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悲劇は喜劇のように  作者: 五月雨
9/10

第九幕

「…いよいよ、ね」

「何回も原稿読んだけど、本当に大丈夫かな……?」

「間違ってもここで……心配だから、もう一度読ん」

「先輩ー。そろそろ時間っすよ?準備OKですか?」

「ぴぃ!?」

「…あ、いたいた。何すか、いきなり変な声上げて?」

「本っ当に大丈夫かな!?髪型とかネクタイとか性格とか、いろいろ曲がったりしてないよね!?」

「…普通に直せないもんが混じってますけど。まあ大丈夫だと思います」

「……えぐえぐ。すんすん」

「…テンパってますねー。今日は舞台に上がるわけじゃなし、原稿だってあるし。どう考えても楽勝じゃないっすか」

「そういう問題じゃない!だって今日は『答え』があるんだよ!?」

「……あー、まあ。卒業式の送辞を即興されたくはないっすよね……」

「ううううう。委員長なんて各クラスいるのに。じゃあ在校生代表は、とりあえず一組の委員長でいいか……って。『とりあえず』!?『とりあえず』って何!?」

「原稿は担任が作ったんすよね?読むだけだからいいじゃないっすか」

「……キシャー。シュフルルルル。ブギャララララ」

「…ど、どうどう。落ち着いて。とにかく時間っすから」

「おー、一年君も来てたか。部活の先輩を冷やかしか?」

「…応援っす。この後、卒業記念ライブもやりますんで」

「シュフルルルル。ギュシャーーー‼ニギィィィィィィ」

「……暴走してんな。舞台では堂々としてるし、大丈夫だと思ったんだが」

「見てたんですか?…てか学校に知られると結構ヤバいもんもあったような……」

「まあ気にすんな。俺も元即興演劇部だ。見逃せるもんは見逃す。無粋な真似はしねえよ」

「……え」

「なんだ聞いてなかったのか?俺もここの卒業生で、七年前の副部長だよ。といってもあの頃は、まだ部長と俺しかいなかったっけか」

「あたしも初耳です。七年前というと、この学校ができた次の年くらいですよね」

「おう。当時は野球部やサッカー部ですら未認可でな。実績を上げたところだけが部や同好会になれるってんで、そりゃ大変な騒ぎだったんだよ」

「……そんなときに即興演劇部?そもそも即興演劇部って、何やれば実績になるんすか」

「もっともな疑問だ。が、その答えは出てない。だから公式の部として認められない。そいつはお前らにも分かるよな」

「……ええ、まぁ」

「でも先生、ここまで続くってことは」

「もちろんだ。生半可な気持ちで作ったんじゃない。開式まで少し時間があるな……それじゃあひとつ即興演劇部ОB会、昔語り篇でもいってみるか?」


 ぶー




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



元部員教師(以下、元)「そんなに長くねえから、まあ気楽に聞いてくれ。元々この部を作るって言い出したのは、俺じゃなくて部長だったんだ」

新入部員(以下、新)「まあ普通そうですよね。最初に言い出した人が一番面倒で大変な役をやる」

元「ウチの場合、副部長のほうが大変だったんだけどな。今もそうだろ?部長は舞台で華やかに煽るけど、裏方はみんな副部長の仕事。双子がいるから助かってる部分もあるんだろうが、経理や場所取りなんかは全部アイツの仕事じゃないか?」

二年生(以下、二)「はい。少しずつ引き継いで、今は後輩君にも手伝ってもらってます」

元「ま、そういうことだ。部長は天性の喜劇役者でな。雑用は全部俺だったんだよ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



元「だがな。どうしても分からんことがあった。今こそ普通に生徒と喋れるが、当時の俺は口下手もいいところだった。なんで俺を誘ったのか、全然分からなくてな」

新「雑用をさせるためじゃないかと思った?」

元「ああ。それほど親しかったわけでもないし、目立つ要素は何もなかった。こう言っちゃなんだが、今の部員で一番特徴がないお前より俺はキャラが薄かったよ」

新「……そいつはどうも」

元「もちろん今は分かってる。彼女が何故俺を誘ったか。他の誰かと一緒じゃなく、最初に俺ひとりだけと即興演劇部を創部したか」

元「当時の彼女と俺は、同じ問題を持ってたんだ。親の再婚という、な」

二「……………っ!」

新「え……?」

元「この部はさ、俺と部長の練習場だったんだよ。受け容れがたい現実と、どうやって折り合いをつけていくか。それを探るための」

新「それって、つまり……」

元「いや。あいつらはお前の事情を知らん。ただ同じ匂いがする連中を、一人ずつ集めていっただけだろう。だが結果として似たようなことになった。俺がいた頃の、創部当時の即興演劇部みたいに」

二「……………」

元「今年のバレンタインで部の役目は終わったと思う。部長は文化祭までのつもりだったらしいが……いい形に落ち着いたよな。もうお前らのものだから、好きにしていい」

二「……やめるならそれでも、と。そういうことでしょうか?」

新「先、輩……?」

元「重荷になるくらいならな。お前らはもう大丈夫だ。同じような連中が出てきたら、そのときまた考えりゃいいさ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



二「……やめません」

新「え……?」

二「即興演劇部は、やめません。先生の話を聞いて、ますますそう思いました」

元「……ほう。そいつはなんでだ?お前はクラス委員をやってるし、次期生徒会長の話だってある。受験も控えてるし、あまり余裕はないと思うんだが」

二「はい。正直言って厳しいです。今日の送辞だけでも、勝手に決めた先生達に何度陰口を叩いたか分かりません」

元「…あ、あぁ。そうか。悪かったな……推薦したのは、俺なんだが……」

二「これから問題を抱える子にとって、即興演劇部が一番いい形かどうかなんて分からないです。いいえむしろ、かなり特殊で回りくどい方法なんだと思います。でも」

元「でも……?」

二「先生が最初に仰いました。この部は現実と折り合いをつける練習場だって。あたしみたいに不器用な子は、遠慮なく叫べる場所が必要だと思います。大人は学校がそうだって言いますけど、演劇という容れ物なしに同じことをしてたら……」

元「……さすがに守りきれない、な。退学になってたと思う、多分」

二「はい。だから同じことがあったとき、今度はあたしが先輩達になる。次期部長はあたしだから。殴られる役は……後輩君に譲りますけど」

新「え、俺!?そういうトコだけ俺なんすか!?」

二「頑張りなさい、次期副部長君。他に人材がいないという事情はさておき」

新「…本音が駄々洩れてます。殴られるだけなら副部長にならなくていいっすよね?皮ジャン君だっているし、途中で誰か入るかもしれないし」

二「殴られるのは構わないんだ。前々から思ってたけど、後輩君って実は」

新「違いますからね?違いますからね?俺はイジられて悦ぶような、どこぞのドM部長とは違いますからね?」

二「…えぇー。でも、実績が」

新「でもじゃないっす。とにかく違うったら違うんすよ」

元「邪魔したみたいで悪かったな。ОB会の昔語り篇はこれで終わりだ……あまり緊張してなくてよかった。送辞の件、よろしく頼むわ」

二「……はっ」

新「先輩、もしかして忘れてました?式、もう始まってますよ?」

二「…ぇあぁぁ……」

新「……大丈夫。大丈夫っすから。結構恥ずかしい台詞とかも、臆面なくバンバン言ってましたし」

二「…んんにぃぇあぁぁあぁぁ……!」

新「それに比べりゃ他人の書いた原稿読むなんてチョロいもんです。おk!」

元「司会には緊張してたから休ませてるって言っといたぞ。何食わぬ顔で入ってけば、あとは呼ばれるまで待ってりゃ大丈夫……おぉ、そうだ」

二「……何です。まだ何かあるんですか」

元「くれぐれも即興は控えてくれよ?といっても多少のアドリブなら、みんな原稿知らんから何とかなると思うけどな」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 …送辞。在校生代表、二年一組クラス委員………


「三年生の皆様。本日の御卒業、誠におめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます」

「体育祭や文化祭、部活動の折に触れて……あるときは優しく、あるときは厳しく……ない人もいたかもしれませんが。私達後輩を、弟や妹のように……っ」

「…御指導いただき、本当にありがとうございました」

「我が叢木学園高校は、創立されて間もなく、まだ伝統と呼ぶべきものが形づくられておりません。試行錯誤のなかから何かを生み出すことの楽しさや苦しさ。私達後輩は、その気持ちを先輩達と分かち合ってきたつもり、です」

「大学進学、あるいは実社会へと。進まれる道は様々ですが、御卒業後も時には母校へ立ち寄り、今までどおり御指導いただければ。これに勝る喜びはございません。在校生一同、皆様方のお越しを心よりお待ちいたしております」

「先輩方の御健康と、ますますの御活躍をお祈り申し上げ。簡単ではございますが……っ」

「……以上をもちまして。皆様方を、お送りする……式辞とします」

「…ありがとうございました!本当にありがとうございましたっ……!」


 …答辞。卒業生代表、第八代生徒会長………


 …校歌斉唱。卒業生、在校生一同起立。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 瀝青深き巷の夜

 其処な陰樹の森にこそ

 我らが学びの庭は在る


 薄き実りを分かち合い

 共に道を過ぎ往かば

 其の歩み 遅くとも

 其の進み 乏しくとも


 茂る叢 木枯らし破り

 聳え立つ木 炎天陰る

 斯く在れかし

 叢木は 常に寄り添う




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「一同、起立!」

「礼っ!」

「これにて第八回叢木学園高等学校卒業式の一切を終了いたします」

「…礼っ!」

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