32.異端審問
シルヴィアが大神官に連れられてやってきたのは、神殿の地下だった。薄暗い通路を通り抜けると、そこには大きな広間があった。
天井からは鎖付きの枷がいくつもぶら下がっている。部屋の隅には拷問器具のようなものが置かれていた。
「ここは……?」
シルヴィアが尋ねると、大神官は笑みを浮かべる。
「聖女さまの穢れを払う場所です」
「穢れ……?」
「ええ、あなたの心は汚れています。それを浄化しなければなりません」
大神官の言葉に、シルヴィアは眉をひそめる。しかし、すぐに表情を引き締めると、大神官に向かって言った。
「わたくしは穢れてなどいませんわ。それに、このような場所で穢れが浄化できるとお考えなら、あなたは神殿の教えを見直す必要がありますわね」
シルヴィアの言葉に、大神官は笑みを浮かべる。
「これは手厳しい」
大神官は肩をすくめると、扉に向かって声をかける。
「入ってくれ」
大神官の言葉と同時に、扉が開かれて二人の男が入ってくる。
一人は細い体つきをした男で、その後ろに屈強そうな大男が付き従っていた。
「あなたは……!?」
シルヴィアは、細身の男に見覚えがあった。
辺境の街で店に並べられた野菜に文句をつけ、マテウスに喧嘩を売った挙句、呪石を使おうとした神官だ。
捕らえたものの脱走し、行方が分からなくなっていたはずだ。
「彼は私の配下でしてね。とても敬虔な信徒なのですよ。あなたの穢れを進言してくれたのも、彼なのです」
大神官の言葉に、細身の男はニヤリと笑う。
「聖女さまの穢れを祓うためなら、この身を捧げる覚悟でおります!」
高らかに宣言する男の目には狂気の光が宿っていた。
「なるほど……。神殿もずいぶんと汚れてしまいましたのね」
「いいえ、これは神殿のためなのです」
「どういう意味ですか?」
「あなたを洗脳から解き放ち、再び聖女としてこの国を導いていただくためです」
大神官の言葉に、シルヴィアはため息をつく。
「……どうやら何を言っても無駄のようですわね」
シルヴィアの言葉に、大神官は満足そうに微笑む。
「ええ、あなたはもう何も心配する必要はありません。ただ穢れを祓うことだけを考えていればよいのです。心が浄化されるか、それとも無垢な心に戻るか、それはあなた次第ですがね」
穏やかに語る大神官だが、言っている内容は物騒だ。
拷問によって心が屈するか、それとも心が壊れてしまうか、ということだろう。
「できれば私も聖女さまのお心を浄化するお手伝いをしたいのですが、あいにくと立て込んでおりましてね。代わりに彼らに任せようと思っています」
そう言って、大神官は男たちに目配せをする。
「では、私はこれで失礼いたします」
大神官はシルヴィアに向かって恭しく一礼すると、部屋を出ていった。
部屋には、シルヴィアと二人の男だけが残される。
「聖女さま、すぐに穢れを祓って差し上げますからね。全てはあの悪逆公の生まれ変わりのせいなのです。あの男さえいなければ、聖女さまは……」
細身の男は熱っぽい口調で言いながら、鎖のついた枷をシルヴィアに嵌めようとする。
シルヴィアは抵抗することなく、それを受け入れた。
「……あなたは、いったい何が目的なのですか?」
シルヴィアが尋ねると、細身の男は首を傾げる。
「目的? 聖女さまの穢れを祓うことですが」
「そうではなく、遺跡から呪石を持ち出したのですよね。本当は別の物を探していたとも聞きましたが、何が目的だったのですか?」
シルヴィアが重ねて尋ねると、細身の男は苛立たしげな表情を浮かべる。
「あの従者どもが喋ったのですか? これだから下賤な輩は信用できないのですよ!」
細身の男は吐き捨てるように言うと、シルヴィアを睨みつける。
呆れながら、シルヴィアはその視線を受け止めた。
「精神支配の呪法で操っておきながら、あっさりと見捨てて自分だけ逃げ出した卑怯者の言葉とは思えませんわ」
シルヴィアが挑発すると、細身の男は顔を真っ赤にして激昂した。
「卑怯者だと!? この私を侮辱する気か! 私は神殿のために、神のために働いているのだ!」
「そうですか。では、その神殿や神のために、遺跡で何を探していたのですか? さぞ立派な目的なのでしょう」
シルヴィアがさらに挑発すると、細身の男は怒りに震えながらも答える。
「あの遺跡にはかつて、精霊や聖なる獣を封じていたと言われている。その力を神殿のために使おうとしていたのだ!」
細身の男の言葉に、シルヴィアは首を傾げる。
「精霊や聖なる獣を封じていた……? そのようなことが……」
「ふん! 愚かな聖女さまには理解できない話でしょうね」
細身の男は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。そして、そのまま続けた。
「古代文明の技術ですよ。この国が繁栄したのも、古代文明の遺産のおかげなのです。呪石もその一つ。かつては精霊を封じた呪石も存在していたのですよ」
自信満々に語る男の言葉に、シルヴィアは背筋が寒くなるのを感じた。
呪石は人の魂を核にして作られ、周囲の魔力や生命力を吸い取るものだ。
もし精霊を封じたのであれば、どれほどの力になるのだろうか。そして、閉じ込められた精霊の苦しみはいかほどのものだろうか。
シルヴィアが胸を痛めていると、細身の男はさらに続けた。
「聖女さまもご存知でしょう? かつて悪逆公を討ち、国を繁栄させた英雄王のことを。彼こそ、呪石によって王都を豊かにした人物なのです」
誇らしげに語る彼の話を聞き、かつて研究者ロイドが語った仮説は正しかったのかと、シルヴィアは考える。
歴史では、呪石を使って国家転覆を企んだのが悪逆公ルキウスであり、それを討って国を守ったのが国王ということになっている。
しかし、実際には国王こそが呪石の所有者で、弟であるルキウスに罪を着せたというのが、ロイドの仮説だった。
「古代文明の遺産を用いて、王国を繁栄させる。それこそが神の思し召しであり、私の使命なのです! あなたも聖女であるなら、おわかりでしょう!?」
細身の男の熱弁を聞き、シルヴィアは思わず顔をしかめてしまう。
「……クソ、ですわね」
「は……?」
シルヴィアの呟きを聞き、細身の男は信じられないといった顔をする。
もしかしたら、聖女の口から汚い言葉が出たことを受け入れられなかったのかもしれない。
だが、マテウスがよく使っているこの言葉こそが、今の心境を表すのに最適だった。
「王家も神殿もクソだと言ったのです。あなたたちのやっていることは、ただの権力争いですわ」
シルヴィアの言葉に、細身の男の顔が怒りに染まる。
「おのれ……まだ自分の置かれた状況が理解できていないようだな! すぐに思い知らせてやる!」
細身の男はそう言って、大男に目配せをする。
大男は頷くと、部屋の隅にあった拷問器具を運んできた。
二枚の鉄製の板を重ね合わせ、中央にネジが埋め込まれた、まるで玩具のような道具だ。しかし、使い込まれた形跡があり、その見た目以上に残酷な道具なのかもしれない。
「まずは小手調べです。この器具を嵌めて、あなたの穢れを祓って差し上げましょう」
楽しげに笑う細身の男を、シルヴィアは冷ややかな目で見つめた。





