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黒バラと姫  作者: 無風の旅人
公国包囲戦
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戦記66 南方制海戦その4

「レダリアルはこのまま直進せよ。」

 白鯨船団の進路は変わらず。座乗船が航路を譲るなどの考えはアエラフトには無い。敵は全戦力での鏖殺、これが北方の大軍の兵法だった。

「オウトール船団は右から、フテマラ船団は左から目の前の艦隊を挟みこめ。」

 クキラ将軍は統帥の意を受けて、北方王国の船が中心のオウトール船団十隻と諸国中心のフテマラ船団十隻を左右に展開する。総旗艦にはガルア船団十隻が随伴する。


「敵は左右から我々を挟むこむつもりです。」

 副官の報告にミスガン提督は迷いなく命じる。

「四番艦から十一番艦は左に展開、十二番から十八番艦は右に展開。ライラス号と二番、三番艦は進路そのまま。」

 敵の左右各十隻に対して八隻と七隻をふり、中央は三隻のみで進路そのまま。この指揮に異論を唱える者はいない。絶対の信頼感のもとで各艦は命令を遂行する。


 左右に広がる第一艦隊を追ってオウトール船団とフテマラ船団も船団間の距離を広げる。『白鯨船団』は敵の意図が右と左と中央の三つの戦場を設定、兵力差を埋めるため兵力の強弱をつけた部隊で三戦のうち二戦を制す兵法だとみた。

「しかし、この船団に弱兵はなし。」

 王弟アエラフトは敵の戦法を上回る自信を示す。ましてや最強と呼ばれる船が最小の部隊に振り分けられているのでは中途半端もいいところだった。

「敵があえて、中央を薄くした理由はなんだ。」

 一方で中央は最初の一当たりで潰せるとの考えに至ったクキラ将軍は、用心を重ね船長のダガに現状を確認する。物見の船員からの報告では、正面の艦隊に後方からの増援はなく、自船団の後方も船影ありの報告も無い。左右に分派した艦隊に対しても各船団に不利な要素はない。オウトール船団、フテマラ船団は共に敵を押し包むべく敵の分派した艦隊より外に位置取っている。

「噂程では無いのかミスガン提督は。内海最強と聞いていたが。」

 クキラ将軍の呟きはむしろ彼のみの疑問であり、他の将兵に至っては勝利しか頭にない。

「まあ旗艦自らたった三隻で突進とはそれだけでも驚きですな。」

 経験豊富な壮年のダガ船長には、敵艦から脅えの雰囲気が無いだけでも感心に値した。

「しかし、うちの船団は相当外に回り込んでますな。」

 ダガ船長の言葉に何気なく視線を右に向けて、クキラ将軍は敵左分艦隊と比べて味方の船団が遠すぎるように感じる。

「いや、あの左の艦隊は近づいてきていないか。」

「確かに、じゃあねえ、こっちに向かってやがる。」

 ダガ船長は反射的に左回頭も予想して船の左舷を確認して気が付く。先ほどフテマラ船団と位置取りを争って外側に向かっていた敵の右分艦隊が、いつの間にか内側に進路を向けている。

「なんでだ。」

「奴らはいつの間に。」

「狼狽えるな。船団は誘い込まれたのだ。」

 船員達の驚きの声にクキラ将軍の叱責が飛ぶ。

「将軍、指示を。」

 一船なら船長独断も可能だが、総旗艦の進路は船団全体の動きを左右するためダガ船長は将軍の判断を仰ぐ。

「船長、右に回頭だ。」

「進路そのまま。」

 クキラ将軍の声にアエラフトの命令がかぶさる。

「総帥。」

「あれが来る。」

 アエラフトの視線の先にいる敵旗艦は進路を変えずにいる。

「進路そのまま。戦士団は防御陣形を取れ。」

 クキラ将軍が覚悟を決め命じると、甲板の戦士達が盾を手に取り並び始める。襲撃・移乗攻撃時の丸盾ではなく、北方の大男の体を隠せる大楯だった。特に王弟アエラフトの周囲は親衛隊が二重の隊列で守りを固め万全の体制を取る。

「くそ、良い腕だな、おい。」

 ダガ船長が悪態をつくほど、両翼の敵分艦隊が見事な操船で時間差なくレダリアル号を左右から挟み込み進路を封じる。

「来るぞ。構え。」

 大楯を構える者と弓を構える者。戦士団が緊張と余裕が混ざった表情で待ち受ける。

「放て。」

 ダガ船長の指揮のもと矢が放たれ、同時に甲板上に矢雨が降る。矢が突き刺さる音と弾かれる音に混じり、うめき声と悲鳴が響き怒号が飛ぶ。片舷の攻防である連合王国艦隊に対してレダリアル号とそれに続く船団は両舷から攻撃を受ける。

「一気に抜けろ。」

 時間をかけると不利なため、クキラ将軍はレダリアル号自ら全速で駆け抜ける事で船団の突破を計る。数名の戦士が一度に倒れたのは大楯を抜く大弓から放たれた矢の直撃を受けたからだった。

「怯むな。矢を放ち続けろ。」

 死傷者を積み上げながらもレダリアル号は船足を落とさずに、連合王国艦隊の死の回廊を抜ける。追従できたのは十隻中七隻。二隻は帆綱が切れたことで船団から遅れ、一隻は船列の乱れから艦長の独断で体当たりに向かう途中で半包囲され、操舵手を含めた船員の死傷多数により操船に支障をきたして半漂流状態になる。

「敵の前衛を突破、本隊がきます。」

 物見頭の報告は三隻を本隊とする奇妙なものだったが、分艦隊の操艦と今の攻撃を受けた者の中で笑う者はいない。

「殿下、このままでは。」

「ぶつけよ。」

 クキラ将軍の問いかけにアエラフトは正面にいるライラス号に向けて突撃を命じる。


「敵旗艦の進路変わりません。」

 報告を受けた副官はミスガン提督に目で問いかける。

「後続艦は右二十度で戦域から離脱、右の艦隊と合流せよ。」

「本艦は」

「左五度で回頭、大弓準備。」

「了解です。」

 連合王国艦隊の大型艦よりもさらに幅広いレダリアル号との正面衝突は艦の性能的に得策では無く、ミスガン提督は反航戦での矢戦で敵将を仕留めるつもりでいた。


「敵艦進路変更、右舷を抜けます。」

「右櫂をしまえ。船員は衝撃に備えろ。」

「防御陣形維持、投擲準備。」

 ダガ船長は旗艦の操艦に集中し、戦士団の指揮はクキラ将軍が行う。

 互いに水しぶきをあげすれ違う二隻。甲板位置は僅かにライラス号が高く、弓兵が矢を打ち下ろす。対抗するためにレダリアル号からは油壺が投擲される。半数がライラス号の甲板に届き油を撒き散らす。海獣の脂肪から作られた油は発火点が低く、打ち込まれた火矢で簡単に燃え上がった。

 一方でレダリアル号も大弓の矢で陣形が崩された部分に矢雨が注がれ先程の比ではない損害を出す。

「なるほど、十隻からの攻めよりもこの一隻が上回るか。」

 分艦隊よりも接近しているため邂逅の時間は短くともライラス号の攻撃は苛烈で、アエラフトの足元に矢が突き刺さる。構わずアエラフトは敵旗艦を睨み続け、敵船団の総帥アエラフトを確認したミスガン提督が引き絞った弓から、二度目の矢が放たれる事はなく二隻はすれ違った

 弓を収めたミスガン提督はライラス号を回頭させると、風を読みレダリアル号から一気に離れていった。


 クキラ将軍は船団を集結させ、救援のため数艘の小舟を船団から遅れた船に向かわせると、統帥アエラフトに尋ねる。

「目標は。」

「目指すはエンドル港。それ以外にない。」

 連合王国艦隊を無視してまでエンドル港に向かう決断に、クキラ将軍は王弟の性格に合わぬ、総帥としての役割を重んじたのかと推察した。

「進路はそのまま、船団は予定通りエンドル港を目指す。」

『白鯨船団』の各船は力強く櫂を動かし戦場を後にした。


「艦隊集結、損害を確認できしだい追撃に移る。」

 ミスガン提督は『白鯨船団』の意図に気が付き、艦隊の集結を急がせる。

「敵はエンドル港にいる都市連盟艦隊との合流を優先する気だ。」

「北の戦馬鹿達がですか。」

 消し止めた火の後始末を指揮しながら副官が疑問を呈す。目の前の敵を置いてエンドル港を目指すなど、話に聞く蛮族ぶりではなく北方諸国の幹部は戦略を理解している事になる。

「事実、反転の兆しが無い。」

「しかし西からの風により追撃には不利です。まさかこれも計算のうちですか。」

 向かい風で進む方法はあっても、比較的波が穏やかな内海では逆風で帆船が櫂船に追いつくのは難しい。

「第二艦隊へは既にマラスル号が向かっておる。我々も急ぐぞ。」

 激を飛ばすミスガン提督は、事前に高速艦二隻を別に配置、マラスル号には『白鯨船団』が西進をした場合に備えて第二艦隊のキーシュ提督へ伝令役を任せていた。

「黒策士め、とんでもない奴らを内海に放してくれたものだ。」

 ミスガン提督はノエルへの罵りを小声で済ますと、海図を見ながら次の戦いに備えていた。


「敵北方諸国艦隊は、第一艦隊の攻撃を受けながらも回頭せず西進、あくまでエンドルを目指すもよう。」

 マラスル号からの報告を受けて連合王国第二艦隊は岐路に立たされていた。先手を取るため東進して『白鯨船団』に攻撃をかけるか、あくまで都市連盟艦隊の動きを押さえるためエンドル沖で待ち構えるか。喫水の深い帆船を主体とする連合王国艦隊では、浅瀬が多いこの海域で北方諸国の船団と乱戦に陥ると座礁の危険がある。

 連合王国の第一艦隊と第二艦隊と第四艦隊、公国側の都市連盟艦隊に『白鯨船団』。どの艦隊との合流を優先し、敵の合流を阻止するか。

「東進して我が艦隊の有利な海域で戦端を開く。」

 より第一艦隊と合流する機会が早くなり、第四艦隊の参戦も期待できる海域。

「それにエンドル港に引きこもっている都市連盟艦隊は外の動きを完全に把握できているとは思えん。」

 キーシュ提督の期待と予想が入り混じった判断は、海上封鎖を行っている事実から普通なら的外れではない。何より内陸の要塞の中に閉じこもっている者が『白鯨船団』の出現時期をエンドル港に伝えているなどと想像する事が困難であったから。


「連合王国の新手の艦隊が、航路を塞ぐようにこちらに向かってきます。」

 第二艦隊発見の報告を受けたダガ船長は、返答が判っていてもあえて王弟と将軍に確認する。

「二度目は捨て置けんな。」

 アエラフトは二度も自船団を妨害する連合王国艦隊に対して、今度は壊滅を命じる。分散した敵を個別に潰すのは艦隊戦の基本であるため、クキラ将軍も同意し具体的な戦術を立案する。


 第二艦隊十六隻は旗艦を含めた二隻の大型艦を先頭に二列縦隊で西からの風に乗り『白鯨船団』に突進する。対する『白鯨船団」は旗艦レダリアル号が率いるガルア船団を中心に、オウトール船団は右に、フテマラ船団を左に一列横隊を組む。

 反航戦から反転して同航戦ののち包囲を狙う矢戦主体の連合王国艦隊と、船をぶつけ合い移乗攻撃で決着をつける北方諸国船団の戦いは、先の戦いと同じように最初の邂逅でどちらが相手を自らの舞台に引きずり込むかで決まる。

「逆楔の陣形をとれ。」

 クキラ将軍の命令で、オウトール船団とフテマラ船団の両端外側の船が急速前進、左右から中央への斜形陣を形成し敵を半包囲するすり鉢状の陣形を取る。

「ならば陣形が形成される前に分断する。」

 キーシュ提督は陣形変更時の船列の乱れから生じる隙間を突破、敵旗艦の船団を包囲する戦術を選ぶ。特に東への風は強く敵の陣形が出来上がる前に突破できると目論んだ。

「敵右に隙間があるな。」

 中央ガルア船団とフテマラ船団の連携は同じ北方王国海軍中心のオウトール船団と比べると僅かに隙があった。

「白鯨船団は北方諸国の寄り合い所帯。我らの連携と比べうることもない。」

 キーシュ提督は激を飛ばして艦列を維持したまま突入する。違和感が出たのは敵の旗艦の巨大さに目測を誤ったのかと、互いの距離に疑問を感じたとき。

「なぜ帆を張っている。」

 中央の旗艦から左右に三隻まで帆が展開されている。向かい風であるにもかかわらずに。

「敵両翼の艦隊、斜方陣形を完成させつつあり。」

 物見の報告からキーシュ提督はありえない想像する。

「中央の船団が船足を止めてまで陣形を作っているのか。いやまさか後退しているのか。」

 両端を引き伸ばすだけでなく中央が下がればそれだけ早く陣形ができる。だがあれほどの大きさの船を洋上で後退させるなどキーシュ提督は聞いたことがない。

「提督、敵の陣形が。」

「艦隊散開、各艦は敵船の隙間を抜けよ。」

 キーシュ提督が各艦離脱を命じたその時。

「敵船団、我が方に向けて回頭。」

 雪崩のごとく左右の斜形陣が一斉に、陣形の中央におびき寄せられた第二艦隊に向けてなだれ込む。


「お見事ですな。」

「白鯨船団なればこそだ。王国海軍だけではここまで見事な動きはできまい。」

 ダガ船長の賛辞にクキラ将軍は謙遜ではなく本気で述べる。北方王国海軍の先鋭と各国を代表する船で結成された船団だからこそ成せたと考える。

「敵艦隊一部抜けます。」

 先頭の大型艦と前列にいた主力艦二隻づつを逃がしたものの、十六隻中十二隻が接舷に成功、各船の戦士団が移乗攻撃を実施する。中には衝角により敵艦の船体を突き破った船もあり、敵の主力艦二隻が浸水により傾き始めていた。

「行動不能にすれば良い。まだ前哨戦であることを忘れるな。」

 本命の第一艦隊が間違いなくこの戦場に来る以上、クキラ将軍にとっては戦力の温存が第一であった。

「逃げた四隻は船団の後背から北側に移動、恐らく風上の西に向かうと思われます。」

 東に逃げるのではなく、西に向かったのであれば再突入か包囲された味方艦の救出かのいずれか。

「帆の船は風まかせで不便であるな。」

 アエラフトはまだ戦う意思を見せる第二艦隊の一部に、ミスガン提督の統率力を垣間見る。しかし既に興味を失っていた。

「ガルア船団をもって追手を叩く。」

「エンドル港へは。」

「今、港はそれどころではあるまい。」

「では、あの艦隊と雌雄を決すると。」

「そこまで好みを優先させはせん。」

 アエラフトの態度にクキラ将軍は敏感に反応して号令をかける。

「レダリアル号とガルア船団は船首反転ののち、旗艦を中心に横隊をつくれ。」

 第二艦隊はオウトール船団とフテマラ船団に任せ、クキラ将軍は第一艦隊を待ち受ける陣形を取る。

「敵艦隊を確認。」

「来たか。早い、そしてやはり少ない。」

 水平線上に現れた第一艦隊は先ほどの半分以下の数だった。


「敵旗艦を中心に左右に展開、その数およそ七隻。」

 ライラス号の帆柱の一番上の見張りの船員からの信号を受けて、副官がミスガン提督に告げる。

「数の上では同等ですが、風上は奴らです。」

 第一艦隊は速度を優先した結果、旗艦ライラス号以下、二番艦マルセナ号と三番艦ルクアチア号に高速艦四隻の七隻しかこの場に達しなかった。数よりも第二艦隊との合流を優先した結果であり、その決断の是非は判らない。

「その背後で第二艦隊と思われる艦隊が敵船団と交戦中。」

「くそ、第二艦隊が。」

 続く報告により予想の中で最悪に近い状況だと判り、副官が舌打ちをする。

「各艦は第二艦隊の救援に向かわせる。」

「本艦は。」

「敵旗艦を落とす。」

 ミスガン提督は常に冷静だった。冷静に戦意を高め静かに怒る、揺るがない司令官の意思を副官は船員達に伝える。

「マルセナ号とルクアチア号は前方で横隊で待ち構える敵船団を回避し第二艦隊を救出せよ。旗艦はこのまま、獲物はレダリアル号、北の大鯨だ。」

 歓声があがり戦意は高揚され、信号旗を通して追従する各艦に広がっていく。

「直接操艦をする、準備を。」

「はっ。」

 楽しそうに承知した副官が甲板指揮所に向かうのを見送ると、連合王国艦隊で唯一この戦の落としどころを見据えているミスガン提督は誰にも見せぬ表情ののち、いつもの海の男に戻ると剣を携えて艦隊司令所を後にした。


 一戦目と異なり『白鯨船団』が風上から勢いを増して第一艦隊に向かう。第一艦隊はマルセナ号とルクアチア号を先頭に置いた六隻二列縦隊を維持し、ライラス号は最後尾につく。ガルア船団は旗艦レダリアルを中心とした横隊のまま、但しレダリアルの背後に一隻隠して、前進する。クキラ将軍は再びライラス号がレダリアル号の至近を通過すると判断、両舷どちらをすれ違っても隠れていた一隻が突撃して船足を止める作戦を立てる。

 一方でミスガン提督は艦列二列が左右それぞれに直前回頭を行い、ガルア船団を外側から迂回、第二艦隊救援に向かうように命令していた。

 互いの策をどこまで読めるかが勝敗のカギとなる状況で第一艦隊が先に動く。

「回頭後に片舷攻撃を実施しつつ駆け抜けろ。」

 絶妙なタイミングで左右に回頭したマルセナ号とルクアチア号は共に二隻の高速艦と引き連れ、ガルア船団の鼻先を通過しながら大弓を打ち込んでいく。

「敵艦の腹に食らいつけ。」

 ガルア船団の各船は最大船速で櫂を漕ぎ、第一艦隊に迫る。左に回頭したマルセナ号と二隻は辛くも櫂船の突進を避けるが、ルクアチア号に追走する一隻が艦の後方に衝角を受けて破損する。これにより双方の艦船が散開した状況で互いの旗艦が二度目の正面激突を迎える。

「右四十度、後帆全張。」

 ミスガン提督の命令で、ライラス号が右に回頭と共に減速する。

「あれは牽制だ。惑わされるな。」

 クキラ将軍は先ほどとは異なる大きな操艦に疑念を持つが、ライラス号の動きに合わせる操船は不可能なため、翻弄されぬように命令を飛ばす。

「ダガ船長、櫂の収納は任せる。信号頭は合図がありしだい、後方のノロン号に信号を送れ。」

「左八十度、足荷七三、全横帆畳め。」

 ライラス号は左に傾きながら左へ回頭すると同時に全ての横帆を閉じる。滑るようにレダリアル号へと向かうライラス号。

「足荷八二。」

 更に左への傾斜が強くなり、舵よりも傾きで左旋回が行われる。

「ぶつける気か。」

 ライラス号の軌道を読んだダガ船長は、左舷への突入も考慮して櫂の収納を決断する。

「左櫂しまえ。」

 号令が繰り返され左櫂の収納が始まる。

「まさか。帆船でか。」

 衝角もない船が自船よりも大きなレダリアル号に突撃するなどありえないと思いながらも、クキラ将軍は迫るライラス号に視線を向けながら親衛隊に命じ、王弟アエラフトを守るため衝突時の揺れに備えさせる。

「足荷六四、前縦帆全張。」

 傾斜を少し戻したライラス号は、前帆柱と船首の間に張られた縦帆が風を受けて艦首を強引に左に向ける。

「来るぞ、衝撃に備えろ。」

 緊張と混乱が支配するレダリアル号の船首を、ライラス号が船腹を晒し波しぶきを上げながら通り過ぎる。

「敵前回頭よし、大弓準備よし。」

 ライラス号の後部からの声が響き、続けてミスガン提督の命令が飛ぶ。

「放て!」

 すれ違いざまに艦の後方に設置された大弓二基を始め綱が付いた矢や鉤重りが一斉に飛ぶ。二本の矢は船首の甲板に突き刺さり、左回頭を続けるライラス号から綱が伸び続ける。

「敵艦が前方に。」

 突撃してきた船が眼前で回頭しながら、自船に矢を打ち込み綱を張る。あまりの急展開にクキラ将軍が自失する間も大弓から三度目の矢が放たれて、二隻の間には十本近くの綱が張られる。

「クキラよ、来るぞ。」

 アエラフトからの静かな叱責。正気を戻したクキラ将軍は戦士団に戦闘準備を命じる。その間にダガ船長が綱の撤去を目論むがライラス号からの矢を受けて、切断に向かった船員が倒れていく。

「煙幕だ。捨てろ。」

 投げ込まれる木筒を捨てるためダガ船長の声に船員達は動くが、大量に中から噴き出した煙が甲板を満たし混乱に拍車をかける。

「てっ、敵がっ。」

 一人の船員の悲鳴に続けて、他の悲鳴が重なると親衛隊は一斉に剣や手斧を構える。

「そちらに鎮座されておりますのは北方諸国の王族とお見受けする。」

 装備に統一感が無いものの手練れだと判る集団の先頭の男がアエラフトに声を掛ける。北方の大男ほどでは無くとも十分な体格と髭を蓄えた精悍な風貌に鋭い眼光。場所は違えど海の男であり屈強な戦士であることは一目瞭然。しかし王弟アエラフトは応えず、またミスガン提督も返事を求めずに戦士団に攻めかかる。

「殿下お待ちを。」

「待てん。」

 手練れのライラス号の切込隊と戦士団が戦うなかで、ニランカイムはクキラ将軍の制止を聞かずに大剣を構えてミスガン提督に向かう。打ちかかる二人の戦士をいなして、前に進むミスガン提督は自分に向かってくる小柄な体と似合わぬ大剣に気がつく。

「せいっ。」

 ニランカイムが振り下ろした剣は空を切り、一歩下がってかわしたミスガン提督は倍の速度で踏み込む。

「むぅ。」

 剣を振る前にニランカイムの大剣の横薙ぎに襲われたミスガン提督は、足を踏みしめ剣で受ける。

「これを受けるのか。流石は内海最強。」

 剣どころか鎧ごと断ち切る大剣を受けられたニランカイムは驚きと喜びで思わず叫ぶ。

「片手でこの威力か。」

 ミスガン提督は本来は肩に担いだ状態から両手で振り下ろす大剣を片手で振り回すニランカイムの怪力を警戒して一度間合いを取る。

 その周囲では連合王国の切込隊と北方王国の戦士団の戦闘が続く。

「しかし、用があるのは『白鯨船団』の総帥のみ、取次いただこうか。」

「北では剣で資格を問うのが流儀。」

「内海に来てまで押し通すか。」

「それも北の流儀。」

 言葉のやり取りの間もニランカイムの大剣がうなり、ミスガン提督は剣と足のさばきで受け続ける。

「提督、時間が。」

 ライラス号の切込隊隊長がミスガン提督を促す。周囲の煙が薄まり奇襲の効果も減少する状況で、アエラフトの前にはいまだ親衛隊の壁がある。

「今しばらくは。」

 時間を稼ぐ必要がある。言外に伝わるミスガン提督の意図を理解しつつも、切込隊隊長は提督一人でも船に戻す覚悟の中でライラス号の後部で振られる旗に気が付く。

「提督、緑二と赤一です。」

「良かろう。」

 言葉ほど単純ではないミスガン提督の心境はあえて無視して、切込隊隊長は部下達に撤退を伝える。

「逃がすな。」

 撤退の様相を感じ取ったクキラ将軍が命じると、ダガ船長が手勢を率いて船首側に隊列を引く。

「これで船にはもどれんぞ。」

 船を荒らされたダガ船長は怒りの矛先を向けようとした相手が左舷に走る姿に驚く。

「海に飛び込むつもりか。」

 海戦中の海域に飛び込むのは自殺行為。切込隊が左舷の縁にたどり着くと同時に黒い影が左舷を覆う。

「いつの間に。」

 前方にいたはずのライラス号が左舷に降りてくる。既に準備していた縄が幾本も投げ込まれ、切込隊が縄に繋がりレダリアル号の甲板から離れていく。追いすがろうにも威嚇の矢により阻まれた戦士団の罵る声を受けながら、ライラス号はレダリアル号から離脱した。


「提督、御無事で何よりです。」

 ライラス号の甲板に引き上げられたミスガン提督を副官がいの一番で迎える。

「首尾は。」

「第四艦隊がいい時期に来てくれたようですね。」

 ライラス号を迎えにきたマラスル号からの信号旗で状況を知った副官が説明する。

「第二艦隊は包囲された艦のうち、半数が離脱に成功しました。」

「敵船団は。」

「二船団は集結、旗艦に随伴していた船団はレダリアル号を追いかけてます。」

「西は。」

「西方に艦影二十、都市連盟シノーラの艦隊です」

「第四艦隊の戦果は。」

「詳細はまだですが、半分はやれたそうです。」

 ライラス号がレダリアル号を曳航しながら移乗攻撃を行い、戦闘海域から引き離している間に第一艦隊五隻と旗艦を含む第二艦隊四隻に第四艦隊十四隻が合流、包囲された残りの第二艦隊の救出に向かう。旗艦からの命令が無く、連合王国艦隊に逆包囲されそうになったオウトール船団とフテマラ船団が包囲を解き船列を組みなおしている間に、都市連盟艦隊が出現したため、これ以上の戦闘継続は不可能と判断した連合王国艦隊は戦場を脱出した。

 同じ報告が『白鯨船団』に伝わると総帥アエラフトはしばらくの沈黙の後に船団終結を命じる。

 これによりエンドル港を巡る戦いは終了した。


 白鯨船団と共にエンドル港に帰還した都市連盟艦隊はマルサラからの第三次輸送船団が連合王国艦隊の第四艦隊に襲撃を受けたことを知る。

 輸送船団七十隻のうち無傷は十二隻、小破二十隻、大破十隻、沈没二十八隻の損害は、護衛の艦隊を蹴散らした第四艦隊が公国艦隊と接触するまでの戦果で、予定通りエンドル南東沖海戦へ向かわなければ輸送船団は全滅の危機すらあった


「痛み分けか。」

「そのようです。」

 エンドル総督のミルト子爵は北方王国の王弟アエラフトを総督府で出迎え、貴賓室に案内した後、執務室に戻る廊下で都市連盟のアグニスと連れだって歩く。

「第三次は西方面軍への物資も含まれておりました。」

「補給不足で戦線に影響が出ると。」

「内陸最強は伊達ではありませんでした。」

「しかしそれでもエンドル港は守れた。クキラ将軍の言葉通りであれば東も決着がつく。」

 北の国境については商人経由で情報が入っており、第三次の物資を帝国向けに一部融通する事になっている。

「後は西の戦線のみか。」

 西日が入る窓から外を眺めるミルト子爵はアグニスに問いかける。

「十万以上の大軍に半分以下で勝利する。そんなことは可能かと思うか。」

「思いません。」

「正直だな。」

「閣下は。」

「無理だろう。」

 二人の才人の結論は最善は共和国との和睦であり、それ以上の結果を得る事は不可能だった。同時に、黒策士が最後のそして最大の試練をどう乗り越えるのか。口に出さぬとも二人は同じ思いを共有していた。

 四つ目の不可能を可能にする奇跡を観たいという思いを。

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