22.神殿の認可
シルヴィアが起こした奇跡は、瞬く間に辺境の地に知れ渡ることになった。
この地を快く思っていないスカイラーの神官たちですら、その出来事を咎めることはできず、ただ唖然とするのみだった。
それどころか、奇跡を起こしたシルヴィアを崇める者すら現れたのだ。
シルヴィアの評判はますます高まったが、当の本人はそんなことは気にせず、日々を過ごしている。
「マテウスさま、おはようございます」
シルヴィアが執務室に入ると、机の上には書類の山が出来上がっていた。
「……ああ、おはよう」
マテウスは目の下に隈を作りながら返事をする。最近仕事が立て込んでいるようで、疲れが取れていない様子だ。
「お仕事大変そうですわね……わたくしにお手伝いできることはありますか?」
シルヴィアが尋ねると、マテウスは首を横に振った。
「いや、大丈夫だ。あんたは種や苗に祝福を与えてくれているだろ? あんたにしかできないことなんだから、それ以外のことは気にするな」
マテウスはそう言って笑う。
しかし、シルヴィアは納得できなかった。
街の広場で祝福を行ってからも、シルヴィアは毎日のように祝福を行い続けている。
だが、もう人々に見せつける必要もないために、屋敷でゆっくりと祝福を行っていた。
しかも、最初の頃こそ多くの種や苗に祝福を与える必要があったが、だんだんとその数は少なくなってきている。
「そちらは、もう大分落ち着いていますわ。ですから、マテウスさまのお仕事を手伝わせてくださいませ」
シルヴィアは食い下がった。
このまま何もしないでいるのは落ち着かないのだ。
それに、マテウスがこうも忙しくしているのは、シルヴィアを神殿から守るために、色々と働きかけてくれているからだろう。
マテウスにばかり負担をかけているのに、自分だけのんびりと過ごすなんてできない。
そんなシルヴィアの気持ちを察してか、マテウスは困ったように頭を搔いた。
「……わかった。なら、この書類を仕分けして、重要度ごとに整理してくれ」
「はい!」
マテウスの言葉に、シルヴィアは元気よく答えた。そして書類の束を受け取ると、早速作業に取り掛かる。
こういうこともあろうかと、シルヴィアは書類整理のやり方も学んでいたのだ。花嫁修業の一環で、勉強しておいて良かった。
シルヴィアはテキパキと書類を仕分けながら、重要度や優先度を確認していく。
そんなシルヴィアの姿を横目で見ながら、マテウスは小さくため息をついた。
「あんたには敵わねえな……まあ、助かるよ」
マテウスの言葉に、シルヴィアは嬉しくなった。彼に褒められるのは何よりも嬉しいことだ。
「ふふっ……わたくしにお任せください」
シルヴィアは微笑んで、書類整理を続けていく。
「……あら?」
しばらく無言で作業をしていたシルヴィアだったが、ある一枚の手紙を見つけて手を止めた。
「どうした?」
「ロイドさんからお手紙が届いていますわ」
マテウスに尋ねられ、シルヴィアは手紙を差し出す。
「ああ、ありがとう。王都からか……どれどれ」
マテウスは手紙に目を通していく。その表情が、だんだんと何かを考え込むようなものに変わっていった。
「なにか……悪い知らせでも?」
シルヴィアが尋ねると、マテウスは首を横に振った。
「……いや、悪いわけではない。まあ、例の神官の手がかりや、遺跡でのことはまだ何もつかめていないらしいがな」
「そうなのですか……」
シルヴィアは悪い知らせではなかったことに、ほっと胸を撫で下ろした。
だが、マテウスの表情はすぐれないままだ。
「……どうかしたのですか?」
「ああ、神殿で革新派の動きが活発になってきて、保守派との溝が深まってきているそうだ」
マテウスの言葉を聞いて、シルヴィアは首を傾げた。
「革新派? というのは?」
「……まあ、簡単に言えば、今の神殿の在り方を変えようとしている連中のことだな」
シルヴィアの質問に、マテウスは少し考えてから答えた。
「神の教えだって、時代と共に変化していくべきであり、柔軟な思考を持って取り組むべきだと主張してるんだよ」
「まあ、それはよろしいことではありませんの?」
シルヴィアは素直に感想を述べる。
すると、マテウスは苦笑した。
「まあな……だが、それで保守派との衝突が起きてるってわけだ。そうすると、保守派の奴等は革新派を危険思想の持ち主とみなし、排除しようと躍起になってくる。まったく……困ったもんだ」
マテウスはため息をついた。
「あーやだやだ、権力争いなんてのは。俺はそういうのとは無縁でいたいね」
マテウスはそう言って肩を竦める。
自ら王位継承権を放棄し、辺境の地に引きこもった彼らしい発言だった。
「それで、ロイドさんは大丈夫なのでしょうか?」
シルヴィアが不安になりながら尋ねると、マテウスは安心させるように微笑んだ。
「ああ、あいつなら大丈夫だ。あいつは、神殿に所属しているわけじゃねえからな。実家が太いから、色々と融通がきくんだろ」
マテウスの言葉を聞いて、シルヴィアもほっと息をつく。
「それなら良かったですわ」
安心した表情を浮かべるシルヴィアに、マテウスは一枚の書類を差し出した。
「それに、これは俺たちにとっても良い話だぞ。ほら」
シルヴィアが書類に目を落とすと、そこには神殿が新たな作物を認めるという旨が書かれていた。
「これは……もしかして」
「ああ、あんたが祝福した作物が、神殿から認められたんだ」
マテウスは嬉しそうに言う。
シルヴィアも嬉しくなり、思わず顔を綻ばせた。
「まあ! それは素晴らしいですわ!」
「ああ、正式な名称を神殿が定めることが条件だが、そんなものは大した問題じゃない。これで、ようやくこの辺境の地にも新しい作物が根付くことになるんだ」
マテウスは感慨深げに言う。
満面の笑みで、シルヴィアも頷いた。
「ええ、本当に嬉しいことですわ」
二人は笑い合うと、顔を見合わせて頷き合ったのだった。





