21.聖女の祝福
シルヴィアは翌日、早速行動に移すことにした。
街の広場で、シルヴィアが神託を受けたことを宣言すれば、多くの人たちに伝わるはずだ。
そして、この辺境の地でも育つ作物を祝福し、神からの贈り物であることを皆に知らしめる。
そうすれば、きっとマテウスの助けになるはずだ。
「マテウスさま、いかがでしょうか?」
シルヴィアはマテウスの執務室にやってきて、そう提案した。
「いや……まあ、悪くはねえと思うんだけどよ」
マテウスは難しい表情を浮かべながら腕組みをした。
シルヴィアは彼の側に歩み寄る。
「何か問題があるのでしょうか?」
「……問題というか……なんというか……」
歯切れの悪い返事をするマテウスに、シルヴィアは首を傾げる。
「何かあるのなら、遠慮せずにおっしゃってくださいませ」
マテウスはしばらく迷っていたようだが、やがて口を開いた。
「……あんたが言うんだから、祝福自体は本当にできるんだろう。だが、いきなりそいつをやっちまうと、おそらく神殿の連中は面白くないと思うんだ」
「え、どうしてでしょう?」
シルヴィアが首を傾げると、マテウスは頭を掻いた。
「……こう言っちゃなんだけど、今まであんたは聖女として、ずっとお飾り扱いされてきただろ? だから、いきなりあんたがしゃしゃり出てくると、奴らは面白くないだろうな」
マテウスの言葉を聞いて、シルヴィアは考え込む。
確かに、シルヴィアはこれまで聖女として、神殿の言うことにはおとなしく従ってきた。
マテウスに嫁ぐために自分を磨くことが重要で、その他のことには無頓着だったのだ。
「なるほど……そういうことでしたのね」
シルヴィアは納得しながら頷いた。
これまでは神殿の思惑とシルヴィアのやりたいことが矛盾しなかったため、受け入れていたに過ぎない。
しかし、神殿としては従順なシルヴィアのことをお飾りの聖女、都合の良い駒と思っているのだろう。
「ああ……やるにしても、もっと根回しをした方がいいだろうな。そうしないと、あんたが神殿から睨まれる可能性がある。あんたをそんな目に遭わせるわけにはいかねえんだ」
マテウスの言葉に、シルヴィアは胸が温かくなるのを感じた。
自分のことを真剣に考えてくれていることが嬉しかったのだ。
「ありがとうございます、マテウスさま……でも、わたくしは平気ですわ」
シルヴィアはマテウスを安心させるように微笑んだ。そして言葉を続ける。
「わたくしは、自分の為したいことをやるだけですわ。それこそ神が示してくれた、わたくしの進む道なのですから」
シルヴィアは胸を張って答えた。
マテウスは、そんなシルヴィアの姿を眩しそうに見つめると、大きくため息をつく。
「……わかった。なら、俺も覚悟を決めるぜ」
「マテウスさま?」
「ああ、あんたのやりたいようにやってやろうじゃねえか!」
そう言って、マテウスはシルヴィアの肩に手を置く。
「ただし、俺も一緒にやるぜ。あんた一人じゃ危なっかしいからな」
マテウスの言葉にシルヴィアは目を丸くした。
「え……よろしいんですの?」
「当たり前だろ。俺はここの領主だ。あんただけに背負わせるなんて、あり得ねえからな」
マテウスはそう言うと、シルヴィアに顔を寄せてきた。
「それにな……惚れた女一人守れねえようじゃ、男が廃るってもんだろ?」
耳元で囁かれて、シルヴィアの顔が熱くなる。
そんなシルヴィアの様子を見て、マテウスは悪戯っぽく笑った。
「どうした? 真っ赤だぜ?」
「もう……意地悪しないでくださいませ」
シルヴィアは頬を膨らませながら抗議するが、マテウスは意に介さない。
「何が意地悪だ? 俺はただ、あんたが可愛いと思っただけだぜ?」
マテウスはそう言ってシルヴィアを抱き寄せる。そして額に口づけを落とした。
シルヴィアの顔が、ますます熱くなっていく。
そんなシルヴィアの様子を見て、マテウスは楽しそうに笑った。
「ほらな、やっぱり可愛いじゃねえか」
マテウスはそう言って、もう一度シルヴィアを抱き寄せた。
「さて、準備はいいか?」
マテウスの言葉にシルヴィアは大きく頷く。
「はい、いつでも大丈夫ですわ!」
シルヴィアとマテウスの二人は、街の広場にやってきていた。
広場には、マテウスの呼びかけに応じて集まった人々が集まっている。
皆一様に期待に満ちた表情を浮かべており、これから何が起こるのかと待ちかねていた。
中にはスカイラーの神官らしき姿もあり、マテウスを険しい表情で睨んでいる。
だが、マテウスはそれを意に介さず、集まった人々に向かって声を張り上げた。
「みんな! 今日は集まってくれて感謝するぜ!」
マテウスの言葉に、広場は歓声に包まれる。
「今日集まって貰ったのは他でもねえ。この辺境の地に実る、新たな恵みを祝福するためだ!」
マテウスの言葉に、広場の人々はざわめいた。
「新たな恵み?」
「一体どういうことだよ」
そんな声が飛び交う中、マテウスはシルヴィアに目配せをする。
シルヴィアは小さく頷き返した。
「皆さま、わたくしはスカイラーの聖女シルヴィアですわ。本日は神より受けたお告げにより、この地で育つ作物に神の祝福を与えるために参りました」
シルヴィアがそう宣言すると、広場のざわめきはさらに大きくなった。
「神の……祝福?」
「作物に……?」
困惑の声が広がる中、マテウスはシルヴィアの隣に立ち、声を張り上げる。
「皆、よく聞いてくれ! この地ではこれまで新たな作物の栽培に挑戦してきた! だが、それは聖典に記されていない異端の行為として、神殿によって阻まれてきた! しかし!」
そこで言葉を区切ると、マテウスは大きく息を吸い込んだ。そして再び口を開く。
「聖女シルヴィアが神託を受けたのだ! この地で育つ作物に神の祝福を授け、聖典に記すべき食物とするのだと!」
マテウスがそう宣言すると、広場は一気に沸き立った。
人々は熱狂し、口々にシルヴィアを褒め称える。
「聖女さま万歳!」
「祝福を! 新しい恵みの祝福を!」
そんな歓声が飛び交う中、マテウスはシルヴィアの手を取って広場の中央に進んでいく。
そこには祭壇が作られ、種や苗が載せられていた。
「さあ、シルヴィア。始めてくれ」
マテウスの言葉を受けて、シルヴィアは両手を組み合わせると、神に祈りを捧げる。
(この地で育つ作物に神の祝福を!)
シルヴィアがそう願うと、広場全体が眩い光に包まれた。
その光はとても暖かく、周囲の人々を照らし出している。
シルヴィアの掌から生まれた光の粒が、種や苗に吸い込まれていくと、それらはみるみる成長を始めた。
茎が伸びていき、葉が生い茂っていく。
そして、花が咲き、実がなっていった。
人々の歓声が上がる中、シルヴィアは目を閉じて祈る。
その祈りに応えるように、光は一層強く輝いていった。
やがて光が収まると、広場の中央には、立派な作物がごろごろと転がっていた。
その作物は、どれも瑞々しく輝いており、とても美味しそうだ。
「……できましたわ」
シルヴィアはマテウスを見て微笑んだ。
マテウスは唖然とした表情で、シルヴィアを見つめている。
「え、こんなに育つの? マジで? 種や苗が輝くくらいで終わりかと思ってたんだけど……」
マテウスの呟きを聞いて、シルヴィアは微笑んだ。
「ええ、この実からまた種を採り、次の作物を育てるのです」
シルヴィアがそう言うと、マテウスは大きく息を吐いた。
「……なんつーか……すげえな」
「ふふっ……褒めてくださってありがとうございます」
シルヴィアは嬉しくなりながら微笑む。
それに釣られたのか、マテウスも笑みを浮かべた。
今の奇跡を目の当たりにして、スカイラーの神官たちの中には顔を青くしている者もいる。
だが、シルヴィアの行いを咎められる者は誰もいなかった。
「さあ! この新しい作物は、聖女シルヴィアが祝福した、神からの贈り物だ!」
気を取り直して声を上げるマテウスに呼応するように、人々は歓声を上げた。





