戦記20
「あの小僧め、どんな手品を使ったのだ。」
「悪魔に魂でも売ったのか。」
「くそっ、だからあの不愉快な小僧を重く用いるなと。」
通行権問題から一転して各国から公王に対する同盟参加への丁寧な勧誘と、連合王国国王からの勅使として王族の一人で長老格のヒューギエ公爵が公都に現れた理由がダロワイヨ男爵の計らいだと知った貴族達は、驚きと怒りで上位者のいる席でも声を大にしてしまった。
それを咎める声がでないのは上位者たちも全く同じ心境で、むしろ代弁してもらい醜態を晒さずに済んだからだった。
「これを蹴れば今度こそ公国が戦場になる。」
誰かが言わずともわかるだけに、反論しずらい状況で最高会議も同盟参加が濃厚となる。これを後押ししたのが、齢七十二歳のヒューギエ公爵が説明した前進防衛と呼ばれる理論だった。
自国の拠点での防衛であれば主導権は攻める帝国にあり、各国は自国の領土が荒らされる事を防げない。しかし、防衛線を押し上げて帝国内に設定すれば領土の安全は保てる。
即ち帝国が不安定になった今、各国は協力して防衛戦を構築する必要があり、その為に侵攻するのだと。
納得したもの、感心したもの、詭弁と感じたもの様々であっても、ここまでのお膳立てをされて提案を断る事は最早不可能だった。ヒューギエ公爵との最後の晩餐会で公王は公爵に受諾を申しでる。
「貴国のご配慮、ありがたくお受けすることにする。」
「公王陛下のご決断まことに重畳、我が王もお喜びになるであろう。」
にこやかに祝杯を挙げる様子とは裏腹に公国の重鎮達は程度の差こそあれ、ノエルに対して悪感情を持つに至り、一部の若手貴族は暴走しノエルの暗殺まで計画していた。
「ダロワイヨ男爵はやりすぎたようだな。」
ローエン伯爵は宴の席で従者から若手貴族の動きを聞くと、ボグワイ男爵にそう呟いた。レグニックからの報告でもノエルの勝手は身に余ると考える。
「そのようですな。」
こちらは嬉しそうに答える。その様子を微妙な視線で眺めながらローエン伯爵は、公王の近くの席次となるエヴァを見る。
「さて、腹心を失った姫君が大人しくなるかそれとも。」
それだけはローエン伯爵にも判らない。ただ若手貴族を焚きつけた本人のため、火の粉が自身にかからないように十分手を打っていた。
「それはまことか。」
同じく宴に出席する軍の重鎮は対応が異なる。
「この時期にそれは不味い。」
連合王国との交渉役が国内で暗殺されたとすれば連合王国は同盟を拒否されたと判断する可能性がある。同盟には消極的でも三カ国からの攻撃を回避できた点を重視するルードルフにとって、ノエルの生死は国の命運を左右する。
「陛下にはお伝えするな。」
ルードルフは副官を呼び、直属の部隊に招集をかけさせる。中隊規模でノエルの身辺保護と屋敷の警護を行えばさすがに諦めるだろうとの判断だった。
「ふむ、そうか。」
親衛隊長のジークファルドは警護に当たる親衛隊からその情報を聞くと思案する。一男爵の生死は親衛隊の管轄ではない。しかしこの宴の後に行われるだあろう謀略が公宮やその周辺で起こるのは好ましくないと考える。何よりあの帝国を駒にして連合王国を撤兵に追い込んだ手腕と副隊長のロゼリットから聞いた戦場から姿を消した身の軽さに興味を持っていた。
「ダロワイヨ男爵を保護せよ。」
副隊長のロゼリットに命じるとジークファルドはこの件を公王に伝えるべきか考えながらも、常に周囲には配慮を怠らず警護を続けた。
「それはそれは。」
ニーヘン軍務卿は第三騎士団のベルナール団長の配下の者からその話を聞き、こぼれた笑みを慌てて隠した。ノイフォンにマルーノと戦場で立て続けに勝手を行ったノエルに対してよい感情を持っていないニーヘンはこの機会にお灸をすえるのも悪くないと考える。
「兵を動かすことを禁じよ。たとえ将軍や騎士団長といえども公宮で部隊を動かすのは控えてもらおう。」
腹心の補佐官に伝えるとつまらなさそうな顔で宴に参加しているノエルの顔をみて小声で呟く。
「子供の遊び場ではないのでな。」
こうしてノエルをめぐり様々な思惑が交差する中で宴は進んでいった。
「ノエルよ。今日はご苦労であったな。」
「殿下の方がお疲れかと。」
「うむ。」
「よい夢を。」
エヴァの退席を見送ると宴の出席者の中では位が低いため、ノエルは自分の馬車を長い間待つ事になる。それでも騎士達よりも早く呼び出しを受けてノエルは馬止めに向かう。
「ダロワイヨ男爵。」
回廊でノエルに声をかけたのは若い貴族達。爵位を持つノエルとその子弟では格が違うが、そんな事は気にしないノエルは気安く返事をする。
「ああ、マクニエルか。」
ノエルが一人顔を知る子爵家の三男坊に応えると、その他同じような者五人がノエルに非友好的な態度で睨む。
「貴殿の勝手振る舞いは目の余る。」
親泣かせの放蕩者が急に真面目な顔をして芝居がかった物言いをする事に、ノエルは脚本家の存在を感じる。
「貴殿は何を持って軍事や政治に介入する。」
「職は一介の小姓と聞く。公女殿下からの信任篤い事を利用して勝手とは。」
一応口上を聞くだけ聞くとノエルは自分より年上の若造共に一喝する。
「剣の戦場にも言葉の戦場にも立った事も無い者共に言われる筋ない。」
大声は人を呼ぶためで話すのは時間稼ぎのため、ノエルは出来るだけ仰々しく話す。
「初代公王陛下より常に公国は二カ国以上を相手にすることは避けてきた。そのためにはどのような策でも用いてしのぎ、戦場では短期決戦で血を流しながらも勝利してきた。」
毅然と振る舞うノエルに五人は圧されてしまった。都で安穏と暮らす貴族の子弟とは違い、家を背負い、主のため政敵と渡り合い、戦場で命を賭けるノエルにとって五人の殺気など、公国の重鎮達の視線に比べれば羽虫程度にしか感じない。
「そのようなこと、言われなくとも。」
「そして今回は外交の駆け引きで納めるのが上策であろう。」
反論する五人にノエルは現実を突き付ける。
「連合王国は十五年前の屈辱を果たすために総勢十五万を用意している。」
「共和国は打倒帝国のため国上げての体制を敷いている。」
「都市連盟はこの機会に大陸側の港を手に入れる計画。」
予測であっても情報から推測しているため、ノエルは自信をもって話す。
「この状況でどこに交渉の余地がある。だいたい呑気に交渉など始めたら帝国が先手を打ってノイフォンに大軍を送り込む。」
これは単なる想像。それでも次々と繰り出されるノエルの脅しを含んだ説明に五人は萎縮していく。
「それでも貴殿の勝手は場を乱す。」
反論する知恵が無いマクニエルはノエルの素行を問題にする。
「この城の周囲に他国の軍旗が立ち並び異国語で降服を呼びかけられても、まだ俺の勝手を責めているつもりか。」
二十歳前後の青年達とまだ少年と呼ばれる年代のノエルを衛兵達が遠巻きに囲む。貴族と貴族の子弟の争いは衛兵にとって手に余る。衛兵隊長も相手が爵位持ちで第二公女の腹心と言われているダロワイヨ男爵と貴族の子弟達との言い争いでは簡単には口を出せない。
「親衛隊のロゼリット殿へ知らせろ。」
衛兵隊長の命令で衛兵の一人が走り去るなかで、ノエルを囲む一人が他の者に告げる。
「問答無用だ。親衛隊が来る前にやるしかない。」
「お待ちください。公宮での抜刀は。」
「邪魔をするな。」
立場上、そこから踏み込めない衛兵隊長は親衛隊の到着を待ち望む。
「覚悟してもらおう。」
腰に手を置いてノエルを威嚇するマクニエル。
「伯爵に唆されたとはな。」
ノエルの一言で五人は様々な反応をする。それを確認したノエルは手を挙げて声をかける。
「もういいぞ。」
「わしを何だと思っておる。」
廊下の奥からルードルフ将軍が現れる。公国で知らぬものは赤子のみの宿将の登場に五人は動揺する。
「将軍、これは公国のためです。」
上擦る声の主にルードルフは意外と優しい口調で諌める。
「これ以上、わしに手間を取らせるな。」
その意味がわからぬほど愚鈍ではない五人は、剣から手を離し顔を見合わせる。
「引くぞ。」
一人が仕切ると、後の者はそれに従いその場を去る。ノエルは自分を睨み付けながら去っていくマクニエルを、何ともいえない顔で見送る。
「まったく。」
肩を竦めるルードルフは直轄の部隊との移動を衛兵に阻まれて時間を浪費し、それが軍務卿の指示だと気付いた後は単身で公宮に戻りこの場の現れた。
「貴公も、もういいだろう。」
ルードルフが闇の向かって声をかけると親衛隊のロゼリット副隊長が手勢を連れて現れる。
「親衛隊が動くとは、よほどだな。」
「私の出るまくなど無かったですが。」
将軍と親衛隊の副隊長と大物が揃うなかで、緊張しながらも衛兵隊長が敬礼する。
「閣下のお手を煩わせ申し訳ありませんでした。」
「いや、貴公は職務を果たしていた。」
「そうだな、私からも礼を言う。」
「はっ。」
責められるどころか、二人からお褒めの言葉を頂戴して衛兵隊長は高揚する。
「それで、ノエル卿はどこに行くのだ。」
さりげなく姿を消すことに失敗したノエルは嫌々返事する。
「子供は寝る時間なので後は大人に任せて帰ります。」
ロゼリットは流石に面食らうが、多少の免疫があるルードルフはにべもなく言う。
「こんだけ大事しおって今更逃げることも避けることも出来んぞ。大人しく我々の庇護を受けよ。」
「むさい大人に囲まれるのはごめんだ。」
大将軍の好意を無にする神経にロゼリットは本気で面白がる。
「では親衛隊にいる女性騎士を警護につけましょうか。」
「気の強い女はあれ一人で十分だ。これ以上、寿命を削られてたまるか。」
全方位に無礼なのだが、そこにロゼリットは感心してしまった。
「ハイネス。」
「はっ。」
親衛隊の隊列から騎士が一人進み出て兜を脱ぐ。
「ハイネス・バーゲインです。」
目鼻立ちが整った、柔らかいという表現が相応しい顔がノエルを見据える。
「彼女なら問題ないでしょう。」
「バーゲイン家の四女で既婚の姉に言い寄るボンクラ貴族を叩きのめして親衛隊入りしたハイネスと同姓同名だが。」
ノエルの指摘にロゼリットは驚いて見せる。
「流石はダロワイヨ男爵、そこまでご存じとは。」
ロゼリットは黒バラ騎士団にダンケを始め親衛隊出身者が何人かいる事を思い出す。
「噂じゃそのボンクラ貴族は最初は熊に襲われたと勘違いして。」
そこまで喋ってノエルはルードルフの背後に移動する。ハイネスが作り笑顔のまま腰の物に手を当てたからだ。
「もういいだろう。俺の女運の無さを確認して満足だろう。」
ルードルフはため息つくと、遅れてきた部下に命じてノエルを黒バラ騎士団に引き取ってもらうことにした。
一室で二人の貴族が会話している。
「まったく運のいいやつです。」
「いや、これでよい。」
一室で一人の騎士の報告にもう一人が興味を示す。
「面白い男です。」
「それほどか。」
「相談があります。」
一室で執務机に座る男が副官と話す。
「さてとこれで少しは大人しくなればよいが。」
「どうでしょうか。」
一室で二人の軍人が頭を痛めていた。
「何も閣下が火中の石を拾われなくとも。」
「致し方なかろう。」
数日後に発表された遠征軍の編成は、政治的に様々な意味を持っていた。
「エヴァンジェリン殿下が同盟遠征軍の公国代表か。」
「あのお年ではあるが、代表としてなら問題なかろう。」
「まあ今回は帝国が敵であるからな。」
公宮のあちらこちらで話題となったエヴァの代表人事。両派閥の主要人物はこれ以上、エヴァの名声が上がることを避けたい考えと、だからと言って片や深窓の姫君、片や幼少の君では裏工作することも出来ないという事情で消極的賛成だった。
一方、軍幹部達は独断はあっても前線に立つ第二公女に好意的で、特に遠征軍司令官となったルードルフ将軍以下、遠征軍司令部は歓迎の様子だった。
その影で別の話題と問題が発生していた。
参謀ダロワイヨ男爵。
公式の軍歴が無い者が遠征軍の参謀になるのは異例ではあり、既にノエルの名前と実績が知れ渡っていても、軍の役職となると話は別になる。
ルードルフ将軍は政治的な問題からノエルを匿うため、参謀に推薦した。遠征中も自分の司令部にノエルを置くために。おかげで事情を知る軍監以外の帝国遠征軍幹部達は、最初から非歓迎ムードだった。
そこに愛想なく挨拶もなく不満げなノエルの登場で、幹部や指揮官達のいらつきは最高潮となった。
「才あるのは分かるが、あれでは。」
「協調性の欠片もないではないか。」
「閣下、本当に必要なのですか。」
ノエル自身は遠征に参画しても参戦するつもりは無く、遠征軍の拠点となるノイフォン城で暗躍するつもりだった。企画した張本人ではあるが、帝国のど真ん中に一時休戦中の敵国の軍と一緒に向かうなど狂気の沙汰と考えていた。
「その者の性格の悪さ、協調性の無さ、身勝手さは良く分かる。」
遠征軍の初会合で上座から様子を見ていた代表のエヴァは、そう言って幹部達をなだめる。
「故にルードルフ将軍、この者の参謀職を解いてはくれないか。」
ルードルフ将軍は驚き、エヴァに再考を求める。
「殿下、これは才のみの話では。」
エヴァの言葉に笑みをこぼしたノエルは、次の説明で表情が消える。
「代表補佐として私の側人する。」
暫し考えたルードルフ将軍は了承する。
「それしかありませんか。」
「いや、それは困ります。」
ルードルフ将軍が勝手に同意したため、ノエルはエヴァに抗議した。
「代表補佐は詰まる所、雑用係ではありませんか。」
「いつもの定位置だろ。」
エヴァの物言いに周りから笑いが起こり、ノエル以外の全員が納得する結果でこの問題は収束した。
「存外、目端が利くな、あの小僧は。」
応接室から執務室に戻ったニーヘン軍務卿は副官にそう告げると書状を渡す。
「ガルム街道警備の委任状ですか。」
「黒バラ騎士団は此度の遠征に全団で参加するため、その間の警備を依頼してきおった。」
「それはそれは。」
公国の軍務を司るニーヘン軍務卿といえども、公女が管理権を持つガルム街道に関して口を出せなかった。それが配置する軍の編成を含めて軍務卿の采配に全て任せるという条件だった。
「この機会に。」
「折角だからな。」
副官に言われるまでもなくニーヘン軍務卿は権限移譲に向けて恒久的な体制を築くつもりでいる。
その代わりの、といった体でノエルから出された団員募集に傭兵団を経由する件は制限を付けてのむぐらいするか。
そう結論付けてニーヘン軍務卿は副官に手配の指示を出した。
そのニーヘン軍務卿と同じ立場で違う思いの者が一人いた。
「ルード伯爵、まさかの提案ですがいかがいたしましょうか。」
コルド会計官は自分の上司の財務卿よりも同じ公子派のルード伯爵に忠誠を誓っている。
「随分と思い切ったな、やつは。」
公国の三大伯爵の一人で現公妃の伯父であるルード伯爵は、コルド会計官からもたらされたノエルから公国財務局への委任状について話していた。
「徴税権を一時的とはいえ財務局に移管するのですからこの機会に財源を把握したいと考えます。」
興奮気味のコルド会計官とは異なりルード伯爵はノエルがみすみす大事な金鉱を捨てるとは考えられなかった。
ルード伯爵は以前に舞踏会で、ノエルに引き立て役にされた事がある。ある男爵家が八代前にルード伯爵家から出た傍流であることを指摘されたのは、その若い男爵家当主の失態を嘲った時だった。
「出自が知れるな。」
伯爵がさげずむ若い男爵家の当主の後ろから、整った顔で目付きの悪い子供が発言する。
「ですが男爵家は閣下の傍流でありますれば。」
背伸びした子供の戯言と考えた矢先に、ノエルは伯爵家の七代前の当主の三男と亡命中の北方国家の姫君と結ばれ、その息子に爵位が与えられた秘話を披露した。
子供が名乗った家名のダロワイヨ家が、代々公家子弟の家庭教師を務める家柄であることは知っていても、まさか十代前半の子供が公家に使える貴族五十八家の家系と歴史を諳んじているとは思わなかった。それ以来、ルード伯爵は感情でも理性でもノエルを敵視してきたが軽んじてはいない。
「まあ、良かろう。財務卿に依存がなければ受けてみよ。」
ルード伯爵は嬉しそうにするコルド会計官を眺めながら思案を深めていく。それはノエルが直接ルード伯爵に宛てた書状についてだ。
伯爵家の所有地の一つであるエウラから二日ほど離れた共和国との国境地帯のある丘に、男爵家の名義で第二公女の別荘を建てる旨を承認して欲しいとの内容だった。
確かに景観も良く遠乗りができる草原もあり別荘には最適な場所のため、伯爵はエヴァが恋人と噂されるノエルとの密会の場を望んだと邪推した。これをわざわざルード伯爵領に近い位置に建てる事から、エヴァが公位継承を諦めたとのノエルからの合図で、ルード伯爵の軍門に下るとの意図も感じた。
「で、あれば矛先を収めるのもやぶさかでは無いな。」
ルード伯爵は帝国の内乱終結後の体制について考え始めていた。




