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GAME.信長を裏切った俺、明智光秀は天下を無視して東北を目指す。  作者: 山田 ソラ


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序章 始まりの章

 本能寺が燃えた。


 あの夜、俺は確かに命令を下した。「敵は本能寺にあり」その言葉を叫んだとき、俺の手は震えていなかった。信長様を討つ。長年仕えた主君の命を奪う。その決断に至るまでの苦悩を、今さら語るつもりはない。


 問題は、翌朝だ。


 天正十年六月二日。夜明けの光が勝竜寺城の石垣を染め始めたころ、俺は自分の手を眺めながら、ひどく奇妙な感覚に囚われていた。


 あれ。俺、ここ、来たことある。


 最初は疲労のせいだと思った。一睡もしていない。信長を討ち、天下人への道が開けたはずなのに、胸の中はすでに嵐の予感でいっぱいだった。


 羽柴秀吉。あの男がどこにいるか、誰も正確に把握していない。備中高松城を攻めているはずの秀吉が、まるで幽鬼のように俺の脳裏にちらつく。


 いや、待て。俺は誰だ。

 頭が割れるように痛んだ。

 そしてその瞬間、決壊した。


 奔流のように記憶が流れ込んでくる。電車。スマートフォン。コンビニのおにぎり。残業。ゲーム。そしてあの画面――戦国シミュレーションゲームのタイトル画面。何百時間もプレイした、あのゲームの。


 俺は、現代人だった。


 名前なんて、もう思い出せない。三十代の平凡なサラリーマンで、戦国ゲームが趣味で、気づいたら明智光秀の体に宿っていた。


 いつ転生したのかも分からない。もしかしたら生まれたときからずっとこの体で、ただ記憶が封印されていたのかもしれない。


 どちらでもいい。

 今、俺には時間がなかった。


「十兵衛様、顔色が優れませぬが」


 側近の斎藤利三が心配そうに覗き込んでくる。この男は俺の、いや光秀の腹心だ。信頼できる。そう頭では分かっているのに、俺は思わず後ずさった。


「……少し、頭が痛い」


「無理もありませぬ。されど今は――」


「分かっている」


 俺は立ち上がり、城の窓から外を見た。

 そのとき、世界が変わった。

 視界の端に、半透明の枠が現れた。


 地形情報。城の耐久値。兵力の数字。移動コスト。まるでゲームのUIそのものが、現実の景色に重なって表示されている。俺は目を瞬かせた。消えない。むしろ鮮明になっていく。

 

 これは。


 ゲームマップだ。日本列島全体が、俺の頭の中にゲームの画面として展開されている。


 おそるおそる意識を向けると、各地の大名の位置情報が浮かんだ。徳川家康、三河。今川氏真、駿河。上杉謙信。いや、彼はすでに死んでいるはずだが、なぜかマーカーが存在している。 


 武田信玄も同様だ。死んでいるはずの武将が、マップ上に点灯している。


 悪寒が走った。

 そして、もう一つ気づいた。


 秀吉の位置を示すマーカーが、異常な速度でこちらに向かっていた。


「逃げる」


 俺は言った。

 利三が目を丸くする。


「十兵衛様?」


「天下など要らん。俺は逃げる。家族と家臣を連れて、東北まで逃げる」


 室内が静まり返った。


 光秀の家臣たちが顔を見合わせる。天下取りの直後に、主君が逃亡を宣言した。正気を疑われても仕方がない。だが俺には分かっていた。


 ゲーマーとしての直感が叫んでいる。秀吉には勝てない。山崎の戦い。俺の前世の記憶には、その結末がはっきりと刻まれている。


「聞いてくれ」と俺は続けた。「今、秀吉がこちらに向かっている。速い。恐ろしく速い。あの男の行軍速度は人間じゃない。このまま京にいれば、俺たちは三日と持たない」


「しかし、天下は」


「天下は秀吉にくれてやる」


 また沈黙。


「俺が欲しいのは生き残ることだ。家族を守ることだ。それだけだ」


 利三は長い間、俺を見つめていた。そして深々と頭を下げた。


「……御意」


 逃げた。

 それからの道程は、悪夢だった。


 ゲームマップのスキルは確かに役に立った。敵の位置が分かる。地形の有利不利が数値で見える。包囲される前に回避できる。まるでリアルタイムストラテジーゲームを操作するように、俺は家臣団を動かした。


 しかし、途中からマップがおかしくなり始めた。


 死んでいるはずの武将が、現実に現れ始めたのだ。


 最初は小さな異変だった。街道沿いの小屋の前に、旗印のない武者たちが立っていた。よく見ると、その紋が武田菱だった。武田は時期的に滅亡したはずなのに、その武者たちの目には確かな生気があった。


 次に、山中で謎の軍勢と遭遇した。調べさせると、信じられない報告が返ってきた。


「……上杉謙信の旗印にございます」


 謙信は死んでいる。天正六年に死んでいる。


 なのに、いる。


 ゲームマップを確認すると、謙信のマーカーが赤く点滅していた。その横に、見たことのない表記が現れていた。


 〔不死〕


 俺はその文字を見て、思わず笑い飛ばしそうになった。笑えなかった。


 次元が、狂っている。

 歴史が、壊れている。


 死んだ武将が甦り、強さを持ち、しかも死なない。そんな世界で俺は逃げ続けている。

 そして今、俺は遠江にいる。


 永禄元年。なぜかマップの暦が狂い、いつの間にか一五五七年に戻っていた。時間まで逆行している。俺はもうパニックの限界を超えて、逆に妙に冷静になっていた。


 問題を整理しよう。ゲーマーとして。


 北を見れば、信濃に真田の旗が立っている。あの真田昌幸。いや、マップ上では幸隆か。老獪な狐だ。油断すれば食われる。


 西を見れば、三河に徳川家康がいる。まだ若い家康だが、マーカーの数値がすでにおかしい。ゲームで言えば、明らかにバランスブレイカーの能力値だ。


 東を見れば、駿河に今川がいる。氏真の代になっているはずだが、なぜかマップには義元のマーカーが点灯している。桶狭間で死んだはずの今川義元が、そこにいる。

 

 〔不死〕の文字とともに。


 そして俺の兵は、疲弊している。家族は怯えている。利三は無言で俺を信じてついてきているが、その目には限界が見え始めていた。


 北。西。東。

 どこを向いても、化け物がいる。


 俺は懐からぼろぼろになった紙切れを取り出した。逃げる途中で書き留めた走り書きだ。そこには一行だけ書いてある。


【東北まで逃げろ。伊達の地まで辿り着ければ、なんとかなる】


 根拠はない。ただの直感だ。前世のゲームの記憶と、このスキルが見せるマップの空白地帯。東北だけが、まだ手が伸びていない。


 俺、明智光秀は天下を捨てた。

 代わりに命を拾いに行く。


「十兵衛様」と利三が言った。「いかがなさいますか」


 俺はマップを見た。三方を囲む敵の隙間を、ゲーマーの目で読んだ。


 わずかに、道がある。


「行くぞ」と俺は言った。


「まだゲームオーバーじゃない」




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