第五十三話 俺は多分
オシャレなカフェでも行こうと思ったが、菅原が選んだのは牛丼屋だった。
「なんで牛丼?」
「いや、なんとなく」
菅原とカウンターで牛丼を食う。そういえば、いつの間にか白米を食うことに何の抵抗もなくなっている。食い終わり、水族館に向かう。
チケットを購入して中に入る。
「なんか見たい魚とかいんの?」
「私ですか?うーん、ウミガメかな。あとはクサフグ?」
「フグ?なんでフグ?」
「上京した時、少し寂しくて魚とか飼おうかなって思ったんです。ネットで見た『ミドリフグ』って魚がなんか可愛くて。でも調べたら海水で育てるみたいで。それは難しいなって思って」
そう言って水槽の中を覗き込む菅原。
「菅原も寂しいとか思うんだ」
「人間ですからね、私も」
「まぁ、そうだけど。今も寂しくなったりすんの?」
「今?今はないですね。マネージャー業で忙しいし」
「いっつも俺といるもんな」
「本当そう。いつもいますね」
うんざりという顔で俺を見る菅原。
「寂しくなくていいだろ?」
「はぁ……」
ため息をついてスタスタと歩き出す菅原を追いかける。
「待て、待てって。ゆっくり見ないとすぐに終わっちまうぞ」
菅原の手を掴む。菅原は握り返さない。でも俺はその手を離さなかった。
「こっち。ペンギン、見たいだろ?」
「別に見たくないですけど」
菅原の手を掴んだまま、ペンギンの場所まで引っ張っていく。
「オウサマペンギン、キタイワトビペンギン、ジェンツーペンギン、ケープペンギン。へぇ、色んなペンギンがいるんですね」
「そういうのよく読むよな。俺は全然読まない。説明とか」
「癖みたいなもんですよ。娯楽が少なかったので。看板とか、箱の裏の成分表とか何でも読んでましたね」
「へぇ、面白ぇな。まぁ、菅原らしいけど」
「あ、あのペンギン、子どもですかね。他のと色が違う」
ふと思い出す。いつだったか、親父と母さんと三人で水族館に行った日のことを。
「俺、昔?ガキの頃か。家族三人で水族館に行ったんだよな」
「へぇ、もしかしてこの水族館ですか?」
「いや、多分茨城の」
「あぁ。海の隣にあるところ?」
「そう、そうだ。親父が休みの日ってあんまりなかったし、休みの日に俺たちと出かけることって滅多になかったからさ、楽しみよりも緊張が勝ってたな」
「そうなんですね。何を見たんですか。家族で」
「何を見たか全然覚えてない。でも俺、わがままを言った。くじ引きをしたかった。イルカのぬいぐるみが貰えるやつ。透明の丸いやつの中をくじが舞ってるやつ」
「エアー抽選機ですね」
「よく知ってんな。多分それ。一等のデカいイルカのぬいぐるみが欲しくてさ。親父に言ったら、ギャンブルはしないって言われて。何だよギャンブルって。ただのガキのくじ引きだろって」
「まぁ、デカいイルカが当たるとは限りませんからね。一番小さいのを引いたらガキの紫門さんはいらないとか言いそうですし」
「ガキの俺が?まぁ、そうかもな。でもそれでもやりたかった。だってみんなやってたし」
「やってねぇ。親父を説得できなかった。そのまま帰った。帰りの車の中でちょっと泣いた気がする。それしか覚えてない」
「あ!!!」
菅原が突然バカデカい声を出し、周りの人間が一斉にこちらを振り返る。
「ビビった。なんだよ」
「あります!ありますよ!あそこに!エアー抽選機!イルカのぬいぐるみの!」
「は?マジだ。あるな」
「やりましょうよ!」
「は?今さら?」
「今さら。やりましょう。ほら」
菅原が俺の手を強く握り引っ張る。
「いや、いい。いいって。もう大人だし」
「大人だからこそですよ」
金を払い、エアー抽選機に腕を突っ込む。これだと思う一枚を掴む。
「菅原が開けてくれ」
俺の手からくじを取り、余韻もなくあっさり開ける。
「三等!一番小さいやつ!」
そう言ってゲラゲラ笑う菅原。
小さいイルカのぬいぐるみを手に取る。
「良かったですね!似合ってますよ!」
そう言ってまたゲラゲラ笑う。
「バカにしてんのか?」
「いやいや、いい思い出になったかなぁって」
「そうだな。多分あの時小さいイルカが出てたら親父は怒ったと思う。だから言っただろうって。でも菅原は笑った。いい思い出になったかもな」
「そうでしょうよ!」
そう言って俺の手からイルカを取り、毛並みを整える。
「今日から一緒に眠ってくれますよ。このイルカが。もう寂しくないですね」
「いや、菅原がいい。昨日みたいに。今日もまた」
「何を言っているんですか。子どもじゃないんだから」
「マネージャーだろ」
「マネージャーですけど」
そう言って歩き出す菅原。
しばらく歩くと、真珠取り出し体験の文字。取り出した真珠をアクセサリーに加工してもらえるらしい。
「これやろうぜ」
「私は後ろで見ています」
「保護者かよ」
「マネージャーです」
なんとか真珠を取り出し、加工をお願いする。
「加工に三十分くらいかかるらしい」
「少し休憩しますか?」
「そうだな」
水族館のカフェに入る。俺はアイスコーヒー、菅原はクリームソーダを頼む。
「すげぇ色だな。それ」
「飲みます?」
そう言って俺にクリームソーダを差し出す。間接キスだ。こいつは誰とでもそういうことが平気なのか。それとも俺だからか。
「甘い」
「そりゃあクリームソーダですからね」
俺が飲んだストローをさりげなく拭く菅原を見て少し傷つく。俺はなぜ傷ついているのか。
「真珠、綺麗でしたね」
「あぁ、俺が取り出したからな」
「はいはい」
「菅原は楽しいか?水族館」
「はい、楽しいです。紫門さんが家族で行ったところも、沖縄のやつも行きたくなりました」
「いいじゃねぇか。連れてってやるよ」
「え?あぁ、はい」
「嫌なのかよ」
「いや?別に」
「別にってなんだよ」
菅原がクリームソーダをズズズと飲んだ。
「基本一人が好きなので」
「だろうな。悪かったな。ずっと一緒にいて」
「いえ、マネージャーなので」
「マネージャーか」
「はい」
カフェを出て、外のベンチに座る。
「ちょっとここで待ってろ」
加工してもらった真珠を一人取りに行く。ベンチに戻ると菅原はボーッとしていた。
「お待たせ」
「別に待ってません」
「これ。ネックレス」
「へぇ、こんな風に加工してもらえるんですね」
「そう。付けてやるよ」
「はい?」
「付けてやるって」
「これを?私に?」
「そう。可愛いだろ。菅原に似合うと思って」
「私に?これが?」
「そうだっつってんだろ。ちょっとあっち向けよ」
ロボットみたいなぎこちない動きで向こうを向く菅原。その首にネックレスを付ける。
「こっち向けよ」
またロボットみたいにこっちを向く菅原。
「似合ってんじゃん。ブレスレットと迷ったんだけどな。こっちの方がいいな」
「……」
「気に入らない?あぁ、アクセサリーとか付けないもんな。まぁ今日くらいいいだろ」
「へ、変じゃないですか?いや、このネックレスが変とかじゃなくて。これを付けてる私が変じゃないですかって意味です」
「別に変じゃねぇけど?」
「そ、そうなんだ。へぇ……」
「いいじゃん。似合ってる。俺が取り出した真珠だからな」
「……ありがとうございます」
「嬉しいのか?いや、照れてんのか?」
「チッ……」
「お、図星だな。図星。照れてんだ。菅原、お前照れてんだな。可愛いじゃん」
何の抵抗もなくこいつに可愛いと言っている自分に気づく。
「照れてませんし、可愛くありません。それ以上揶揄うならここにいる怨霊全部集めますよ。水辺ってのは集まりやすいんですよ」
「残念だったな。俺は見えねぇし、何も感じねぇんだよ。はっはっは。……え、水族館にもいんの?」
「いますよ」
「怖……どんなのがいんの?」
菅原がカバンからスケッチブックを取り出し、いつものようにサラサラと描き始める。
「こんなのがいます」
「こ、怖。帰りたくなってきた」
「ちなみに紫門さんの横にいますよ」
「帰るぞ、菅原」
「嘘ですよ。あっちの方にいます」
そう言って菅原がニヤリと笑った。
その顔を見て思う。
あぁ、俺。俺は多分こいつが。
いや、わからない。




