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第八話 パトリシア遍歴の騎士となる

 初めに小難しい話をするのを許して欲しい。


 宗教と科学は相反するものである。ガリレオの地動説を持ち出すまでもなく、科学的な思考はときに異端と()()され処罰される。ローマ帝国時代に進歩を遂げた文明が中世に停滞した理由の一端がここにある。

 聖典に書かれていることに疑念を抱いてはならない。例え、現代人の目から荒唐無稽であっても、記載されているという事実がすべてなのだ。

 なぜ、このことを言うか。出たのである。


『聖杯』が。


 聖杯──最後の晩餐で使われた聖遺物。そして(たっ)(けい)に処せられた救世主の血をその杯は満たしたとも言われている。

 アーサー王伝説。円卓に集う名誉ある騎士たち。突然の大音響が鳴り響き、まばゆい光と共に聖杯が現れる。聖杯はこの世のものとも思えぬ(かぐわ)しい香りを放ちながら騎士の間を順繰りに周り、各人が望む料理を出していった。

 聖杯は奇蹟を起こす。そして奇蹟の数は有限であると聖典は説いている。こんなものが出たとなれば一大事である。

 それが出た。いや、正確にはその所在の手がかりであるけれども。

 ノルドの地より出たのだ。

 自然石を板状に加工した石版である。その石版、ベイグラハム領徴税局長官のラインハルトの手の内にある。ご禁制の森で発見され持ち込まれた物、それは百五十年前の戦役で行方知れずになっていたこの石版だったのだ。


 ちなみに我々、日本人の感覚と違い欧州で石は豊富ではない。『ヘンデルとグレーテル』で森の奥に連れて行かれた兄妹が小石を帰りの道しるべにしたのも、なかなか石がないからである。そして、ほぼ中世ヨーロッパを模したこの世界でも同じだ。だから、石で建造物や道路を作るときは、わざわざ産地から切り出し運び作っている。

 人が石に変えられる伝承や死体を埋葬した上に石を置くのも、特別なものだという考えに基づいている。

 当時、石は民間療法に使われたり、呪術や信仰の対象、時に奇蹟を起こすものとみられていた。


 さて、この石版である。古代文字が刻まれている。

 まだ、あたりが森で覆われ、大地や湖沼に精霊の気配が色濃く感じられる時代のものだ。森を切り開いた広場。巨石信仰。ストーンヘンジは、天の恵みである太陽エネルギーを蓄熱するために作られた。祭壇を円周上に囲んでいる理由である。その内のひとつ。現在では地図の上から消えてしまっている、忘れられた遺跡。そこに聖杯はあるというのだ。


 ラインハルトは配下に命じる。

「探せ」と。

 聖杯をか? 否である。正統なノルド王家の後継者。パトリシア・ノルド・ベイグラハムをである。石版には記されているのだ。『正統で高貴な血を引く純潔なる乙女を祭壇にて祀れ。さすれば奇蹟は顕れん』と。


 パトリシアは帝都へ向けて旅立ってしまった。秘密裏に彼女の身柄を拘束し、そしてその血を贄とすることで、聖杯のありかを突き止める。


 奇蹟を持って世界に神の偉功を知らしめる。さすれば、硬直した中央政府を過去のものとし、教会、法王を中心とした新秩序が生まれる。


 徴税局長官。中央政府の地方行政官とは(かり)()めの姿。法王の側近にパイプを持つラインハルトは二重スパイであったのだ。



☆   ☆   ☆


 話は戻る。

──城壁都市ガウリン、領主マカロン居城。


「ちょっと、待って下さい、別に騎士(シュヴァリエ)の叙任式なんて……」

 わたしは当惑しています。

「まあ、いいから。いいから。パトッチ。そう言わずにさぁ」

 マカロンはふくよかな顔をことさらにニコニコさせエビスさまのようになっています。

「お嬢、せっかくマカ坊が申しておるのじゃ、素直に受けておくものじゃ」

 ロズベルト先生はいつの間にかこのフレンドリーな廃嫡王子をマカ坊呼ばわりしています。これも年の功というものでしょうか。

「それとも、パトリシアさま。マカロンさまが寄親では不満なのでしょうか?」

 凜とした声です。鮮やかなピンクブロンドの髪が揺れています。ミルフィーナは大胆にカットしてある胸の谷間をわたしにみせるように少し(まえ)(かが)みになり……。あっ。なにかチラリと見えます。あ、あれはきっと先ほどの毒瓶ですわ。怖いです。毒婦です。ここに毒婦がいるのです。


 ブルブルブル……。


 わたしは歯の根も合わぬほど震わしながら。

「め、め、滅相もございません。よ、喜んで承ります。いえ、承り(そうろう)ですことよ」

 もう心臓はバクバク、脇の下にいやな汗をかいています。


 マカロンはそんなわたしを気にも留めず晴れやかな笑顔を浮かべると。

「うん。そうこなっくちゃね。パトッチ。じゃあ、出航の時間もあるしサッサッと始めちゃおうか」


 と、剣やら拍車やらと手回し良く準備を始めます。なんでこうなったのでしょうか。それはわたしが帝都に忍び込むにあたり、諸国を漫遊する遍歴の騎士に変装しようと決めたからでした。幸いなことに、将来大変に有望と見込まれるわたくしのお胸は未だその片鱗をみせず眠れる獅子のごとくです。

 ためしに先ほど鏡の前であれこれポーズを決めてみました。

 ふへーっ。もう、我ながら呆れてため息の出るほどの美少年ぶりなのです。そうです。百万ドルの流し目を持つ少年。それが現在のわたくしなのです。


 本当はこれ以上マカロン元殿下の好意にすがるのも心苦しく、無位無官のさすらいの自由騎士になるつもりでした。ですが、毒婦……、いえ、ミルフィーナが脅かすものですから。

 マカロンが主人となったからには、わたしは彼の庇護の元にあります。そして、そこには騎士道の重要な要素である宮廷愛がつきものです。

 これは主君、この場合はマカロンですが、彼の奥方? ミルフィーナにひたすら奉仕することが義務づけられるのです。騎士たるわたしは彼女の名誉の為に、そして彼女の寵愛を得るために剣を槍をふるわねばなりません。


 うん? でも、少し、待って下さい。宮廷愛、至上の愛とも言いますが、その相手の貴婦人は既婚者でなければならなかったはずです。ミルフィーナの立場はまだ婚約者であったはず。そう思いミルフィーナに顔を向けると。


「問題ありません。婚約も婚姻も同じですから」

 わたしの疑念を感じ取ったミルフィーナは軽く笑みを浮かべます。

 いえいえ同じではありませんとわたしが言おうとしましたら、突然、彼女は「ああそうそう」とうなづきながら谷間に手を入れ……。

 てっ、マカロンとロズベルト先生の目が吸い込まれるように胸元に、あら、なぜか侍女のマーシャが先生の膝の裏に足カックンを入れています。「な、なにをするのじゃ」「ふふふ、ほんの出来心で……」

 いえいえ、今はそんなことを実況しているときではありません。

 ミルフィーナは口角を上げると。

「忘れていましたわ。私から騎士の証としてこれを贈りましょう……」


 ま、まさか、毒瓶!? 


 なぜですの? 普通、貴婦人が自分の騎士に渡すものは、首巻きや手袋やガーターなど身につけるものと聞いておりますわ。なのに、なぜに毒瓶を? もしや、なにかわたしが粗相したらそれを()めと、そうおっしゃるのです?


 目が丸くなるわたしでした。しかしホッとしました。出されたのはロザリオです。


 ああ、なんだか普通です。うんうん、わたくし、ミルフィーナを少し誤解していたのかも知れません。

 そう思いましたら、彼女、わたしの首にロザリオをかけて下さりながら耳元でポツリ。

「(フタを開けると中に猛毒が仕込んであります。なにかあったらお使いなさいませ)」


 ………………。


 やはり毒婦でした。



 はあ~。なんだか疲れました。

 そうして遍歴の騎士姿となったわたしと、なぜかさすらいの女武闘家に扮した侍女のマーシャはマカロンが用立てた船に乗り帝都へ出発します。

「いざという時は遠慮しないでね」

 と、マカロンからは紋章と紹介状ももらっています。これも毒入りのロザリオと並んで最後の切り札でしょうか。


 ロズベルト先生はマカロンと冒険商人のゴルリックさんと一緒にギルドとの石炭交渉をしたのちにベイグラハム領に引き返す手筈になっております。


 大河、ラビン川を帝都へ向けて遡る旅です。追い風を受けた船は順調に進み、夕方には隣町につきました。宿で一泊し、翌朝は定期便に乗り帝都を目指します。昼間は船に乗り、夜は上陸して宿屋に泊まる旅です。

 うんうん。このまま行けば一週間ほどで帝都近くの港町まで行けそうです。


 四日目のことです。宿で簡単な朝食を取っていると、重大な手配者が潜伏しているおそれがある為にすべての船便が停止されたと連絡が入ります。

 わたしは思わずマーシャと顔を見合わせます。そのまま、何食わぬ顔で周りの話に耳を傾けると、どうやらお尋ね者はノルド人の伯爵令嬢とのことです。


 うんうん。これはわたくしのことですわね。それにしても、『目がつり上がっていて、いかにも性格がひねくれているようなワガママなご面相』ってどういうことかしら? こんな美少女をつかまえて。もっとも今は美少年ですが。


 とりあえず早々に宿を引き払い、港へと向かいます。

 やはり、乗る船がありません。


 どうしましょう……。思案していますといきなり。

「捕まえた!」

 野太い声と共にムンズと肩を掴まれてしまいました。振り返ると、小山のような偉丈夫がニカニカ笑っています。

 マーシャはと言えば、やはりガタイの良い騎士風の男、五人に囲まれていて戦闘態勢です。

 わたしはマーシャに教わった体術で男の手をふりほどくと、剣に手をかけながら。

「なっ、なんの用です!?」

 声を荒げます。

 すると、男はさらにニカニカと笑みを見せ。

「うむ、小兵ながら見事なお手前。このベルトラン気にいりましたぞ。どうか遍歴の騎士よ。力を貸して下さらぬか」

 といきなりの申し出。追っ手ではないようですが。わたしは首を横に振り。

「ムリです。馬上槍試合はお断りしています。馬もないし、先を急ぐ旅ですので」

「馬なら用意しましょうぞ。実は隣町の領主とトーナメントを……」

 ベルトランと名乗る騎士が言うには、怪我人が出てチームの対抗戦に出る人数が足りず、こうして港でスカウトをしていたとのことです。

 わたしは少し考えてから口を開きます。

「上流の隣町で行うのですか?」

「いかにも」

「馬は貸して下さると?」

「駿馬を用意しようぞ」

 脈ありと思ったのでしょう。ベルトラン笑顔で頷きます。

「相手からの戦利品は、いただいて良いのですね?」

「もちろん。参加して下さるか?」

「わかりました」

 了承し、マーシャを見ると彼女もコクリとします。

 以心伝心なのです。ここは、トーナメントで相手方から馬を奪い旅を続けましょう。


「して、お名前は?」

 わたしは名乗りを上げます。

「ガウリン領主マカロンが騎士、パット・グラム。そして……」

 マーシャが胸を張りながら。

「さすらいの武闘家、稲妻のマーニャ」

 ず、ずるいです。マーシャの二つ名が格好良すぎるのですわ。


 こうしてわたしとマーシャは、トーナメントに参加することになりました。



☆   ☆   ☆



 一方、その頃、婚約者のピエールは。


 街道をやみくもに飛ばした為に、馬が潰れ。

「どうしよう」

 途方に暮れているのでした。

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