第55話 聖女の終わり
「そうか、貴様とは戦いたくなかったが仕方あるまい」
アザトースさんは愛剣である魔剣サンドックを抜き、オルトシャンさんに突き付けるが、一方のオルトシャンさんは涼しい顔をしている。
霊剣フツノミタマも鞘に収めたままだ。
「ふっ、勘違いをするな。シェリナをどうこうするつもりはない。私もシェリナには恩義があるからな。私の目的はイザベリア聖王国に聖女を取り戻す事だけだ」
「それは一体どういう……あっ、そういう事……」
私は膝をぽんと叩く。
考えれば簡単な事だった。
王国が必要なのは聖女であって私ではない。
つまり、私が聖女を止めればいいんだ。
「分かりました。私、聖女を引退します」
私は膝を下り両手を組み合わせ祈りの姿勢を取る。
「慈愛の女神ティターニア様。聖女シェリナ・ティターニア、今この瞬間を持って聖女の位を返上いたします」
私が引退宣言をした瞬間、私の身体が淡い光に包まれたかと思うと、その光はあっという間に私の身体を離れて霧散した。
女神の加護が消えた証拠だ。
私が聖女ではなくなった事によって近い内に女神の神託によってイザベリア聖王国内で新たな聖女が誕生するだろう。
私の予想ではおそらくエミリアが選ばれると思う。
その一部始終を複雑な表情で眺めていたアザトースさんが私に問いかける。
「ずいぶんあっさりと女神の加護を捨てたな。お前は聖女になる為に辛い修行を続けてきたのだろう。本当に良かったのか?」
「良くはないですけど、こうしないと一緒に暮らせないでしょう? 全部アザトースさんのせいですからね。ちゃんと責任は取って下さいね」
「ふっ、これは手厳しいな。いいだろう。俺は生涯お前を守り続けると約束しよう」
「そうですよ。私はもうただのか弱い少女になっちゃったんですからね」
私の言葉にオルトシャンさんは噴き出しながら言う。
「いや、お前は女神の加護抜きでも破邪の力はかなりのものを……ぐはっ!」
「あら、ごめんなさいオルトシャンさん。手が滑ってしまいましたわ。ほほほほ」
私は思わず余計な事を口走ったオルトシャンさんのみぞおちに肘打ちを食らわせてそれ以上の発言を阻止する。
何はともあれこれにてイザベリア聖王国に聖女を取り戻すというオルトシャンさんの任務は完了だ。
「それにしてもオルトシャンさん、私を引退させるだけの話だったのにどうしてあんな風に回りくどく誤解を招くような言い方をしたんですか?」
「ああ、ここだけの話だけどな。アザトースの奴、お前の事で中々煮え切らない様子だったからな。良い機会だったから発破をかけてやったのさ」
「ええ……全てはオルトシャンさんの計画通りって事ですか?」
「まあそんなところだ。しかし成果はあっただろう?」
「……そうですね。そこのところは感謝しておきます」
私とオルトシャンさんはアザトースさんに聞こえないように小声で会話をする。
「お前達何をこそこそと話をしている」
アザトースさんは私達が何の話をしているのか気になっているようだが、さすがにこんな話を伝える訳にはいかない。
かといって嘘をつくのも躊躇われるのでアザトースさんについての話とだけ伝えておいた。
もちろん悪口ではないと付け足しておく。
「アザトース、この先ずっとシェリナと仲良くやれよ」
「うん? 無論だ」
アザトースさんは少し困惑していたけど、この話はこれでおしまい。
オルトシャンさんは今度はアザトースさんにも聞こえるような大きさの声で話す。
「さて、これで聖女の件も無事解決した。私も少しはお前に借りを返せただろうか」
「それなんですけど、前回オルトシャンさんがこの城に来た時が私との初対面でしたよね。借りって何の事ですか?」
「そりゃ心当たりがないだろうな。私は以前お前が毎日行っている祈りによる浄化の力によって命を救われた事があったんだ。聖女というものは自分が思っている以上に多くの人を救っているんだぞ」
「そうだったんですか。毎日のお祈りはただのルーチンワークでしたので、祈りによって救われる人がいるという事は知識としては知っていましたが、実感がありませんでした」
「お前に感謝をしている者は星の数ほどいるぞ。いつか私の様に借りを返しに来る者がいるかもしれん」
「ははは、お気持ちだけで十分です」
何百、何千という人達が借りを返す為に魔王城まで殺到する様子を想像して私は苦笑いするしかなかった。
その後オルトシャンさんは魔王城内で手厚いもてなしを受けた後、魔王城の皆に見送られながら意気揚々とイザベリア聖王国へと帰っていった。




