戦記37
「両派の会戦が行われ、貴族派が勝利しました。皇太子軍は帝都に退却、第二皇子の軍が追撃中とのこと。」
竜騎士団との戦いは制したものの疲弊が激しく、撤退の準備を始めている公国軍にもたらされた情報は、この内乱の命運を、そして同盟軍の今後を決めるものだった。
「ルードルフ将軍。」
「はっ。」
負傷者を見舞っていた中でその報を聞いたエヴァはルードルフ将軍に問いかける。
「この納め方は何となる。」
「貴族派は当然、皇帝の退位を迫るでしょう。」
「それを皇帝は受け入れるか。」
「皇帝はその可能性がありますが、それで済まないのが皇太子でしょう。帝都に残る兵力を集めてもう一度戦うか、帝都に籠るか。」
「何れにせよ帝都が戦場になるのか。」
帝都には数万の軍がいるとはいえ、主力を失った皇太子軍に再度野戦をする力は無い。
「第二皇子の軍と皇太子の軍が帝都で争う中で同盟軍は何とする。」
エヴァは今度はジャルダン伯爵に尋ねる。
「おそらく割れますな。」
「どのように。」
「帝都への進軍か領土の切り取りか、おそらく共和国は後者で連合王国は前者でしょう。」
しばし思案するエヴァはバイファル騎士団長に確認する。
「帝都に向かうとして同盟軍はどのような戦略になる。」
「双方が消耗した時点でまずは第二皇子の軍を攻め、それから帝都を包囲するのが常道です。」
「帝都はどうなる。」
エヴァは居並ぶ将に尋ねるが全員が首を振る。この遠征でエヴァの器量を見定めた三人は、同時にその好悪を把握したため迂闊に口には出せない。その様子から自分の想像と変わらない答えを知り不機嫌になる。
「何とかできぬか。」
これにも答える事ができない。既に公国軍の損耗は盟約通りの帰還を認められる段階で、その代わり次の戦略目標を決めるどころか会議に影響を与える事もできない。
「これに関してはあの男の悪知恵が必要でしょうな。」
ジャルダン伯爵が口に出したのは、全員が思いながらもあえて言えないことだった。
「ふむ。致し方なしか。」
暫くの沈黙のあと、エヴァは諦めた様にそう呟くと公国一の問題児の所に向かった。
「知るかボケ。」
エヴァの呼びかけ対するノエルの反応がこれだった。声が小さかったため、より近くにいたエヴァとジャルダン伯爵そして牢に閉じ込められて以来、警備を続けるハイネスにしか聞こえなかった。しかし公女を前にして背を向けて寝ている姿は全員の目に映っており、十分不敬だった。
簡易の牢に閉じ込められて三日目の午後、ノエルは完全に不貞腐れていた。エヴァの措置はノエルの命を守るためであることは承知していても、素直に感謝する気も消えて今では共和国にでも亡命しようか考える始末だった。
「帝都の存亡なんぞ、俺の責務の一欠片も関係ない。」
今度は少し声が大きかったので、無礼に対してルードルフ将軍が苦言を呈す。
「貴様も公国貴族の一員であろう。」
「そう思い日夜奔走して、ありがたく牢屋に住まう褒美を頂きましたと。」
ノエルの声まで歪んでいたので、ルードルフも溜息しかでない。
「ノエル卿、貴殿にしかできぬことゆえ公女殿下自ら来られているのだ。」
今度はバイファル騎士団長がノエルを説得する。その態度は完全に格上の貴人への態度だった。
「貴殿の件は儂が責任を持って守る。故に力を貸していただきたい。」
ノエルは初めて体を起こして、顔を表に向ける。
「バイファル卿、牢屋の囚人に頭を下げる必要もないでしょう。」
「私が貴殿の年の頃は戦場など知らない若造だった。しかし貴殿は此度の遠征で、いや、これまで何度も命を掛けられた。その知謀や胆力は本物であることはまぎれもない事実。」
バイファル騎士団長はノエルに本気で敬意を持っていた。
「貴殿にはあるのではないか。この戦を終わらせる策が。」
エヴァすらも声を控えて、ノエルの発言を待つ。
「人払いを。」
ノエルはあぐらをかくとそれだけを告げる。
「我らだけだぞ。」
人払いする必要がある面々ではないとのルードルフ将軍に対してノエルが首を振る。
「殿下と将軍だけで。お二方が信用できないのではなく、本来であれば私如きが知ってはいけないものです。公国では公王陛下のみ知る最高機密に絡みます。」
いつもの皮肉な笑みも浮かべずにノエルは淡々と語る。
「相わかった。」
元々ノエルを高く評価しているため、その言を信じて二人はその場から離れる。
「ハイネス。」
「構いません。」
当然去ると思ったノエルと当然動かないハイネスは互いに違う表情で見つめ合う。
「いや、構う。」
「ご命令とあれば直ぐにでも喉を突いて自害しますので。」
今度はノエルが折れてハイネスはそのまま警備を続ける。最もこの三日で何度も殺気や様子を窺う視線に気が付いているハイネスは、政治向きの話に気を散らしている暇などなかった。
「一体どのような。」
「殿下、あれを。」
「これか。」
エヴァの胸元から現れた首飾りに繋がれている指輪を見て、ルードルフ将軍は首をかしげる。
「この指輪は。」
「先公妃様の形見であり、帝室の一員である証となる指輪だ。これを先の帝国訪問で殿下は先帝より賜った。」
「なんじゃと。では殿下は。」
「そう公国継承権第三位の第二公女であり、継承権は無いもののれっきとした帝国皇族です。」
衝撃の事実、そしてその意味を分からぬルードルフ将軍ではなかった。
「今回の帝室の後継者争いも公然と介入できる立場です。」
ルードルフ将軍は事態の重さを知り、あっさりした口調で大事を語るノエルを思わず睨む。領土問題や防衛問題など些細な事で、今回の内乱に大義を持って参入できる。ここまで考えてルードルフ将軍は気がついた。
「連合王国が我が国と同盟を結ぶきっかけはこれか。」
「ご明察。」
「ノエル、それは私も聞いてはおらんぞ。」
「どこに耳があるか判りません。連合王国も国王と二人の王子のみ知るもの。」
「貴様、それは違うな。この情報を好きに使うためであろう。」
「いえいえ、そんな大それた事、小心な私めにはできぬ相談。」
牢を揺らして問い詰めるエヴァに、丈夫な檻に安心したノエルはその余裕から平然とする。
「殿下、それよりも。」
喧嘩に発展しそうなため、ルードルフ将軍がエヴァを促す。
「そなたの策は。」
不満顔でノエルに問いかけるエヴァ。
「無論、これを公表しての帝国分割を目論みます。」
思わずルードルフ将軍が仰け反る内容をノエルは続ける。
「さすれば帝国は嫌でも内乱を終結させるでしょう。その後は我が国を含めた同盟対帝国の大規模戦争に発展するか、緊張を保ったままの講和を飲むか。どちらにしても大陸の覇権を掛けての戦の時代へと進むでしょう。」
エヴァはゆっくりと目を瞑り、そして開いて宣言する。
「帝都に行く。」
「行ってどうするのです。」
ノエルはうっかりと尋ねてしまった。
「止める。」
これ以上は踏み込みたくないノエルだったが、伺いみたルードルフ将軍からの無言圧力で聞くしかなかった。
「具体的には。」
「それはお前の仕事だ。」
期待以上の言葉を聞いてノエルは辞任を決意した。
「代表補佐を辞任するための書状の日付は昨日でよろしいでしょうか。」
「どんな手でも構わん。」
「いや、だからもう職を辞して、何もかも投げ出して隠居するから。」
「ノエルよ、目的を果たして死ぬのと何もせずに死ぬのは、どちらがよいのだろうか。」
「お前のその死ぬ前提がおかしいのであって。」
「お待ちください殿下。」
ノエルの抗議は無視したエヴァも、ハイネスは無視できなかった。
「男爵閣下の命を蔑ろにすることは承服しかねます。」
微かだが殺気まで纏うハイネスを、ルードルフが咎めようとしてエヴァの手が上がる。
「バーゲイン男爵家の令嬢であればダロワイヨ家との縁組も遜色あるまい。」
「お前は何を言っている。」
エヴァの提案が斜め上で、ノエルは思わず敬語が外れる。
「婚姻と懐妊を纏めて行えば男爵家の存続は間違いないと。」
殺気と違う雰囲気を醸し出し始めたハイネス。
「いや、ハイネス。誰もそこまで言ってないだろう。」
「どうせ長生きできぬ当主の代わりに家を存続させる役目を担うのも、十分に恩を返すことになると思うが。」
「軽く俺の事を夭折前提で話すのは止めてくれないか。」
「殿下のご配慮、感謝いたします。」
女同士の話会いに結論がでたところで、エヴァはルードルフ将軍に告げる。
「少数で帝都に入る。私の不在の間はルードルフ将軍、留守を頼む。」
「ちょっと待てよ。将軍が普通に小娘の思いつきにのせられるなよ。行くのは帝都だぞ。」
ノエルは周囲が敵ばかりと悟り、援軍を呼ぶために大声を出して騒ぎ立てる。
「殿下、いかがなされた。」
騒ぎに気が付いたジャルダン伯爵が近づいてくるので、ノエルは我が意を得たりと更に大声で呼ぶ。
「よし、丁度いいぞ伯爵、殿下を止めてくれ。」
無論、そんなノエルの主張などエヴァにとって潰すことは造作もなかった。
「ノエルより策を聞いた。おそらくこれしか無いほどの策だ。」
「なんと。さすがはノエル卿だ。」
ノエルがエヴァの発言に虚をつかれている間にジャルダン伯爵から賞賛の声があがる。
「こちらは任せる。私は帝都に向かう。」
「殿下自らですか。流石にそれは他の者に任せるべきでは。」
流石にそれには普通に反応するジャルダン伯爵を、ノエルは応援する。
「帝都の混乱を収めるとか馬鹿な事を言い出した。乱心だ。」
「殿下、それは幾ら何でも。」
「大丈夫だ。このノエルの秘策は前々から準備していたものだ。それこそこの遠征の前からだ。それに安心しろ、ノエルも同行する。」
呆れたノエルと驚いたそれ以外で静まった空気の中で、ジャルダン伯爵はあることに気が付き叫ぶ。
「まさか、いや、ノエル卿はこの状況を見据えて第二皇子派にテコ入れしていたと。」
「無論だ。同盟からここまで、全てこの男の脚本通りだ。」
エヴァの発言をノエルは慌てて否定する。
「だから無理無理無理、今回は無理。」
「こうして韜晦する余裕があるうちは大丈夫だな。」
ルードルフ将軍の一言で全員が納得する空気を醸し出し、それを悟ったノエルはもう何も言わなくなる。この後、エヴァとルードルフ将軍に各騎士団長及びジャルダン伯爵の六人で行われた会議で詳細が話し合われる。ムーグベルク騎士団長の反対も政治的な判断を持ち出したエヴァに同意するかたちで収められ、エヴァの帝都行きが決まる。
当然のごとく準備をするダンケとエヴァの警護隊は、脱出を試みるノエルを四人がかり馬に載せる。
「いや、もう、死ね。全員死ね。」
そんなノエルの悪態も聞きなれた面々は眉一つ動かさず、エヴァ以下十騎の騎馬を見送った。




