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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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13/57

13:この感情の名前

 



「ニャコちゃん!?」


 その眼光の鋭さといったらない。威嚇の声は静かな夜にまるで地鳴りのように続き、猫らしい愛らしさのある造りの顔だというのに敵意がひしひしと伝わってくる。友人の家に遊びに行き、その家の猫を撫でまわして帰ってきた時だってもっとマシだったと思う。

 きっと、一緒に寝ていたはずの柚香をブラッドに取られたと思って怒っているのだろう。――ニャコちゃんは嫉妬深く、以前に柚香が猫のクッションを愛用していた時など、嫉妬して毎夜ベッドから憎きクッションを蹴り落としていたのだ――


「ニャコちゃん、起きて私がいなくて寂しかったのね。もう寝よう!」


 慌てて立ち上がり、ニャコちゃんの元へと向かう。

 だがその直前、ブラッドに呼び止められた。

 足を止めて振り返れば、彼がじっとこちらを見つめてくる。銀の髪と青い瞳、今は焚火の明かりを受けて少しだけ赤色を帯びている。

 熱いほどの視線。疑うように、それでいて、どことなく怯えの色が微かに混ざっている。


「……見たのか」


 たった一言、彼が尋ねてくる。

 それに対して柚香は一瞬言葉を詰まらせた。

 何の話かは分かる。多分、いや、きっと、彼の肩に描かれていた鳥かごの事なのだろう。痛々しい火傷の跡、それで描かれた鳥かご。見たのはほんの一瞬だったが、目に焼き付いて今も鮮明に思い出せる。

 だがそれを今口に出す事は出来ず、柚香はコクリと小さく生唾を飲み、


「なんのこと?」


 そう、簡素に返した。


(これは嘘だ。だけど何を答えて良いのか、何をどう問えば良いのかも分からない……)


 突然の事に柚香の中には混乱が生じ、今は上手く話が出来るかも分からない。だから咄嗟に誤魔化しの言葉が口を突いて出たのだ。

 ブラッドがそれを聞き、微かにだが安堵の表情を浮かべる。

 それを見て柚香は嘘を吐いた申し訳なさで自分の声が上擦るのを感じながら、「おやすみ」と就寝の言葉を告げた。


「おやすみ、柚香」


 ブラッドの声は低く落ち着いていて……、そしてどこか掠れて聞こえた。




 そうしてテントに戻り、寝袋に入る。

 普段なら寝袋の中に一緒に入るニャコちゃんだが、今は枕元に座って不満そうな顔をしていた。


「ニャコちゃん、お待たせ。もう寝よう」

『ンー』

「そうだね、置いていかれて嫌だったね。もう朝まで一緒だから」


 頭と喉を撫でて宥めれば、ニャコちゃんの機嫌も次第に直っていく。

 そうしていそいそと寝袋の中に器用に潜り込んでくる。柚香が自分の腕を片手でぽんぽんと軽く叩けば、ニャコちゃんは擦り寄ると同時にゴロンと横になり、柚香の腕にぽすんと頭を置いた。もっとも甘えつつも、ふん! と荒い鼻息でご立腹具合を訴えてくる。

 だが頭から背中へとゆっくりと数回撫でるとすぐさまゴロゴロと振動が肌を伝わってきた。


 それを眺めて安堵し、柚香はゆっくりと息を吐いた。


 あの瞬間に見えた火傷の跡は何だったのだろうか。

 そしてブラッドの態度も……。


(何か隠してるのかしら……。そもそも、私、彼のことを何も知らない)


 出会ってまだ数日。それも日中は森の中を歩き、休憩中も彼は周囲の安全確認や水の確保と場を離れることが多く、そして夕方になるとみんなと過ごす。二人きりで話をするのは、今夜のように夜に柚香が起きて彼が火の番をしている時ぐらいだ。

 元々彼は口下手な方で、皆で居る時はもちろん、誰かと二人きりでいる時も話の主導権は相手に渡す。柚香といる時も同様。殆ど話の聞き手に周り、相槌を打って尋ねられれば答えるぐらいだ。

 それは厳つい彼の見た目に反して穏やかな空気を纏い、話している方も心地良くなってくる。『しっかりと聞いてくれている』それだけで嬉しくなるのだ。


 だがその結果、彼の事は何も知らないままだ。

 ……いや、思い返せば会話の最中に何度か尋ねてはいるのだが、それとなくはぐらかされている。分かった事と言えば年齢は柚香より三つ年上、それぐらいだ。

 どんな所に住んでいたのか、家族は、どうしてこの旅に出たのか……、他の事を気になってもいまだ回答を得られずにいるのだ。


(何か話せない理由があるのかしら。それがあの肩に描かれた鳥かご……? でもあれ、入れ墨とかじゃなかった。火傷だった……)


 思い出せば痛々しい傷跡にぞわりと寒気がする。

 それをあれほど必死に隠していたのだ。もしかしたら出自に関係しているのだろうか。


(……私、なにも知らない。だからこそ色々と知りたい。皆のことも……、なにより、ブラッドの事を)


 彼の事は特に。そう考える理由に気付いていないわけではない。

 二人で話す時の心地良さ、案じて気遣ってもらえた時の嬉しさ、名前を呼ばれた時の胸の高鳴り。それらの感情の名前を柚香はしっかりと自覚している。


 恋だ。

 分かっている。

 だけどどうして良いのかまでは分からない。


 生憎と柚香は異性との恋愛経験が無い。

 学生時代は友人達と学業と趣味に興じ、社会人になるやすぐにニャコちゃんに出会い、以降ニャコちゃん第一の人生を送ってきた。何よりもまずニャコちゃん優先である。飲み会も「愛猫が待ってるので」と断り、どうしてもという時でも一杯で帰るようにしている。


 そんな生活のすえ以前に上司から「猫を飼うと婚期を逃すぞ」と言われた事がある。

 その際に柚香は真顔で、


『ニャコちゃんが居ることで逃げる婚期なんてこちらからお断りです』


 と、堂々と断言した事があった。


 つまり、柚香は今の今まであまり恋愛経験を積んでこなかった。

 更にここは日本ではなく、相手は同じ世界の人間ではない。となればこの気持ちに正直になる事も出来ない。

 だが感情はそんなこちらの事情など知らずに増していく。昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日……。日に日に想いは募っていくのだ。


「でもこの旅が終わったら帰るんだから……。ねぇ、ニャコちゃん」


 話しかけるも、既にニャコちゃんはぐっすりと眠っている。

 耳を澄ませばぷすぷすと鼻息が聞こえ、小さく柔らかな体にそっと手を添えればゆっくりと上下しているのが分かる。暖かくてなんて可愛らしいのだろうか。

 そんな姿に、柚香は自分の胸にある悩みがゆっくりと薄れていくのを感じた。


(なるようにしかならないんだから、今は自分が出来ることをしてかないと)


 そう心の中で決め、ニャコちゃんの頭を撫でる。


「ニャコちゃんが一番だからね」


 そう告げて額にキスをし、柚香もゆっくりと目を瞑った




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