力で世界を従わせる男
通信は切れていなかった。
前方ではプロメテウス重工の無人機が扇状に広がり、進路を塞いでいる。後方にはヴァルターの艦。逃げ道だけを残して囲う配置ではない。最初から、止めるための並べ方だった。
『私は、使える力だと言っている』
レスターは画面の向こうを見た。
「それが一番、信用できない」
ヴァルターの表情は動かない。
『信用の話ではない。管理の話だ』
「管理できると分かったのか」
『分からないから管理する』
レスターは一度だけ眉を寄せた。
「順序が逆だ」
『君はそうやって、分かるまで待てる人間だ』
その言い方だけが、妙に低かった。
ナインが前方表示へ新しい線を重ねる。
『無人機、十二。互いの距離を固定。照射軸を同期しています』
「何を始める気です?」
エマが訊いた。
レスターは答えず、ヴァルター側の出力変化を拡大した。
十二機の無人機が同時に姿勢を変える。
一定距離。
一定角度。
一定出力。
揺らいでいた前方空間へ、まったく同じ条件が十二方向から押し込まれた。
最初は何も起きなかった。
二秒後、空間の縁が細くなる。
さらに出力が上がる。
揺らぎが縮んだ。
エマが身を乗り出す。
「……効いてる?」
レスターはすぐには否定しなかった。
表示を切り替え、別系統のセンサー値まで確認する。
「今は、そう見える」
『そう見える、では困る』
ヴァルターが言った。
「なら困っていろ。こっちはまだ測っている」
エマが横目でレスターを見る。
いつものように一言で切り捨てる返しではなかった。
ヴァルター側の出力がさらに上がった。
揺らぎが消える。
前方に一本の進路ができた。
『空間変動、局所的に減少』
ナインが報告する。
『変動幅、直前比三十一パーセント』
エマが小さく息を吐いた。
「本当に押さえ込んだ?」
「少なくとも、ここはな」
レスターは周辺領域へ表示を広げた。
「ナイン。中心だけ見るな。外側も出せ」
『了解』
その頃、ヴァルターの艦橋では、兵士たちが並んでいた。
焼けた部隊章。
ひび割れたバイザー。
壊れた宇宙服。
第11話で彼の前に現れたのと、同じ姿だった。
先頭の兵士が、静かに敬礼する。
艦載AIは何も言わない。
何も検出していないのだろう。
ヴァルターも、今度は「消せ」とは言わなかった。
視線だけを前方へ戻し、指示を続ける。
『出力を上げろ。位相差を揃えろ』
無人機の光が強まった。
一本に絞られた進路は、さらに安定する。
その代わり、外縁で別の歪みが立ち上がった。
『周辺接続反応、増加』
エマが表示を見る。
「押さえた分、外に出てる?」
レスターは答える前に、ヴァルターの艦橋へ目を戻した。
敬礼した兵士たちは消えていない。
それでもヴァルターは、彼らを見ないまま命令を続けていた。
「……位置だけ追え。結論は後だ」
『了解』
『局所変動は減った。結果は出ている』
ヴァルターが言う。
「出ている。ただ、どこへ行ったかが分からない」
『何か起きれば対処する』
「全部それで押す気か」
返事の代わりに、無人機が外縁へ移った。
新しい歪みも同じ方法で押さえ込む。
一つ消える。
直後に、別の場所で二つ現れた。
エマが乾いた声を出した。
「高価なモグラ叩きですね」
「しかも穴が増える」
その時、一機の通信だけがあり得ない方向から返ってきた。
位置表示は動いていない。
数秒後、信号は別方向へ飛び、また元へ戻る。
エマが眉を寄せる。
「閉じ込めたんじゃなくて、回されてる?」
「少なくとも、固定したとは言いづらくなった」
ヴァルターの艦橋で、兵士たちが一歩近づいた。
先頭の兵士は、まだ敬礼している。
ヴァルターの目が一瞬だけそちらへ動く。
それでも声は平静だった。
『七番、四番の代替位置へ。五番と八番は出力維持』
艦載AIが応じる。
『現在の配置では全体負荷が規定値を超過します』
『続けろ』
『損耗率が上昇します』
ヴァルターの顎が僅かに強張った。
『構わない』
レスターはその一言を聞いた。
「人は乗っていないな」
『無人機だ』
「そうか」
レスターはそれ以上責めなかった。
代わりに訊く。
「なら一つ聞く。なぜそこまで固定にこだわる」
ヴァルターの目がこちらへ戻った。
『曖昧なものに命を預ける趣味がない』
「それだけじゃないだろ」
沈黙。
エマがレスターを見る。
ナインは何も挟まない。
ヴァルターの背後で、ひび割れたバイザーの兵士が動いた。
先頭の男が敬礼したまま、一歩前へ出る。
ヴァルターはそちらを見ない。
『以前、私は部隊を進ませた』
声は変わらなかった。
『生存可能性は八割を超えていた。作戦部は許容可能と判断した。私も承認した』
レスターは黙って聞く。
『途中で条件が変わった。予測は役に立たなくなった』
それだけだった。
人数も、場所も、年月も言わない。
だが十分だった。
ヴァルターは続ける。
『八割生きると言われても、死ぬ二割には名前がある』
エマの表情から軽さが消えた。
レスターも何も返さなかった。
ヴァルターの艦橋で、兵士たちはまだ並んでいる。
焼けた部隊章。
割れたバイザー。
戻らなかった者たち。
先頭の一人が、もう一度敬礼した。
ヴァルターの拳が閉じる。
「だから全部を従わせるのか」
レスターが訊いた。
『違う』
今度の返答は少し早かった。
『二度と、分からないものに選ばせない』
レスターはしばらく画面を見た。
「それで制御できるなら、私も止めない」
エマがわずかに驚く。
ヴァルターも黙った。
レスターは続けた。
「ただし、押さえ込めたことと、制御できたことは同じじゃない」
『なら見ていろ』
無人機の出力が一斉に上がった。
前方の一本の進路がさらに細く、明確になる。
同時に、周囲の接続反応が跳ね上がった。
『外縁変動、六方向へ拡大』
ナインの声が重なる。
『四番、通信経路分岐。七番、位置情報二重化。九番、帰還信号が出発点から再出現』
「増えた」
エマが言う。
「固定じゃない。移してる」
レスターは表示を睨んだ。
「その可能性が高くなった」
『追加機を出す』
ヴァルターが命じる。
エマが思わず画面を見る。
「まだ押す気です」
レスターは少し考えた。
「退く理由を持っていないんだ」
それだけ言った。
ヴァルターの前で、兵士たちがさらに近づく。
先頭の兵士との距離は、もう数歩しかない。
敬礼は崩れない。
ヴァルターはついに、その幻視へ視線を向けた。
『今度は戻す』
艦載AIが反応した。
『命令対象を特定できません』
ヴァルターの口元が僅かに歪む。
『お前に言ったんじゃない』
レスター側には、そのやり取りの後半だけが通信へ乗った。
エマが何か言いかける。
レスターは首を横に振った。
今は聞く場面ではない。
ヴァルターは正面へ向き直る。
『世界が理不尽なら、理不尽なままにしておく理由はない』
レスターは答えない。
『分からないものは、分かる形になるまで従わせる』
「それで世界が従うと思っているのか」
ヴァルターの目が細くなる。
『従わせる』
その瞬間、ナインが新しい変化を表示した。
『固定場外縁に周期的な低変動域を検出』
レスターが振り向く。
「位置」
『十二秒周期で移動。プロメテウス側の出力切替と同期しています』
エマも気づいた。
「押してる反対側に、薄いところができてる」
「死角だ」
『通過可能幅、現時点で十四メートル』
エマが口角だけを上げた。
「うち、十三・二ですよね」
「余裕が八十センチもある」
「博士、それを余裕って言うのやめません?」
レスターは初めて少し笑いそうになったが、やめた。
「行けるか」
エマはもう操船桿を握っている。
「聞く前に言ってください」
「なら行け」
ナインが低変動域の移動を読み上げる。
『右へ二・四。前方へ移動。次の出力切替まで六秒』
エマが船を滑らせる。
ヴァルターの艦から警告が飛ぶ。
『停止しろ、レスター』
「そっちの実験結果を使わせてもらう」
『何を――』
無人機群が出力を切り替えた。
その瞬間、固定場の反対側に薄い領域が生まれる。
「今!」
エマが推進を上げた。
船体が壁際を掠める。
警報が一度だけ鳴る。
『左舷余裕、〇・四』
「八十センチなかったじゃないですか!」
「通れた」
「結果論!」
『次の低変動域、前方左』
ナインの声に二人ともすぐ前を向く。
もう一度。
出力切替。
空間の偏り。
その死角へ滑り込む。
ヴァルターが力で作った固定は、完全ではなかった。
だからこそ、その不完全さは読めた。
三度目の切替で、船は無人機の包囲線を抜けた。
『後方との距離、拡大』
エマが息を吐く。
「勝った、でいいです?」
レスターは後方表示を見る。
ヴァルター艦はまだ動いていた。
無人機も、いくつかは残っている。
「まだだ」
それから少し間を置く。
「ただ、先には出た」
エマが頷いた。
通信画面のヴァルターは、こちらを見ていた。
怒鳴らない。
追撃命令もすぐには出さない。
背後の兵士たちは、いつの間にか消えていた。
敬礼だけが、彼の視線の奥に残っているように見えた。
レスターは通信を切った。
前方の空間が暗くなる。
ナインの表示に、新しい異常が並んだ。
距離計は三百二十メートル。
別系統では二百八十。
光学測距では四百一十。
どの値も機器故障を示していない。
エマが画面を見比べる。
「……今度は何を信じればいいんです?」
レスターはすぐには答えなかった。
三つの値を順に見る。
ナインも順位をつけない。
やがてレスターが言った。
「全部見る」
「矛盾してますよ」
「だからだ」




