身体構造をしており、魔法関連の技術に長けていると言われています」
「魔法に特化した種族、か。そんな人達も居るんだな」
「ユーゴ様も、レドリア大陸外からいらっしゃった様ですが、魔族の方々の事は御存じないのですね」
「あ、あぁ。俺が居たのは小さな島国だったし、そういう人達との交流は無かったんだよ」
紫銀さんからの問い掛けに少し慌てて答えつつ、そういえば自分の素性について未だに詳しい話が出来ていなかった事を思い出す。
ここまでの間、嘘こそ吐いていないのだが、やはり多少誤魔化して話している事には少し罪悪感があった。
「でも、じゃあそんな君が、なんで俺なんかに付いてきたんだ? 今の所、接点らしい物は全く見当たらない気がするんだけど」
俺は細かく追求される前に話を元の路線に戻す。
そもそも今はこのシャイラという少女に話を聞くのが先である。
すると少女は俺のすぐ傍まで近寄り――。
「……服」
無表情のまま、俺の服の裾を掴んで一言そう呟いた。
「……ふく?」
「ん。未見繊維。紡糸不可。縫製均一、未見。技術的興味。(ん。見た事が無い繊維。普通の紡糸では作れない。縫製も、これほど縫い目が均一になってる物は見た事が無い。どうやって出来ているのか、技術的に興味深い)」
「えぇ~っと……?」
抽象的な単語が立て続けに飛び出してきて一瞬パニックになるが、落ち着いて一つづつ意味を噛みしめて理解する。
「――つまり、俺の着ている服が珍しくて興味を持った……ってこと?」
「ん。そう」
少女はコクリと頷いて肯定する。
「拝見希望、未知の言語、願えず。(じっくり見せて貰いたかったけど知らない言葉を使ってたから御願い出来なかった)」
「そうこうしている内に、ユーゴ様が移動し始めてしまったので、仕方なく付いてきた……という事だったのですね」
『なんともまぁ……こんな小さいのに技術者魂に溢れた嬢ちゃんだな』
「それほどでも。(それほどでも)」
錬金術師がどういう活動をするものなのかは分からないが、珍しい素材には興味を示さずにはいられない人達である事は確かだろう。
俺の着ている服……というよりも、化学繊維自体がこの世界の技術力では作れない物なのだとしたら、興味を持たれるのも仕方がない。
「なるほどね。なんというか、俺が知らない内に気分を害する様な事でもしちゃって付け狙われてたとか、そんな事じゃなくて良かったよ」
「む。否定。(む。そんな事はしない)」
「はは、分かってるよ。でも、こんなに若い時のに錬金術師とだなんて凄い――」
そこまで話して、俺はふと気が付いた。
「――ちょっと待った。シャイラ……ちゃんは魔族なんだよな?」
「名、呼び捨て、許可。(名前は呼び捨てで構わない)」
「分かった、じゃあシャイラな。それで、君は魔法が得意な魔族であり錬金術師でもあるんだよな それって……」
俺は話しながら紫銀さんの方へ目戦を向ける。
すると彼女は俺の言わんとしている事が既に分かっている様子で、すぐさま反応し答えてくれる。
「魔道具技師に必要な技術を持っている、という事になりますね」
紫銀さんから聞いていた魔道具技師になる為の前提条件は、魔法と錬金術の二つの知識を持ち合わせている事だった。
つまり、シャイラはその条件を満たしている。
「? 技師、捜索?(? 魔道具技師を探していたの?)」
「はい。少々込み入った事情がありまして……」
こうして、紫銀さんからシャイラにこれまでの経緯を伝えてもらう事になった。
俺が保護・事情聴取の為にジェラルドさんに同行している事は勿論、現状通訳してくれている紫銀さんとは、立場上、この旅程が終わり次第別れてしまう予定である事等、事細かに説明していく。
「――と、こんな所でしょうか。事情聴取を抜きにしても、このままではユーゴ様が今後不便でしょうし、なんとか私が同行している間に翻訳魔法を付与した魔道具を製作出来ればと」
「ん、理解。(ん、そういう事だったか)」
一通りの説明が終わり、シャイラは納得した様子で頷いた。
「シャイラ様、差し支えなければ御答え頂きたいのですが、貴方様は魔道具製作の経験はおありでしょうか?」
『ふむ、魔族で錬金術が使えるといっても、技師の技術があるとは限らんからな』
技師になる為の条件を満たしているからといって、実際に魔道具作りの経験があるとは限らない。
それでも、「もしかしたら」という期待を抱かずにはいられなかった俺は、シャイラの答えを固唾を呑んで見守った。
「ある。現役。(ある。というより、魔道具なら現役で作って売ってる)」
「おぉ、本当に!?」
「副業。良収入。(本業ではないけど、良いお金になるから)」
目の前の少女から求めていた返答を受けた俺は歓喜する。
しかし、まだ彼女が俺達の要望を引き受けてくれると決まったわけではない。
すぐに真剣な表情に戻して紫銀さんと顔を見合わせ、お互いに頷く。
「もし宜しければ、翻訳の魔道具の作成に御助力頂けないでしょうか? 私一人では、どうしても間に合いそうにありませんので……」
『一応、危険請負人協会から経費が出る筈だ。多くは無いが、謝礼も出そう』
「ん……条件。(ん……良いけど、条件がある)」
「じ、条件?」
「どういった条件でしょうか」
俺達の問いを受けたシャイラは、再度、俺の服の端を掴んでくる。
「服、研究、提供。(その服、研究用に欲しいから譲って貰いたい)」
「あ~……服を研究用に提供しろと?」
予想はしていたが、どうやら俺の服が欲しい様だ。
正直、そのくらいで言語問題が片付くのであれば全然構わないのだが、他に着る服を持っていない。
市場を回っている最中に服屋も見掛けたが、そこで代わりの服を調達出来るだろうか。
この世界の服の値段が分からないが、最悪ジェラルドさんにお金を借りてでも入手するべきだろう。
人のお金を当てにしたくはないが、今後の事を考えればなりふり構ってなどいられない。
多分、その辺りはジェラルドさんとしても賛同はしてくれるとは思う。
「渡すのは構わないけど、替えの服が無いんだ。だから、市場で代わりの服を買ってからになるんだけど、それでも良ければ」
「了」
「ありがとう! それじゃあ、この服が俺からの報酬って事で!」
交渉が終わり、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「ユーゴ様、宜しかったのですか?」
「服を渡すくらいで、一番の問題である言葉の壁が解決出来るなら安いもんだよ。高価な物でもなければ、そこまで思い入れがある服ってわけでもないしさ」
紫銀さんが自分の持ち物を手放す選択をした俺の事を心配する様に声を掛けてくれる。
だが、俺としては最大の障害と言っても過言ではなかったこの問題が、この程度の負担で解決出来るのであればむしろ有難いくらいだ。
これでとりあえず目先の問題は一通り解決出来るだろう。
「よし、そうと決まればもう一度市場に……」
勢いよく立ち上がり、早速代わりの服を調達しに向かおうと思ったのだが。
ぐうぅぅぅ~~
馬車の中、盛大に鳴る大きな腹の音。
一瞬、俺が目覚めた洞窟での事を思い出したが、今回は俺の腹から出た音ではない。
「……空腹。(……お腹空いた)」
お腹をさすりながら、そう呟くシャイラ。
先程から表情の変化に乏しかった彼女だが、ここにきて初めて変化を見せた。
さながらショボーンという擬音が似合いそうな顔である。
「そういえば、もう昼前だったな……。うん、シャイラの分も作るから、先に昼食にしようか」
俺はしゃがんでシャイラに向かってそう申し出た。
「ん、食事提供、可?(ん、私の分の食事まで用意して貰って良いの?)」
「当たり前だろ? 協力してくれるっていうんだから、このくらいの事はやらせてくれよ」
「ふふ、ユーゴ様の御料理はとても美味しいですよ」
『あぁ。それは俺も保障しよう。どうせ暫く同行して貰う事になるだろうし、遠慮せずに食っていくと良い』
俺の言葉に同調する様に、紫銀さんやジェラルドさんもそう話す。
それを聞いた錬金術師の少女は、少しだけ考えた後。
「――ん。食べる」
ほんの少しだけ頬を緩ませてそう答えた。
表情の変化や感情の起伏が少ないからか、シャイラは見た目は幼いのに何処か大人びた雰囲気も感じる。
その所為もあってか、錬金術師と聞いても不思議とすぐに受け入れられたのだが、やはり彼女も年相応の女の子なのだと認識させられた。
「(魔法が得意な種族だか何だか分からないけど、こんな幼い子に俺の都合で面倒を押し付けるんだ。せめて出来る限りの礼は尽くさないとな!)」
より一層気合を入れて食事を作る事を心に決めて、俺は厨房に向かった。