戦記30
第二騎士団のラバル隊が持ち帰った情報から同盟軍北部守備軍司令部は、戦場を双方の偵察部隊が戦った平原に設定する。
「万単位の軍が展開でき、また起伏はありますが概ね騎兵の行動に制限はありません。」
無論ラバルは隊の損害も報告しているが、倍近くの竜騎士団を相手にむしろ損害は軽いとルードルフ将軍が発言したため特にお咎めは無かった。これにはラバルが黒バラ騎士団の活躍を正確に話した点も関わっている。
もっとも政治的判断の前に、報告を聞いたノエルの得意顔に司令部全員が苛ついた事も影響していた。
「ではイーヒン殿に例の件をお願いする。」
エヴァがイーヒン大尉に依頼していたのは、竜騎士団が南下した後にレグニアを包囲する第一陣から兵五千を抽出して竜騎士団の陣地を襲撃する作戦だった。
「承りました。」
イーヒン大尉は軽く頭を下げて振り向くと、背後にいた部下に作戦の実施を伝える。すでに第一陣を指揮する共和国将軍には通達済みのため、後は作戦開始の連絡をするだけだった。
北部守備軍はエヴァを主将とし、ルードルフ将軍と共和国将軍の二人を副将としている。この混成軍の意思疎通を円滑にするためイーヒン大尉が存在する。同じ理由でガイエル包囲軍から連合王国騎士のカトラントが派遣されていた。
「では私もガイエル側に伝令を飛ばします。」
「頼む。」
エヴァの同意を得てカトラントも部下に命令する。このやり取りの間も報告のため頻繁に伝令が出入りする慌ただしい陣幕の中で、ノエルは一人別のことを考えていた。
「どうしたノエル卿。」
ノエルと比較的付き合いの長いジャルダン伯爵が声をかけた。
「いえ、今回は余裕が無いと。」
「余裕だと。」
「ええ、全てにおいて上手く進んだ場合という注釈が付くので。それが狂った時の反動を考えると。」
「そういう時こそ、ノエル卿の悪知恵の出番であろう。」
豪快に言い切るジャルダン伯爵にノエルはため息と肩をすくめるのを同時に行った。本来は不敬だが、ジャルダン伯爵は笑って気にしない。
「殿下、全軍の出動準備が整いました。」
各騎士団、各兵団からの報告が揃ったところでルードルフ将軍がエヴァに報告する。それに頷くとエヴァは立ち上がり全員に告げる。
「これより竜狩り作戦を発動する。」
エヴァの宣言を受けて司令部の全員が姿勢をただす。
「敵は帝国最強の騎士団だが、それに対する策はすでにあり、後は行動するのみである。全軍出陣せよ。」
「はっ。」
エヴァの命令に敬礼をもって応えた各指揮官は、すでに準備を終えた各々の兵を率いて野営地を出発した。
出陣から一日半の後、平原にて陣立ての準備をする公国軍に竜騎士団の先頭部隊が平原に入ったとの情報が斥候により届けられる。
「堂々としてますな。」
「第四騎士団もそうだが、行軍から戦場での展開行動の見事さは、他国の追随を許さんな。」
目の前で整然と行軍する縦隊が左右に分かれ、一斉に横隊に変換する所は観閲式さながらの動き。三分の一は臨戦態勢で奇襲を警戒し、残りは陣地の構築を行う。その徹底した油断のなさも帝国の強さだった。
「左から竜の右爪 竜の顎、竜の左爪と並び、中央後背に位置する竜の心臓の四個大隊による竜陣です。」
ノエルは公国軍の最前列まで様子を見に来たエヴァに説明する。
「左右の爪が連携して敵の戦力を削ぎ、弱った所で中央の顎で噛み潰す。犠牲になった兵は数知れずの竜騎士団必勝の戦法です。」
「破る方法はあるのか。」
「無いですね。」
あっさり答えて周りを固まらせたノエルの耳を、エヴァが摘んで引き寄せる。
「もう一度お聞きしますが、破る方法はあるのでしょうか、ノエル卿。」
「痛い痛い痛い。」
エヴァに耳を引っ張られて悲鳴を上げても誰も助けてくれない。仕方が無いのでノエルは降参することにした。
「あります、ございます。」
「そうか、それは素晴らしい。」
やけくそ気味な声に対して満足げな声が被さる。ノエルも周囲を配慮しての行動だとは理解できたのでエヴァへの反撃は控える。
「では、参るか。」
エヴァは本陣に戻るため馬首を返す。帝国の最強戦力を見てをなお、その余裕の表情を崩さないエヴァの姿に騎士や兵士達は恐怖を和らげる。ついでにエヴァとノエルのやり取りも。
「もう少し、やりようがあるだろう。」
毎回痛みを伴うやり取りに、愚痴をこぼしながらノエルは後を追った。
「兵五千のはず、見間違いでは。」
北部守備軍から南下した共和国軍およそ二千が竜騎士団の陣地に攻撃を開始した、その報告を決死の斥候から受けたルードルフ将軍は驚きと怒りを顔に表す。
「千の間違いはあっても倍の間違いはありません。」
斥候の騎士は憤然と答える。
「どういうことですかな。イーヒン殿。」
「これは私にも判りません。」
伏し目がちな態度にルードルフ将軍は追及を止める。これは共和国が兵を惜しんだという、わかりすぎる回答だった。
竜狩り作戦の第二段階である竜騎士団の野営陣地への攻撃が中途半端で終われば、竜騎士団が後退しないどころか、反対に増援まで警戒しなければならない。騎兵一千に対して味方が二千以上も必要になる敵への計算違いは致命傷になる。
「帝国の陣地構築は優れている。短期で落とすのは無理だろう。」
拠点にいる「龍の尾」二千を、同数の二千では攻略どころか足止めできるかどうか。作戦を立案したノエルもそれを了承したルードルフ将軍も困惑する。
「判りません、では済まないだろう。」
ムーグベル騎士団長の追求は当然だったが、自分の動揺を隠すためでもあった。
「そのような説明では納得できませんな。」
ベルナール騎士団長の口調も十分に威嚇していたが、諦めも入っていた。
「まあ、ここに至っては致し方ありません。」
司令部面々の様子や表情を見て先に心理的回復をしたノエルは、エヴァに新たな作成の説明を始める。
「北部守備軍の攻撃で竜騎士団の一個大隊「竜の尾」は陣地に釘付けになっております。」
発想の転換で敵の陣地で睨み合いが続けば、「竜の尾」二千の参戦はとりあえず防げる。
「当然この報は目の前にいる竜騎士団と竜将軍にも伝わっています。しかし間違っても二千の兵力で自陣地が落ちるとは思って無いでしょう。」
「これでは作戦の見直しが必要になるではないか。」
ムーグベル騎士団長は半ばノエルを非難するような口調だったが、対してその標的は笑みを浮かべて否定する。
「まさか。この程度で崩れるような策は立ててない。むしろここに至ってようやく、竜騎士団と雌雄を決する時となった。」
不審がるムーグベル騎士団長を置いておいて、そのままノエルは幹部たちに陣立てを公表する。
敵の右翼「竜の右爪」は第三騎士団と第二兵団二個大隊。
敵の左翼「竜の左爪」は第二騎士団と第二兵団一個大隊とジャルダン伯爵軍。
そして敵中央の「竜の顎」は第一騎士団と第一兵団二個大隊。
「左右の爪に頭の各二千に対して公国軍は四千から五千、つまり二倍以上の兵力をあてる事ができる陣立てだ。」
一個騎士団二千と兵団を分割して二個大隊三千を一組として左右中央の三軍を形成する陣立ては、敵二千に対して兵五千をぶつける内容だった。
「しかし竜の心臓はどうする。」
増強されても兵一万八千では本陣の守りを考えると抽出できる兵力は千五百がせいぜいで、竜騎士団第一大隊、通称「竜の心臓」に立ち向かう事などできない。そしてこれを倒さぬ限り最終的に勝ちは無い。
「貴殿らには申し訳ないが、敵の心臓は黒バラ騎士団が頂戴する。」
平然と答えるノエルの言葉に陣幕内が静寂で包まれる。
「黒バラ騎士団五百で竜の心臓の二千を相手にするというのか。」
最初に口に出せたのはルードルフ将軍だった。
「そうだ。」
ノエルの迷いのない答えに誰もが同じ驚愕を湧きたたす。
「貴公は敵の各大隊に倍の兵力をあてる作戦を立てていたではないのか。」
それを「竜の心臓」には四分の一の兵力しか投入できないとなればムーグベル騎士団長でなくとも納得できない話だった。
「ダンケ騎士団長に問う。竜の心臓の大隊長グレモアスを倒せるか。」
ノエルの突然の問いかけは、ダンケよりもそれ以外の者強張らせるのに十分だった。
騎士グレモアス。
竜の心臓の大隊長にて、「騎士の中の騎士」の称号を持つ現役で伝説となった騎士。負ける事の許されない、いや有り得ないからこその称号を持つこの騎士は大陸最強と呼ばれている。公国では知られるダンケの実力も大陸最強の騎士が相手では、と誰もが考える。
「命令とあらば。」
静かに答えたダンケに悲壮感が無かったが、真面目と言われる男の大言壮語に陣幕の中はざわつく。
「少数を持って多数を撃つにはその指揮官を倒すしか無い。それがダンケ殿の一騎討ちというわけか。しかし、賭けというのはあまりにも。」
剣豪でもあるジャルダン伯爵もグレモアスは知っている分だけに、流石に無茶を感じた。
「いや、この戦いで唯一の優位点だ。なぜならグレモアスよりダンケが強いからな。」
ノエルの発言を、誰もが知らない者の無責任さと感じたその直後。
「先の帝国皇帝が授けた称号は伊達ではない。」
ノエルが誰も知らない話を持ちだした。
「ダンケ卿が何だと。」
ジャルダン伯爵の問いかけは全員から問いかけでもあった。
「騎士の中の騎士、その称号も持つ騎士はグレモアス以外にもう一人いる。それがダンケだ。」
またしてもノエルの言葉に陣幕内が静寂で包まれる。全員の視線がダンケに向くと視線の持ち主達の口が次々と開く。
「馬鹿な、まさか。」
「どういことだ。」
「本当なのか。」
一斉に問いかけられる言葉と視線。
「いかにも。」
短く答えたダンケを中心にどよめきが広がり司令部を揺るがした。
帝国史四百年の中で僅か二十一人にのみ与えられたこの称号は帝国の公式なものではない。ただ皇帝が自らのマントを与えるという栄誉を受けた騎士がそう呼ばれるのみ。それが他国でも敬意と畏怖の対象になるのはその全ての騎士が歴史に名を残しているからでもある。
帝国初代皇帝の盟友にして全ての栄誉を断り一騎士として生涯を全うした建国の騎士。
前期帝国三代皇帝の窮地を満身創痍になりながらも守り抜き、その後も常に前線に立ち続けた伝説の剛の者。
後期二代皇帝の時に謀反疑惑を向けられた第二皇子を唯一潔白であるとして五年に渡る逃亡生活の中で守り抜き、最後には戴冠させた忠臣。
そして帝国史に残る騎士達の中で、その栄誉を他国の騎士でありながら授けられた者がいる。
一人目は主君を亡くしその遺言を守り民のためには戦い続けた自由騎士バルザック。
二人目は共和国存亡の危機を救った最後の騎士オルガン。
二人とも強さは格別、主であった亡国の姫の望みで遺民のために剣を振るい続けたバルザックと、実権を庶民に奪われた旧支配階級でありながら建国間もない共和国を外敵から守り続け、帝国との講和を引き出したオルガンは英雄物語として今でも語られている。
そして三人目は仮面の騎士。
一騎で三千の兵を止めた騎士。帝国存亡の戦での働きは名を隠しての参加のため、その名は残らずただ先帝の手からマントを掛けられた事実は今でも帝国騎士達の羨望の的となっている。
「では、あの伝説の仮面の騎士は。」
十五年前の帝国包囲戦は様々な形で後世に伝えられている。特に共和国と帝国の最終決戦は詩に舞台にと誰もが知る話だった。
「今は亡き先公妃殿下のただ一度の我が儘であったと母より聞いている。父である先帝の窮地を、捨てた祖国の危機を助けたいとの思いを陛下に伝え、ダンケがそれを実行した。」
「ただひたすらに主君の、祖国のために命の限りを尽くす者にのみ与えられる騎士の中の騎士。栄誉はただそう呼ばれるだけの称号、だからこそ帝国の騎士は他国の騎士であろうとその称号を持つ者に敬意を払う。そしてグレモアスはダンケ騎士団長を無視できない。」
「あの獅子心帝が唯一、この称号を与えたのがダンケだからだ。全兵力を使いダンケをグレモアスの前に立たせる。それがこの戦を乗り切るための唯一の方法だ。」
三度目の静寂の中でエヴァがようやく口を開いた。
「賢人公王の子であり獅子心帝の孫であるエヴァンジェリンが命じる。」
宮廷人でもある将軍や団長は、獅子心帝という言葉に敏感に反応してエヴァの表情を見直す。帝国嫌いの公女が初めてその系譜を認めた瞬間はただ事ではないと感じた。
「我が祖父より授けられた騎士の中の騎士の称号を持つダンケよ。帝国最強の騎士グレモアスに打ち勝ち、大陸最強の称号を得よ。」
言い終えたエヴァの前でダンケの剣を抜く。
「我が主の命、承けたまりました。」
ダンケの騎士の誓いを受けエヴァは号令をかける。
「竜騎士団を討ちこの戦に決着をつける。全軍配置につけ。」
公国軍が戦闘準備を整えていく中で、本陣後方にいた黒バラ騎士団の陣幕で騎士長以上の軍議が開かれていた。
「今のが作戦の概要だ。質問はあるか。」
ノエルがいつもの通り大きな態度で説明を終えると、古参の数名以外は知らない情報に騎士長達は心の整理に苦労する。誰もが知る物語の登場人物が目の前にいて、自分たちを率いている事は衝撃だった。実は先の公妃が祖国を助けるために仮面をつけて戦ったとの噂もあったため、公国でも馴染みの物語であった。
ダンケがグレモアスと一騎打ちを行うために「竜の心臓」に攻め入るという作戦に騎士達は興奮したり武者震いしたりと大変だった。それもダンケが話し始める前までで、ノエルにかわりダンケが前に立つと騎士達の声や動きが一斉に止まる。
「作戦はノエルが話したとおりだ。皆には道を作ってもらう。私が標的と会えるまで耐えてくれ。そこから先は、任せてもらいたい。グレモアスは私が倒す。」
真面目で堅物で実直な男が口にした大言。それに答えるように第二中隊隊長ファルド、第三中隊隊長シュタット、第四中隊隊長ハーベルが剣を抜く。続いて騎士長達も剣を抜き、最後にダンケが剣を抜く。
「その一撃のために。」
ダンケの声に唱和して全員が叫ぶ。
「勝利と栄光を。」
ノエルは珍しく一斉に各部隊に散らばる騎士長達の様子を眺めていた。そのまま仕事が終わったとばかりに椅子に座ったノエルの前に、何故か小姓達が鎧を並べる。
「なんだこれは。」
「さすがの黒策士殿も戦場まっただ中では必要だろう。」
「えっ。」
ダンケの発言に理解不能なノエルは小姓達が手際よく着替えさせるのを防げなかった。
「馬鹿か、お前は。竜騎士団へ突撃する隊列に混じって、俺が生き残れると思っているのか。」
自分が何をさせられるか気がつき激怒するノエルをホーウッドが抑えに入る。
「閣下、流石にそれ以上は。」
「いや、絶対無理だ。熊が鎧を着て馬に乗って剣を振り回している奴らだぞ。死ぬぞ、絶対。」
ホーウッドの言うことも聞かず喚くノエルに、ダンケは言葉を続ける。
「ノエル卿。殿下からの伝言です。」
「なんだあの馬鹿姫が命令したのか、え、不敬罪か、ならさっさと縛れよほら。」
「私が行ってもいいのか、と。」
ダンケがエヴァの伝言を伝えると、ノエルの罵詈雑言が止まった。
「貴様が無理なら当然私がゆくぞ、と。」
葛藤渦巻く内心を外に出さずに無理やり整理したノエルは陣幕の外へ向かって歩き出す。
「あ、そうだ。殿下に文を頼む。」
それまでの激した様子から一転して、ノエルは冷静な態度で小姓を呼び止め代筆させる。
「積年の恨みを晴らした光景は、我が目に焼き付けます。公女殿下には本陣にて吉報をお待ちいただけますようお願いします、と。」
奇妙な主従関係に何とも言えない気分のホーウッドと表情を隠して見つめるダンケに、そこは気にしないように務める小姓達。
「ホーウッド、最後まで俺を守れよ。」
そう告げるとノエルはそのまま共和国イーヒン大尉の元に向かう。その後ろ姿を眺めていたホーウッドが振り向きダンケの様子を伺う。
「ホーウッド、男爵閣下をお守りせよ。」
「はっ。」
敬礼するホーウッドにダンケは言葉を継ぐ。
「殿下に、そして公国に無くてはならないのだ。」
ダンケの意外なノエルの評価に、ホーウッドは驚きながらもダンケにもう一度敬礼する。それに返礼するダンケの顔はホーウッドが初めて見る覚悟を決めた男の顔だった。




