第8話
「世界政府からフェイを守る?」
カルムの言葉をソウガは反芻した。それをそのまま信じるならば、フェイは世界政府に攫われていたということになる。それは装甲車両でフェイにあった時に意図的にとは言え、拘束されていたことからも分かることだった。しかし、それはおかしいとすぐに疑問が浮かんできた。
世界政府に攫われたという割には、それに所属しているジェットを信頼している様であるし、さっきの高速路では、真っ先に彼に助けを求めていた。さらに、フェイは逃げようと思えば、あんな簡易な拘束具は、その力で簡単に破壊出来た筈だ。
どうにも、納得いかないことばかりだったが、それはフェイやジェットに尋ねればいいことだと割り切って考えることにして、今はそれよりも、彼らの正体と目的を知るのが先だと思い、話を進めることにした。
「守るって言う割には、さっきからずいぶんと物騒なことに巻き込んでいるよな?高速路崩壊の時も、俺が助けなければどうなっていたことか…だけどそっちにも言い分があるんだろ?それだけは聴いてやるよ」
理不尽な暴力を嫌うソウガは、怒りを抑えてカルムを睨みながらも話を聞く構えを見せた。
ソウガが真力を弱めたことでカルムは構えていた二丁銃を下ろし、先に相手に武装を解かせた非礼を詫びたのか、話を聞いてくれることへの感謝故か軽くお辞儀をしてから、珍しいライトグリーンのリップを差した小さな唇を開いた。
「私はカルム。隣にいるのがデランよ。不滅の魂って聞いたことあるでしょ?私たちはそのメンバーで、組織の重要保護対象であるシィー…つまりその娘の奪還作戦の任務を受けて、今までその捜索にあたっていたの。
高速路では確かに危険な目に遭わせてしまったけど、万一の場合を想定した備えはしていたわ。でも、相手は世界政府だから強硬策しかなかったの」
僅かな膨らみのある胸の間に手を置いて、自分たちの正体を明かすカルムを、ソウガは黙ってじっと見つめていた。
彼女の目は嘘を言っている様には見えなかったし、何より、自分の事をわかって欲しいという気持ちがソウガには伝わって来たような気がした。
「そうか…俺の名はソウガだ。この街の近くに住んでいる。偶然、高速路の崩壊現場に居合わせて、居ても立っても居られずに彼女を助けたんだ」
「そう。ソウガっていうのね、シィーを助けてくれてありがとう。組織に代わって礼を言わせてもらうわ」
カルムはそう言って、今度は深々とお辞儀をした。それを見て、デランも戸惑った様子でソウガに向かって僅かに首を縦に振ってきた。
「いや、本当に偶然通りかかっただけだから礼なんていらない、それより…」
先ほどのピエロや目の前のデランとは違い、話が通じそうな相手が現れたことでソウガは少しその緊張を弱めることができた。向う見ずな性格ではあるけれど、〈このままでは世界政府と不滅の魂の抗争に巻き込まれてしまうなぁ〉と内心で不安を抱いていたからだ。
勿論、今抱えている少女の命が危険にさらされる様であれば、彼は全力でそれを阻止するだろう。しかし、彼女を安全に保護してくれるのであれば、それが世間一般の常識でいうところの、正義(世界政府)と悪(不滅の魂)どちらだとしても引き渡すのに抵抗はなかった。
故に、ソウガは目の前にいる二人が所属する不滅の魂という得体の知れない組織に、この少女を預けて良いか見極めるべく、カルムと交渉することにしたのだった。
「質問してもいいか?」
「ええ」
カルムが軽く頷く。
「まず、俺が今抱えているこの子の名前は、フェイじゃないのか?」
まさか、〈人違いでした〉なんてことはないだろうから先にそこを明らかにしたかった。
「そうね…彼女の本当の名はシィーよ。ただね、彼女はここ3年間行方不明だったの。フェイはその間に名乗っていた名前かもしれないわね。でも、彼女がシィーであることは間違いないわ」
「なるほど…それじゃあ、どうして彼女を保護するのか教えてくれないか?」
「シィーが不滅の魂にとってなくてはならない存在だからよ。世界政府は彼女が私たちのもとに戻らないようにするために、いずれは彼女を処刑するでしょうね」
「処刑だって?」
一般常識から考えて、おそらく自分たちを誤解しているだろうソウガに対し、カルムは全ての事を嘘偽り無く話すべきだと思ったが、不滅の魂におけるシィーの処遇については伏せておくことにした。
もし、彼が事実を知ったならば、間違いなく引渡しに応じないだろうと容易に想像できたからだ
先ほどの僅かな戦闘からしてみても、この少年が恐ろしく強大な力を持っていることが伺えた。現状、この場で彼に対抗できる手段はない。どうしたら穏便にシィーを返してもらえるか、計算した末の隠蔽だった。
自分が隠していることが、残酷なことであることは理解していた。
だけど、〈世界政府に無残に殺されるよりは、不滅の魂の中で永遠に生き続けるほうがいいに決まってる…〉と、自己の任務に無理やりな正義を付与させて、カルムは決然として言った
「私たちはシィーを必要としているし、その身の安全を確保できるだけの力があるわ。だから、シィーを私たちに返して」
強い意思が込められた深緑の瞳は、相手の拒絶を許さない鋭さがあった。それに見据えられてソウガは、しかし、こちらも悠然とした様子のまま、その黒い瞳でしっかり相手を見据えて即答した。
「悪いけど、俺がその願いを受け入れることはない。さっきも言っただろ?人に上下はないんだ。そして、自分で決められないほど幼くもない。だから、決めるのは俺ではなくフェイだ」
【 独善 】
人助けをする者にとって、時に害悪となるそれを、俺は爺さんから強く戒められてきた…
あれは、基礎鍛錬を終えて本格的な修行に入る直前のことだった。突然、爺さんは修行に入る前に、お前の決意を聞かせて欲しいと尋ねてきた。
そこで俺は、〈大切なモノを守れる力が欲しい。そのためならどんな辛い修行にだって耐え抜いてみせる〉と、決然と答えた。すると、爺さんは、〈大切なモノ?大切なモノとはなんだ?〉と返してきた、そこで俺は少し考えてから〈困っている人や好きな人だ〉と答えた。
そしたら、爺さんはニヤニヤと凶悪な笑みを浮かべながら語りだした。
〈人を守るというが、おせっかいも度が過ぎれば相手の人生を狂わしてしまうものだ。お前にその責任が負えるのか?負えると思うなら、お前は勘違いも甚だしい大馬鹿者だ。
よいか、ソウガ、この広い世界に比べたら、我々人類なんぞ塵芥に過ぎぬのだ。我々が殺し合って滅んだとしても、この世界には何の影響もない。
我々が存在する理由、それは、喜怒哀楽、そして、生と死というこの世界の恵みを享受するためだけにある。どんなに貧しくとも、どんなに金持ちであろうとも、どんなに力を持とうが力を持つまいが、これらの恵みは誰もが、この世界で生きとし生けるものすべてが受けることができる。故に我々は平等なのだ。
平等である以上は互いを尊重せねばならん。
だがしかし、それが理解は出来ても、納得できずに、人より優位に立とうとする輩は後を絶たない。
ソウガよ、お前は、そんな輩の理不尽な暴力から虐げられし人々を守ることができるか?強大な力によって抑圧された人々を解放する気骨はあるか?世界中を敵に回したとしても一人の不幸な子を救う覚悟はあるのか?〉〉
よくわからない話の後に、そう尋ねられた。俺は〈世界なんて見て回ったことが無いからわからないけど、その人に命の危険がないなら、その人の意思を尊重して行動するよ〉と、そう誓いを立てたんだ。
そのあと、爺さんは大いに笑って俺をボコボコにしてくれた…
真力に覚醒した今思い返してみても、本当にとんでもない修行だったと思う。でも、だからこそ、あの時誓った〈人の意思を尊重して行動する〉ことは絶対に曲げられない俺の信条になった。
そして今現在、如何にも信用できそうな人の説得を受けた俺は、それでも誓いに従ってフェイの意思を汲むことを優先したんだ。
「…そう…」
ソウガの即答を聞き、絶句していたカルムがようやくそう呟いたが、それからは俯いたまま何か話すことはなかった。フェイの引渡しに応じてもらえなかったことで、彼女たちは手詰まりとなったからだろう。血気盛んなはずのデランも、決め手を簡単に裁かれた手前、その腕に真力を纏わせるにとどめて、カルムとソウガの間に立ちはだかる形でソウガの様子をずっとうかがっている。
一方、ソウガは独断での引渡しを断った以上、フェイが起きるのを待つことにして、なかなか目覚めないフェイが気になり顔を覗いた。そこまで重症ではなかったはずだが、もしかしたら、治療がキツすぎたのかもしれない…そう思ったが、
光源が豊かになったことで、その均整のとれた美しい顔も鮮明に見え、顔色も脈も元通りとなっていた事で安心する。
もうしばらくすれば起きるだろうと判断し、床に寝かすわけにはいかないので、両手で抱えたままにした。
そして、フェイが起きるのを待っている間に少しでも情報を得ようと、ずっと黙ったままのカルムに話しかけようとした。しかし、その顔は凍りついたように固まっていて、思わず話しかけるのを躊躇ってしまった。
この時、ソウガは目の前の二人の実力を図って、今のところは自分たちに命の危険はないと判断していた。
決して油断していたわけではなかった。普通、自分を害そうとする者ならば、僅かながらでも殺気を放つものだ。不意打ちは最も警戒すべきものであり、ソウガも修練を積んで、殺気は敏感に察知できるはずだった。しかし、その違和感を最初に捉えたのは聴覚だった。ハッと気付いて誰も居ないはずの後方を振り向く。
それは目前に迫っていた。
-ヒュンヒュンヒュン-
と風を切る音と共に暗闇から現れたのは高速回転しながら飛来する巨大な斧だった。
「なっ!」
真力剣で切り払っても、おそらくその破片とはいえない程の物量が体に当たると判断して、躱そうとするも、躱せばカルムやデランに直撃すると感じたため、咄嗟にフェイの体を右腕に預け、左手に白い光の真力を纏わせて、斧の刃の部分を掴んで止めようとした。
しかし、不意をつかれたことと、防御行動に一時の迷いが生じたため、予想以上に刃の回転を許してしまい、その左手を大きく傷つけ、しかも、その物量でソウガの体を3mほど押し込んだ。
「だれだ!?」
不意の攻撃をなんとか堪え切ったソウガは暗闇に向かって叫んだ、その左手は人差し指の付け根の骨が砕かれ少なくない血が、未だに掴んだままの斧を伝って滴り落ちていて、斧を受け止めた反動で、左腕は麻痺している。
-ダンッ、 ダンッ、 ダンッ、 ダンッ-
ソウガの叫びに応じることもなく、ゆったりとした足音が地下道に響き渡たり、それはだんだんと大きくなっているように聞こえてきた。全身に寒気が走り、嫌な汗が吹き出てきた。カルムとデランを見ると、その表情に緊張が浮かんでいる。
-ダンッ、 ダンッ、 ダンッ、 ダンッ-
「え?」
急にヘッドライトが点滅し、消えた。ほどなくカルムたちが所持していたライトも消える。しかし、二人に動揺した様子はない。ソウガは慌てて、自身の真力を開放し、強く青い光で視界を回復させた。汗が目に入るのも厭わず、必死に目尻を開けてその足音が聞こえてくる元に意識を注ぐ。
-ダンッ、 ダンッ、 ダンッ、 ダンッ………ダン-
しばらくして足音が止まり、ソウガの青い光に照らされることなく、自身から微弱な緑光出してそれはその全貌を暗闇に浮かべた。
ピエロと同じく、スーツに身を包み、首には、ネクタイの代わりにスカーフを首に巻いていた。ボサボサの髪を肩より少し上で切りそろえ、ほりの深い顔は巌しい岩のような威厳があった。腰には投げるには不向きと思えるほど大きく凶悪な刃を持った斧が4本ぶら下げてある。そして、自らの右腕には、これまた大きな鉞が握られていた。
ただ、一つ違和感があった。それが全く殺気を放ってはいなかったからだ。勿論、ロボットではない、明らかに人間だ。それが殺気も放たず禍々しい武器を揃えて佇んでいる。故にソウガは冷や汗が止まらなかった。
「オーラン様」
カルムが胸に手を当てて、オーランと呼んだ男に対してお辞儀をした。デランも不承不承といった様子でカルムと同じ動作をその男に対して行っている。
「ウム」
ただ一言口にして、オーランは大鉞を両手で持ちなおすと、体を捻って大鉞を右に振り、そのままソウガに向かって突進してきた。
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先月は3回しか投稿できませんでした。今月は4回目指して頑張ります。