第七話 パトリシアお尋ね者になる
──学園に通っていたお兄さまが捕まりました。しかも王族に対する不敬罪。
なんでも王家の隠し子であった男子をいじめたということです。でも、わたしのお兄さま。あのいつも朗らかで面倒見が良いランスロット・ベイグラハムがそんな陰湿なことをするなんて到底信じられません。
マンガの中と一緒です。このままでは一族郎党火炙りになってしまいます。なんだかいけません。視界が狭まり、足下が波で浚われたようにゆらっと……。
「お、お嬢さま!」
危ない。咄嗟に肩を支えてくれたのはマーシャでした。
わたしは彼女の温もりを感じながら。
「ありがとう。大丈夫よ。……それで、お父さまとお母さまは?」
礼を言い、マカロンに向き直り続きを尋ねます。今、この場にいるのは、わたしの他、マーシャ、マカロン、そしてロズベルト先生の四人だけです。
「うーん。残念だけどボクの情報網が掴んだ第一報はここまでだよ。明日にでも続々と詳しい情報が入ってくるとは思うけど……」
マカロンは言いにくそうに濁します。それを引き取りロズベルト先生が。
「なるほどのう。徴税局や北方軍にも知らせが届くというわけじゃな」
「うん。そういうこと。今なら、このことを知っているのはボクたちだけだけどね。おっつけパトッチの拘束命令も来ちゃうでしょ。
どうする? ボクに逮捕されちゃう? 誓って手荒なことはしないよ。そういうの趣味じゃないし。第一ミルフィーに怒られちゃう」
マカロンは場を和ませようと肩をすくめます。
ロズベルト先生は眉間にシワを深く刻みながら。
「あとは出家する……かじゃな。お嬢よ。修道院を頼ってみるか?」
わたしはそれには答えず。
「これは本当なのでしょうか? 兄がいじめだなんて、信じられないんです」
「十中八九、はめられたんじゃろ。あのランス坊がそんな真似するわけなかろうて」
「うーん。黒幕がいるね。でも、ずいぶんと手回しが早いね。第一、まだパトッチのとこから石炭は出てないだろ。他にも何かあるのかもね。ねえ、心当たりないの?」
マカロンは思案顔です。
「そう言えば、ご禁制にしてある森に怪しい人影が出入りしているという報告はありました」
わたしはロズベルト先生を見ながら答えます。一緒に先生も「そうじゃった」とうなづきます。
「森かぁ……。そこからも石炭……? いや、でも何か引っかかるんだよねぇ」
マカロンは細い目をさらに細めアゴに手をやり考えます。
すると黙って聞いていたマーシャが、頭を下げながら。
「侍女たる私が差し出がましいようですが、お時間もありません。お嬢さま、どうなさいましょう?」
と口を挟みます。
おそらく捕らえた兄を中央政府が『間違えました。すみません』と無罪放免することはないでしょう。それをしたら新たな責任問題が発生します。
このままですと、良くて辺境伯からの降格と領地の差し替え。悪ければ、お家取り潰しの上で島流し。最悪の場合は一族郎党皆殺し。
どちらにせよ、あまり明るい未来はありません。
わたくしが何より優先すべきこと、それは貴族としての『名誉』? それとも……。
マカロンが真剣な顔で。
「もし、挙兵するというのなら、ボクも力を貸すよ。元々、パトッチに近付いたのはその為だし、このままではボクも長くはなさそうだ。それに一緒に円卓を囲んだ友達じゃないか。ボクは友情を大事にする男さ」
最後は片目をウインクしながらおどけます。
「いいえ」
わたしは横に首を振ります。挙兵って死に急ぐだけでしょう。
「そうか。なら、やはり修道院に入る? 友人に司教がいるから紹介状を書こうか?」
わたしはすっと、息をつくと、改めてマカロンに向かいドレスの端をつまみながら。
「ありがとうございます。でも、わたしは決めました。帝都へ行きます。兄と父と母を助け出すのです」
それを聞いた先生とマーシャが破顔します。
「なんと小癪な。まあ、お嬢なら言うと思ったわい」
「お嬢さま。このマーシャどこへでもついて行きます」
一方、マカロンは細かった目を大きく見開き。
「ちょっ、ちょっと待って。行ってどうするの。おそらく逮捕状はすぐに回るよ。あっという間に捕まっちゃうよ」
それはそうでしょう。正体がバレればです。
でも、わたくし半ばやけくそで手の甲を上にして口に添えながら。
「おっほほほほっ。心配ご無用ですわ。捕まらなければ良いだけのことです。このパトリシア、今から髪を切って男装しますので」
マカロンは「はいっ!?」と目を白黒させ。
「えっ。えっ。切っちゃうの? その芸術品のような御髪切っちゃうの?」
「家族の命には替えられませんから」
わたしはキッパリ言い放つと。
「ロズベルト先生は領地に戻り、領民が暴動を起こさないように監視をお願いします。大切なのは皆さんの命です」
「うむ、ノルド人は元々血の気が多いからのう。でも任せておけ。ついでに資金も集めておこうか。裏工作やらで金はいくらでも欲しいじゃろう」
「頼みますわ」
それからマーシャに向き直り。
「お伴をお願いしますね」
「もちろんですとも。お嬢さま」
完爾と笑い、こちらも良い返事です。まあ、マーシャがいれば大抵の荒事は何とかなるでしょう。
少しあっけにとられていたマカロンでしたが。
「あはははっ。ボク、ますます、パトッチが気にいっちゃったよ。ミルフィーがいなければ……。ゴホゴホ……。じゃなくて、友人として隣町まで船を手配しよう。それくらい受けてくれるだろう。でも早まったことはしないでね」
「マカロンさま。ありがとうございます」
「やだなぁ。マカロンでいいって」
ふくよかな顔でニコニコしています。
ああ、この方が皇帝についたら、どんな政治をして下さるのか。わたしはそんなことをふと思うのでした。
──船は午後一番に出航します。
マカロンの元を辞し、慌ただしくもあらかたの用意をし終わると、ミルフィーナから『お茶をしましょう』と使いがやって来ました。
昨日は石炭の件もあり、二人っきりで話もできませんでした。もしかしたら、この物語の世界を紐解くヒントがあるかも知れません。わたしはマーシャに残りの準備を頼むと、ミルフィーナの部屋に向かいます。
テラスに手をかけミルフィーナは外を眺めています。未だ、跳ね橋は上がったままで、濠の内外で人々が向かい合い剣呑な様子です。
わたしの気配に、彼女は美しいピンクブロンドの髪を靡かせ振り向くと。
「お呼び立てし……て? えっ!? そ、その髪……!!」
絶句して固まってしまいました。
うんうん。仕方ありません。わたしはつとめて明るい声で。
「おっほほほっ。暑いので、少しカットしてしまいました」
ウソです。バッサリとやってしまいました。うんうん。どこからみても美少年です。ほんと、まさかお胸がさみしいのが役に立つとは思いませんでした。とほほほ。
ミルフィーナは宝石のような碧い瞳を見開きながら。
「本当だったのですね。本気でご家族の命を救おうと……」
男装しているのでドレスのように裾をつまんでのお辞儀もできず、わたしはなんとなく照れ隠しから頬を指でポリポリと掻きながら。
「はい。まずは帝都へ入り、牢を破ってでも救い出してみせます」
ああ、ジロジロ見られるとやはり落ち着きません。
すると、どこで学んだのでしょう。ミルフィーナは手ずからお茶を煎れて下さいました。上質で気品溢れる手捌きです。カップに注いだ紅茶から湯気と一緒に妖精さんが見える気がします。完全に『ご令嬢度』で負けています。でも、良いのです。わたくし、しばらくは令嬢家業は閉店しますので。
そうして、彼女はわたしに淹れ立てのお茶を勧めながら。
「私ね。孤児院に捨てられていましたの。そうしていろいろあって男爵家に養子に入り、マカロン様と婚約して今、ここにいますのよ」
ええ、その話、半分は知っています。マカロンとの婚約は初耳でしたが、孤児院のくだりは有名です。それに本当は王族の方なんでしょう。
わたくし、そう思いながら、カップに口をつけると。
「ああ、美味しい……」
思わず呟いてしまいました。絶妙な甘露にわたしの味蕾が言わしたのです。ミルフィーナは微笑んでいます。そして急に猫のように目を細めると。
「ねえ、知ってまして? この世界、人は簡単に死にますの」
静かな湖面に石を投げ込むようにぽつり。漏らすのです。波紋が伝わり室内の空気が一変します。どうしたのかと思わずわたし黙りこみます。
彼女はその豊かに流れる髪を掻き上げながら。
「私の恩人。ノルド人に殺されましたの。惨殺です。なぜって、私の首には懸賞金がかけられていたからですわ」
その話は知りません。物語でもなかったことです。
「だから、懸賞金をかけた中央政府も憎かったし、金の為に私を狙ったノルド人も憎かった。私ね。もし、あなたが出家や逃亡の道を選んでいたら、ここで殺すつもりだったのよ」
と、お茶のセットを見ます。
えっ!? まさか、毒殺!? の、の、飲んじゃいましたわ! お紅茶。飲んじゃいましたのよ!? 慌てたわたしがむせていますと。
ミルフィーナは豊かな胸元から茶色の小瓶を取り出しわたしに見せながら。
「うふふ。平気よ。入れてませんわ。一つ、教えて頂戴、捕まったら殺されるとわかっていて、どうして行くのかしら?」
なんでしょう。この方。谷間から毒瓶なんてとてつもなく怖いです。こんな、怖い方をいじめるなんて、どんな悪役令嬢でもムリでしょう。
ここは返事を誤ると、命に関わります。この緊張感は前世で強面のクレーマーの方をお相手して以来です。わたしはひとつ深呼吸をすると丹田に力を込め。
「それは、家族だからです。大事な人が殺されるかも知れないのに、見捨てて逃げるわけにはいきません。だから救い出してみせます。帝国政府の卑怯な計略を見過ごすわけにはいかないのです」
言ってみました。これで良いのか。悪いのか。どちらでしょう。
…………。
胃が痛くなるような、しばしの沈黙。ミルフィーナは瞑っていた目を静かに開くと。
「そう。わかりました。あなたはノルド人だけどお友達になれそうね。できたら、来年、学園でまたお目にかかれれば良いのだけど……」
良くありません。アンタッチャブルです。なるべくお近づきにならない方が良い人物とお見受けしました。
──パトリシアがミルフィーナの部屋を去った後。
長身で隻眼の女騎士が姿を現す。ライザだ。
「メグよ。あいつを行かせて良かったのか?」
ピンクブロンドの髪。今はミルフィーナと名乗っているメグは。
「いいのよ。ライザ。私、見てみたいの」
「見たい? 何をだ」
「うふふ。命の軽いこの世界で、命を助けようという行為をね。ライザ。そんなこと、できるのかしら?」
「そんなこと知らん。ただ、カルロが黙ってないぞ」
「そうね。カルロなら殺していたでしょうね。だって利用価値がなくなったもの」
「そういうことだ。メグ。だが奴らが帝都に行くなら途中で会うかもしれないな」
「そうね。その時はあのお嬢さまに運がなかったということね」
「そういうことだな」
☆ ☆ ☆
──帝都。
ウソだ! ウソだ! ウソだ!
パトリシアの婚約者、ピエール・ルブランは完全に落ち着きを無くしていた。
彼女の兄であるランスロットが罪を犯し、ベイグラハム辺境伯夫妻もろとも身柄を拘束されたというのだ。
社交界はその噂で持ちきりである。
ピエールはランスロットの人となりをよく知っている。決してイジメなど陰湿なことをする人間ではない。
だが今は何よりも、パトリシアを助けに行かねばならない。きっと彼女は震えているに違いない。少し気が強くて高飛車なところもあったけど、彼女はか弱い女の子なんだ。
父親同士が学生時代の親友で、その時の約束でピエールとパトリシアは生まれたときから許婚であった。
ピエールはパトリシアが大好きであった。だから、今回一年ぶりに会うことを楽しみにしていたのにだ。もう、いてもたってもいられない。しかし、屋敷を飛びだそうとしたピエールは執事に捕まり部屋に幽閉されてしまった。
噂だけが入ってくる。今や、パトリシアの行方は杳として知れないのだ。帝都へ向かう途中、ガウリンまで来たことはわかっていたが、そこで街には入れずに山賊のような連中に囲まれていたという。
身代金目的で誘拐されたにせよ、ベイグラハム家がこうなってしまったからには、身代金も取れない。もしかしたら、人買いにでも売られたかも知れない。
ピエールの手元には、今回、パトリシアに会ったら渡そうと思っていた小箱がある。中身はリングだ。
眠れずに深夜。ギュッと唇をかみしめる。ぼ、僕がパトリシアを守るんだ!
翌朝、食事を持ってきた侍女は驚いた。窓が開け放たれている。引き裂かれたカーテンがロープのように揺れ外へ垂れ下がっている。結果、ピエールの姿はない。
「旦那様! 旦那様!」
侍女の慌てる声が屋敷中響き渡った。その頃、ピエールは街道を港へと馬を走らせていた。




