12:火の番の鳥かご
男しかいない旅に女が加わる、と考えると身の危険を覚えそうなものだ。
自意識過剰なわけでもなく、けして彼等を信頼していないわけではない。ただこれは持ってしかるべき危機感だろう。少なくとも柚香は異性と二十四時間共に生活し更には鍵のないテントで眠り、「危ないって?」と首を傾げるほど純粋でも危なっかしい性格でもない。
だが幸い危惧したような事は一切無く、彼等はテントや寝袋を柚香に譲ったりと紳士的な対応をしてくれた。
おかげで、旅に同行して五日が立つ頃には、すっかりと柚香は彼等を信頼していた。
それどころか危機感を抱いていたことを失礼に思う程である。
「私、貴方達に失礼なことを考えていたわ」
そう柚香がコップを手に持ちながら話したのは、月が空高くに登った真夜中。
頭上には相変わらず木々が生い茂り、その合間から月明かりが細く差し込んでいる。足元では焚火が明々と灯り、向かいに座るブラッドが細枝を投げ込むとパキンッと高い音と共に小さな火花を散らした。
夜、眠れずにテントから出て、火の番をしていた彼と向かい合って座り今に至る。
火の番はブラッドとヴィートとルーファスが交代で行っている。火を絶やさぬよう、燃え移らぬよう、朝まで必ず一人が起きているのだ。
それだって柚香は頭数に入っていない。自分も火の番をやると名乗り出でるも誰も取り合ってくれず、毎度テントに押し込まれてしまう。
そうして彼等の気遣いに甘えて今に至るのだ。
「失礼なこと?」
「その……。ほら、ブラッド達って男だけでしょ? リュカはまだ子供だけど、貴方もヴィートもルーファスも立派な成人男性なわけだし、そんな中で女一人っていうのも……」
改めて言葉にすると、なんとも失礼な話ではないか。
こんな事を考えていたと打ち明けることもまた失礼である。だがそれを踏まえても打ち明けられるくらいには、彼等と親しくなれたと自負している。
ブラッドを含め、彼等はみんな今まで柚香が接した事のないタイプだ。だけど不思議とすぐに馴染むことができた。
たった五人で一日中行動を共にしているからだろう。それと、彼等のさり気ない優しさもある。
今だってブラッドは柚香の話を静かに聞き、怒るでもなく反論もしない。それでいて、柚香が己を自意識過剰と考えて口ごもると察したのか「気にするな」と告げてきた。
「女はそう考えるものなんだろう」
そう返すブラッドの声には咎めるような色は無い。
それに柚香は安堵し、コップに口を付けた。暖かさが喉を伝い胸に染みこんでいく。
目の前の炎と暖かな飲み物。そしてブラッドとの穏やかな会話、それら全てが体を温めてくれる。
そうして再びブラッドへと視線をやり、ふと、彼のシャツの肩部分が裂けて薄っすらと血が滲んでいる事に気付いた。
「ブラッド、怪我したの?」
「ん? あぁ、日中に枝に引っかけただけだ」
「血が滲んでる。見せて、直してあげるから」
彼の隣へと移る。見たところ軽傷で血は既に止まっているようだ。だが治るに越した事はないだろう。
そう考えて話すも、ブラッドはどうしてか庇うように左手で己の右肩を押さえた。
「気にするな、治すほどの怪我じゃない」
「でも肩だと動かした時や荷物を持った時に痛むでしょう?」
数に制限のある道具を使って手当を、というのなら彼が遠慮するのも分かる。
だが使うのは柚香の治療の力だ。それもこの程度の傷ならばさほど苦労もせずに治せる。
だから平気だと話すもやはりブラッドは応じることなく、顔を背けると「平気だ」と拒否してきた。心なしか彼が身構えているように見える。
「どうしたの?」
「……何もない。だからお前はもうテントに戻って休め」
「そんな、このままでなんて寝られない。ねぇ何かあるの? 私の力の事なら気にしないで、これぐらいなら疲れないから」
そう話しながら柚香はブラッドへと手を伸ばし、そっと肩に触れた。
「見るな!!」
怒声が響いたのは、指先が彼の肩に触れたのとほぼ同時だ。
ブラッドが拒絶するように大きく腕を払ったことで柚香の手が弾かれる。その瞬間、指先が衣服の裂け目に引っかかり、布を開かせた。
(……鳥かご?)
と、柚香が心の中で呟いたのは、布の隙間から見えた肌に鳥かごの絵を見たからだ。
痛々しい火傷の跡、だがそれは確かに鳥かごの形を作っていた。作為的に描かれたその跡は、たとえるならば……、焼き鏝だ。
だがそれを疑問に思うのとほぼ同時に、柚香は自分の視界がゆっくりと斜めになっていくことに気付いて「え?」と間の抜けた声をあげた。これではまるで後ろに倒れるような……。
倒れる。
そう理解すると同時に柚香の中で危機感が一瞬にして弾けた。
体を庇うなり手をつくなりすべきなのだが、そうは思えども強張った体は一切動かない。受け身もなにもなしに地面にぶつかり……、だがその直前、逞しい腕にぐいと強く抱き寄せられた。
スローモーションのようにゆっくりと斜めになった視界が、今度は一瞬にしてその後を辿る。
倒れかけたところをブラッドに抱き寄せられたのだと気付いたのは、彼の胸元に顔をぶつけてからだ。
「あっ……」
「悪い、大丈夫だったか」
ゆっくりとブラッドの腕が離れていく。
それに対して柚香は目を丸くさせたまま彼を見上げた。いったい何が起こったのかいまだ理解が追い付いていないのだ。
彼の肩に触れた瞬間、拒絶の言葉と共に腕を振り払われた。
それによりバランスを崩して倒れかけ、だがブラッドに抱き寄せられて助けられた。
……そして、あの瞬間に見えたのは。
あの時、彼は『触るな』ではなく『見るな』と言っていた。
「ごめんなさい、私……」
「いや、謝るのは俺の方だ。悪かった」
「その……、突然触っちゃって驚かせちゃったのね」
柚香が乾いた笑いを浮かべる。もちろん『触って驚かせた』等とは思っていない。これは『そう言う事にしておこう』という提案だ。
意図を察したのかブラッドも僅かに言葉を詰まらせたのち、否定することもなく「あぁ」と頷いた。その表情が僅かに強張って見えるのは、やはり気のせいではないだろう。
過剰な拒絶、あの瞬間に見えた火傷跡で描かれた鳥かご、そして今のこの態度……。
柚香の中で疑問が湧く。だがそれを問うのは躊躇われ、乾いた笑いを続けた。
「もし傷が痛むようならいつでも治すから言ってね。それと洋服も、裁縫道具があれば明日縫うから」
「あぁ、頼む。……ん?」
ぎこちない会話の中、ふとブラッドが何かに気付いたのか視線を他所へと向けた。
それにつられて柚香も振り返れば、そこにはテントがあり、入り口から顔を出すのは……。
『ウグルルルルル、ウグルルルルルル』
という、地を這うような声と共にこちらを凝視してくるニャコちゃんだった。




