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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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短編02:小さな英雄の悩み事と大人げない大人達



 


『まだ赤ん坊の時にあなたは孤児院の門の前にいたのよ。暖かそうな毛布にくるまってスヤスヤと眠っていて、起きて私達の顔を見るとすぐに笑ってくれたの』

 それがリュカが個人の先生達から聞いた、自分にまつわる一番古い話である。

 それ以前の事は分からない。誰がいつ産んで、どうして孤児院に置いていってしまったのかも。誕生日も分からず、先生が孤児院に預けられた日を誕生日と決めて届けを出してくれた。


 ……その届けがリュカの運命を決めた。


 ただその時、その順番に、孤児として書類を提出されたがゆえに、リュカは災厄が目覚めた時に再び眠りにつかせるための人員として選ばれてしまったのだ。

 あと一人分早ければ、あと一人分遅ければ、人生は違っていた。

 それを知った時の孤児院の職員達は酷く悲しみ罪悪感を覚えたという。誰もが「どうしてあの時に」と嘆いた。成長するリュカが良い子で屈託なく笑うたびに、待ち受ける結末を、それから守ってやれぬ事を悲観していた。

 せめて事実を知るまでは明るく過ごせるようにと優しく接し、そして影では泣いていた。



「先生達は何も言ってなかったけど、でも、僕はなんとなく分かっていたんです。他の子達となにか違うなって……。だって孤児院って親の居ない子供に家族を見つける場所なのに、一度も先生達以外の大人のひとが来なかったんです」



 そうしてついにその日を迎えた。


 朝、田舎の孤児院には似合わぬ豪華な馬車が停まり、中から上質の衣服をまとった青年が降りてきた。

 場違いとさえ言えるその人物は孤児院に来るなりリュカを呼び、優しく穏やかな声で己が第三王子ヴィートだと名乗ると、リュカに与えられた役目について説明をしだした。自分と共に災厄を眠らせに行く。現状見つかっているその方法は……。

 ショックだった。だが同時に、やっぱりそうだったかという思いもリュカの中にあった。

 自分には何か隠されている事は知っていたし、それが良くない事であろうとも予想していたのだ。だから親候補も孤児院に来ないし、他の孤児院に行くこともない。たった一人、孤児院で育てられていたのか……と。

 流石に災厄を眠らせるための人員とまでは予想出来ていなかったが。


 そんなどこか達観したリュカに対して、ヴィートは真っすぐに見つめてはっきりと『俺は生きて帰る』と断言した。


『大人しく災厄に食われる気はない。足掻いて、災厄を倒して、そうして俺は英雄になる。リュカ、もちろん君も一緒だ』


 ヴィートの言葉はリュカの胸を打った。他でもない、自分と同じ境遇にいるヴィートだったからこそだ。

 彼もまた、あと一人分早く生まれていれば、あと一人分遅く生まれていれば、人生は大きく変わっていたのだ。

 それを覆すと断言したヴィートの言葉にリュカは期待を抱いた。握手を求めてくる彼の手をしかと握り、『僕もご一緒します!』とはっきりと返したのだ。



「ヴィートお兄ちゃんの話を聞いて、僕はちょっとだけ期待したんです。本当に災厄を倒して戻ってきたら、僕を家族にしたいって人が来てくれるんじゃないかって……」



 災厄を倒して帰ればリュカは紛れもなく英雄だ。それも第三王子と共に旅をした仲間。

 その名誉や肩書を欲する者は多いはずだ。無事に帰ってくればきっと養子縁組を希望する者達が現れ、自分にも家族が出来る。



「ずるい考えだとは思ったけど、でも、災厄を倒すんだからそれぐらい望んでも良いかなって思ったんです。だから本当に災厄を倒して戻って来れた時は凄く嬉しくて、孤児院の先生達に『僕のお父さんとお母さんになってくれる人を探してください』ってお願いするつもりだったんです。でも……」



 困ったような声色でリュカが何かを良い淀み、腕の中のふわふわの聖獣をぎゅっと抱きしめた。

『ンルルル』と聞こえてくる鳴き声はまるで返事のようで、更にはぐいと顔を寄せるとリュカの頬に自分の額を押し付けてきた。

 柔らかな毛がリュカの肌を撫でる。太陽の香りがするのはつい先程まで外で寝ていたからだろうか。


「ありがとうございます、ニャコ様。僕べつに昔のことは悲しんでません。……ただ」


 聖獣ニャコちゃんを抱っこしたままリュカが目の前の光景に視線をやる。


「……ただ、まさかお父さんとお母さん候補で話し合いになるなんて思わなかったんです」


 どうしましょう、とリュカが悩めば、腕の中のニャコちゃんもまた目の前の光景に視線をやり、呆れを込めたようにフンッと一度鼻を鳴らした。



 ◆◆◆



「リュカはうちで育てます」


 断言したのは柚香だ。

 その表情は使命感を帯びており、誰に何を言われても譲らないという確固たる意志が見える。

 だがそれに待ったが掛かった。ルーファスだ。


「リュカ君はいずれ僕の弟子として聖獣に関する仕事に就きたいと言っていました。それなら僕の息子になって、僕が育てながら聖獣について少しずつ教えていくのが良いはずです。リュカ君は僕が育てます」


 普段は柔らかいを通り越して緩い雰囲気のルーファスだが、今は珍しく真面目な表情で口調も他を認めないと言いたげだ。今の彼だけを見ればなるほど確かに神官だと感じるだろう。

 もっとも、そんなルーファスの断言にもまた制止の声が掛かった。今度はヴィートである。


「いずれルーファスの弟子になるなら、それまでは俺が育てたって良いだろう。俺の息子になれば王族だ。国一番の環境を提供できる。なにより俺はリュカに一番最初に会ってるんだからな」


 ヴィートの口調もまた断言めいた色があり、先の二人同様、譲るまいとしているのが分かる。

 この断言を聞けば誰だって英雄になった第三王子の意見は覆せないと退いただろう。環境という点でも王族に勝るものを提供できる者はいない。

 だが柚香とルーファスが今更そんなものに屈するわけがなく、第三王子相手だろうとお構いなしと「リュカは早い者勝ちじゃない!」という尤もな意見で一刀両断した。



 王宮にある一室。

 格調高いその部屋はいかにも議会室といった造りをしており、三人がそれぞれの言い分を主張することによりただでさえ威厳ある部屋の中により張り詰めた空気が漂っている。

 部屋にはリュカ達以外に誰も居ないが、居たらこの争いを止めただろうか。もしくは、英雄達の言い争いには口を挟めないとそそくさと退室していったかもしれない。

 聖女柚香と第三王子ヴィートはもちろん、ルーファスも今や神官として高い地位にいるのだ。誰かの味方につけば他二人の恨みを買うかもしれず、そんな事はご免だと考える人が殆どだろう。


 つまり、この言い争いを止められる者はいない。実際にこの場に不在という意味でも、立場的な意味でも。

 ゆえに加熱してしまう。


「出会った順番はずるいわよヴィート。それだったら私はニャコちゃんのカードを切るわ。ニャコちゃんは私の子供、ニャコちゃんを兄弟のように思ってるリュカはすなわち私の子供よ!」

「柚香様、ニャコ様を使うのはズルイですよ! それなら僕は職権乱用させてもらいます。僕の息子になれば聖獣に関する仕事に就くのも楽です。今の僕は神官の中でも高位にいるしなにより聖獣に関する第一人者ですからね。僕が一言添えればリュカ君はどんな仕事にも就けます! リュカ君の将来の夢を考えるなら僕の息子になるべきです!」

「くそ、聖獣関係を出されると俺は厳しいな……。いいや、それでも最初に会ったことを推させてもらう。リュカは俺を信じ、俺と一緒に災厄を倒しに行くといってくれたんだ。あの時から既に俺とリュカは運命を共にすると決めていた。これは親子の絆だ!」

「親子って言うなら、リュカは最初に私のことを『お母さん』って呼んだのよ。私の中に母を見たの。そりゃあの時は断っちゃったけど、今なら受け入れられる。リュカのお母さんは私よ! なんだったら産んだ記憶すらあるわ!」

「柚香様は異世界からきてこちらの世界に慣れたばかり、まだ分からないこともあるじゃないですか。そんな状態で育てるより、こちらの世界に慣れた僕が育てる方が良いに決まってます。それに僕だってリュカ君を産んだ記憶がありますからね!」

「落ち着け二人共、さすがに記憶改竄はするな。だがなんにせよ、リュカのために一番いい環境を用意出来るのは俺だ。それにやっぱり最初に会ったというのは大きいと思う。つまり俺の息子になるべきだ!!」


 三人がそれぞれ己の言い分を主張する。

 なんとも激しい言い争いだ。一触即発の張り詰めた空気を漂わせている。

 そんな三人を眺めつつ、リュカはニャコちゃんを抱っこしたままどうして良いのか分からずにいた。止めたいが止め方が分からない。

 腕の中のニャコちゃんに「どうしましょうか」と尋ねても、返ってくるのは『ンルルルル』という返事と頭突きだけだ。


「他の人を呼んだ方が良いんでしょうか。でもその人を困らせちゃうかもしれないし……」

「なんだ、またやってるのか」

「ブラッドお兄ちゃん」


 聞こえてきた声とポンと頭に置かれた手の感覚に、リュカがパッと表情を明るくさせた。

 部屋に入ってきたのはブラッドだ。仕事を終えたばかりなのか騎士隊の制服を纏っている。

 呆れを露わにした表情は元の厳つい顔付きと合わさって女子供なら震え上がりかねない威圧感を漂わせているが、この部屋に居る者に限っては見慣れたものだ。相変わらず白熱している三人は気にもとめないし、リュカに至っては彼の登場に安堵さえしていた。


「まったくいつもああやって言い争ってよく飽きないな。リュカも律儀に付き合わなくて良いんだからな」

「でも僕の事ですし……。それに僕を息子にって思ってくれるのはとても嬉しいんです。だからせめてもう少し落ち着いて話をしてくれれば良いんですけど……」

「落ち着いて話し合おうにも毎回こうなるからな。ほら、ニャコ様も付き合ってられないって寝てるだろ」


 ブラッドに言われてリュカが腕の中に視線を落とせば、いつの間にやらニャコちゃんは目を閉じて眠っている。

 ブラッドの手がリュカの頭から離れてニャコちゃんの額を擽るように撫で、もう一度リュカの頭にポンと戻ってきた。


「下手に口を挟めばより熱が入って面倒になる。こういうのは放っておくのが一番だ」


 止めもることも加わることもせず、ブラッドは一人落ち着いて達観している。

 そんな彼に促され、リュカはどうしたものかとブラッドと三人に交互に視線をやった。

 自分を息子にするために言い争っている三人を放っておくのは気が引ける。だが自分では何も出来ないのも事実。そしてブラッドの言う通り、たとえ当人であるリュカが制止しても彼等は落ち着かず、それどころか『言い争いを止めるリュカは優しい、そんなリュカを息子に!』と言い争いがより白熱するのだ。

 だからといって放っておくのは彼等の好意を無下にするように感じる。だけど何をするべきなのか……。


 どうしたら良いのか分からずリュカが困っていると、見兼ねたブラッドが愛でるように小さく笑みを浮かべ、優しく頭を撫でてきた。


「俺達は先に家に帰って夕食の準備をしよう。ヴィートとルーファスの分も作ってうちに招待してやれば喜ぶだろ。ここで言い争いを眺めてるより、飯を作ってやった方が良い」

「そうですね! 僕、皆に美味しいご飯を作ります!」

「あぁ、それじゃ家に帰ろうか」

「はい!」


 ブラッドの提案にリュカが明るい声で返す。

 そうして、何を作るか、材料を買って帰ろう、せっかくだからケーキも……、と話しながら部屋を出て行こうとし、


「ブラッドさん! なにさり気なくリュカ君を連れて帰ろうとしてるんですか! 貴方が孤児院に連絡とって養子縁組しようとしてるの知ってるんですからね! 監獄育ちの世間知らずぶってるくせに妙にまともな正攻法を取るのやめてください!」

「ブラッド! そうやって毎回しれっとリュカを連れて帰るのやめろ! あとお前さり気なく『家』だの『うち』だのと一緒に暮らしてるアピールするな! お前みたいな自分だけは冷静ですって態度のやつが一番油断出来ないのは知ってるんだからな!」

「ブラッド、そのままリュカを連れて帰って! リュカは私と貴方の子供よ!」


 ぎゃぁぎゃぁと三人が騒ぎだした。

 それに対してブラッドが「気付いてたか、勘のいい奴らめ」と小さく舌打ちすると同時に、さっとリュカの耳を塞いでくる。

 耳を塞がれたとはいえ色々と聞こえてくるし、それでもブラッドは部屋を出るように促してくるしで、リュカはまたしてもどうして良いのか分からなくなり、腕の中のニャコちゃんへと視線を落とした。

 ニャコちゃんをぎゅっと抱きしめ、ニャコちゃんの頭に自分の顔を寄せる。ごろごろと喉の音が聞こえてきた。


「ニャコ様、僕、皆と家族になりたいんです。皆が良いって言ったら困らせちゃいますか?」


 我が儘ですか? とリュカがこっそりと小声で問えば、ニャコちゃんが薄っすらと目を開けて『ンプルル』と答えた。

 まるでそれは『そんなの我が儘の内に入らない』と言っているようで、リュカが目を細めて笑った。



 正直に『皆と家族になりたい』とリュカが打ち明けた結果、言い争っていた三人どころかブラッドを加えた四人が揃えたように、

「全員の子供になれるよう法を変えよう」

 と一致団結するのは、それから数日後の事。

 にゃこちゃんはその時もリュカの腕の中で『ンプルルル』とご機嫌で鳴いていた。




 …end…



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