百発あれば一発くらい当たるだろ
警報が鳴った。
残響の中で、アルゴス号の外部表示が一斉に赤く染まる。黒い空間に散っていた光点が次々と捕捉され、その数が増えていく。十、二十、五十。表示が百を越えたところで、ナナが淡々と告げた。
『誘導飛翔体、百基を確認。推定着弾まで四十七秒。現行推進能力による全弾回避成功率、0.01%未満』
ロイは操縦席の背から身を乗り出した。
「全弾って言い方やめろ。何発までなら食らえる?」
『一発でも船体致命損傷の可能性があります』
「じゃあ全部避けるしかないな」
ジャックが言った。
『今、そう申し上げました』
残響を見ていたレスターは眉間を押さえた。四十七秒しかない状況で、どうしてこの男は結論を一周して元の場所へ戻れるのか。
過去のアルゴス号が急旋回した。
ロイが推進器を吹かし、機体を横滑りさせる。誘導弾群も軌道を変えた。逃げた先へ別方向から別の群れが回り込み、外部表示の逃走可能領域が次々と赤く塗り潰されていく。
『回避航路を再計算。候補一、十八秒後に包囲。候補二、二十一秒後に包囲。候補三――』
「全部駄目か」
『はい』
ロイが舌打ちした。
その横で、ジャックだけが外部表示を眺めていた。
「なあ。こいつら、近すぎない?」
「は?」
「ほら。固まって飛んでる」
ロイの目が細くなった。
百基の誘導弾は広い範囲から迫っていたが、アルゴス号を包囲するため進路を絞った結果、いくつかの群れでは機体間隔が急速に狭まっていた。
「ナナ。あいつら、互いを避けてるか?」
『飛翔体間の衝突回避通信は確認できません』
「なるほど」
ロイは操縦をジャックへ押しつけると、後部区画へ走った。
「どこ行く?」
「武器取ってくる」
『本船に兵装は搭載されていません』
「知ってる」
数秒後、ロイが持ち出してきたのは武器ではなかった。船外修理用の資材射出器だった。補修材や小型部品を無重力下で送り出すための装置で、ロイが非常時用に連射機構を追加してある。
『当該装置を迎撃に使用した場合、目標一基への命中見込みは極めて低いです。迎撃手段として不適切です』
「だよな」
ロイが射出器を固定しながら答える。
ジャックが振り返った。
「何発ある?」
「予備まで入れて百ちょい」
「じゃあ全部撃てば、一発くらい当たるだろ」
『統計的期待値の扱いが不適切です』
「当たればいいんだろ?」
ロイの手が止まった。
一秒だけ外部表示を見る。そして笑った。
「一発“だけ”当てればいいならな」
ジャックが操縦桿を握ったまま笑う。
「じゃあ百発とも外したら?」
「その時は、お前が『惜しかったな』って言うんだろ」
「言う言う」
「先に言うな。縁起でもねえ」
射出器が火を噴いた。
金属片と補修材が散弾のように宇宙へ吐き出される。狙いは先頭の誘導弾ではない。最も密集した群れ、その中央だった。
一発目は外れた。二発目も外れた。三発目は誘導弾の脇を抜けた。
『命中予測低下。残り九十七。推奨――』
「撃て撃て!」
ロイが射出を続ける。
資材が暗闇を埋めた。
ほとんどが外れた。
そして、一本の金属棒が誘導弾の側面をかすめた。
爆発はしなかった。
ただ、その一基の姿勢がわずかに崩れた。
それだけだった。
崩れた誘導弾が隣の進路へ滑り込む。二基目が避けない。接触。弾かれた二基目が三基目の進路を塞ぎ、後続がさらに進路を乱す。
百基の整然とした包囲網に、一本の裂け目が走った。
『飛翔体群の軌道干渉を確認。接触数、増加。進路予測――再計算中』
「穴できた!」
ロイが叫ぶ。
「じゃあそこ行こう」
ジャックは当然のように船首を向けた。
アルゴス号が崩れた群れの隙間へ飛び込む。
残った誘導弾が六基、追尾してきた。ロイが操縦席へ戻り、一基を船体すれすれでかわす。二基目を急減速で前へ流し、三基目と四基目を互いに交差させる。最後の二基が背後で光になった。
静寂が戻った。
『生存を確認』
「ほらな」
ジャックが言う。
ナナは数秒、返答しなかった。
『事前予測との差異を再解析中……多数迎撃ではなく、群全体の相互干渉を誘発する一点介入……』
「いや、当たりゃ何でもよかった」
『意図秘匿を確認』
「まだそれ残ってんのか」
『成功結果を優先した再分類を実施します』
ジャックが笑った。
「成功したならいいじゃん」
レスターは残響の中の三人を見つめた。
理屈そのものは理解できる。一基の軌道を乱し、密集した群れの相互干渉を誘う。結果だけを見れば、無謀というほどでもない。
問題は、その最初の一基にどうやって当てるつもりだったのか、という一点だった。
百発撃つ。
それが彼らの答えらしい。
「博士」
エマの声で、レスターは現在へ引き戻された。
ナインの警報が船内に響いていた。
『高速接近体を検出。八十六基。複数方向より収束中』
レスターは一瞬、外部表示と残響の消えた空間を見比べた。
「……冗談だろう」
エマが小さく息を呑む。
「似てますね」
「数が違う」
「そこですか?」
『全弾回避の見込みは極めて低いです。推奨行動、即時後退』
「後退航路」
『閉塞進行中。十四秒後に安全域消失』
赤い光点が迫ってくる。
エマが表示を拡大した。
「さっきの、使えませんか。真ん中を崩すやつ」
「同じ条件ではない」
「でも、同じなのは一つあります。あれ、互いを避けてません」
レスターは答えず、誘導弾群の相対速度を表示させた。
確かに回避挙動がない。互いの位置を共有している形跡も薄い。攻撃対象だけを追い、周囲の同型機を障害物として扱っていない。
過去ログは答えではない。
だが、どこを見るべきかは教えた。
「ナイン。群体密度を三次元表示。相対速度差も重ねろ」
『表示します』
「エマ、外部へ射出できる物は」
「点検ドローンが三機。廃棄予定のセンサーポッドが二つ」
「ドローンは残せ。ポッド一基を使う」
エマはすでに固定具を外し始めていた。
レスターは群れを睨んだ。
最も密集している場所ではない。そこへ今から撃っても、接触時には群れが開いている。
進入角。速度差。収束率。
数秒後に最も危険になる場所を探す。
「座標送信。ここだ」
『センサーポッドによる軌道干渉成功確率、3.8%。推奨できません』
「他案は」
『生存率がこれを上回る案はありません』
「なら実行する」
エマが射出操作を確定した。
船外へセンサーポッドが飛び出す。
『予測軌道を表示。現状のままでは目標群より0.7メートル外側を通過します』
「補正できる?」
「もう噴射剤がありません」
エマの答えと同時に、誘導弾群の一部がアルゴス号を追って微細に進路を変えた。
ポッドとの距離が縮まる。
ナインの予測線が動いた。
『接触可能性――更新』
鈍い閃光が走った。
ポッドが一基の誘導弾にぶつかった。
弾頭は爆発しない。ただ進路を外された一基が隣へ寄り、二基が接触する。そこへ後続が入り込み、群れの中央が波打つように崩れた。
「来るぞ」
レスターは操縦桿を倒した。
船体が裂け目へ滑り込む。
警報が重なる。右舷を一基が通過。後方から二基。エマが補助噴射を入れ、船尾がわずかに振れる。光がすぐ脇を走り抜けた。
最後の一基が船底をかすめた。
衝撃。
表示が一瞬暗転し、戻る。
外部の赤い光点は、もうなかった。
誰もすぐには口を開かなかった。
やがてナインが告げる。
『脅威消失を確認』
エマが座席へ背を預けた。
「勝ちましたね」
「突破しただけだ」
「博士、それを普通は勝ったって言います」
レスターは返さなかった。
ナインが沈黙していたからだ。
普段なら戦闘結果、損傷、残存資源まで続けて報告する。今回は違った。
『事前予測成功率3.8%。事後条件を反映して再計算しました』
間があった。
『成功見込みは上昇しました。しかし依然として、観測結果との整合性が低い』
「未観測変数を洗え」
『実行中』
また、間。
エマがレスターを見る。
『モデル入力に重大な欠損は確認できません』
レスターの指が止まった。
「計算式の異常は」
『検証中。既知の演算系に異常なし』
「なら未知条件だ。結論を急ぐな」
『了解しました』
返答は正常だった。
だが、ほんのわずかに遅かった。
エマも気づいたらしい。
「ナイン」
『はい』
「次も確率出せる?」
『……算出は可能です』
「信用できる?」
短い沈黙。
『現時点では、回答を保留します』
レスターは何も言わなかった。
計算できることと、計算を信じられることは同じではない。
その区別を、人工知能が自分で始めていた。
戦闘後の点検を終えると、彼らは過去のアルゴス号が残した航路記録を呼び出した。
エマが次の区画を指す。
「次も、向こうが通った場所をなぞります?」
「条件が一致する範囲だけだ」
『過去航路との一致率、92.1%』
ナインの声は、今度はいつも通りだった。
レスターは進路を承認した。
船は細長い構造物の脇を抜け、青白い星雲を正面に見ながら次区画へ入った。
数分後、同じ形の構造物が右舷に現れた。
さらにその先に、青白い星雲。
エマが首を傾げる。
「博士」
レスターは航路表示を見た。
座標は前へ進んでいる。
景色だけが、戻っている。
「……ここ、さっき通ったな」




