表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年はいずれNになる  作者: 猫飯
控えめな誕生
3/137

「水商売ってなんですか。水を売るんですか」


 ジュースにした方がいいです、と真剣な無表情で忠告してくれる大介に、鯨は痛むこめかみを押さえた。


 更に大介が、「そういえばさっき入った店では、イケメンなお兄さんに囲まれてごはんを食べました。びっくりするくらい高かったので、夕飯代として持ってきてた五百円じゃ、全然足りませんでした。それで、イケメンのお兄さんの提案で、ツケというやつにしてもらいました。水商売ってことは、あれは俺が頼んだ水がすごく高かったんですか」なんて付け足したので、眩暈を起こしそうになる。


 あとで店の名前を聞いて、厳重注意をしに行かねばならない。勿論、ツケの撤回もさせるべきだろう。ほぼ間違いなく大介は騙されているだろうし、そうでなかったとしても、見るからに未成年な彼を相手に接客したのだから、落ち度は店の方にある。


「おまわりさん、ここの水はそんなに高いんですか」


 まだボケたことを言っている大介に、「そういうわけじゃないよ」と簡潔に答えながら、鯨は考える。とにかく、彼を保護するところから始めた方がよさそうだ。近くに同期や先輩が在中している交番がある。そこに連れていくことにして、鯨は笑みを浮かべた。


「とりあえず、大介君」


「ん」


「まずは交番に行こう。自転車で来てるんだったよな? 一緒に取りに行こうか」


「自転車は、夜ごはんを食べてる間に盗まれました。鍵をつけっぱなしにしてしまったから」


「…………それなら、あとで盗難届を出そうな」


「お願いします」


 ぺこりと頭を下げた大介に乾いた笑い声を立てながら、鯨は自身の自転車を押して大介の隣を歩いた。大介はひたすら無表情で、とことことついてくる。


「……それにしても、本当によくここまで自転車で来たな」


「頑張りました」


「頑張りすぎだよ。サーカス代があるなら、電車代も出せばよかったのに」


「足りませんでした。ギリギリ三十円」


「三十円なら、友達とかご両親に借りればよかったんじゃないか?」


「親も友達もいません。お姉ちゃんと二人暮らしです」


 冗談かと思ったが、大介は真面目な顔をしている。なんだかまずい話を振ってしまった気がして、鯨は「た、大変そうだな」なんて曖昧な相槌を打った。大介も、それ以上何も言わない。しかし、見知らぬ土地で迷子になって不安で口数が少ない――なんてことではなさそうだ。むしろ、興味深そうにあたりをきょろきょろと見回している。


 鯨は、適当に雑談を振りながら進んでいった。しばらく歩くと、前方にいた女性の集団が目についた。キャバクラの前でたむろして、やかましい笑い声をたてている。鯨が頬をひきつらせると同時に、女達がふとこちらを見た。大きく胸元の開いたワンピースを着た一人の女性は、くすんだ金の髪を揺らしながら寄って来る。


「鯨じゃん。お仕事ご苦労様」


 鯨は笑みを返しながら、内心困惑した。別に彼女らが嫌いなわけではないが、今声をかけられるのはあまり嬉しくない。眉を下げてちらと大介を見れば、彼は黙って一歩引いていた。つけまつげをバサバサとさせて、魔女のように長い爪を装着した彼女らの姿は、大介に警戒心しか与えなかったようだ。


 一方、大介に気付いた女性達は、パッと顔を明るくする。


「やだ、見て、なんか子供がいる」


「ほんとだ、なんかいかにも田舎の子って感じ。何も知らなさそう」


「何、鯨の隠し子?」


 キャッキャと騒ぎながら、彼女らは大介を取り囲もうとした。鯨は溜息をついて大介を背中に隠してやりながら、「違ェよ」と言い返す。


「あのな、どう考えても年齢がおかしいだろ」


「そんなこと言って、鯨の子なんでしょ? 大丈夫だよ、ウチら口固いから」


「どこがだよ。ていうか、この子は迷子なんだ。あんまりこの辺に慣れてないから、変に絡むな」


「え、迷子なの? こんなところに?」


「へえ、可哀相」


「てか、ウチら別に変に絡んでねえし!」


 げらげらと笑いながらも、彼女らは一歩引く。その瞳はまだ、品定めするかのように大介に向けられていた。鯨は、その大柄な体躯でもって、改めて大介を背中に隠してやる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ