第56話 エピローグ
私が聖女を引退してから十五年の歳月が流れた。
その頃には私の後任として聖女となったエミリアも既に任期を終え、私の知らない別の少女が聖女の任に就いていた。
その間ゲルダ侯爵やゾーランド領民のとりなしもあってイザベリア聖王国と魔界は特別争う事もなく平和が続いていた。
もはや魔族を退ける破邪の結界は不要ではないかという世論が巻き起こり、やがて各地の教会に設置されている結界石の撤去法案が可決された。
破邪の結界が無くなったとはいえ、聖女はその慈愛の力を持ってして王国民の安寧を守る仕事がある
イザベリア聖王国内では今の聖女の任期終了に伴い、近々新たな聖女を決める神託が降りる話題で持ちきりだ。
クロネの教会はゾーランドの新領主の計らいで以前と同じ状態に修復された。
私の一件により色んな意味で有名になったこの教会は観光地にもなっており、参拝客とは別にイザベリア聖王国内外から観光客が訪れるようになった。
「おお、あなたがあの聖女シェリナを育てられたというマルセル神父ですね。お会いできて光栄です」
「いえいえ、私は何もしていませんよ。全て彼女の才覚によるものです」
この日観光に訪れた男性は私を育てくれた神父様に挨拶をした後軽く談笑していた。
今では珍しくもない光景だ。
その時、バサバサと翼を羽ばたかせる音が教会に近付いていた。
「おや、何の音ですか?」
男性は音がした教会の入り口の方に視線を移すと、そこには神聖な教会には似つかわしくない異形の者の姿があった。
「うわ、魔族だ!」
漆黒の翼に頭部の巨大な角を持つその魔族はまるでここが自宅であるとでも言わんばかりに自然体で教会の中に入ってくる。
魔族を見た事がないその男性は驚いて腰を抜かして尻もちをついているが、神父様は穏やかな笑みを浮かべながら親しげにその魔族に話しかける。
「こんにちはエリナちゃん。紅茶でも飲むかい」
「こんにちは神父様。あら、お客さんがいらっしゃっていたのね。驚かせちゃったかしら?」
「気にしなくていいよ。直ぐに慣れるから」
二人のやり取りを眺めていた男性は危険がない事を理解するとゆっくりと立ち上がって言った。
「さすが魔界と接している場所に建てられた教会の神父様は肝が据わっていらっしゃる。私など驚いて恥ずかしい姿を見せてしまいました」
「ははは、顔見知りですからね」
「しかしこの魔族の方の姿、どこかで見覚えがあるような……」
男性は魔族の容姿をまじまじと眺める。
強大な力を持つ魔族の証である武骨な角や翼とは反対に、その魔族の少女は流れるような美しい銀色の髪と深緑の瞳を持っていた。
「あ、もしかして!」
この教会に観光に訪れる者ならば見覚えがあって当然だ。
観光案内のパンフレットには銀色の髪と深緑の瞳を持つ元聖女である私、シェリナ・ティターニアの姿が描かれている。
マルセル神父は笑顔で男性にこの少女を紹介した。
「彼女の名前はエリナ・ティターニア。母シェリナの影響で聖女の修行に来ているんですよ」
「そうだったんですか。それではもう次の聖女は決まりですね」
人間と魔族の垣根を超えた新世代の聖女の誕生は、やがてイザベリア聖王国と魔界にの更なる発展をもたらす事になった。
完




