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異世界帰還者、壊れた魔法少女たちからの愛が重すぎる  作者: アイーダ龍央
マジカルスノードロップ編 ~雪崎冬花~

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第20話 魔法少女と、誓い

「冬花!」


 おれはすぐに体勢を立て直すと、呆然としている冬花の身体を抱き寄せ、その場から飛び退いた。直後、さっきまでおれたちがいた場所に、ヤマアラシの冥獣の針が何本も突き刺さる。


 床が砕け、白い粉塵が舞い上がった。

 おれはその煙に紛れるようにして走り、冬花を抱えたまま、近くの店内へ転がり込む。


「ふう……冬花、怪我はないか?」


「……」


 冬花は答えなかった。

 ただ、青ざめた顔で、おれの額から流れる血を見つめている。


 そのとき、頭の中にティトの声が響いた。


『マスター! 先ほどマスターが冥獣たちのそばから回収した怪我人たちは、全員、命に別状はなさそうですっ!』


「よし。ありがとう、ティト!」


 ピーニャたちの注意が冬花へ向いている隙に、おれは冥獣の足元に残されていた怪我人たちを回収し、少し離れた場所へ避難させたのだ。

 回復魔法を使えるティトには、彼らの手当てをしてもらっている。


『このままボクは回復魔法をかけ続けますね! ただ、怪我人たちを結界の外へ出せるか、冬花さんに確認してもらえますか?』


「ああ、わかった」


 おれは冬花に向き直る。


「冬花。さっきの怪我人たちを結界の外に出したい。それは可能か?」


「えっ……」


 冬花はびくりと肩を震わせた。

 だが、すぐにおれの言葉を理解したのか、小さく頷く。


「う、うん……魔法力を持っていない普通の人間なら、結界の中から外へ出ることはいつでもできるから、大丈夫……」


「となると、ティトは出られないってことか」


『了解です、マスター! では回復魔法を使ったら、結界の外へ押し出しますっ!』


「ああ、頼んだぞ、ティト!」


「冬花、怪我人はティトに任せる。おれたちは――」


 そこまで言いかけたところで、冬花がぎゅっとおれの服を掴んだ。


「だめ……」


 か細い声だった。

 けれど、その指先には、痛いほどの力がこもっている。


「アキトくん、行っちゃだめ……」


「冬花?」


「……お姉ちゃんの仇は、討ちたいよ……ピーニャのこと、許せない。殺してやりたいって、ずっと思ってたの」


 冬花の声が震える。

 青い瞳に涙が浮かび、けれど彼女はおれの服を掴んだまま、どうしても離そうとしなかった。


「でも、そのせいであなたまで失ったら、私はどうすればいいの……?」


「冬花……」


「私のせいで……また、私の大事な人が死んじゃう。そんなの、いや……もういやだよ……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、冬花はいやいやをするように首を振った。


「ねえ、アキトくん。逃げよう? もういいよ。お姉ちゃんの仇なんて、もういいから。ほかの人がどうなったっていい。あなたが死ぬくらいなら、私は……」


「でもこのままじゃ、他の人にまで犠牲が……!」


「ほかの人が犠牲になったっていいの!」


 遮るように叫んだ冬花の声に、おれは息を呑んだ。

 冬花がこんなふうに声を荒らげるのを、初めて聞いた。


「冬花……」


「だって、私……こんなに楽しい気持ちになれたの、お姉ちゃんが死んでから初めてだったの。アキトくんと一緒にいると、息ができるの。朝が来ても怖くないって、少しだけ思えたの」


  冬花の指が、おれの服をぎゅうっと握りしめる。


「もしあなたが死んだら、私、またひとりぼっちになっちゃう」


 涙に濡れた青い瞳が、すがるようにおれを見上げる。冬花は今にも崩れ落ちそうなくらい頼りなく見えた。


「お願い……私のそばにいて。どこにも行かないで。私を置いていかないで……」


 だから、おれは冬花を抱きしめた。

 震える背中に腕を回し、できるだけ強く、けれど壊してしまわないように抱き寄せる。


「冬花。おれは君を置いて死ぬつもりはない」


「でも……!」


「でもさ、ここでピーニャを逃がしたら、あいつらはまた誰かを襲う。誰かの大事な家族を奪う。冬花のお姉さんにしたのと同じことを、別の誰かにするんだ」


「……っ」


 冬花の呼吸が乱れ、呼吸が浅くなる。

 おれは腕の力をそうっと緩めると、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。


「それに、これは冬花ひとりの仇討ちじゃない。おれだって、あいつを許せない」


「アキトくん……」


「冬花をこんなふうに泣かせて、お姉さんの命を奪って、今も人を食って笑ってる。そんなやつを、おれは絶対に許せない」


 冬花の瞳が揺れる。

 おれは、彼女の頬に流れた涙を指の腹でそっとぬぐった。


「だから、一緒に倒そう」


「一緒に……? でも、私……アキトくんが傷つくところなんて見たくないの……」


「じゃあ、冬花がおれを守ってくれ」


「私が、アキトくんを……?」


 冬花が驚いたように目を丸くする。


「ああ。おれが死なないように、冬花がおれを守ってくれ」


 冬花の瞳が、かすかに揺れた。けれど、そこに浮かびかけた光は、すぐに不安に塗り潰されていく。

 彼女はおれの服を掴んだまま、視線を伏せた。


「で、でも私……おねえちゃんを守ってあげられなかったのに。おねえちゃんを死なせた私が、アキトくんを守るなんて、できっこないよ。それに、アキトくんは私なんかよりずっと強いもの。私なんか、いなくたって……」


「おれは弱いよ」


「え……?」


 冬花が戸惑ったように目を見開く。

 おれは、肩をすくめて少しだけ笑ってみせた。


「今までかっこつけて言ってなかったけどさ。実はおれ、一人で戦ったことなんて、一度もないんだ」


「一度も……?」


「ああ。今までずっと、ティトや……四人の仲間たちが一緒にいてくれた。みんなに何度も助けられて、守られて、ここまで来たんだ」


「アキトくん、魔法少女の仲間がいたの? 今、その人たちは……?」


「みんな、この世界にはいない」


「それって……!」


 冬花が息を呑む。その青い瞳が、痛ましいものを見るように揺れた。


「ご、ごめんなさい。私、今まで知らなくて……」


「いや、大丈夫だ」


 制限魔法のせいで、異世界の勇者パーティーの仲間たちと別れたことを詳しく説明することはできなかった。

 けれど冬花は、おれの簡素な説明だけで察してくれたらしく、それ以上は聞いてこなかった。


 そういえばセレナは、今ごろはもう赤ちゃんが生まれた頃だろうか。

 赤ん坊におれの名前をつけてくれるって言ってたっけ。会ってみたかったなぁ。


「おれは仲間やティトがいてくれたから、ここまで戦ってこられた。だからさ、今まで一人きりでも戦い続けてきた冬花のほうが、おれなんかよりずっと強いんだよ」


「私が、アキトくんより強い……?」


「ああ。だから、おれは冬花を信じてる」


 おれは、まっすぐに冬花を見つめた。


「冬花に、おれの命を預けたい」


「っ……! 私が、アキトくんの……?」


 冬花の瞳が、大きく見開かれる。

 まるで、そんなことを言われるなんて思ってもいなかったみたいに。

 おれは、その揺れる青い瞳を見つめたまま頷いた。


「それに、おれも冬花を守る。どっちかが一方的に背負うんじゃなくて、二人で生きるために戦うんだ」


「二人で……生きるために……」


「ああ」


 冬花の指から、少しだけ力が抜けた。

 けれど、次に顔を上げた彼女の瞳には、先ほどまでとは違う光が戻り始めていた。


「……分かった。私、この先ずっとあなたのそばにいて、あなたを守る。あなたを傷つけるもの全部から、あなたを守る」


「うん? あ、ああ……」


 少しだけ引っかかる言い方だったが、今は深く考えている場合じゃない。

 冬花は涙をぬぐい、ゆっくりと息を吸った。


 まだ彼女の顔色は悪く、その唇もかすかに震えている。

 それでも、ロッドを握りしめる手には、確かな力が戻っていた。


 その時――店の外から、ピーニャの甲高い笑い声が響いた。


「きゃははっ! いつまで隠れてるのぉ? スノードロップちゃーん! そうだ! 今度はその男の人も、アタシの前でばらばらにしてあげよっか?」


 冬花の肩がびくりと震える。

 だが、今度はその分かりやすい挑発にも飛び出さなかった。


 彼女はきつく目を閉じ、乱れた呼吸を一度だけ深く吐き出すと、ロッドを握っていないほうの手でおれの手をぎゅっと握りしめた。


 「……大丈夫。アキトくんは、私が絶対に守るから」


 そう呟いた冬花は、おれの手をそっと引き寄せると、祈るようにおれの指先へ唇を押し当てた。

 そして、次に顔を上げたときには、もうその青い瞳はまっすぐに前を見据えていた。


「今度こそ……私は大事な人を守り抜く。おねえちゃんにできなかったこと、おねえちゃんにしてあげられなかったこと、ぜんぶ、あなたに捧げるから」


「……ああ、行こう!」


 冬花がゆっくりと指を離すのに合わせて、おれも頷く。

 店の外では、巨大なヤマアラシの冥獣が床を踏み砕きながら、こちらを探していた。その頭上に腰かけたピーニャが、獲物を見つけるのを待ちきれない子供のように、無邪気な笑みを浮かべている。


 おれたちは同時に店の外へ踏み出した。

 冬花は奴らを睨みつけながらロッドを構え、おれも取り出した魔弓を握りしめる。

 

 ……ところで、さっき冬花に「おれを守ってくれ」と言ったのは、この戦いの間だけのつもりだったんだけど。


 今の冬花、なんか、一生分の誓いみたい言い方じゃなかったか?


 いや、ひとまず今は余計なことは考えるな。

 まずは目の前の敵に集中しないとな!

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