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「おまわりさん」
「何だ?」
「俺、迷子です」
え? と鯨は面食らった。少年は驚いた様子の鯨を気にすることもなく、ただ無表情で淡々と尋ねる。
「俺の家はどこですか」
鯨は困惑した。どこだと言われても、まだ相手の住所も聞いていないし、それどころか名前も解らないのだ。
とにかく話を聞こうと鯨は口を開きかけた。しかしそれよりも早く、少年の方がまた喋りだす。
「あ。そういえば」
「ん?」
「名刺があります」
少年は、自身の制服の胸ポケットをもたもたと漁ると、一枚の紙を取り出した。見れば、学生証だった。名刺じゃねえじゃんと思いながらも、とりあえず中身を確認する。そして、ぎょっとした。
「春日中学校!?」
春日中学校とは、日本でも名を知らない者はいないといわれる程の進学校だった。非常に偏差値が高く、入学試験の難易度も異様だと言われている。そこにいる生徒は皆、それに相応しい就職先へ進むともっぱらの評判だ。
しかし、鯨が驚いたのは、それが理由ではない。春日中学校は、ここから数十キロ離れたところにあるのだ。学生証に記されている少年の住所も、当然その近辺だ。一体どうやって、こんな治安の悪い繁華街まで来たのだろうか。
「ええと……三原大介君?」
学生証にある名前を読み上げると、少年――大介はこくりと頷いた。
「この住所、ここから随分遠いんだけど……電車か何かで来たのか?」
「電車じゃないです」
「じゃあどうやって? 車で送ってもらったとか?」
「違います。自転車です」
「じっ、自転車ァ!?」
今度こそ本気で驚いて、鯨は大介を穴があく程見つめた。どこからどうみても平凡な容姿をした子供だ。この彼が、数十キロに及ぶ道を自転車で来たのだろうか。
失礼だとは思いつつも、鯨はまじまじと大介を見つめた。しかし大介に、それを不快に思う様子はない。
「今日は昼から、ここのあたりにある大きい会館で、犬が出てくるサーカスをやってました。その情報を仕入れた俺は、朝の四時くらいから用意して、自転車でここまで来ました。ちょっと迷って、色んな人に道を聞いて、なんとか着きました。
それでサーカスをみて、夕方くらいになりました。俺は、ご飯を食べてから帰ろうと思って、自転車でご飯屋さんを探しました。そしたら、このあたり一帯がピカピカ光ってたから、多分店があるだろうと思って入りました。
それで、何かご飯が美味しそうな店があったので、そこに行きました」
鯨はぎょっとした。
「こ、このへんの店に入ったのか!」
「入りました」
「このあたりの繁華街に子供が入ったら危ないんだよ……! 」
鯨は頭を抱えたくなった。パトロールは頻繁に行っているが、だからといってここが安全かといわれれば、そんなことはない。むしろ、パトロールを何度もしなければならないような地域だと言った方が正しい。暴力で人を押し退けるような振る舞いが横行しているのだ。中学生が一人でうろついて良い場所ではなかった。
「なんで来ちゃったんだよ。見るからに悪そうな雰囲気だろ。水商売の店も多いし……」




