第3話 「倍返しっ!!」
(ううん。そんなことないわ)
くじけそうになった心を無理矢理グイっと持ち上げる。
過ちを知ってるからこそ、次こそは失敗しない。
私を捨ててくディオン公子!?
上等じゃない。
大公家に生まれた責任を自覚しないような男、こちらから願い下げだわ。私から、あんなヤツ、捨ててやるのよ。
貴賤結婚!? ロマンス小説のような恋⁉
勝手にやってればいいじゃない。
こっちは、そんなの関係ないって感じでやらせてもらうわよ。
そうね。レオナルト公子と、それこそラッブラブな関係になってさ。「ざまぁっ‼」って言えるぐらいの幸せをつかんでやるのよ。
ラッキーなことに、レオナルトもイケメンだし。ディオンみたいに、己の責務を忘れて、どうにかなるってキャラじゃなさそうだし。
いつかきっと。
「きみとの婚約破棄は間違いだった。許してくれ、エセル」
なんてセリフをディオン公子に吐かせてやるのよ!! 目に涙いっぱいためてさ。哀れっぽく泣かせてやるの。
そして、そんなヤツを、「知らないわっ。ゴメンあそばせ」ってかんじで見捨ててやるのよ。
そうよ。そのためのレオナルトとのラブラブ作戦よ。
(よしっ!!)
そうとなれば、「善は急げ」よ。
レオナルトと、仲良くなるためにも、彼と積極的に会わなくちゃ。
結婚が決まってるからって、それに安穏としてちゃダメなのよ。
彼を愛して、彼に愛される。
それが大事なんだから。
婚約破棄のショックでしばらく部屋に籠りがちだったけど、ここは気合いを入れて彼に会いに行こう。
「ラウラ、マルガ。ちょっと今日は気合いを入れたいの。お願い」
そう言って、ルティアナから連れてきていた侍女二人に、ドレスとか身づくろいを頼む。
いつまでも、泣いてしょぼくれてる場合じゃない。
最高にキラキラしい私になって、レオナルトに会いに行かなくちっちゃ。
幸いにも、前世よりもずっとキレイな容姿を手に入れている。
けぶるような金色の髪。湖水のように澄んだ瞳。
姫という立場上、日焼けなんてしたことない肌。爪先まで手入れされた、細い指。
ちょっと目じりが吊り上がってて、少しキツイ印象がないわけでもないけど、それでも、完ぺきなまでのお姫さまに仕上がる。
ドレスも、瞳に合わせて、ブルーのグラデーションがキレイなもの。ちょっと彩度の高い色目だけど、上から重なる繊細な感じの白いレース生地がそれを和らげてくれている。
うん、よしっ。
「おかしなところ、ないかしら」
一応、自分でも鏡で確認したけど、二人にも感想を求める。
「問題ありませんわ」
「いつも通りの美しさですわ」
仕える主への称賛だから、何割か差し引いて聞いたほうがいいのかもしれないけど。
さあ、勝負はこれからよ。
まずは何より、レオナルト公子と、大恋愛を繰り広げなきゃ、だもんね。
うっしゃあっ…‼
気合いを入れて、立ち上がる。
コンコン……。
ちょうどそのタイミングで、ドアがノックされる。
誰…⁉
と思う間もなく、ラウラが開いた扉から顔をのぞかせたのは、なんとレオナルト本人。
「少し、話がしたいんだが…」
いつも通りの朴訥とした言葉。ズカズカと無遠慮に部屋に入ってくる、なんてことはしない。あくまで、廊下から、遠慮がちに声をかけてくる。
もっとグイグイきてもいいのに。
女性の部屋に入るのをためらうあたり、彼らしい対応だった。
「わたくしも、お会いしたいと思っておりましたのよ」
さあ、どうぞと部屋に案内する。こちらから攻めなくても、むこうから来てくれるとは。
一瞬、戸惑ったような表情を見せながら、レオナルトが部屋に入ってきた。
長椅子を薦め、私もその向かい側に腰を下ろす。
対面して座ったものの、レオナルトはすぐに話を切り出さなかった。指を組み、視線をそらしてる。どう話したらいいのか、まだ迷っているような様子だった。
待つことしばらく。
「レオナルトさま」
我慢できなくなって、声をかける。
「あ、ああ。すまない」
ようやくレオナルトがこちらを見た。
「きみに言いたいことがあったんだ」
「言いたいこと!?」
「まずは、兄が、その…。あんなことを突然言い出して…」
「ああ」
そのこと。
「本当に申し訳ない。きみは何も悪くないのに、きみの名誉と心を傷つけた」
レオナルトが、最大限、頭を下げる。
「あのような奔放な兄だから、赦してほしいとは言わないが、謝罪だけはさせてほしい」
そんな。レオナルトのせいじゃないのに。悪いのは、ディオンでしょ。
謝るべきはディオンであって、レオナルトじゃない。
「気になさらないでください、レオナルトさま」
本音で彼に告げる。
ディオンがこうやって頭を下げても許す気はないけど、レオナルトだから、逆にこっちが申し訳ない気分になってくる。
「それと、この婚約だが…」
頭を上げたレオナルトが言った。
「きみが望まないのなら、いつでも破棄してもらっても構わない。国家のつながりは大切だが、女性として納得いかない部分もあるだろう。きみの気持ちが整理できるまで待つつもりだが、もし気に入らないのなら…」
「いいえ。わたくし、破棄するつもりは毛頭ありませんわ」
彼の言葉に被せるように、キッパリ言い放つ。
「国の決めたことではありますが、それよりも、わたくし、アナタのような方に嫁げることを喜ばしく思っておりますの」
「エセル…」
「わたくしをここまで慮ってくださる方を夫にできるなら、きっと、わたくし、今以上に幸せになれますわ」
そうよ。
幸せになって、「ざまぁっ‼」するんだから。
それに、ここまで責任感の強そうなレオナルトに、イヤな印象はない。どちらかというと、同属の匂いがする。
生真面目。お人よし。うぶで一途。
前世の私、そっくり。
なら、彼を攻略する手立てもわかるってもんよ。前世でやられたようなことをやればいいだけだもんね。
「もちろん、レオナルトさまが、わたくしを嫌っておられるのでしたら、身を引きますけれど」
そっと、彼の手を取る。少し潤んだ目で、その澄んだ黒い瞳を覗きこむ。
兄弟そろって捨てられたら悲しいですわ、アピール。
「そんなことはない。僕は、きみを嫌ってなどいない」
プイッと視線を外される。その横顔、真っ赤っか。
うわ、チョロい。
ホントにこれで同い年なの!?と聞きたくなるぐらいウブだわ。
「では、よろしくお願いいたしますね、レオナルトさま」
ニッコリと微笑んで、彼の手を離す。
「ああ」
頷いた彼は、視線を戻さないけれど。耳まで赤くなってる様子に、手ごたえを感じる。
よし、まずは第一段階、成功。