第10話
よろしくお願いします。
かつて、人類が空を制していた時代があった。科学技術の粋を駆使し、飛行機やロケット或いは人が空を自由に飛び回っていた時代があった。しかし、僅か数世紀の間にその時代は唐突に終りを迎える。第3次世界大戦の末期、亡国が発動させた無制限撃墜作戦の結果、対空ミサイルを搭載した人口衛生の打ち上げ及び空中機雷の散布、加えて環境変動により多発するようになった乱気流や磁気嵐により、それは再び鳥類のものとなった。
全く飛行できないというわけではない、空中機雷の動力源は太陽光によって自給されているため、普段は高々度で浮遊しており、感知して追尾してくるまでの数分間なら飛行ができるだろう。また、地上から高度1000m未満であれば長時間航行しない限りは接近してこないと言われているが、実際明確な基準があるわけでもなく、数件の撃墜例があるため、敢えて挑戦しようとする命知らずはごく少数に限られるということだ。
このような経緯から、空輸が出来無くなった事によって、ここ数十年間は移動や物資の輸送に列車や船が利用され発展してきた。特に軍事目的においてはホバー式の船舶や超高速輸送艦が採用され、それらは従来の海上移動の常識を覆すほどの速さでその任務を完遂させていた。例えば従来は2日かかっていたアジア域からキョクトウ域間の最短移動時間が、現在では10時間程度で移動ができるようになっている。
そして、この時、タシローは勿論、ラゴスでさえこの常識は覆らないと思っていた。
不滅の魂キョクトウ本部会議室で居眠りしていたタシローは警報によって目を覚ました。
「…何事だ?」
カッと目を開いたタシローは、いつの間にか会議室に居たセリアに状況を確認する。
「副総帥、維持軍に動きがありました。キョクトウ域の全基地より装甲車両が出撃し、我々の拠点に向かっています」
モニターをみて状況を冷静に分析したセリアがありのままを報告する。
「そうか…早めに動いてきたという訳だな…よろしい、彼我の戦力差に問題はないかな?」
先程まで、居眠りしていたとは思えないほどタシローの頭は冴えているようで、突然の維持軍の動きにも動揺することなく落ち着いて対応しようとする。
「はい。もともと戦力はS級を除いても拮抗しており、各支部には、前もって通達しておりますので、迎撃態勢に問題はありません。本部についてですが、こちらには維持軍戦力の大半が投入されてくると予測されますが、今回の作戦にはキョクトウ本部に所属する者の中でも、特に非戦闘向きの真力使いを中心に構成しておりましたので、戦力は低下していません。さらにフリードリヒ卿がついている以上、万全を期しています」
「うむ。準備万端というわけだな…結構!」
報告を聞き、部下たちの抜かりの無い備えに満足したタシローは、勢いよく立ち上がると、声を張ってキョクトウ域に所属する不滅の魂の全構成員向けて指令を出した。
「キョクトウ域全構成員に伝達する。諸君、今回は時間との戦いである。維持軍との戦闘が長引けば、他域の介入を招き、一朝一夕には終わらない規模の戦争に発展してしまうだろう。タイムリミットは5時間だ。それまでにキョクトウ域の全基地を制圧し、電撃の如き疾さでこの域を我等が不滅の魂の下にひとつにまとめよう!作戦名はずばり【聖雷作戦】だ。諸君らの獅子奮迅の活躍を期待する。以上!」
放送を終えると、ドカッと椅子に座り、息を吐いた。セリアがモニターから離れタシローの座る椅子のすぐ横に立つ。二人は同時に右手を斜め上に挙げ声を揃えた。
「「ソウゥ〜ル・イン!!!」」
すると、その声に反応してタシローの頭上にある天井が開き、彼が座る席を中心とした円形の床が浮き上がりそのまま上の階層に移動する。移動した先は360度全面がモニターとなった通称・作戦指揮室と言われる円形の部屋で、既にアシスタントが何人も配置されており、指揮官となるタシローを待っていた。
「お待ちしておりました。副総帥!」
声をかけてきたのは、タシローよりは若く見える壮年の男で、今回の作戦でセリアとともに副官としてタシローを補助する前キョクトウ本部長・ティムラーだった。
「うむ。よろしく頼む!」
タシローは立ち上がり、ティムラーに手を差し出して二人は固い握手をする。そこに前と現の軋轢などありはしない。なぜなら、ティムラーもまたタシローに心酔する者の一人であったからであり、寧ろ後任としてタシローが就いたことを光栄であるとすら思っていた。
ティムラーとの握手を終えたタシローは、そのまま椅子には座ろうとせず、前面のモニターに向いて仁王立ちとなり腕を組んだ。
遂に、この時が来た…
タシローは、自分が副総帥に再任された本当の意味をずっと考えていた。比較的平穏なこの地域において、たとえ組織の重要保護対象とはいえ、シィー奪還の作戦指揮だけのために任じられるほど、この副総帥という地位は軽くはない。一旦、外されたからにはそれに見合うだけの功績を出さなければ誰も認めてはくれないのだ。しかし、タシローは3年前に外されて以来、不滅堂本店店主という名誉だけの閑職に就かされ何の功績も出してはいなかった。だから、この場合、考えられることはただ一つ、副総帥再任に見合うだけの結果を今から作れということだ。
そして、全権委任というまるで戦時特例のような措置。就任祝いという薄い動機で偶然にもS級が3人もこのキョクトウ域に居るという事実。そして、行方不明だったシィーが見つかりこの地にいるという条件が重なり、世界政府からキョクトウ域を開放することがそれだと確信できた。
3年前、あの事件さえ起こらなければもっと早くに実行できていた作戦…今こそ実現させてみせる。
タシローから満ち溢れる覇気に、彼の羽織る真っ赤な盟のマントがはためき、それをじっと見つめる二人の副官とアシスタントたちは、語り継がれる伝説の男が遂に目覚めたのだと感動に打ち震え、その姿をしっかりと脳裏に刻みつけた。
過去を夢を見ていた…懐かしく、そして悲しい思い出…
「シィー、お前はこんなところに閉じ込められていてはいけない」
「いつか、言っていたね…外の世界が目見てみたいって…おじさんが見せてあげるよ」
「この方がここで君を世話してくれる。大丈夫、私はいつも君のことを見守っているよ」
「フェイ…古き言葉で空を飛ぶという意味がある…束縛から解き放たれたされた今…この名を名乗るがよい…」
「貴様、どうしてここがわかった?」
「うははぁ〜鬼の居ぬ間になんとやら…やっと見つけたぜっ、一緒に来てもらうぜっ?」
「た・・さま…し…ふ・・もうし・け・・ません…」
「どうして…どうして…こんなひどい事をするの?」
「世界の敵であるお前に関わったからだぜぇー」
「でかしたアル。約束通り報酬を渡すアルヨ」
ここは…どこ?
気がつくと、わたしは暗いけど暖かい小さな部屋の寝台の上にいた。
「気がついたかい?」
「きゃっ!…だ、誰?」
暗闇からいきなり声がしたので、 びっくりしてしまい、声をあげてしまった。
「驚かしてしまったかい?すまないねぇ」
落ち着きを取り戻し、声がした方に向かってそっと手を出し、真力を纏わせる。
「ほおお、こりゃたまげた!お前さん真力使いか!」
「はい…」
右手から出る真力の光によって照らし出されたのは、ボロボロの黒ずんだ布のようなもので全身を包んだ老婆のようだった。
「ああ…すまないがその光を抑えてくれないかい?そんなに強い光だと、長年ここで暮らしている私の目にはきつくてねぇ」
「ご、ごめんなさい」
わたしは慌てて真力を抑えた。視界が消えると不安だから完全には消していない
「気しなさんな…どれ…このままではお前さんには不便だろう?少し待ってておくれ…」
老婆はそう言うと、紙の箱のようなものから、細い木の棒を取り出し、その箱の側面に擦ると、瞬時小さな火が起こした。その火を、筒のようなもののなかに入れると、そこに明かりが灯り、強くはないが確かな明るさで周りを照らすようになった。
「あ、ありがとうございます。あの…わたしはどうしてここにいるのでしょうか?ソウガ…さんは…私と一緒にいた男の人を知りませんか?」
「ああ、そうだったねぇ…気を失っているみたいだったからわかるはずもないか…あんたはここに…ソウガ坊ちゃんに運び込まれたんだよ…深手を負ってらっしゃるようで…この私にはどうすることもできなかった…あの坊ちゃんが遅れを取る相手なんて、そうはいないはずなんだけどねぇ…」
「そんな…」
わたしが気を失っている間に、きっと不滅の魂に襲われたに違いない…少しずれてる変な人だったけど優しくて面白い人だったのに…またわたしの所為で失ってしまった…
慣れてしまった事なのに、彼とは僅かな時間しか過ごしていないのに涙が溢れてきた。イヤ、慣れてなんかいないし、僅かな時間でも、彼は命をかけてわたしを守ってくれた。嬉しかった。そんな彼が…
「おや、なぜ泣くんだい?」
震える体を抱え込むようにして蹲る私を見た老婆が、不思議そうに尋ねてきた
「だって…わたしの所為でソウガさんが…深手を負ってどうすることもできなかったって…」
「ああ!ふふ…すまないねぇ、私の言い方が悪かった。心配いらないよ。ソウガ坊ちゃんはちょっとやそっとのことで死にはしないからねぇ」
「え?ええ…」
わたしが老婆の発言にとまどっていると、外から足音が聞こえてきた。そしてすぐに
-コン、コン-
と、ノックする音が聞こえ、返事をするまでもなくソウガさんが入ってきた。上半身は裸で右脇腹と左手に包帯が巻かれている。右脇腹の方は血が滲んで痛々しい。
「やっと目が覚めたんだね。よかった」
そう言って、わたしに向かってにっこりと微笑んできた。わたしは嬉しさでいっぱいになり、ソウガさんに勢いよく抱きついた。
「イテッ」
ソウガさんがとても痛そうな顔をしたが、それよりもこのまま抱きついていたいという気持ちに負けてしまった。
包帯の上からでも分かる程、筋肉質だけど体の線は意外に細いかった。だからその胴体には容易に両腕を回すことができた。
「ちょ、痛いって、しかも、む…ねが当たってるし…心配かけて悪かった。俺は大丈夫だからひとまず離れて!」
切実に懇願するような目をしながらソウガさんがそう言ってきたので、仕方なく離れた。何故か顔が真っ赤になっていて熱でもあるのではないかと心配になる。
「顔…赤い様だけど本当に大丈夫?」
「ああ。全然平気さ」
「ほぉー、坊ちゃんが照れていなさる。娘さん、だいじょうぶだよ。坊ちゃんは恥ずかしがってるだけさ…」
わたしとソウガさんの再会をキョトンとしながら見ていた老婆が、その状況をおもしろがるようにそう言ってくれたので、すこし安心できたけど、やっぱり傷が気になった。
「応急処置してもらったの?」
「ああ。隣の家のマサ爺にしてもらってたんだ」
「となりの家?ここって地下道なんでしょ?」
私が気を失っている間に、いつの間にか地上に出ていたのかな?視界が暗いままだったのでずっと地下にいたんだと思っていた。
「まあ、地下道って言ったら地下道だけど…」
「娘さん、ここはその昔、地下鉄と呼ばれる列車が走っていたトンネルだったんだよ。統一戦争後にその一部を拡張し、こうして人が住めるようにしたのさ。それまでは私らも地上で暮らしていたんんだけどねぇ、戦争のせいで地上が住めなくなってしまったんで、しかたなく、この地下道へと潜り、以来、ここで暮らしているんだよ。」
やっぱりまだ地下にいたんだ…それにしても、こんな所があるなんて不滅の魂ですら知りえないことだと驚いた。ソウガさんもここに住んでいるから知ってたのかな?気になるので聞いてみることにした
「ソウガさんもここに住んでいるの?」
「いや、俺は爺さんに連れられてよくここに来てたんだ」
「坊ちゃんの祖父・イソベエ様は大戦中から本当に良くしてくださった方なんだよ。坊ちゃんもイソベエ様に連れられて幼い頃からよくここに来て私らに声をかけてくださったんだ。」
老婆がソウガさんを見つめ、まるでその向こうに憧れの人を見ているかのように目を細めながら語る。顔を覆っているために表情までは見えないけど。きっと優しい笑を浮かべているかもしれない。
「そうなんですか…」
きっと重たい事情があるんだろう。これ以上の詮索は相手の古傷をこじ開けてしまう暴挙に過ぎないと思って止めにして、ソウガさんの治療をすることにした。
「ソウガさん。その傷見せて。わたしの力で治せるかもしれないから」
「え?そんなこともできるの?やっぱりすごいなフェイは!」
「ううん、ソウガさんには助けて貰ってばかりで…本当にごめんなさい」
私はソウガさんの包帯を外すと、針で縫った跡がある赤黒い裂け目に向かって真力を纏わせた手を当てた。
「優しい光だね…あたたかい…」
ソウガさんがそう呟いてくれた。私の真力に当てられた脇腹の傷はみるみる塞がっていき、1分と経たずに跡形もなく消え去った。そしてそのまま、右手の治療に入る。
隣にいる老婆は光が眩しいのか目を瞑ったまま下を向いていた。
「はい。おわり!」
「ありがとう」
砕けた骨を再生するのに少し時間がかかったけど全て元通りに治すことができた。真力の消費自体はそれほどでもないし、そもそも、普通の人なら1時間は掛かる治療だったのを5分弱で完治させたソウガさんのそのとてつもない回復力には驚かされた。
治療が終わり、老婆にお礼を言って部屋を出ると、外は薄暗くもかなり広い空間だった。天井には夜空の星のようなほのかに輝く照明があり、その下に数十棟の小屋が立ち並んでいる。ソウガさんのあとについてしばらく進むと、水が湧き出る噴水のようなものがある広場に出た。噴水から拡散した水滴が光を反射して辺りはキラキラと輝いて見える。
「きれい…」
歩きながらそう呟いた私に、ソウガさんはその応えを返すことはなく…語り始めた。
「ここに住む人たちは、統一戦争後の世界政府の無茶な政策に巻き込まれ、障害を負ってここに隠れ棲んだんだ。重傷者は既に死に絶え、生き残っているのは軽症者のみだ。そして、そのほとんどの人が視力を失い、皮膚は荒れ果て、臓器に何らかの異常を抱えている…たしかに、無茶なことをしないといけない状況だったのかもしれないけど、もっと他にやり用は無かったのかと俺は心底疑問に思う。あいつらは、大のためなら平気で小を犠牲にする…」
そこでソウガさんは立ち止まって振り返り、その黒い瞳でわたしを見つめつつ口を開いた。
「なあ…フェイ。君はいったい何者なんだ?さっき、不滅の魂と遭ったときに聞いたんだ。世界政府は君を処刑するって…なあ…本当に世界政府は信用できるのか?」
私事ですが、4月より職が変わることになりました。更新が今よりもさらに遅くなるかもしれません。




