41.辺境での結婚式(完)
辺境の屋敷にて、マテウスとシルヴィアの結婚式は行われた。
いずれ王都でお披露目をする必要はあるだろうが、今は少しでも早く結婚生活を始めたかったのだ。
また、この辺境の地こそがマテウスの育った土地であり、シルヴィアにとっても特別な場所だった。
家族と親しい者たちだけを招き、こぢんまりとした式を挙げることにしたのである。
「皆さま、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
屋敷の中庭にて、マテウスとシルヴィアは並んで立ち、参列者たちに向かって挨拶をした。
二人は揃いの白い衣装を身に纏っている。マテウスは髪を後ろに撫でつけ、シルヴィアも長い髪を編み込みハーフアップにしていた。
「本日、私たちは結婚いたしました。今後ともよろしくお願い申し上げます」
「わたくしたちから、ささやかながら贈り物を用意しております。どうぞお受け取りくださいませ」
マテウスが簡潔に述べ、シルヴィアが続いて言葉を発した。
そして、控えていた使用人たちが大きな籠を運んできた。中には果物や焼き菓子などが山盛りになっている。
「祝福を与えた、新たなる食物ですわ。どうぞお召し上がりください」
シルヴィアは籠に向かって手を差し出し、優しく語りかける。すると、籠の中が淡く発光しはじめた。
「おお……!」
参列者たちは驚きの声を上げる。その光は温かく、まるで生命の輝きを凝縮しているかのようだった。
「それでは皆様、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
シルヴィアが優雅に礼をすると、参列者たちは行儀よく並んで、籠から果物や焼き菓子を手に取っていく。
その様子を見て、マテウスとシルヴィアは顔を見合わせて微笑み合った。
すると、シルヴィアの両親が歩み寄ってくる。
「こ、この度は、お招きいただき、ありがとうございます」
シルヴィアの父はマテウスを前に、ガチガチに緊張した様子で挨拶をした。
「いえ、こちらこそ遠いところからご足労いただき、ありがとうございます。シルヴィアの家族は、私にとっても大切な存在ですから」
マテウスはそう言って微笑む。普段の粗野な態度ではなく、余所行きの笑顔だ。
「は、はい! ありがとうございます!」
シルヴィアの父は緊張のあまり裏返った声で返事をした。
その様子を見て、マテウスは苦笑する。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
マテウスは優しく語りかけるが、シルヴィアの父は恐縮しきりといった様子で俯いてしまった。
「あなた、もっとしゃんとなさいな」
シルヴィアの母が、夫の背中を軽く叩く。
「だって、あの大公閣下だぞ……緊張するなという方が無理だ……」
シルヴィアの父は情けない声で呟く。
「うふふ、そうね。でも大丈夫よ。閣下はとてもいい方だから」
シルヴィアの母はそう言って微笑んだ。そしてマテウスの方に向き直る。
「大公閣下、この度は本当にありがとうございます。娘のこれほど幸せそうな姿が見られ、わたくしは感無量です」
シルヴィアの母は深々とお辞儀をした。それに合わせて、シルヴィアの父も頭を下げる。
「いえ……こちらこそ感謝しております。私がこうしていられるのも、シルヴィアのおかげですから」
マテウスは穏やかな口調で答えた。そして改めて二人に向かって頭を下げる。
「本当にありがとうございます。シルヴィアを大切にすると誓います」
その言葉に、シルヴィアの両親は涙を浮かべて何度も頷く。
「はい……どうか娘を末永く、よろしくお願いいたします」
シルヴィアの母は震える声で言った。そして再び頭を下げると、夫を伴って参列者の列へと戻っていった。
すると今度は、ベアトリクスとロイドが一緒にやって来る。
この二人に何か接点があったのだろうかと、シルヴィアは首を傾げる。
すると、マテウスがシルヴィアの耳元で囁いた。
「ベアトリクスの母、つまり王妃とロイドは従姉弟同士なんだ。だから二人は顔見知りなんだよ」
マテウスの言葉にシルヴィアは納得する。
そして、ベアトリクスとロイドに向かって微笑みかけた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
シルヴィアが声をかけると、ベアトリクスも微笑みを浮かべた。
「いえ、こちらこそお招きいただき光栄ですわ。改めて、ご結婚おめでとうございます」
ベアトリクスは優雅な仕草で礼をする。
「まさかマテウスさまがご結婚される日が来るとは……生きていれば、色々なことがありますね……」
ロイドが感慨深げに呟いた。
その言葉に、マテウスは苦笑を浮かべる。
「……まったくだ。だがまあ、悪くない人生だと思ってるぜ」
マテウスの言葉に、ロイドも同意するように頷く。
「そうですね……ああ、そういえば王都では『呪われ大公』という呼び名も消えていき、今は『天馬の乗り手』とか『白馬の大公』などと呼ばれているそうですよ」
ロイドは思い出したように言った。
「白馬の大公って……俺が馬みてえじゃねえか」
マテウスは不満げな表情を浮かべる。
「でも、素敵じゃないですか? 白馬に乗った大公閣下! わたくしを助けに来てくださったときのマテウスさま、本当に素敵でしたもの!」
シルヴィアは目を輝かせて言う。
「そうかよ……」
マテウスは照れくさそうに顔を背けた。そして話題を変えようと口を開く。
「ところで、その白馬であるところのティアはどこに行ったんだ?」
マテウスは周囲を見回しながら尋ねる。
「ああ、あの子なら……」
シルヴィアは空を見上げた。
すると上空を銀翼の白馬が飛んでいるのが見える。その口には籠をくわえ、地上の様子をうかがっているようだった。
「……何をやっているのかしら?」
シルヴィアは首を傾げる。
周囲を見回すと、中庭の片隅で執事ダンが上空に向かって合図を送ったのが見えた。
すると、ティアが飛びながら籠を揺らし、中から色とりどりの花びらが舞い落ちる。
「まあ……!」
シルヴィアは目を輝かせて拍手をする。マテウスも呆気にとられながら空を見上げていた。
花びらは風に舞いながら、ゆっくりと地上に降り注いでいく。
参列者たちは皆一様に空を見上げ、その美しい光景に見入っていた。
「……そういえばさ、俺、思い出したんだ。小さい頃、幽閉されていた塔で呪石を壊したときのこと」
マテウスは空を見上げたまま呟いた。
「呪石の中の誰かが、助けてと言ってたんだ。だから、俺は全力で呪石を壊した。そのとき、今度は私が助けるから待っていてって声が聞こえて……それが何だったのか、今まで忘れていたんだが……」
マテウスはそこまで言うと、シルヴィアに向き直り、優しく抱きしめた。そして耳元で囁く。
「きっとそれは……あんただったんだな」
その言葉にシルヴィアは目を見開き、マテウスの顔を見る。
「……はい。マテウスさまが、呪石に囚われたわたくしを救い出してくださったのです。わたくしは、あなたに会うために生まれてきたのですわ」
シルヴィアは目に涙を浮かべながら、マテウスをぎゅっと抱きしめ返す。
最初は、きっと刷り込みのようなものだった。
救われた恩から、マテウスに尽くさねばと思っていたのだろう。
しかし、彼と共に過ごしていくうちに、シルヴィアはマテウスという一人の人間に魅せられた。
マテウスの優しさも、強さも、弱ささえも愛おしいと思うようになった。
この人と共に生きていきたいと心から思う。そして、この気持ちこそが愛なのだとシルヴィアは知ったのだ。
「わたくしを救ってくださってありがとうございます」
シルヴィアは心からの笑顔で礼を言った。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「いや、救われたのは俺のほうだ。本当にありがとう」
マテウスも笑顔で返すと、シルヴィアの目元をそっと拭う。
「これからもずっと、俺の側にいてくれ」
「はい。いつまでも一緒ですわ」
二人は見つめ合うと、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
その瞬間に、花びらが二人の周囲を舞い踊った。まるで、新たな門出を祝福するかのように。
「おめでとう!」
参列者たちから祝福の声が上がった。
「ありがとうございます」
シルヴィアは笑顔で応えると、マテウスに寄り添う。
そして、二人はもう一度口づけを交わしたのだった。
これにて完結です。
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