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第六話 パトリシア、運命の出逢い。

 この時代、人間は三種類に分けられる。封建領主など戦う者。僧侶などの祈る者。農民、職人、商人など財を生産する者である。

 本来、貴族──広義の騎士階級は武人である。 

 しかし、ここ百年以上大規模な戦争はない。前にも触れたが大陸には既に侵略できる地理上の空間がないからである。

 考えてもみて欲しい。平時の武人ほど役立たずはいない。まさに穀潰しである。


 この辺りは闇社会と置き換えると理解は早い。武闘派の時代は去り、経済的にやり繰りが上手い宮廷貴族が中央で権勢を奮っている。利権や金になりそうなものに対する嗅覚が尋常ではない。


 皇帝はすでに名前のみの存在である。無能な王さまは御しやすい。だから皇帝を選ぶ権利を持つ選帝侯たちは、有能な王子を廃し、時には亡き者にし、一番おバカな王子を皇位につける。王位継承権の順位もいまや意味をなさない。

 ちなみに今の皇帝は『美男王』と呼ばれているが、顔は良くてもオツムは弱い。自分の名前くらいしか字が書けないと噂されている。


 話を戻す。

 鉄鋼石や石炭など金儲けに繋がるモノが出た領地はだいたい中央政府に召し上げられる。代替の領地と交換なら良い方で、難癖をつけられ取りつぶされる領主も多い。身に覚えのない謀反の嫌疑。教会と組んでの破門状、異端裁判、場合によっては一族処刑である。


 徴税権を持たず、ほとんど領内のパン焼き竈と製粉水車小屋の手数料で暮らしている領主たちである。(──実際は、この手数料収入自体もバカにはできない重税であったが)。有力と言われる諸侯でもその私兵は、中央の常設軍には遠く及ばない。だが彼らは貴族である。先祖伝来の領地と名誉を守るため剣を取るが、その先に待ち受けるのは(じゅう)(りん)される領地と一族郎党の死だ。教会からも破門され(むくろ)は墓地にも入れられず野山にうち捨てられる。



☆   ☆   ☆


──う~ん。ロズベルト先生は、天を仰ぎながら腕組みをすると。

「……だから、お嬢。この状況は非常にまずいのじゃ。下手をすると国が無くなるかもしれん……」

 そして、そのまま先生はゴルリックさんの方に向き直ると。

「で、この石炭はベイグラハム領から出たんか? どうなんじゃ?」

 と確認を取ります。


 ゴルリックさんはいやいやと首を横に振り。

「北のノースウッド領さ。偶然羊飼いが見つけたが我々冒険商人に託された。元々ノースウッドはギルド経営をアリューシア系の商人がやっていて地元民と仲が良くないからなぁ」


 ロズベルト先生は思案するようにアゴに手をやりながら。

「ううむ。すると利権の問題も絡んで来るのう……。第一、泥炭を扱っている商人は黙ってないじゃろ。石炭と泥炭では利益率が違う。この石炭を船で帝都に持ち込めばどれほどの金になるんか……」


「そうさロズベルトよ。それで、この有様なわけさ。ノースウッドの連中がガウリンのギルドと結託して、我々を街へ入れないように跳ね橋を上げてしまった。

 街へ入れないと我ら旅に生きる冒険商人はお手上げさ。ギルドの奴ら、圧力をかけて我々を屈服させ石炭の利権を奪おうとしているのさ」


「うむうむ。なんと欲深な奴らじゃ。しかし、騒ぎが大きくなると中央政府が気付いて黙ってないじゃろうに。ヘタしたら再び戦争だ。我々は先祖伝来の土地を追われ、このままいくと流浪の民になってしまう……」


「そんなこと奴らには関係ないだろうさ。ここのギルドもノースウッドと同じく中央から流れてきた人間が仕切っている。間に入り込んで甘い汁が吸えればいいと思っているんだろう」


 う~ん。なんだかドロドロです。聞いているわたしは胸が悪くなってきました。クレーム処理時代、様々な修羅場をくぐり抜けて来たわたしでしたが、さすがにこれは専門外です。

 どうしましょう? こういう時は……。そうよ。まず状況の整理。それには情報。情報が欲しい……。ん!? って、あれ? それにしてもどうしてゴルリックさんはわざわざ……?


 わたしは努めて平静な表情を繕うと口を挟みます。

「ゴルリックさん。いろいろ教えていただきありがとうございます。でもどうして領主貴族であるわたしに話したのですか?」


 ゴルリックさんは、それそれと我が意を得たりとばかりにうなずくと。

「実はそれなんよ……、姫さんに折り入って頼みがある。ここの領主のところに顔を出し、今回の件をどう考えているか探ってきて欲しいのさ」

 えっ!? と、とても黒い笑みです。昔の職場で課長がわたしに無茶ぶりをしてくるときにやはりこんな笑みをしていました。


「は……はい? わたしがですか?」

 と、思わず素で唖然とするわたし。


 するとゴルリックさんは目をしばしばさせ困ったような笑顔を向けてきながら。

「なあ。姫さん。わかるだろ。もし姫さんのところからも石炭が出たら大変なことになるわけなんよ。これはもうノルド全体の問題さあ。わしら、みんな国を追い出されるかも知れない」


 わかります。わかりますけど、わたしだってここの領主には会ったこともないのです。第一、最近国替えで替わったばかりというし……。なんでも今度の領主は廃嫡王子だと聞いています。


 わたしがどうしようか考えているとゴルリックさんは更に。

「それにな、今回の件、どうも動いているのはギルドだけで北方軍も領主も黙って見ているだけのようなんよ。だからなおさら腹が知りたいんさ」


 わたしはどういうこと? と首を傾げると、ロズベルト先生が。

「おそらく、『都市特許状』じゃな」


 あっ!? また、聞き慣れない言葉が出て来ました。なんなんです。その特許状って……。



『うふふふ。それはボクが説明しよう!』


──突然、わたしたちがいる背後の大木から少し(かん)(だか)い少年の声が聞こえました。


『お、お前、バカだろ! 偵察なのになんで声を出す』


──今度は野太い少女の声です。


『いいんだよライザ。こういうのはタイミングだ』

『いいわけあるか!? お前やはりバカだな。マカロンじゃなくてバカロンだ』


 大木の幹がガサガサ揺れています。


 横でずっと控えていた侍女のマーシャが大木にツカツカ歩み寄ると。


 テイッ!!


 とチョップ一閃!


 バキバキバキッ!! 倒れる巨木。


 大木の中は空洞で、地下へと続く階段が見えます。でもそんな事より驚いたのは、中に人間がいたことです。


 床でも掃除しそうな長いマントを羽織った太っちょな少年。ニコニコ白い歯を見せながら現れます。

「やあ、ボクはマカロン。先月まで王位継承権第八位にして、現在は廃嫡王子。そして、一週間前からこのガウリンの領主。ちなみ隣にいるのは友達のライザだ。以後よろしく」

 と明るく言い放つ。


「と、友達じゃねぇよ! ど、どうしてお前は……」

 横の男装した隻眼の少女が「あちゃー」と片手で頭を押さえています。帯剣しているところをみると女騎士のようです。



 そして、今。わたし、マカロン、ロズベルト先生、ゴルリックさん、そしてライザの五人は急遽しつらえた円卓を囲んでいます。


 うーん。良い香り。相変わらず、マーシャの煎れたお茶は美味しいです。


 わたしはカップを置くと。

「それで先ほどの話ですが、マカロンさま……」

 すると、マカロンはダメダメという風に片手を振りながらわたしを遮り。

「ちょい待って。 ダメだよパトッチ! ここは『円卓』。身分の差は関係ないんだよ。だからパトッチも気楽にボクのことはマカロンともマカッチとも呼んでおくれよ」


 パトッチって……。なんでしょう、この元王子、フリーダム過ぎるのです。


 すると、つまらなそうに横を向いてテーブルのお菓子ばかり食べていたライザがボソリと。

「ふん。こんなバカ。バカロンで十分だ」

 そう言うと、「あーあ」と伸びをして立ちあがり。

「つまんねぇ。護衛はいらなそうだし先に城に帰る」

 と地下階段に向かいます。


 マカロンは器用にウインクしながら。

「じゃあボクの愛するミルフィーにみんなを後から連れて行くと言っといて」

「ふん。バ~カ。自分で言え」

 とライザは振り向きもせず片手を上げ地下に消えていきました。


 やはり、あの通路は城へと続いている様子です。


「さてと……」マカロンはつぶらな瞳をわたしたち三人に向けると。

「いやあ、ぶっちゃけ、ガウリンはギルドの力が強くて、領主貴族のゆうことなど聞いてくれないんだよね。さっき、『都市特許状』の話でたでしょう。あれは領主と商人が交わした約定で、この都市の中ではお互いに対等ですよっていう契約書なの。

 もう、ボクなんか先週ここに来たばかりだし、年も若いし舐められちゃってね。城の中にいても全然様子がわからないから出張ってきたわけ。て、そう言えばパトッチは何歳?」


「はい、えっと、十四ですが……」


「なんだ、奇遇だねぇ。ボクと一緒じゃん。ちなみにさっきのライザやボクの愛するミルフィーも、うふふ、みんな十四歳だよ。でさあ……」


 と、マカロンは柔和な目を細めると。

「さっきの石炭の話、本当? あれ、マジでヤバいね? ボクだって死にたくはないし、早めに対処しないとまずいでしょ。それに徴税局の連中がどうも変な動きをしてるんだよね」


 ロズベルト先生は眉間にシワを寄せながら。

「うむ、あそこは監視機関ですからのう。殿下もやはり見張られますか?」


 マカロンは手を頭の後に回しながら。

「あはは。もう殿下じゃないよ。それにボクは『バカの振り』していたのが中央の連中にバレちゃったからね。慌てて廃嫡して貰ったけど、いつ、消されてもおかしくないんだ」



 先生も手で自分の後頭部を叩きながら。

「参りましたな。それを、初対面のわしらにいいますか」


「だって、敵の敵は味方って言うでしょう」


「これは、まったく食えないお方じゃ」


「でも、本当、気をつけた方がいいんだ。帝国の力を甘くみない方がいい」

 完全に為政者の顔です。このマカロンという廃嫡王子はもしかして相当な切れ者かも知れません。


 フトあることがわたしの脳裏をかすめました。森で見かけたという怪しい男。あれはもしかして、帝国のスパイ……。


 わたしの顔色が急に曇ったのに気づいたマカロンは。

「何か思い当たることがあるようだね。じゃあ、そろそろ城へ行こうか。ボクのフィアンセに会わせるよ」



☆   ☆   ☆


 ふんわりとしたピンクブロンドの髪、妖精のような端正な顔立ち、高貴な雰囲気を纏った美少女がドレスの端をつまみながら優雅に挨拶します。


「パトリシアさま。お目にかかれて光栄ですわ。男爵令嬢のミルフィーナ・ワイアットです」


 !!!!!!


 なんということでしょう。城に案内されたわたしたちを出迎えてくれたのはミルフィーナでした。横には先ほどの女騎士ライザがつまらなそうに立っています。


 わたしが小学生の頃、読んでいたマンガの中の記憶よりも、少し大人っぽい感じがします。でも、どうして? 初対面は学園の入学式のはずです。この世界は、わたしが思い描いていた世界とは違うのでしょうか……。



──学園に通う兄が不敬罪で囚われたとの知らせがきたのは、その翌日のことでした。

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